第一話 HELLO WORLD
よろしくお願いいたします。
俺こと竜胆東が急に変わった夢を見始めたのは3月28日のことだった。
高校受験を無事に乗り切り、大学までエスカレーター式に進学できる高校に滑り込めたことが確定して、ほっと一息。
燃え尽き症候群よろしくベッドの上でゴロゴロとしていた穏やかな温かさが広がっていた今日、3月27日。
スマホをいじったりしつつ、グダグダしていた俺の部屋に仕事が休みだった父親がやってきた。
「よし、東。
買い物に行くぞ」
「買い物?
何買いに行くの?」
「お前の入学祝だよ、喜べ」
特段用事もなかった俺は当然ついていかないわけがない。
車に乗せられて十数分、ついた先はパソコンの専門店のようだ。
どうやらパソコンを買ってくれるらしい。
父曰く、自分は会社に入るまでパソコンを一切触ってこなくて苦労したから、お前も高校生になったんだしパソコンを触っておけとのこと。
実際パソコンを使えて損はないと思ったし、勉強をしなくなって滅茶苦茶暇を持て余していた俺は、それに同意。
無駄に予算を持ってきていた父は自分がパソコンに詳しくないこともあって店員さんの薦めるがままに購入。
当然パソコンにこれまでほとんど触れてこなかった俺も異論を口にすることはなく。
後に、俺の従兄が来るまではわからなかったのだが、結果として初心者の俺には使えないほど無駄にスペックの高いパソコンが俺の部屋に鎮座することとなったのである。
さて、パソコンが設置された翌日。
パソコンの前に座った俺は何をしていたかというと自分にとって使いやすいように個人設定をいじって……なんてことはなかった。
一家そろって詳細なPC技能を持ち合わせていない我が家庭。
俺の父方の方の従兄がPC関係の仕事についているということもあって、彼が来てくれる4月の頭までその辺は放置。
パソコンをネットにつなげる作業も従兄がやってくれることになっているのでまだパソコンは使えないままの状態。
じゃあ、何をやっていたのかといえば、カタカタとキーボードを鳴らしてタイピング練習である。
一緒に店員さんがつけてくれたタイピング練習用のソフトを入れてカタカタカタカタ。
最初は今までほとんど触ったことのなかった真新しいものだっただけに楽しくタイピングをし続けていた。
だが、タイピング練習というのは基本的に単調な作業。
次第に眠気が増していき、いつの間にやら寝落ちしていたのだった。
◇◆◇
気が付くと俺は変わった空間の中で仰向けに寝転んでいた。
辺りは一面青系統の色でまとめられた不思議な空間だ。
見渡す限り、ものは何一つとしてない。
いや、よくよく見ると一つだけ、白いごみ箱のようなものが置いてあるようだ。
一応頭だけは動くのだが、寝転がったまんまで俺の四肢は全くもって動く気配がない。
「……ぁ、ぁ。
……あ、あ」
最初は乾燥してるのかうまく声を出せなかったのだが何度か声を出すうちに普通に声が出始める。
「もしもーし、誰かいませんか~?
もしも~し!」
とりあえず声は出せるということで何かしらの反応がないかと呼びかけてみる。
悪い研究者とかが俺を何かしらの理由でとらえたのかもしれない、そんなドラマの見過ぎのようなことを思いつつの呼びかけで合ったのだが、予想通りというべきだろうか、返事はない。
そもそも、今いるこの空間はどこか普通ではないのだ。
言葉で言い表すのならば、非常に現実感がない場所というのが率直に俺の今いる場所を表しているといえる。
先ほど声をかなり大きく出したにもかかわらず、声が反響するようなことがなかったことからもわかるようにここはものすごく広い。
というかほぼ無限に広がっているのではないかとさえ思えるほどの広さである。
床は存在しているが、天井も壁も、それに相当するようなものは俺の目には見えない。
とするならば、この現象を説明できる答えは一つだ。
「これはいわゆる金縛り、もしくは明晰夢ってやつか?
景色が青いのはブルーライトをずっと見てたからなのかな?」
口だけは動くので冷静になるためにあえて独り言でつぶやく。
非現実的かつ無限に広がっているようにも見えるこの空間。
それ即ち夢だろうというのが少し考えたうえでの俺の結論であった。
俺の記憶が正しければ今現在、俺の実態は自室の買ってもらったパソコンの前で腕を枕にして眠っているはず。
ならば腕が動かないのも納得できる話で、俺の体と机に挟まれているのだから動かしようにも動かせない。
故にこの空間の俺の体も動かないと脳が認識している。
そんなことだろうと当たりをつける。
兎に角、金縛りのような状態に陥った時は冷静になることが大切というのをどこかで見た気がするので冷静に一つ一つ解決を試みる。
本当に冷静ならきっとこの段階で何が起きたのかに気が付けたのかもしれないが、当時の俺にとっては自分が金縛りにあってるという状況を受け入れるので精いっぱいだった。
「とりあえず、ここは夢なわけだろ?
なら、目を覚ませばいいわけだ」
そんなことを思い目をつぶってみたり頑張って体を動かしてみようとしたりするも、全く進展はない。
寝ている状態と同じ体制になれば、動くようになるかと思っても、そもそもうつぶせにすらなれないのである。
そんな状況の中、相応の時間を無駄にしたころ。
思考がループし、若干パニックになりかけていることに気づくことができたのでいったん自分の意識をシャットダウンしよう。
何も考えずに少し待とう。
そう思い目をつぶって深呼吸をした瞬間、俺は自分の部屋へと戻ってきていた。
思い描いていた通りのパソコンの画面の前で腕を組んで枕にした状態で。
この時の俺は多分頭の重みで手がしびれたせいであんな夢を見たんだろうなとしか思わなかった。
◇◆◇
その後、無事に年度が一つ増え4月となり、入学式も目前となった今日。
あの空間に入ったという記憶が若干薄れてきた頃にまたしても俺は謎の空間へと誘われていた。
やはり体の状況としては前回と同じで、仰向けに寝転んでいる状況だ。
身体はピクリとも動かず、動かせるのは頭だけ。
声を出してみると、それは問題なく発生することができた。
空間の状況としてはやはり周りが青いことに変わりはなく、ごみ箱が置いてあるところも同じだ。
ただ、少し違う点として、俺から見て少し離れた場所の上空に真っ白い雲のようなものが浮いているのが見える。
その雲は俺が気づいてのとほぼ同時にこちらへゆらゆらと流れてくる。
高度が下がりその厚さがわかったのだが、雲のように思えたものはペラペラの、一枚の紙らしいということだ。
手を伸ばせば届きそうな高さほどにまで降りてきた紙に何か書いてあるのかと期待してじっくりと見てみる。
するとそこにはこんなことが書かれていた。
『意味ありげに近づいてきたし何かこの空間に関することが書かれてないかな~』
はて?
これは一体どういうことなのだろう。
書いてある文章の意味がよく分からず悩み始めた瞬間、新たな文章が書き加えられる。
『ん?
何だこの文章、まるで意味が分からん』
……。
…………!
もしかして、これは……。
そう俺が思いつくと同時に紙にも新たな文章が書き加えられていく。
『これはもしや俺の頭の中の文章そのものなのでは?
とすると俺の考えていることがそのままこの紙に映し出されているってことか?
じゃあ、そうだな~。
俺はいま夕食で何が食べたいでしょうか。
う~ん、ステーキとかすき焼き、とにかく肉系が食べたいなぁ』
『なるほど、思ってることがそのままここに出てくるっていうのは間違いないな。
じゃあ、絵とかもここに出せるのかな?
犬の絵でも出してみようかな。
……。
犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬。
……。
トイプードル、チワワ、ミニチュアダックスフンド、ラブラドールレトリバー、ドーベルマン、ブルドック。
……。
でないか』
『頭に浮かんだことがそのままこの紙に書かれていることに間違いはない。
だがしかし、これが一体何かということについての答えが出ていないのが問題だ。
頭の中だけで考えているとこんがらかってしまうので紙に書いてメモを取りたいな。
こういう考えをまとめるときはパソコンとかじゃなくて実際に手元に紙を用意して考えた方がやりやすいんだよな。
まぁ、手が動かないから何の意味もないけどさ。
……待てよ、メモ?』
脳裏に一つ考えが浮かぶ。
というのも、ついさっき俺はパソコンでメモ帳を出すやり方を覚えたばかりだったのだ。
これが仮にメモ帳だと確信を得られればこの空間に対する説明も付けられるかもしれない。
ともかく、確認のため幾つか試してみる。
『これは恐らく、今日ようやく使い方というか出し方を覚えたメモ帳の機能だとするとコピーとペーストとかもできるんじゃないのか?
じゃあ、これはからないのか?ってところまでをコピーして。
この文章の後に改行して張り付け
これは恐らく、今日ようやく使い方というか出し方を覚えたメモ帳の機能だとするとコピーとペーストとかもできるんじゃないのか?
すれば……。
なるほどなるほど』
『メモ帳だとするなら、消し方も簡単なはず。
AltとF4』
そう思った瞬間、確かに目の前にあったはずの紙が俺の目に向かって飛び込んでくる。
思わず目をつぶってしまい、数舜後。
目を再び開けた時にはきれいさっぱりなくなってしまっていた。
「トイプードル、チワワ、ミニチュアダックスフンド、ラブラドールレトリバー、ドーベルマン、ブルドック。
恐らく順番も完璧なんだろうな、これ」
確かめてみればはっきりするが頭に浮かんでくる時点で確かめる必要もないだろう。
さっきの紙の内容がすべて頭の中に浮かんでくる。
さて、俺の身に起きたことをなんとなくわかったかもしれないが改めて説明させてもらおう。
どうやら、俺はパソコンの中に入り込めるようになってしまった。
そういうことのようだ。