第二話 インストール開始
俺の意識がネットに入り込んでいる可能性がある。
そう仮説を立てた俺はすったもんだの末意識を現実に戻し、つけっぱなしになっていたパソコンを調べてみる。
調べる先はパソコンのストレージの中身だ。
果たしてストレージを開いてみるとそこにはさっき夢の中で見たものと全く同じ内容が記録されている。
これは恐らく間違いないだろう。
そう確信した俺は、その夜から幾度となく例の空間に入り込んでみることにした。
紆余曲折あったのだが簡単に分かったことを述べる。
まず一つ、あの謎の空間に入るためには自分のパソコンがつけっぱなしでなければならないということ。
スマホから入っているわけではなく俺のパソコンからしか入り込むことはできなかった。
その次に、あの背景の青い光はディスプレイの背景と一致しているということ。
冷静になってみてみれば、全く同じだったことに気づき、調べて変更してみたら全く同じように変化が現れた。
そして、最後にあの空間から出るには意識をシャットダウンしようと思ったり、ログアウトしようと思ったりすれば簡単に出られるようだということ。
逆に入りたいときも簡単で、パソコンが付いた状態で眠るか、目をつぶってあの空間にログインしようと思えばいいだけということが判明してる。
分かったことといえばこのぐらいであろうか。
つまり、確定ではないものの、恐らく俺の意識がパソコンの中に取り込まれているというのがあの状態を表しているのではないだろうか。
さて、この状況に対して俺がどう対処するのかというのが今考えるべきことだろう。
というのも、このまま放置していたとしても、何ら問題はないことはほぼほぼ確実だ。
パソコンを消して眠ればいいわけだし、万が一消し忘れてもあそこから出る方法は確立されている。
だから、俺には今回のことに関しては特に気にせず、そのまま普通に学生生活を過ごすという方法も確かに存在している。
正直俺もほんとに何もできないままだったらその方法を選んでいたかもしれない。
だが、パソコンの使い方を覚えたことによって新たにできることが増えた。
つまり他にもパソコンの技能を覚えることができればさらにいろいろとできることが増えるのではないだろうか。
そう思うとわくわくしてくる。
好奇心は猫を殺すともいうけれど、だからと言って人は、少なくとも俺は好奇心を抑え込めるほど利口ではないのだ。
と、そんなわけでどう対処するのかについては一瞬で深入りしていこうということで決着がついた。
で、次の議題として俺はあの空間で頭以外動かせないというのを何とかしたいと考えているわけだ。
あくまで勝手な考察ではあるが、口を動かして話せるというのはおそらくタイピングの技能をある程度習得しているからじゃないかと思う。
で、目も動かせるというのは恐らくマウスポインターを動かす術を知っているからだろう。
口などの情報伝達手段がキーボード。
目の役割をしているのは恐らくマウスポインターとディスプレイだろうか。
耳の役割はイヤホンかスピーカー。
では、手や足はどういう風に動かせばいいのだろうか。
ああでもない、こうでもないと四苦八苦することおよそ6時間。
例の空間にまた別の変化が現れた。
そう、ドアの出現である。
扉にドアノブが付いているドアで、引っ張れば普通に開けれそうな気がする、そんなドアだ。
だがしかし、俺は体を動かすことができないので、それを試すことはできない。
ただ、このドアの出現によって、俺の中で一つの仮説がおおよそ正しいのではないかと判断できる程度にはなった。
恐らく、俺が今いる空間はデスクトップで間違いないだろう。
あのドアはさっき俺が使い方を若干理解した、デスクトップから他の保存先、別のフォルダなどに行けるアイコンとつながっているのではないだろうか。
とはいえ、体を動かせない以上、あのドアの先が実際どうなっているのかを知るすべは俺にはないわけで。
結局どうにもならないまま、一日が終わってしまうのであった。
◇◆◇
翌日。
今日は日曜日、明日はついに入学式であり、そして今日は俺の従兄がパソコンをいじってくれる日でもある。
約束の通り、昼前に従兄がやってきてパソコンをあれこれいじり始めて数時間。
その間に俺はスマホでパソコンのことについていろいろと調べていた。
とにもかくにも体を動かせないことには話が始まらない。
パソコンの中に入り込めるというのは凄いというのは間違いないが、自分の体を動かせないというのではその魅力も半減どころか数パーセント程度しかないといっても過言ではないだろう。
自分の体を動かすという単純なことがなぜできないのかを悩んでいると、いつの間にか作業が終わったようで従兄が俺を呼びに来る。
「おーい、東、設定できたぞ。
個人の好みとかもあるだろうから部屋に行こうぜ」
「了解、ちょっと待ってて」
従兄に連れられていろいろとハード面での説明を受ける。
ちょっと小難しい話でよく分からない点もいくつかあったがその辺は聞き流しつつではあるが何となく理解しておく。
「ま、もしなんかあれば時間が余ってる時なら呼んでくれれば治しに来るから。
で、ハードの方はこんなもんで後はソフト面だな。
絶対使うだろう表計算用ソフトとか、あると便利なやつとかをいくつか追加で入れておいた」
これとこれとこれがそうだなんて言う説明を受けていると、突然従兄がにやにやとし始める。
「そして、最後にもう一つ。
俺からの入学祝として一つ、おすすめのソフトを入れておいた。
それが、これだ」
そうして、画面にあるピンク色のハートが目を引くアイコンを指さす。
アイコンの名前は『ヒューマンメイカー』。
聞いたことのないソフトだがどういうものなのだろう。
疑問符が顔に出ていたのだろうか、すぐに説明をしてくれる。
「この『ヒューマンメイカー』は文字通り、人を作ることができるソフトだ。
といってももちろん外見だけだが。
一部の人の間では結構有名なソフトなんだ。
まぁ、簡単に使い方を教えてやるよ」
そういってアイコンをクリックしてアプリを起動させた。
「最初に男か女かを選ぶ。
そうすると、プリセットが出てくるから、作りたい人物像に近いやつを選ぶんだ。
まぁ、今回はサンプルだから男で、一番上の奴にしておこう。
この後細かい調整なんかができるんだが今回は特に設定しないでいいや。
で、まぁ一先ずキャラクターが出来上がったわけだ。
で、ここからがすごいわけよ。
このソフトを使ってる世界中のユーザーがこのソフト内で使えるいろんなモーションとかを配布してるんだ。
たとえば、このモーションをこのキャラクターにやらせると……。
ほら、シャドーボクシングを始めただろ?
こんな感じで自分でキャラクターを作って好きなように動かすなんてことができるわけだ。
勿論、難しいけど自分でモーションを作りたければ作ることも一応できる。
まぁ、思春期の男子がこのソフトをどう使うかなんて分かり切った話だけどな。
励めよ!」
グッと親指を立てつつこっちに話しかけてきた従兄であったが、その時俺は全く別のことを考えていた。
勿論、そっちの方に興味がわかなかったとかそういう話ではなく、そっちの話も興味津々ではあるのだがそれよりも、俺の頭をよぎったのはモーションを自分の体に適用できないだろうかということであった。
七面倒くさい手順を踏まなければいけないかもしれないが、あの空間の中で動けないよりはずっといい。
「夕食の後ぐらいまでは家にいるからいろいろといじってみて何か分かったら言ってくれ。だが、まだ日が昇ってるってことは忘れるなよ?」といいつつ従兄が部屋を出ていき、一人になった俺はさっそく、世界のいろんな人が作ったというモーションをいろいろと見てみる。
アニメとかで有名な動きや空想上でしかありえないような空を飛ぶモーション、ちょっぴり……というか、男のキャラがやってるからそう見えるだけで、キャラによってはがっつりエッチぃ感じになりそうなモーションなどなど。
多種多様なモーションがあるようだ
すぐにでも試したかったのだが、従兄がいる状況だと俺の部屋に入ってきてしまう可能性があるわけで。
それはいろいろと不味いかなと思い、夕食を食べて従兄が自宅へ帰って行った後で試すことにした。
結果としては見事成功。
イメージとしては自分の体をロボットに見立ててラジコンのように動かしている感じだろうか。
不思議な感じではあるが暫くすれば普通に動き回るぐらいならば不自由なく行けそうな気がする。
楽しくなった俺は、明日が入学式でさすがにそろそろ寝ないとやばいということに気が付くまで夢中でパソコン内を動き回ったのであった。