お勉強
短く分かれてしまったので、今日は2話投稿です。
午後は食堂で授業だ。
なんと近所の子供たちも一緒だった。
「これが人間が生存する領域の略図です。北にあるのが今私達がくらすオペランデ王領。中央がハーモニア中央政都、西側が聖アルトヘイジア教国、そして東側がウスラギルタ連邦。これらの人類領域の全てはハーモニア統一帝国そのものであり、あらゆる危機に一丸とない対処します」
今は地理のお勉強。
といっても、300年では大して版図を拡げられなかったのか複雑には見えなかった。
国の体をなす自治体は3つ。それが政都を囲むように位置しているだけだ。
この世界にはなんと海がない。
まだ見つかっていないだけかもしれないが、隣の大陸や島国が出て来ないあたり全然楽だ。
そのあとそれぞれの名所みたいなのも教えてもらったけど、今日やった分くらいなら暗唱余裕だろう。
聖アルトヘイジア教国の恵みの迷宮とか、オペランデ王領の罪の淵やアストロヴィーア魔法大学がある王都などなど。
ただし書けはしない。
次にやったのは数学……というか算数だ。
さっきの地理は口頭で地図を指しながらオリバーが喋っていただけだが、今度は黒板みたいなものを取り出して指名した人に問題の答えを書かせた。
正答率は地元の子供たちの方が高い。
前々から勉強しているのか、数字を知っているのが大きい。
僕らはどの問題を答えるにもどう読むのか、どう書くのか聞かないと答えられない。
一番初めに文字の勉強もやったけど、さすがに一回では覚えきれない。
50音みたいに文字を並べるのも無理だし、簡単な単語も読めないだろう。
やっぱり中途半端に発音だけ訳されるのも問題だ。ノートにでも書き取らせてもらわないと頭に入らない。
オリバーは授業だけでなく資料を見て覚えてほしいらしく、びっしり書き込まれた日本語とこの世界の言葉で書かれた教科書を渡された。
前の代の勇者たちが作ったものらしい。あまり見る時間は無かったが、学校の教科書というより辞書に似ていた。
「では、1+2は?」
「さーん!」
「正解!では子供たちはここまでです。あぁ、ルノアくん、さっきお母さんが台所に来るように言ってましたよ」
「おっちゃん話し方きもーい!」
「お……っ!」
日が傾いてきたころ、子供たちだけがキャハキャハと笑いながら帰り、少し難易度が上がって数学の内容に入った。
ところで、ルノアくんといい、昨日のルーミアさんといい、オリバーは今までどれだけやんちゃだったんだ。
事あるごとに言葉遣いを指摘されるじゃん。
「オリバーさんは普段どんな話し方なんですか?」
「あぁ、別に変な話し方はしてませんよ。去年までよくここで友人と飲んでいたので、その時に聞かれたんでしょう。私は酔うと口が悪くなるみたいで」
分かる。僕も『怒ると口の悪さが無限大の極限をとる』とか言われたことある。
いや上手くないから。
一旦休憩になったものの、夜になるまで授業は続いた。
内容は中学校ぐらいになり、こちらが一度学んでいるのを分かっているのかとんでもないハイペースで進んでいく。
それでも、0~9と四則演算の記号を覚えてしまえば子供たちがいた時よりは楽になった。
中学レベルの数学、それも最初の方なんて躓く理由がない。
それが終われば夕食だ。
メニューは香辛料の利いた肉野菜炒め。
豚のような鳥のような謎の肉が使われていた。
「明日は数学の時間の前半を訓練に使いましょう。もうやらなくて良さそうですし」
「数学ってどれだけ難しくなるんですか?」
「一番最後の積分でしょうか」
「「積分……?」」
「積分……」
「はい。積分です」
最終的には名前しか聞いたことのない単元に行くらしい。
微分しかやったことないんだけど、大丈夫かな?
「由奈ちゃん、積分わかる?」
「授業でやったから分かるぞ。記号が変わっているだろうから、こちらで扱ってからなら教えられる」
「さすが由奈ちゃんだよぉ~!うちも授業でやったんだけどもうさっぱりなの!教えて!」
錬が聞いたところ、若槻さん――いや、若槻様は教えられるらしい。
最悪、若槻様を崇めて教えてもらおう。
一応ペロサにも聞いておく。
「ペロサは分かる?」
「データベースには基本なんでも載ってます。聞いてくれれば答えますよ」
勝った。
食後は自由時間だそうで、ペロサとオリバーに頼んで訓練をさせてもらうことにした。
正直朝から休みなしで疲れがたまってきたが、それで休んでいられない。
「じゃあ、この時間は実際に斬ってみますか」
「斬りかかっていけばいいの?」
「はい」
とっくに日が落ち、雲で隠れ月明かりもない中、ペロサが出した光源がいくつか宙を漂う。
温色の光に照らされたペロサは、服のデザインが少しラフになり昼間にない雰囲気を醸し出している。
この服はペロサにとってもはや体の一部であるらしく、ある程度形状を変えられるらしい。
肩を出すように袖を引っ張っただけだが、雰囲気が豹変して少し幼くみえるようになった。
……まじか、これに斬りかかるのか。
「どうせ当たらないので」
僕は刀の振り方なんて全く知らない。
だから鈍器か何かだと思って振り下ろした。
ペロサはすっと横に一歩踏み出し、直後、その手にある魔法触媒は風を切る音と共に僕の首に添えられていた。
「おっふ」
「はい1キル。力みすぎですね」
それから何度もダメ出しを受けながら、無我夢中でペロサに魔法触媒をぶん回し、キル数が20を超えたあたりで
「やっぱり素振りからのほうが良かったですね」
「やっぱりかぁ」
素振りからやって刀の扱いを鍛えることになった。
昼間にオリバーが言ったことを覚えていたらしく、振りの悪いところはどんどん訂正された。
しばらくやっていると、昨日からの筋肉痛もあり、すぐに腕が辛くなった。
そうなれば今度は
「筋トレですが今日は下半身を鍛えたいと思います」
となって、動かなくなるまでやらされた。
井戸で体に水をダバーして、何かの実から出た汁も使って体を洗い、やっと宿に戻る。
今の季節は春に当たるらしく、全裸で濡れていれば流石に寒かった。
「お、おい、龍之介。大丈夫か?」
「ハー!足が、動かねー!」
食堂で文字の勉強をしていたみんなに迎えられた。
みんな勉強熱心だ。
ずっと体を動かしていたけど、大丈夫だろうか。
「勉強、進ん、だ?」
「あんまり。ていうか、書くものが黒板だけってちょっと辛いね」
「そっか、やっぱり、ノートとか、欲しいよね」
「……ほんとに大丈夫?」
「大丈夫」
今日やるべきことは終わったはずだ。
なら勉強をするべきだな。
「覚えました。勉強は部屋でやりましょう」
「え?いや大丈夫だって」
「……そうですか」
なぜそこで不満そうにする。
真顔なのに不満なのが言葉から伝わってきて、ぱっと見起こっているようにしか見えない。
ペロサは部屋でやりたいみたいだけど、流石にそこまで頼るのはよくない。
なにより僕が嫌だ。
「今は一文字ごと問題を出して、順番に答えていくかんじ」
錬が指差した黒板を見ると、文字列がずらりと並んでいた。
「これがこの世界の文字?」
「うん。発音もわからないけど、対応するアルファベットを先代が書いておいてくれたから、やりやすいね」
この世界の言語は英語に似ていなくもない。
語順も違うし、発音はわからないし、対応するアルファベットに当てはめても見知った単語に変換できたりはしないが。
それでも母音と子音があり、組み合わせて単語を作り、各単語の間に間隔を開けるというあたりがそっくりだ。
「語順を見るかぎりフランス語の方が近そうだが、私も又聞きした程度でしか知らないからな」
「あぁ、形容詞が後に来るってやつ?」
「うん」
若槻さんは頷くときは『うん』なのか。それ以外は謎口調なのに。
そんなこんなで勉強は遅くまで続き、体力が持たずに僕が眠り始めたところでお開きになったそうな。
そして錬が部屋まで僕をおぶって連れてってくれたらしい。
だいぶ無理をしていることも承知の上だし、これくらいやらないと追いつけないのも分かっているが、みっともなさすぎだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
早く体力をつけないと。




