私は気が動転した
朝起きてボーッといつもよりも重い目蓋を懸命に開く。鏡は見ていないがきっと隈でも出来ているのだろう。眠ったのに何だか疲れた気がする。
多分まだ寝ているだろうクーちゃんを探す。まだ朝早いだろうから起きていないだろうといつも寝ている私のベットの足元を見る。
・・・しかし、誰も居なかった。
「・・・?」
隠れているのかと思いベットの下、服が少ないクローゼットの中、机の下にベットの布団を剥いで見るも何処にも居ない。
私の部屋は物があまり置いていないのでさっき探した以外の場所に隠れるなど不可能だ。
それならきっともう1階に降りているのだろうと思い急くのを堪えて服を着替えて身嗜みをさっさと整え下に降りる。きっとクーちゃんは1階に居ると心に言い聞かせて。
肉球プニプニの前足で果たして一人でドアを開けられるかという疑問は全く思い付かなかった。
しかしクーちゃんは1階にも居なかった。
朝早くから朝御飯の仕度をしていたベルさんが慌てた私の姿を見て何があったのかを訊ねる。
私は相当慌てていたのだろう、要点の得ない言葉しか出てこない私をなだめてベルさんは事情を聞き出すと私に温かいスープを出して椅子に座らせた。
「大丈夫。クーちゃんはきっと散歩に行ったのよ」
ほら、クーちゃんって幻獣だから基本自由なのよ。
そう言って私の頭を撫でる。あぁ、あんまりにも慌てていたからいつも被っているマントを忘れていた。撫でられて今気がついた。
ちびりちびりと渡されたスープを飲んでいるとジンさんとリンクさんが起きてきた。
「あら、いつも寝坊助の二人が起きてくるなんて。今日は一人で起きれたのね」
「なんか目が冴えた」
「・・何となく起きた」
リンクさんは兎も角、今日はいつもより早く起きたせいなのかジンさんはとても眠そうだった。もしかしてら眠そうな目は父親似だったのだろうかリンクさんは。
椅子に座ってスープを飲む私を見ると二人は頭に?を乗せたかのような顔をしていた。おはようございますと挨拶すると何か察したのか周りを見渡してから
「あぁ、クーちゃん行ったのか」
「え?」
「・・父さん、説明はした方がいいよ」
「え???」
「ジン━━貴方また一人で行動したの?」
仕方ないわねぇ。そう言ってベルさんは私に微笑みながら言った。
「大丈夫よ。ジンがクーちゃんを行かせたのよ。危険なことなんてさせないわよ」
頼りなく見えてジンはちゃんと考えてるからね。
そう言ってジンさんの背中を思いっきり叩いて「さっさと説明しなさいよ!」と言ってからキッチンに入って行った。
背中を思いっきり叩かれたジンさんは多少咳き込みながら私に向き直り目線を合わせた。
ボソッと「強く叩きすぎだ怪力妻め」と言っていたが、キッチンの方をチラッと見ると口を閉じた。何かあったのかはジンさんのみぞ知る。
「ゴホン━━━━実は昨夜、クーちゃんがライトちゃんの部屋のドアをガリガリ引っ掻いているのを聞いてさ」
「(まさかトイレに行きたかったとか?
そういえば私はご飯食べてお風呂入って、直ぐに寝ちゃったから・・)」
「で、何かと思って話しかけてもライトちゃんは応答しないからベルを呼んで様子を見てもらったんだ」
「なるほど・・(もしかして男性だから配慮してくれたのかな?)」
ということはベルさんも何となくクーちゃんの行方を予想していたのかな?
「年頃の女の子の部屋に入る訳にはいかないからな。それでベルがドアを開けるとクーちゃんが飛び出してきてさ」
「・・ああ、あの音はその時の・━━」
どうやら結構な音がしたらしい。え、私全然気が付かなかった。危機管理が全くないのね私って。
「ベルはライトちゃんの様子を見て、俺はクーちゃんを追いかけたんだ。暫くは1階のソファーでウロウロしていたクーちゃんを見守っていたんだけどな」
「その時のライトちゃん全く起きなかったのよ。もうグッスリ寝てたわ」
蒸した野菜の入った器を持ってキッチンから出てきたベルさんはそう言った。
テーブルに置かれた野菜にジンさんは少しゲンナリしていたがベルさんの有無を言わさぬ眼差しでスッと佇まいを正した。目で語る女性ですね。
「あ~、でだ。暫くは様子を見てたんだけどな、クーちゃんが一向に部屋に戻ろうとしないから今日はリビングで寝るのかと思ったな。
次の日の朝も早いからベルを先に寝かせて俺はクーちゃんとリビングに長いこと居たんだ」
「私もてっきり貴方がクーちゃんを見ているものとばかり思っていたから、ライトちゃんが慌てて降りてきたときには何事かと思ったわ」
「すまん。それでな。クーちゃんはどうにも外に出たそうにしていたんだよ」
それで外に出したんですか。そう言いたかったがその言葉はもうちょっと後にしようと思った。話の腰を折るよりも早く聞きたかったのだ。
「クーちゃんは幻獣だからな。ここら辺のモンスター位では怪我なんてしないことは分かってた。いや、もしかすると人にも太刀打ちできないレベルのモンスターさえ敵わないかもしれないが・・・」
「話が逸れてるわよ」
「おっと、悪い悪い」
確かにクーちゃんは強い。強いと分かってはいるが全く心配しないなんてことはない。むしろ余計に心配になる。モンスターに勇猛に向かっていくのはとても心配する。特に目の届かない所でそんなことをしていると思うと余計に・・・・・
「クーちゃんの目を見てたら「外に出してくれ」って訴えてきたから・・・キチンと説明するべきだったな。ごめんな」
「いえ、クーちゃんも頑固なところがありますから」
そう返した私に小さい声で「親にそっくりだよね」と呟くリンクさんの声はしっかり私の耳にも届いていた。
そしてリンクさんの耳が良い由縁のベルさんが聞こえていないはずもなく、クスリと呟きに笑っていた。
むー。確かに頑固なところはあるとは自覚していますけど、二人には言われたくないかと。
特に私に対しての過保護な態度とか。何度言っても止めてくれないじゃないですか。それもかなりの頑固者だと思いますよ。
「多分クーちゃんは森に行ったんだ。そんな気がする」
「ライトちゃん、大丈夫よ」
さっきからベルさんそれしか言ってないように思うのですが。でもその言葉には何か自信があるのだ。何かわからないけど、確かに大丈夫だと思えた。不思議だ。
ジンさんもまるでクーちゃんと直接話したかの様に話す。私もある程度の意思の疎通は出来るが、そこまで明確には無理だろうな。
「・・なら心配せずに待っていれば帰ってくるんだ?」
「「そうね」だな」
話は一旦お開きになった。朝御飯を食べないとスープは冷めるし、片付かないとベルさんの冷たい目線が怖いので冷めない内に食べた。
昨夜のご飯よりは味がしたような気がした。
ご飯を食べた後は何もしないでいることに耐えられなかったので食後の後片付けを買って出た。ベルさんは今日はお菓子を作るからとキッチンで一緒に作業をしていた。
暖炉の温かさが循環するこの家では水仕事をしていてもあまり苦ではない。けれどそれは春が近くなってきたからであって真冬に水仕事は辛かったよ。
しかもベルさんはスゴい。真冬でもお湯を使わずに水仕事をしているのだ。油汚れはベルさんお手製の薬品で水でも落ちて手荒れも防止。環境にも優しい食器用洗剤が地球にも有ったら良かったのにと、つい思ってしまった。
ベルさん曰く
「お湯を使うと手の油脂が落ちて荒れるのよ~」
だそうです。確かにベルさんの手は細かな古傷が有るものの、荒れてはいなかった。でも私は知っている。
ベルさん特製のハンドクリームがものすごい効き目があることを。私も1瓶貰ったので使ってみると、指先にあったザラザラ感が直ってしまったのが衝撃的だった。
歳の割りに手が荒れていた私の手が今ではプニプニのスベスベで御座います。
いったいどんな高い素材を使っているのかと戦々恐々としたのは懐かしい。
これでもまだ一年も経っていないのには突っ込みを入れないでね。とっても濃い日々ですから。
今日は保護者二人供は休みらしい。森の異変を調査することもギルドは止めてしまったので暇らしい。けれども二人に不安も焦りもないのは何故だろう。
そんな保護者の1人であるベルさんはクッキーを焼いていた。その匂いでジンさんがちょくちょくキッチンに顔を出しては摘まみ食いに警戒するベルさんにお玉で頭を叩かれていた。
それを呆れた顔でリンクさんと二人で見ていた。
そんないつもの光景に少しだけ笑える気がした。
そしてその日はクーちゃんが帰ってくることはなかった。




