私は痛感した
やっぱり少しは無いとなにも出来ないよね。
この家を出て行く準備というものは、さして必要なかった。何せ着の身着のまま。しかも、着ているものは、スキルでMP消費しながら具現化している物ときた。
お金なんて1ギルもない。でもここに居るよりはマシだ。
こんなことなら、お婆ちゃん侍女さんの忠告通り、使わずに貯めておけば良かったかとも思ったが、後悔はしていない。
一応、私の寝室━━隙間風が吹き天井もボロボロネズミとはお友達だぜ━━に置いてある、本当に少ない私物を小さなリュックにしまい、さっさと家を出る準備をする。準備と言えるほど時間はかからないが。
お金になりそうなものは一切持っていないので、両親が別々に隠してあるヘソクリを持ち出そうかとも思ったが、後で盗人と訴えられたくもないので私物以外は持っていくまいと決意した。
とは言え、売れるような物がその辺に置いてあるほどこの家は裕福ではないから、持っていくだけ邪魔になりそうだ。
まさか両親も、先程の「嫌だ」発言で私が家から出て行くとは思っていないのか、誰にも捕まることなく、出会うこともなく呆気なく家から出られた。まぁ、日頃から家に居なくても気付かれない私が居なくなろうと気にしないだろう。少し前なら多少の感傷はあったが、今ではなんとも思わない。心が死んだのだろうか?ま、別に良いか。
家を出て、最初に向かったのは林の中の大きな木の根元。そこに私のヘソクリが隠してある。きちんと深い穴を掘って、浅いところにダミーを仕掛けておいたからか無事であった。たまに野良犬が掘り返したりして、紛失しかけたことがあるので念には念を入れていたのが良かった。
ヘソクリの総額は1000ギル。平民からしたら大金だ。何故私がそんな大金を持っているかというと、細々と内職をして稼いだ分の100ギルと、お婆ちゃん侍女さんから譲り受けた遺産の900ギルだ。あのお婆ちゃん侍女さんには息子が一人居たそうだが、お金にだらしなく、借金を両親に押し付けて雲隠れしたらしい。借金は家や家財道具等売り払って何とか返せたが、心労が祟って旦那さんが亡くなり、住み込みで男爵家に仕えていたのだそうだ。なので、遺すなら私に遺すと、何故か私が貰うことになった。
キチンと法的な手続きも完了していたことに関しては、開いた口が塞がらない程に驚きました。
こんなに有るなら心配無いのではないか、と思うだろう。しかし、このお金は有って無いようなものだ。何せ今から無くなるのだから。
他にも色々と隠してあった私物も全て回収してこれで準備は完全に終わった私が向かうのは村に有る小さな役所である。
ここで私は、全財産の1000ギルを失わないといけない。
元々、お婆ちゃん侍女さんに家を出た方が良いと言われてはいた。だから彼女は私に遺産を遺してくれたし、色々なことを教えてくれた。細々と内職でお金を貯めていたのも、彼女からのアドバイスだった。お婆ちゃん侍女さんの事を思い出すと暖かい気持ちになる反面、亡くなった事を思い出して悲しくなる。鼻の奥がツーンとするのを、鼻を擦ることで誤魔化して役所に入った。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。本日はどの様ご用件でしょうか?」
上手に笑えたか分からないが、少し口の端を上げて挨拶すると、受付の人がにこやかに対応してくれた。お婆ちゃん侍女さんよりも年下だが、えくぼの深さが似ていて、またツーンとなる鼻を啜ることで誤魔化した。
何故役所に来たのか、何故1000ギルが直ぐに無くなるかというと、今からする事で使いきるからだ。
「貴族籍からの除籍の手続きをしに来ました」
「・・・かしこまりました」
少し驚かれたが、直ぐに対応してくれたので良かった。人によっては、イタズラだと思って対応してくれない受付も居るらしい。お婆ちゃん侍女さん曰く「人の良さそうな人か、真面目そうな人」を選ぶようにと言われていた。そして、事前からその人の良さそうな受付の人に相談していたことも良かったのだろう。
「こちらの書類にサインをすれば完了します。良くご確認してから、サインしてください」
「はい」
こういう書類は、後悔しないように確り確認する必要がある。無いとは思うが、後で両親に家に戻されたり、良いように利用されないように慎重にしないと。だって利用されるのは癪だもの。
「お願いします」
「承りました。はい、こちらの書類には不備は御座いませんね。」
「次は血縁との絶縁の手続きをお願いします」
「畏まりました」
続いて、こちらの家族との縁を切る手続きもする。この手続きは親からされることは有れど、未成年の子供からするのは前例がないらしく、未成年だから出来ないと言った制限はない。お金さえ払えば成立してしまう、ちょっと恐ろしいが、私にとっては渡りに舟だった。
一枚目と同じ様に確認してサインする。
「はい、確認しました。では総額1000ギルになります。」
「はい」
お金を入れた袋をカウンターに置いて、受付の人が中の金額を確認するのを待つ。暫くして、確認が終わったのか、私に最終確認。そして、晴れて私は、ただの何処にでもいる平民となったのだ。
こうして、晴れ晴れとした気分で役所出た私は、颯爽と、村からもこの男爵領からも早々に出ていくべく、準備のために市場に向かった。
と、来たのは良いが、私は失念していた。
所持金が0だと。
この世の厳しさとは少し違うが、世の中多少の金がないと何も出来ないと私は痛感した。
ま、別に良いか。
これは少し自暴自棄になりかけた私の話。
お金ってものは無いとなにも出来ないものですよ。世知辛いです。