私は正直に話した
正直だよ。嘘は言っていないから。
拾った剣を引きずりながら歩くこと5時間ほど。木々が疎らになり石畳もしっかり整備された道になってきた頃。私は道の端っこでうずくまっていた。
腹痛に襲われていたのだ。
食べたリンゴが痛んでいたか、それとも体力の果実かそれとももう一つの果実の方か。どれでも良い(いや、良くない)が、原因は分からない。もしかしてこの剣の呪いかという考えが頭の隅に過ったが痛みで霧散した。脂汗が浮かんできて意識も薄れてきた。痛みのお陰で意識を保っている状態だ。痛みのせいで朦朧としているのに痛みのお陰で意識を保っているなんて良く分からない状態を皮肉って言いたいがそんな余裕もない。
苦し紛れにリュックから毒消し草を取り出して豪快に頬張る。意識が遠退くのを阻止するほどの苦味が舌を刺激するが何とか飲み込む。すると少しだけ痛みが和らいだ気がした。気がしただけだ。とても動けるような状態じゃないので薬草も口に放り込む。毒消し草よりもましな苦味がしたが後味は甘かった。何だか複雑な味がした。
本当は何か悪いものを食べたなら吐き出した方が良いのだが、吐き出すにしても結構大変なのだ。例え口に指を突っ込んでも私は吐けなかった。実は自力で吐くっていうのは大変なことだそうだ。私は歯磨きの時に舌にブラシが当たってもオエッてしない方なので余計吐くことが難しい。
なので自然に任せて回復するしかなのだ。実のところもう吐こうという行動も億劫でただ横に痛みが引くのを待つしかない状態なのだ。結構ヤバイ状況です。
うずくまっているこの道は通行量も多いので人はいる。が、馬車等で結構な速さで走っているので隅っこの私には気付きにくい様だ。今のところ誰も話しかけては来ない。もしかして避けられている?
うん、道の隅っこでうずくまっている人がいたら流行り病を疑うかもね。それなら仕方ないか。私も立場が逆なら見捨てていたかも。
「(自分で吐ければどれだけ楽なんだろう)」
後悔しても遅いけど、今度からは良く分からない物は無闇に食べないようにしよう。多分あのステータスup系の果実はそのままで食べるもんじゃない。きっと劇薬か何かなんだよ。
無闇に食べないと心に誓いながらもとうとう私は意識が遠退くのであった。
目覚めるとそこは丸太作りのログハウスの様な天井だった。
寝起きでボーッとする頭で必死に何が起きているのか考えるが、どこからか香るシチューの様な良い匂いでお腹が自己主張を始めた。お腹がスゴく空いている。
━━あれ?
「(痛くない)」
あれだけ脂汗をかく原因だった腹痛は最初から無かったかのように感じない。胃もたれなどの変調もなし。何が起きたのでしょう?
それにしてもこの匂いは美味しそうだ。
はっ!?
もしかして私を太らせて食べようと企む魔女の家に━━なわけないか。こんなガリガリの子供太らせても大して身もないし。家畜買って食べた方が絶対安いぞ。
って若干的外れな方向に思考が飛んでいると
「気がついた?」
ドアの向こうから話し掛けられてのです。正直少しびっくりした。
声の主は一言「入っても良い?」と聞いたので反射的にどうぞと言ってしまった。私ってば迂闊すぎんだろ。
入ってきた人は少し白が強い金髪に空色の瞳の美女だった。うん、少しキリッとしてて性別がどちらか悩んだがたわわに実ったものが揺れていたので女性と判断する。あれは見事なメロンだ。同じ性別の私でも目が釘付けになる。
金髪美人さんはスープの入った木の器と皮を剥いてカットされた果物を入れたら器を乗せた盆を持ちながら部屋に入ってきた。
「腹痛で胃を痛めていたから消化に良い物が良いと思って。食べれる?」
容姿も良ければお声も良いですね。まるで極限まで張った琴の弦を爪弾いた時の様な、何処ぞの腹ペコ王の様な、少しずぼらなピアニストの様なお声ですね。ありがとうございます。
「大丈夫?」
「大丈夫です。問題ないです」
腹痛も胃もたれも有りません。お腹空いてたんです。
「そ、そう。どうぞ」
何日か振りのマトモな食事に目がギラついていたのか美人さんは少し引いていたけどお構いなしにスープを食べ始める。
スープを口の中に入れた瞬間ミルクの旨みとコクが口の中いっぱいに広がる。後から追いかけて野菜の旨みが押し寄せてきた。とても優しい味がした。久し振りの美味しい料理に感動していると美人さんはゆっくり食べるようにと言い残して部屋を出ていく。返事をしようとしても口いっぱいに頬張っているので頷くことしか出来なかった。それを見て美人さんは苦笑いしてドアを閉めた。
カットされた果物は洋梨のようだ。前世で食べたことのあるラ・フランスよりも甘くなく、強いて言えば少しねっとり?とした歯触りと控えめな甘さがとても美味しかった。そう言えば少し細長いかも。
どうでも良いことだが、洋梨とは日本に元からあった和梨と区別をつけるために使われる名前であって、和梨が無い国では洋梨こそが梨なのである。ならばこの世界では洋梨は梨なのか?
割りとどうでも良いことを真剣に考えながらもスプーンを止めずに食べ続けると直ぐにスープは無くなってしまった。
最後の洋梨の1切れを口に入れた時に私の索敵範囲内に入ってきたモノがいた。美人ではない。気を失っている間に間合いに入られた為か警鐘は鳴らなかったけど、今回の反応も危険って感じではなさそう。ふんわりとしか分からないが多分美人さんの家族かな?独り暮らしではない場合だってあるだろうし。
それにしてもこのスキル中々に万能ではないだろうか?接近してくる人物やモンスターの危険度で感じ方が違うのだ。この前の豚頭の時は眠りから一気に覚醒する程の感覚であったのに対して今の反応や美人さんの反応はとっても静かなのだ。
例えるなら豚頭の時は響くようなサイレンの音と耳元で風船が割れるような驚きで知らせら様な感じなのに対して今の反応や美人の場合はメッセージが届いたときのお知らせのような音。言葉にするなら「ピコン!」という感じ。前者に比べればすごい静か。実際に鳴っているわけではないのだろう。ステータス画面といい、これといい、まるでゲームのよう。
このとき私は閃いた。ステータス画面が出てくるならば視界の端にマップも出せるのではないかと。そうすれば感覚だけではなく視界でも敵を認識出来る筈だ。その方が色々と便利そうである。
そうと分かれば即行動とばかりに現在地の把握よりもカタログを読み込む事に熱中してしまったわたしである。
案外直ぐに目当ての物が見つかって索敵が楽しくなった。何と小さいながら左上にミニマップが出るようになりました!
しかも索敵範囲内は赤い円で分かる様になってます。そして敵意が分かる装備もおまけで追加したので色で識別してくれるので更に便利に。敵なら赤、安全なら青。判別不能は灰色で標準されるらしい。
ちなみに助けてくれた美人さんと先程の反応があった人は両方とも青だったのでひと安心。
人と動物とモンスターの区別が出来ないのがまだ改良点かな。でもその内に追加しておこうと思う。
今後の改良点を考えているとドアをノックする音がした。
少し上の空だったのでちょっとだけ慌てて返事をすると食べ終わった器を取りに来たらしい。
「全部食べれたの?」
「大変美味しかったです」
「それはありがとう。作りがいがあるよ」
少し照れ臭そうに笑う美人さんは目の保養に成ります。そう言えばこの人の耳は尖っている。所謂エルフ耳ですな。てことはこの人エルフ?
わー、エルフ始めてみた。ヤッベーうれしい。精神年齢三十路近いけどスッゴく楽しい。流石異世界、剣と魔法の世界ですわ。
さっきは空腹と空腹とやっぱり空腹でそれどころではなかったけど━━空腹しかないだろって?ばっかお前、空腹って結構な辛さですよ。しかも良い匂いもしてたし━━私かなり怪しいですよね?何でこんなに親切なの?
「聞きたいのだけど」
「はい」
「どうして道の隅っこで倒れていたの?」
それはですねぇ、腹痛を起こして倒れてたんですよ。
私は正直に今までの事━━元男爵令嬢()だった事は伏せて━━を話した。
多分体力の果実あたりが良くなかったと話していると驚愕の事実を聞かされた。
「え!?あの果実は皮に毒が有るんだよ!何でたべの?!」
少しつり目のキリッとした空色の目をこれでもかと見開いてとても驚いている美人さんの反応に内心やっぱりかーと腹痛の原因に納得していた私でした。
「でもそんな境遇なら知らないのも無理ないかな?」
「どうでしょう?」
「どうでしょうって・・」
呆れている美人さんはそう言えばと話を切り替えた。
「そう言えばお互い自己紹介してなかったね。私はベル。この街で冒険者をしてる。」
「私は・・・・・」
あ、私ってば名前なんだった?
私、痛恨のミス! お婆ちゃんはお嬢様って呼んでたから名前を呼んでいなかったし、家族なんて「この子」とか「お前」くらいで名前を呼ばれた記憶がない。
どうしようかと必死に考えすぎて頭がパンクしそうになっていると美人さん改め、ベルさんが
「もしかして名前が分からないの?」
「あー、はい。わかりません」
ちょっと恥ずかしくなって膝に掛かっている毛布をぎゅっと掴む。だって12歳だよ。12歳にもなって自分の名前が分からないなんてあり得ますか?
生活環境とかの問題だけじゃなくて、自分の名前に関心がなかったって変じゃない? 字を覚えるときに始めに書くのって自分の名前だよね?私文章から始めちゃったんだけど・・・
「(・・・それだけ辛い生活環境だったのかな? これは無闇に聞くのは酷だよね)」
「(どうしよう、恥ずかしい。精神年齢三十路近いのに自分の名前を知らないなんて、私は恥ずかしいよぉぉ)」
この時の二人で微妙にズレた勘違いをしていたことが後に発覚して笑い話になりました。
これは私が漸く自分の無関心に気が付いた話。
それで名前どうしましょうか?
嘘をつきたくなければ言わなければ良い。真実を隠すことは悪いことではない。はず。