~可憐! お休み尾行~
魔物の砦を攻略した翌日。
あたし達のパーティは冒険をお休みすることになった。
というのも――
「休暇は大事だ。ついでに、オレはちょっとした用事があるしな。みんなもそれなりに用事とかあるだろ。装備の点検も必要だし、明日は休みにしよう」
と、イークエスが言ったから。
そう言われれば確かに、と思う。
だって、毎日ずっとず~っと冒険に出てたら、装備品とかを修理したり新しく買ったりするヒマがないもん。アイテムとかポーションの補充くらいしか出来ないんじゃないかな。
あと、充分に休憩してなくて、疲れが残ってる状態で戦ったら……ぜったいに失敗も多くなる。
ひとつのミスや失敗で普通に死んじゃう可能性だってあるんだから。ひとつ判断するのが一秒遅れただけで死んじゃうかもしれないのが冒険者だから。
だから。
やっぱりお休みの日って必要だ。
「……男の子はみんな出かけたわ。パルヴァスはどうするの?」
今日はお休みなので、あたしはいつもより遅くまで眠ってた。といっても、そこまで長く寝てたわけじゃない。太陽が見えて、ルーキーたちが冒険に出て、ベテランのみなさんがギルドに集まってくる頃に起きた。
食堂にいたサチといっしょにご飯を食べて、ごちそうさました時にサチにそう言われた。
う~ん……
突然に決まったような『おやすみの日』なので、あたしの予定は無い。
もしも師匠がいるんだったら、盗賊スキルの修行でもしてもらえるんだけどなぁ。
「あたしはなーんにも。サチは?」
「お祈りしてくる」
「お祈り? 神殿に行くとか?」
「えぇ」
そっか、とあたしはうなづいたけど……たぶんサチは嘘をついてる。
サチが信仰してる神さまの神殿があるんだったら、戒律はもっと分かりやすいはず。というか戒律を嘘ついてるってことは、神殿なんてあるはずがない。
それに。
サチはいつも、少しだけ考えるように間をあけて話すことが多い。
でも、さっきは即答した。
あらかじめ用意してるみたいに答えた。
だから。
サチは嘘をついた。
それが分かった。
「あたしはどうしよっかな。う~ん、グローブでも買おうかな。スローイングのスキルがまだまだ全然ダメダメだし」
サチが嘘をついた理由は……たぶん、付いてこないで、ってことだ。
だから、あたしも嘘の予定を作る。
サチに警戒されないように。
「……パルヴァスのスキルは充分スゴイと思うけど?」
「ありがと、サチ! でも威力が無いの。あたしのナイフは刺さるだけ」
いまは狙うのが精いっぱいで、そこに力を加えられてない。もうちょっとだけ力が加えられたら、ゴブリンくらいだったら喉を一撃でつぶせると思う。
まだ刺さっただけって感じだから、そこまで威力は出ていない。だからといって、力を込めたら狙いが逸れるし。
むずかしい。
「……じゃぁ、今日はみんなバラバラね」
「そうだね」
あたしは、もうちょっとだけ食堂でゆっくりしてるから、と言って出掛けるサチを見送った。
「いってらっしゃーい」
と、ノンキに手を振ってみせる。
そしてトイレに移動すると、そのまま窓から脱出して大通りに出た。遅い時間だとギルドには人が少ないので、怪しまれなくて済む。
大通りに出ると、すぐにサチの姿を捉えた。白い神官服で目立つので尾行しやすいのが嬉しい。
「よし、がんばるぞ」
サチは黒幕じゃない。
っていうのは、あくまであたしの主観なだけで。確信を得たわけじゃない。
だから、その確信をゲットしたい。
嘘をついてる理由とか、サチが信仰する神さまとか。
不安がある。
そこに嘘がある。
だから。
あたしはサチを信じたいんだと思う。
サチアルドーティスという人間を、信用したい。
「うん」
あと、尾行の練習とかもしておきたいし。あとで師匠に褒めてもらいたい。
サチの正体、あたしが突き止めましたって言うと、ぜったいに頭を撫でてもらえるはず!
だから、サチには絶対にバレないように頑張ろう。
サチが歩いていくのは大通りのまま。人通りが多くて、尾行にはもってこいの状態だ。しかも、あまり周囲を気にしてる様子はないので、バレる心配がない。
そのままサチは富裕層が住む区域に向かっていった。
「むぅ」
これで神殿には向かっていないっていうのが分かった。だって、こっちに神さまの神殿なんて無いし。
「お祈りっていうのが嘘だったのかな……じゃぁ、貴族に用事?」
実は貴族の末っ子だったとか?
もしくは豪商の娘か、騎士の娘とか……
でも違うよね。
富裕区の大通りを進んでいくと、だんだんと静かになっていく。このまま後ろを歩いてたら、ぜったいに気づかれちゃうので、かなり距離を空けることにした。
「気配遮断ってどうやるんだろう」
師匠は真後ろにいたって分からないぐらいに、気配が無くなってた。きっと夜だったら、目の前にいたって見えなくなるくらいだ。
あれって凄かったなぁ。
うーん、どうやればいいのかな。
息を殺す?
こう……すー、っと心まで無にする感じで、空気に溶け込むような……
「――……」
あ!
ヤバイ、見失なっちゃう!
あたしは慌ててサチを追いかけた。
危ない危ない。
気配遮断に集中するあまり、尾行中ってことを忘れてた。
なんとかサチを見つけて、追いついて、そのままずーっと彼女を追いかけていくと……
「はしっこまで来ちゃった」
もう富裕区の一番奥まで来てしまった。ここまでくると富裕区っていうよりかは落ち着いた感じの住民区に近い感じ。
街の外壁の向こう側は、大きく下がる崖みたいになってるんだったかな。なだらかな丘の上にできていったのがジックス街だから、ドワーフ国で見たあの丘にちょっと似てるのかもしれない。
「あ、止まった」
サチはそんな外壁のある場所で止まって、屈んだ。
なにをやってるんだろう?
この場所からじゃ遠くて分からないや。
「でも、近づくとぜったいにバレるし……」
ここは隠れて観察して、サチが立ち去った後にあの場所を調べるしかないよね。
「じゃぁ、サチがどの方角に向かっても隠れられる場所は……」
サチの場所を把握しつつ、見つからない場所。
うーん。
屋根の上しか見つからない。
あたしはちらりとサチの様子をうかがってから幅のせまい路地に入った。
「いくよ、ブーツちゃん」
成長する防具であるブーツにお願いして、あたしは狭い路地の壁を蹴るようにジャンプした。そのまま跳ね返った壁をもう一度蹴って、屋根に手をかける。
「届いた!」
あとは身体を持ち上げて――屋根の上にあがれた!
「はぁ、はぁ。やった、のぼれた!」
そのまま屋根の上で伏せる感じでサチを見張る。相変わらず屈んだままで、屋根の上から何をしているのかまでは分からなかった。
屋根にあがるのに時間を使ったせいか、すぐにサチは立ち上がって、元来た道を戻り始める。
「危ない危ない」
あのまま元の場所に隠れていたら、大慌てで逃げないといけなかった。屋根の上に登って大正解だ。
サチが充分に離れたのを確認してから、あたしは屋根からぶらさがる。ジャンプして降りる勇気は、あたしにはまだ無い。
「っていうか、かなり怖い……!」
あたしは覚悟を決めて手を離した。
「ぐっ……あ、大丈夫だ」
着地した時に足がビリビリきそうな気がしたけど、さすが成長するブーツちゃん。ぜんっぜん衝撃がこなかった。
「もしかして、攻撃に使ってもいい?」
蹴り技とか。
あ、でも盗賊っぽくないか。
それよりも、師匠が見せてくれたスキル『影走り』とか使う方がカッコいいかな。
こう、ぎゅい、って足をひねって、ターンして、相手の裏を取る。
「んぎゃっ」
師匠の足運びをマネしてみたんだけど――つんのめって、転んだ。
「あいたたた……うぅ」
やっぱり師匠って凄いんだなぁ……なんて思いながら立ち上がって、大人しくサチがしゃがんでいた場所に移動する。
「……これって」
そこには、まるでラクガキのように描かれた物があった。
「これが、サチの信仰する神さま?」
奇妙な紋様。
どうにも普通じゃない気がして、あたしは眉根を寄せるのだった。