~可憐! 神さまに怒られた~
外壁に描かれたラクガキみたいな紋様。
三角の中に、なんかこう文字のようでそうで無いような物が描いてある感じ。でも文字じゃないっていうのがなんとなく分かる。
普通に見てる限りにはラクガキにしか見えない。
「でも、意味があるんだろうな」
サチがここで屈んでた。
なにをしていたのかは分からないけど、それが無意味だとは思えない。なにより、このラクガキがあるんだから、そこに意味はぜったいあるはずだ。
「乾いてるから、サチがさっき描いたわけじゃないよね」
触れてみるけど手に何も付かなかった。
墨で描かれたかは分からないけど、黒い線。濡れてる様子もないし、ちょっと風化してるようにも思える。以前からこの場所に描かれてるのは間違いないはず。
「何か他には……」
あたしは周囲を見渡した。
他に、こういったラクガキは……やっぱり無い。近くにお店もないので、デザインとか盗賊ギルドみたいな符丁みたいな感じでも無さそう。
じゃぁ、やっぱり……
「これが神殿?」
神殿の代わりに描かれた紋様なのかもしれない。
「うーん」
良く分かんない。
もし、このラクガキみたいな三角形が神殿だとすると、ここに神さまが宿っていることになる。ラビアンさまの像みたいに、この三角形が神さまをかたどってるとか?
さっきサチが座っていたのは、お祈りを捧げるために座っていた――って考えるのが普通だけど……
でも、この模様だけの神殿って、成り立つのかな?
うーん、神殿とか神さまに関することって記憶から放り投げちゃった感じがする。
こんなことなら、もっとちゃんと覚えておくんだった。
「お祈りすれば答えてくれるかな?」
あたしはラクガキ――って言ったら神殿だった場合に怒られそう――えーっと、神殿紋様の前に座って、目を閉じて、お祈りしてみた。
「神さま。サチの神さま。いらっしゃいましたら、どうぞ答えてください」
ダメでもともと。
って、思ったんだけど――
「え?」
答えてくれたのは、光の精霊女王ラビアンさまだった。
「え? え? え? あぶない?」
あたしはその場から立ち上がると、すぐに後ろへと下がった。
その瞬間――
ガシャン!
って、壁の上から何か落ちてきて、砕けて割れた。
「な、ななな……なに?」
レンガ?
じゃなくて、植木鉢みたいな……素焼きで作られた茶色い焼き物だった。
「どうして外壁の上から……え?」
危なかった。
もしもあのまま座っていたら、頭の上に直撃していた。死にはしなかったかもしれないけど、大怪我してたかも。
いや、当たり所が悪かったら気を失って、そのまま死んじゃってたかもしれない。
ホントに危なかった。
でも、なんで?
どうして外壁の上にこんな物が?
どうしてそれが落ちてきたの?
しかも、なんでラビアンさまが教えてくれたの……?
「う」
気づいた。
気づいてしまった。
気づかなければ良かったって、思った。
なにか――
なにか、いる。
あたしの隣に、なにか。
なにかが。
なにか、黒いのが……
――いる。
「あの子に手を出すな。あの子は悪いことはしない。あの子を疑うな。あの子は優しい。あの子はなにも悪くない。悪いのはいつもお前たち人間だ」
「――」
怖い。
怖かった。
声が聞こえた。
あたしのすぐ隣で、なにか黒いのが――
そっちを見れなかった。
黒い何かは、そう言って……すぐに消えてしまった。
「っ、く、はぁ、はぁ、はぁ」
汗が噴き出してきた。
息をするのを忘れてた。
怖かった。
でも。
それでも。
恐ろしいものじゃなかった。
「わ、わかりました。サチを疑ってごめんなさい……」
あたしはそれだけ言うと、その場から逃げるように移動した。
いや、あたしは全力で逃げ出した。
どこだっていい。
今は、一秒でも早く、その場から立ち去りたかった。
「あれって……きっと、神さまだ……」
たぶんだけど。
確信なんて持てないけど。
でも。
きっとそう。
怖いけど、恐ろしくはない。
だから。
「あれがサチの信仰する神さま……」
あたしはようやく立ち止まり、大きく息を吐いた。
ありがとうございます、ラビアンさま。
それから、ごめんなさいサチの信仰する神さま。
「ありがとうござい、ます」
もう一度。
それだけを言って――
「はぁ~……」
あたしはガックリと座り込んだ。
魔力糸を出し過ぎた時みたいに、身体の中から精神力が全部なくなっちゃった気分だった。
立ってられない。
心臓がバクバクとしていて、目の前がぐるぐる回りそうな気分。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
ちょっとだけ休憩して。ようやく身体と心が落ち着いてきた。
「ここは……」
あたしは顔をあげた。
そこは、ちょうど領主さまが住んでる館の近く。富裕区を駆け抜けてしまうほど、全力で走ってしまったみたい。
いつの間にか、あたしはこんなにも速く走れるようになったのか。
きっと、成長するブーツのおかげだ。
「うぅ、師匠……」
師匠に会いたい。
怖かったことを全部ぜーんぶ話して、頭を撫でてもらいたい。
そんなことを思ったからかな。
「お? 迎えに来てくれたのか?」
今、一番聞きたかった声が聞こえた。
幻かと思ったけど。
それは現実に聞こえてきた。
「師匠?」
「ただいま」
師匠がにこやかに手をあげて、あたしの思いとは裏腹に、ノンキに歩いてくるのだった。