~卑劣! 会議は静かなギルドの中で~ 2
ルクスから渡された革袋の中身を確認して、俺は思わず言ってしまう。
「報酬? 俺、なにかしたか?」
調査依頼はしたが……調査協力はしていない。
ましてや盗賊ギルド直営の娼館『エクスキューティ』にとって、有益なことなど一切した覚えがない。
むしろ娼館で遊んでもいないので、ホントに何もしていないと言えた。
「師匠ちゃんが言った『おひるね勇者』に紛れてるヤツがいるんじゃないか、って話だ」
「あぁ、あの話か」
街一番の娼館であるおひるね勇者。
その名前を聞くたびに噴き出しそうになるが、ここはスキルでもなんでもなく持ち前のポーカーフェイスで耐えるしかない。職業ギャンブラーにおけるポーカーフェイスは読心術すら防御するそうだから、俺のはまだまだスキルレベルにもなっていない。
っと、そんなことよりも――
「確か新人娼婦か若い娼婦が店の外で勧誘してるんだったか。所属してる娼婦が多いから、横のつながりが希薄なのを狙って、客をかすめ取ってるヤツがいるんじゃないか」
「それだ。残念ながら今回の事件の黒幕とはぜんぜん関係なかったけどな。おひるね勇者の前でしれっと混ざってやがったフリーの娼婦が三人ほど見つかった」
「フリー?」
「娼館に所属していない娼婦だ。そのまま店ではなく宿に連れ込んでたらしい。三人ほど見つけたが、他にもいただろうな。そいつらから徴収したお金であり、師匠ちゃんの取り分だ」
あぁ~、つまりお礼か。
それにしては、そこそこの金額だ。どう考えても多い気がするのだが……?
「その捕まったフリーの娼婦はどうなったんだ? できれば聞き込みをしたいところだが」
まさか殺されたか?
「すでにあらかた吐かせた後だからな。もう何も情報は得られんと思うぞ」
「それでも一応は話を聞いてみたいが……生きてるのか?」
「あぁ。いまは娼館のオマケとして嬲られてる」
「なぶら……え?」
「遊んだ後にオマケでこれも付けておきますよ、と好きにしてもらってる。多少の無茶をしていい娼婦として、適当に転がされてるよ」
「そ、そうか……」
やはり恐ろしい界隈だな、色街って。
「パル、いるか?」
「え、あたしがもらってもいいんですか?」
「いいぞ。何か好きな物でも買ってしまえ。宵越しの銭、ってやつだな」
娼婦の仕事だけに、宵を超すお金。
なんてね。
「?」
上手いこと言ったつもりだがパルには通じてなかった。
残念。
「無駄にかッコつけるとメッキが剥がれた時に痛い目みるぞ、師匠ちゃん。童貞らしく、ど、どぅふ、ぶふふふふふふふふふ、んんっ! よし、大丈夫。なんでもない。ありのままの自分でいよう。うん、んふ、ふふふふっへへへへへへっへえへへへへっへ」
「勝手に言って勝手に笑いだすなよ……」
「ごめん、ごめんなさい、いひひ。ひ、ひ、ふぅ……よし、もう大丈夫だ。だいじょうぶだぞ、うん。ふふ、ひひひ」
ホントか、げらげらエルフめ。
というか俺の童貞でどんだけ笑うんだよ。
いい加減に慣れてくれ。
どうせ童貞を捨てたって言っても笑いそうだけどさ。
「ま、現状報告はそんなもんか。商人からの情報は何かあったか?」
俺はそう聞いたのだが――
「ひくっ」
と、まるでしゃっくりをしたみたいな反応を示して、そのまま後ろを向いてしまった。
いや、もう、真面目な話の途中でこうなっては、ダメなんじゃないの?
だいじょうぶ、この街の盗賊ギルド?
王都に引っ越しを検討してもおかしくはないぞ。
「なんの情報もない、みたいな感じですかね師匠」
「あの手の動きはそうだな。せめて表情や口の動きさえあればもっと有益なんだがな」
背中を向けてぶんぶんと手を振るジェスチャー。
パルの言う通り、商人たちからの情報も今のところ無いようだ。
「情報共有はこんなところか。パルは他に聞いておきたい事とか欲しい情報はあるか?」
「あっ」
そこでパルは思い出したかのように手をパンと打った。
「さっきサチがお祈りに行くって言ってたから、富裕区のはしっこまで尾行したんです。で、そこで屈んで何かしてるのを見て、あとでその場所を確認したら変な模様みたいなのが描いてあって、そしたら神さまに怒られました」
あれって何ですか?
と、あっけらかんとパルに聞かれた。
「……それ、マジ?」
「マジです!」
神さまが向こうから語り掛けてくる事態ってのは、大抵ロクでもない天啓ってことが多いのだが……
「それってどんな模様だった? 場所は? 怒られた神さまって誰?」
笑ってる場合じゃない話にルクスがとんでもない話を聞いたお陰で復活してくれた。
ありがたい。
というか、本来は笑って使い物にならない方がおかしいんだけどな。
「えっと三角形の中にいろいろと描いてるような感じでした」
「三角? 丸じゃなくって?」
パルはうなづく。
「三角って、なにか変なのですか?」
不安そうなパルに俺は答えてやる。
「おそらく、それは聖印だ。神さまごとに持ってる印のようなもので、大神と呼ばれるメジャーな神さま達は、みんな円の形が基本となってるんだ。といってもマイナーな小神も円の形をしていることが多いけど」
「じゃ、じゃぁ三角形ってことはやっぱり普通の神さまじゃないってこと?」
「そうだな」
「パルちゃん、場所を教えて。ちゃんと調べてみるわ」
「は、はい」
不安そうにパルは聖印の位置をルクスに説明した。
それと共に、声をかけてきたのは光の精霊女王ラビアンさまで、もう一柱はまた別の神さまだったことを語った。
それは、ちょっとした恐怖体験に近い。
なにより、不明瞭な神の怒りに触れそうになったことは、精神的にも負担が大きいだろう。
でも。
それ以上にパルが心配していることが分かった。
きっと、サチという少女のことだ。
同じパーティメンバーでもあるので、仲が良くなったのかもしれない。見た感じは年齢も近いのだろう。
情がわく、というのは時には面倒なことでもあるのだが。
それでも。
情が無いような人間に、パルには成って欲しくない。
「……大丈夫だ」
俺はパルの頭を撫でてやる。
「もしも悪い神さまを信仰してるんだったら、今頃パルは死んでるよ」
「そ、そうなんですか?」
「どんな存在であれ、神は神。俺や、たとえ世界を救う勇者であろうとも、一撃で殺されてしまうよ。中には優秀な人間種を天界に連れていくためにわざわざ殺しに来る神さまだっている。だからこそパルが出会った、サチが信仰してる神さまは大丈夫さ」
保証も確証もない。
それでも。
弟子を安心させる言葉はかけておかないと。
「はい、師匠」
「うん。よろしい」
そんな俺たちを見て、ルクスは大きく息を吐いた。
「よし。とりあえずギルドで聖印を調べておく。パルちゃんはサチに気取られるな。師匠ちゃんは引き続き自由に情報収集してくれて構わない。なにかあったら即時に連絡をいれる。以上だ。他に何も無いな?」
「あぁ、分かった」
「はい、頑張ります!」
そんな感じで。
なんとかゲラゲラから復活してくれたルクスが場を締めてくれたので、報告会は終了となった。