絶望
突然だった。その不気味な男が現れたのは。
俺はただ、おっさん夫婦と一緒に駄弁りながら帰途に着こうと歩いていただけだ。
すると、急にセリカさんがおっさんを突き飛ばした。
次の瞬間、セリカさんの体にどす黒い剣が縦に突き刺さっていた。
少し離れた位置に何とも奇怪な男が立っていた。黒いシルクハットを頭に被り、正装に黒いマントを羽織っている。腰には中世によくある細身の剣、レイピアだったか、それを差していた。顔は天狗のような気味の悪い仮面をしており、人相が分からない。ピエロをとことん不気味にしたような恰好だ。
「やあ、夜分遅く申し訳ない。急で悪いけど君達にはここで死んでもらわなければならなくなった。」
「何だ、てめぇ。セリカに何しやがった!!」
おっさんが声を荒げて、ピエロ男を問い詰める。
「申し訳ない。自己紹介がまだだったね。これから殺してしまう相手でもしっかり名を名乗っておくのが僕の流儀なんでね。」
すると、ピエロ男は右手を内旋させ、一礼する。
「僕の名はバーナード。綺麗な女性に目が無くてね。ぜひ、そこの女性を頂きたいと思い参上した次第だよ。後、彼女に突き刺さっている剣は実体のあるものじゃない、ただ体の自由を奪い徐々に命を吸収していく呪法が仕込まれているだけさ。」
すると、おっさんが俺の目の前から突然消えた。
次の瞬間、ピエロ男が吹っ飛び、壁に叩きつけられていた。
「呪法か。呪いの類は術者が解くか、死ねば解除されるんだろ。だったら今すぐ殺してやるよ。」
おっさんは静かに怒り狂っていた。黒光りする剣でピエロ男に斬りかかる。
ピエロ男が叩きつけられた壁がおっさんの一撃で跡形もなく崩壊する。
あれで生きているとは思えないが、セリカさんが解放されていないのを見る限り、まだ死んでいないんだろう。どこだ?
「まだ、君の質問に答えている最中だったんだがね。」
ピエロ男は俺とセリカさんの後ろで何事も無かったかのように立っていた。
「全く。だから先に君を呪いの剣で刺してしまいたかったのに。この女が庇うせいで面倒なことになってしまった。」
ピエロ男はセリカさんに近づき、頬を撫でた。
「それにしても、本当に彼女は綺麗な女性だ。早く彼女が欲しい。」
「俺のセリカに触ってんじゃねぇぞ!変態野郎が!」
おっさんが地面が抉れるほど凄まじい速度でこっちに向かってきた。
「ちょっと待った。この状況が見て分からないかい。今、彼女は僕の腕の中だ。じわじわと死を待つ彼女を今すぐ殺してしまってもいいんだよ。」
おっさんの動きがピタリと止まった。
「分かっているじゃないか。僕はね、彼女のここが欲しいだけなんだ。実際の命は何とも思っちゃいない。だから、殺そうと思えばいつでも殺せるんだ。それを忘れないでいてくれたまえ。」
そう言ってピエロ男は彼女の左胸を指で差した。
「そうか。お前が心臓狩りか。」
「巷でそう呼ばれていることは知っているよ。僕は人の心臓が大好きなんだ。だって凄く綺麗だとは思わないかい。1日中眺めていたって飽きないよ。
だからつい道端で綺麗な女性を見ると興奮が抑えきれなくなってね、殺して奪いたくなってしまうんだよ。」
「この変態屑野郎が。」
「そんなことを言って彼女がどうなってもいいのかい。」
ピエロ男はナイフを取り出し、セリカさんの首に突き立てた。
「やめろ!!頼む。殺さないでくれ!」
「分かっているなら今すぐ剣を放り捨てるんだ。」
「・・・分かった、ただその代わり彼女をこっちに渡せ。」
「君は自分が要求できる立場だと思っているのかい?」
「ぐっ・・・。」
おっさんは黙って剣を放り投げた。
というかこいつ、俺に気付いていないのか。こんなに近くにいるのに意にも介していないようだ。
子供には何もできないと意識から外しているのか。
だとしたらチャンスだ。俺は残念ながら子供ではない。
この絶望的状況をひっくり返せるのは俺しかいない。
隙さえ作ればあのおっさんがピエロ男とセリカさんを引き剥がせるだろう。
何とかして、隙を作らねば。
俺はさっきおっさんが壁をぶち壊したときにこっちに飛んできた掌サイズの瓦礫片を持って、ピエロ男に気付かれないよう街灯によじ登った。幸いあちらは会話に夢中でこちらには目もくれない。
俺は街灯の上から跳んで、瓦礫片をピエロ男の後頭部に力一杯叩きつけてやった。
「ぐあっ!?」
ピエロ男は呻き声を上げた。その瞬間、おっさんが一瞬で距離を詰め、ピエロ男の顔面に拳を食らわせてやった。
ピエロ男は後方30mほど吹き飛んだ。
「ありがとよ、坊主。いい奇襲だった。」
おっさんはセリカさんを抱き止め、近くに寝かせる。突き刺さっていたどす黒い剣も消えている。
やったのか?いや・・・
「まだだ、おっさん!ピエロ男が消えてる。」
「何!?」
ピエロ男はついさっき吹っ飛んだ位置にいなかった。
すると俺の真横から声がした。
「糞ガキが、調子に乗るなよ。」
次の瞬間、俺は何が起きたが分からず、気付けば壁に叩きつけられていた。
痛みがコンマ数秒遅れてくる。
全身に激痛が走り、初めて自分が蹴り飛ばされたのを理解した。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
腹を蹴られたせいであばら骨が何本も折れているのが分かる。
背中にも激痛が走っている。背骨も何本か折れているのだろう。
こんな激痛、耐えられるわけがない。痛みで今にも意識が飛びそうだった。
おっさんとピエロ男が戦っている。おっさん強いしすぐに倒してくれるだろ。後は任せたぞ、おっさん。
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(おっさん視点です)
「っ坊主-----!!」
坊主が奴の蹴りを食らってレンガの壁に叩きつけられてしまった。あれはまずい。死んじまったか?
「よそ見している場合じゃありませんよ。」
地面からどす黒い剣が何本も飛び出てきた。
「あっぶね!」
予想外の攻撃だったが、俺は何とか躱すことが出来た。
「よく躱しましたね。」
「ちっ、気持ち悪い魔法ばかり使うもんだな。」
「ふっ、あなたはこれからその魔法に殺されるんですよ。」
奴の足元から今度は黒い腕が伸びてきた。俺を捕えようと腕が追ってくるが、遅い。簡単に避けられる。
「中々捕まえさせてくれませんね。うっとおしい。」
「そんなのろまな魔法じゃ、俺は捕まらんぞ。」
強気な台詞を吐いたはいいが、丸腰なせいで攻撃を仕掛けられない。
先程から、奴の隙を突いて剣を拾う機会を伺っているのだが、中々隙を見せてくれない。
しかし、どうやら奴は先程の一撃で怒ったらしく、標的をセリカから俺に変えたようだった。
もうセリカのほうには見向きもしない。
それは俺にとって好都合だ。正攻法なら負ける気はしない。
俺は奴の攻撃を躱す途中で、細かい瓦礫を手に含んだ。
「躱すだけでは私は殺せませんよ。」
「そうだな。そろそろこっちから仕掛けさせてもらう!」
俺は奴との距離を一気に詰め、そのまま懐に入ると見せかけ、奴の顔面に石つぶてを食らわせてやった。
「ぐっ、小賢しいっ。」
よし。今がチャンスだ。
俺はすぐさま、剣のある方向へと走り、剣の元に着いた、
その瞬間だった。
突然、俺を中心とし八方から黒い槍が俺の体を貫いた。
「ぐあぁぁぁっ!何だ、これは!」
身動きもとることが出来ない。
「ようやく、剣を拾いに行きましたか。」
男は不気味に笑いながらそう言った。
「全く、最初から剣を拾いに行ってくれれば、こんなに時間もかからなかったのに。」
どうやら罠だったようだ。
最初からこのつもりだったのか、糞っ!
「ふふっ、さて、このまま殺してもいいのですが、
折角ですから面白いものを見させてあげましょう。」
面白いものって、まさか・・・。
奴の足元から黒い腕が伸び、セリカがいる建物へと向かって行った。
しばらくすると、気を失っているセリカが黒い腕に連れて来られた。
「・・・おい、何をするつもりだ。」
「何って。私が何者か最初に聞いてませんでしたか。」
おい、やめろよ、ふざけんじゃねぇ。
「私は綺麗な女性の心臓が大好物なんですよ。ですから、
今からここで解体ショーをお披露目します。」