~卑劣! おかえりの一撃~
馬の長距離運用には裏技がある。
といっても、こんな事をするのは国から指令を受けた密令を運ぶ伝令兵くらいなものか。魔法も妨害や傍受される状況では、やはり物理的に紙を運ぶしかない。
そんな時に使われるのがスタミナポーションだ。
馬に飲ませてやると、そりゃぁもう永遠にトップスピードで走ってくれる。馬は賢い生き物だと言うし、嫌がりそうなもの、と思われるかもしれないが……実質、そんなことはない。
「はは、ご機嫌じゃないか」
領主さまの白馬、アルブムは機嫌良く大地を駆ける。休憩も無しに走り続けられるのはアルブムにとっては理想の世界なのだろうか。遠慮もなく加減もなく、ジックス街へ向けて走り続けていた。
三日掛かるところをかなり短縮しての強行だったが、アルブムに負担になるか、とも心配したんだけど、そんなことはぜんぜん無かったようだ。
むしろ望んで走っている気がする。
今までの不安や鬱憤を完全に晴らすようなその走りに、さすがの頼もしさを感じられた。
「ん?」
と、平原から続くちょっとした森に入った瞬間に嫌な気配を感じた。
もちろん、それは『予感』ではなく『気配』だ。確実に感じ取れる負のオーラとでも言うべきか、魔物特有のにおいとでも表現しようか。
森の中に、魔物がいるのが感じ取れた。
「突っ切るか、アルブム」
せっかく急いでいるのだ。
無駄に相手をするのも時間がもったいない。
なにより、アルブムが調子良く疾走しているのだから、それを止めるのも可哀想だ。
と思ったのだが……
「む」
速度をあげるアルブムに並走するように、そいつは姿を現した。
「デュラハンか」
通称『首無し騎士』、デュラハン。
これ以上ない程の不気味な姿は、絵本にだって登場するほど悪役として見栄えのある存在。
なにせ、自らの首を手に持ちながら馬を駆り襲い掛かってくる魔物だ。
魔物と化した馬の機動力と首を持つ手とは逆に装備したスピアーでの巧みな攻撃は、そこそこレベルの高い冒険者でさえ苦労すると聞く。
「確か、レベル50だったか」
中級の冒険者単体では勝ち目の無い魔物。
しかし――
「盗賊にとってはカモだがな」
デュラハンにとって、『盗賊』と書いて『天敵』と読んでいいほどの関係性だ。
逆に、俺たち盗賊にとっては『デュラハン』と書いて『ザコ』と呼んでも良い相手。
「なにせ、弱点を持ち歩いているんだからな」
俺はアルブムに、そのまま走ってくれよ、と伝える。そして、鞍の上に立ち上がると遠慮なくデュラハンに向かってジャンプした。
奇策にも思える行為だが、さすがレベル50ほどの魔物。
しっかりと俺に向かってスピアーを突いてきた。
だが、それだけだ。
デュラハンができる対応がそれだけなのは、すでに知っている。だから、避けるのは簡単だ。
「よっ」
近くの木に魔力糸を巻いた投げナイフを刺す。そのまま引っ張れば、ほんのわずかに身体の位置を空中で変えれた。
それだけで、スピアーの一撃を避け、デュラハンの懐に潜り込む。
「もらってくぜ」
盗賊スキル『強奪』。
別名『ぶんどる』。
デュラハンの肩部分にある鎧の隙間に投げナイフをねじ込み、ひるんだその瞬間に俺は素早く仕事を終わらせた。
盗賊のお仕事とは、もちろん『ぬすみ』。片手に持つデュラハンの首を強奪しつつ、身体を蹴ってアルブムの背中へと戻ってきた。
「さすが、領主さまの馬。名馬だな」
ましてや魔物と並走しているっていうのにビビらないとは、本気で大したものだ。
ちなみに返せとばかり迫ってくるデュラハンは、すぐに黒いモヤを発生させて消えていく。
頭と距離を開くと、すぐに消滅するのが一番の弱点。
使い捨ての投げナイフ2本で、デュラハンを倒せる。盗賊にとっては、美味しい敵なのは間違いない。
そんな感じで、途中に一度だけ邪魔が入ったが。
無事にジックス街が見えてきた。
「よし、アルブム。おまえの家が見えてきたぞ」
しかし――
こいつ、騎乗してる俺の体力をまったく考慮しなかったな。
まぁ、俺が平気なのを感じ取って走り続けたんだろうが……まったく。ペットは飼い主に似ると聞いたことがあるが、そのまま領主さまに通じるところがありそうだ。
「たまには乗ってもらえよ」
ようやく速度をゆるめてくれたアルブムの首をポンポンと叩いて撫でてやり、そのままジックス街へと入る。
さすがに街中は大人しく走るしかないので、大通りをそのまま進み、まっすぐに領主の館まで移動した。
「ただいま戻った。領主さまに取り次いでもらえるか?」
いつもの門番のふたりに挨拶をして、アルブムを任せた。しばらく待っていると、美人メイド長のリリエンタール――リエッタが出てきて、丁寧に頭を下げる。
「おかえりなさいませ、エラントさま。どうぞお入りください」
「ありがとう。アルブムも、ありがとうな」
言葉は通じてないが、まぁ気持ちは通じてると思いたい。満足そうな表情をしているしな。
アルブムに別れを告げ、俺はそのままリエッタに案内されて、いつもの部屋まで移動した。
コンコンコン、とリエッタがノックすると、すぐに入室の許可が出る。
「失礼します。ただいま戻りました」
「早かったなエラント。座ってくれ」
「はい」
仕事をしていたらしく領主のジックスさまは手早く書類を整えるとソファに座る。そのままリエッタに目配せすると、彼女は部屋から出て行った。
「早速だが、聞かせてもらえるか?」
少しばかり声のトーンを落として領主さまは語る。
あまり大声で出来る話ではない。
だから俺も、できるだけ声を小さく報告した。
「おそらく問題はありません。今回の事件に関しては、関与していない可能性の方が高いでしょう」
それだけ聞くと領主さまは大きく息を吐いてソファの背もたれに身体を預けた。
やはり気が気ではなかったのだろう。
「そうか……良かった……」
と、安堵の表情を浮かべる。
「ですが」
「ですが!?」
まだ続きがあったことにジックス氏は声をあげた。
「娘さま、アウトです」
「……なにがあった? あ、いや、ゆっくりだ。ゆっくりと説明してくれ。結論から言うなよ。私の心臓はそこまで強くない」
「貴族である領主さまの心臓が強くないのであれば、俺の心臓なんてノミも同然ですよ。誇ってください」
「む、むぅ……」
まぁ、誇れと言われて誇れるのであれば、良い領主ではなく悪い領主になっているはず。
そうでないのだから、良い領主なんだろうが。
しかし、抱えてる問題はそれどころではないよなぁ。
「とりあえず、娘さまのもとにスパイを送り込んでおきました」
俺は王都でルーシャという名の育児放棄された少女と出会った話をして、そのルーシャをルーシュカさまのもとでメイド修行をさせることになった経緯を説明した。
「少年のような少女のメイドか……なにか問題があっても問題にはならない……いや、それはそれで問題じゃないか、エラント?」
「いや、俺もそう思ったんで釘は刺しておきました。もし、これで何か起こっていたら責任はとってくださいよ。俺もルーシャを助けた手前、知らん顔はできませんから」
「分かった。もし傷物にされていればこっちで引き取る。傷物? 私の娘は少女を傷物にするような人間なのか……!? あ、いや、分かってる。それぐらいの責任は取る。いや、取らねばならぬ」
混乱しそうで、ギリギリに理性を保っているような、そんな感じか。
貴族というか領主みたいな偉い人間には成りたくないな、やっぱり。
とりあえず、おねがいします、と俺は頭を下げた。
「ふむ……まぁ娘が黒幕でなくて良かったよ。で、こっちでも少しばかり探ってみた話がある」
「なにか情報がありましたか?」
「貴族に奴隷を売りつけようとしている商売がないか、とブラフで聞き込みを始めたがヒットはしない。似たような感じのニュアンスでも同じだった。まだ周辺の情報だけなのでハッキリしたことは言えないが……この件に貴族は関係していない可能性が高いぞ」
「そう言い切れるような根拠が?」
「人の口に蓋は出来ん。私の娘がアレだったように、恥や失敗したものは隠すが……上手い話や儲ける話、得をした話っていうのは自慢したいのが貴族という連中だ。見栄を張りたい、という一種かもしれんが。その点でいうと、奴隷や好きにして良い娼婦みたいなものを買ったとなると、必ず漏らす。私も、おまえさんにすら言えないような情報はかなり得てるし、私がおまえさんと懇意にしていることも、すでに周辺貴族は知っているはずだ。それぐらいに貴族連中は情報が回る。回ってしまう。口が軽いのではなく、自慢しないと生きていけないのが貴族という種族だ」
「なるほど。逆に聞こえてこないものは、存在しないと同義である、と」
「全てとは言わんよ。しかし、欠片も聞こえてこないのであれば、それは候補から限りなく外れると思っていい。こと、性関連に関して捻じ曲がってる貴族が多いからのぅ。加虐性は、一般人のそれを軽く上回っているのがデフォルトだと思っていい」
俺は肩をすくめる。
目の前の領主さまが、そのデフォルトが適用されていないことを精霊女王ラビアンさまに祈るばかりだ。
「とりあえず、こっちでも調査を続ける。なにか分かったら盗賊ギルドに連絡を入れておく」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は礼を言って立ち上がる。
領主さまも立ち上がって、こちらもありがとう、と礼を言ってくれた。
さて。
報告も済んだし一度ギルドに現状を報告するか。
と、リエッタに見送られながら領主の館を出ると。
移動しはじめてすぐ――
「ん?」
金髪の少女の姿が見えた。
もちろん、俺はその少女を知っている。
俺の大切な弟子、パルだった。
俺が帰ってくるのに気づいていたのか、はたまた情報を手に入れたのか。俺にも気づかせない内に迎えに来てくれるとは、なかなかやるではないか。
弟子の成長が誇らしい。
師匠という立場も、なかなか悪いものではないな。
「迎えに来てくれたのか?」
「師匠?」
「ただいま」
俺はにこやかに手をあげて、パルのもとへ向かう。
「師匠……師匠!」
それに対してパルは俺に向かって走ってきた。
なんだなんだ、ちょっと離れていた程度でそこまで寂しかったのか。
まぁ、挨拶も無しに出て行ったからなぁ。
そこは申し訳ないと思うので、しっかりと抱きしめてやろう。
と、俺は両手を広げた。
「師匠――の、バカああああぁ!」
「なっ――ぐっはぁ!?」
抱き着いてくれるのかと思ったら、違った。
パルは俺の腹に向かって、思いっきり頭突きを炸裂させたのだ。
「……ぐぅ。や、やるではないか、我が弟子……俺に痛恨の一撃を入れられるようになっていたとは、おどろき、ぐ、ぐふぅ……」
「あぁ、師匠!? ついやっちゃった! ご、ごめんなさいー!」
弟子に看取られながら逝くのも悪くない。
そう思った、おかえりの一撃、だった。