~卑劣! 仲良し師弟の再開劇~
パルの飛び込んでくるような頭突きをまともに受けて、俺は身体を『く』の字に曲げて地面へと倒れた。
これだ。
これこそが盗賊の弱点だ。
いや、幼女に弱いとかそういう意味ではなく、防御力の脆さという意味での弱点。
それこそ聖骸布で身体強化をされているとは言え、パルの攻撃でさえもマトモに入れば終わってしまう。立っていられないほどのダメージなので、今だったらパルに喉をナイフで刺されればあっさりと死んでしまう状態だ。
そりゃぁ勇者が『足手まとい』と俺をパーティから追放したのもうなづけるというもの。
当たらなければ死にはしないが、当たってしまえば一撃で終わる。
いっしょに戦う方も気が気では無い、というのが本音かな。
もっとも――
賢者と神官が俺をパーティから追放した思惑は別にあるんだろうけど。
こうなると、戦士の意見も聞いておきたいところだが……
まだまだ先の話になりそうだ。
とりあえずパルを育てるにしても防御面をなんとかする方法を模索しないといけないよなぁ。
俺の二の舞になってしまう。
賢者と神官はともかく、勇者だけは安心してもらわないといけないし――
「師匠! だいじょうぶですか、師匠!?」
おっと。
「も、問題ない……」
悶絶する肉体の悲鳴を忘れるために脳内をフル稼働させて気をそらしていたのだが、パルに呼び戻されてしまった。
実際の戦闘だったらこの時点で俺は死んでいる。
いやぁ、街中で良かったね。
「ごめんなさい、師匠。つい」
「いや、完全に油断していた俺が悪い。弟子といっても、いつ裏切られるか分からないものな。気を許した俺の責任だ」
「あたしは裏切らないですよぅ」
「おまえにまで裏切――いや、なんでもない」
「?」
とりあえず痛みが引いてきたので俺は立ち上がった。額に浮いた脂汗をぬぐって、ふぅ、と息を吐いた。
よし、もう大丈夫。
「今日は依頼が無いのか?」
「いえ、リーダーが用事があるとかで。おやすみです」
「ふーん。まぁ、休みは重要だしな。ずーっと働きっぱなしでは身体は大丈夫でも心が死ぬ」
「心が?」
「なにもかもが嫌になってくるんだ」
そういうもんですか、というパルに対して、そういうものだ、と俺は言っておいた。
まぁ、冒険者は心が死ぬ前に冒険先で本当に死んでしまう可能性がある。
しっかりと疲れを抜くことは重要だ。
なにより、そのための飲み屋や娼館でもある。稼いだお金で楽しんでこそ、明日の冒険につながっていくものだ。
「あ、そうだ師匠! あたしボガートと戦いました!」
パルがキラキラした瞳で報告してきた。
褒めて褒めて、という期待が表情に出てしまっている。
表情を読まれることは相手に付け入る隙を与えてしまうことに等しい。まぁ、ワザと嘘の表情を読ませて裏をかく、という戦法もあるのだが。
しかし、まぁ可愛い弟子じゃないか。
俺はパルの頭を撫でてやる。
「ほう。よくやった。ひとりで倒せたのか?」
「え? 無理ですよぅ、あんなの。一発で死んじゃいます」
「はは。俺だって一撃で殺されるが、当たらないだろ」
「……あぁ!」
パン、とパルは手を打った。
「そういえば、ちゃんと見えてました。避けれます。うんうん」
なにやらひとりで納得するようにパルはうなづいている。
「でも気を付けろよ、我が弟子。その攻撃はフェイントの可能性がある。欲は出すな。周囲を確認して、確実が得られない限りは『紙一重』や『カウンター』は狙うなよ。あくまで格下との戦闘のみで使えると思っていた方がいい」
今は経験を積むことが一番だ。
その内、彼我の強さを判断できるようになるだろう。
「はい! そもそも盗賊って中衛ですもんね。攻撃は前の人に任せます」
「それがいいよ」
もっとも――
それを続けていたら、役立たず、とも言われたのがこの俺だが。しかも使うスキルを卑劣とも言われる始末だ。
まぁ、そんな余計な情報はパルに言う必要もないか。
盗賊は盗賊らしく。
だが、それ以上の存在にパルを押し上げれれば、なにも問題は無い。
「ところで……師匠は王都に行って何をしてたんです?」
ちょっとだけ不満な感じでパルは聞いてきた。
やっぱり挨拶も無しに王都に行ったことを怒ってるみたいだな。
「もちろん依頼のための調査だ。手早く済ませる必要があったから早めに街を出る必要があったんだ。別にパルのことをないがしろにしてた訳じゃない。むしろ信用していたからこそ、だ」
「むぅ。その言い方は卑怯です。怒れないじゃないですか」
「卑怯は盗賊の専売だからな。王都では貴族あたりに聞き込むために種をまいていた。芽か花が咲いた時にはいっしょに確認しに行くぞ」
「種……えっちなことしたんですか?」
「どう捉えたらそういう意味になるんだ……」
「だって、娼婦とかそういう事件だし」
「まぁ、言わんとしてることは理解できるが。パルこそどうなんだ? 何人か男の子を落としたか?」
「え? あたしが?」
おう、と俺はうなづく。
パルみたいな美少女ならば、すでにふたりや三人くらいの少年から惚れられてても不思議じゃない。
冒険者ギルドで寝泊りしている男子の何人かは、確実にパルに惚れてるはず。
「ぜんぜんです。男の子はパーティの子と、あと同じ盗賊の子としか話してませんよ。あとは誰も話してないですもん」
「そんなもんなのか。視線は?」
「いっぱい見られますけど?」
「……それ、好意だぞ」
「えぇ!?」
「考えてもみろ。パルは街中で普通のおっさんを視線で追いかけるか?」
「師匠だったら見ます!」
「お、おう。ありがとう。ま、まぁとにかく、気になるからこそ視線を向けるものだ。興味もなく意識もしてない異性なんて、特別視線を向けたりしないだろ」
「はぁ……じゃ、じゃぁどうしたらいいんですか?」
「色仕掛け……というスキルもあるし義の倭の国特有の『くの一』と呼ばれる女性しかなれない職業には『性技』もあるそうだが……そうだな。とりあえず話しかけて情報を手に入れてこい」
「情報収集ですか。なにを聞けばいいんです?」
「行方不明になったパーティの情報だ。もしかしたら共通点とかが発見できるかもしれない」
「分かりました!」
と、パルはうなづく。
まぁ、そう上手くはいかないだろうが、何もしないよりかはマシだ。
一番良いのがパルが狙われることでもあるので、目立つ行為も推奨されるはず。
パル本人には情報収集しろ、と盗賊的練習にも思える指示を出しておけば妙に意識することもない。
娼婦にする、ということは美少女ならば好都合のはず。
だったらパルを狙わない理由が見当たらない。
「師匠は、これからどうするんですか?」
「とりあえずギルドに行って報告と情報のすり合わせだな。パルもくるか?」
「行きます。ついでに夕飯もいっしょに食べたいです!」
「いいぞ。なに食べたい?」
「あたしグラタンが食べたいです!」
「よし、夕食はグラタンで決定だ」
「やったー!」
と、そんな感じで。
かわいい弟子の頭を撫でてやりつつ、盗賊ギルドへ向かうのだった。