おっさんの青春
今回も長めですね。
ゲオルグは城門に向かいながら、かつてのことを思い出していた。
自分が世界で一番愛した、桃色の髪とルビーのように真っ赤な瞳が良く似合う、凛として綺麗な妻のことを。喧嘩別れしてしまったあの日のことを。
自分は悪くなかったように思う。子供が生まれ、家族を守りながら生きてい行かねばならなくなった。
そのためには冒険者なんて職業は危険すぎる。
確かに冒険者の仕事は好きだ。人の為に魔物を討伐して感謝されたり、デカ物だったらちょっとした英雄扱いされたり、秘境が見つかったら、ギルド総出でお宝漁りに行ったり。
だが、やはり危険すぎる。冒険者やってて死ぬ奴は大勢いる。俺だって運よく助かった場面はいくつもある。冒険者なんて職業は、命を賭けた博打打ちだ。危ない場面は何度もあった、ただサイコロの目がこっちに振れただけのこと。
子供が出来て3年も経って、もう流石にやめようと思い、首に提げていた、金の冒険者プレートをギルドに返納した。
周りには驚かれたり、反対もされたが、家族の為だと言うと、黙って引き下がってくれた。
こういった理由でやめていく冒険者は多い。俺もその内の一人に過ぎない。
セリカには黙って決めてしまった。それが良くなかったんだろう。
家に帰って、冒険者をやめたことを言うと、凄い剣幕で怒られた。
「冒険者をやめた!?何で!?っていうかいきなりすぎるでしょ!」
「相談しなかったことは謝る!本当に申し訳ない!でも最近思ってたんだ。家族も出来て、冒険者っていう仕事は危険すぎる。いつ死ぬかも分からない。」
「それは、そうだけど・・・」
「実際、家族が出来て辞める冒険者だって多い。」
「・・・。」
「ギルだってもう3歳だ。正直、今まで何度も辞めようと思った。ただ、冒険者の仕事が楽しくてやめれなかった。でも、流石にそれは無責任だと思ったんだ。だから、辞めた。」
言いたいことは全部言った。納得してくれるといいが。
「・・・じゃあ、次はなんの仕事やるの?」
「えーと。そこはまだ決めてないんだ。でも、俺は冒険者ギルドに伝手がある。ギルド職員になることだってできる。だから何とでも、」
ひゅん。
何かが俺の顔の横を通り過ぎた。後ろを見ると、包丁が壁に垂直に突き刺さっている。
・・・並々ならぬ殺気を背後から感じる。そういえば、家の妻は怒らせると包丁を持ち出してくる癖がある。料理人故か。
というか、この状況は非常にまずい。セリカは怒らせると金級冒険者の俺でも、手を付けられない化け物と化す。
「馬鹿なの!あんたは!あんたみたいな不器用を体現したみたいな男がギルド職員!?そんなのできるわけないでしょ!まず、職員になるには読み書き出来なきゃいけないの!あんた、読み書きもまともにできない馬鹿だから冒険者になったって話してたじゃない!そんなことも忘れたの!?本当に大馬鹿ね!」
容赦のない罵倒とともに、数え切れない包丁が俺の急所目掛けて飛んでくる。俺をそれを躱したり、指で挟むなどして器用に避けていく。
怖い怖い。めっちゃ怖い。俺じゃなかったらとうに死んでるぞ!というか、包丁何本あんの!?
「そもそも何で相談しないで勝手に辞めちゃうの!?私はあんたの奥さんなんだから、そういう重要なこと決める時は相談するのが当たり前でしょ!そんなことも分からないの!?」
数十本にわたる包丁攻撃は終わったものの、次は鍋やらまな板やらが飛んでくる。
「それと私、知ってるわよ!あなたこの前、冒険者仲間と一緒に、女の子が優しく接待してくれるお店行ったでしょ!!前、うちのお店に来た冒険者の人が言ってたわよ!」
あ、やばい。何でばれてるの!?
「え、誰が言ってたの?」
「ケビンって人!」
ケビン!あいつ、どうしてもっていうから仕方なく付き合ってやったのに!
今度会ったら、半殺しにしてやる!
「・・・出てって。」
「ん?何て?」
声が小さすぎて聞き取れなかった。
「・・・っ今すぐこの家から出てって!」
「いや、でもこの家以外行くところが・・・」
「・・・っいいから出てけー!」
「はい!」
包丁を突き付けられ、怖すぎて家を出てしまった。
たまに怖い事はあったが、あんなに怒ったのは初めてだった。
帰る場所と、愛する妻と子供を失ってしまった。
その後は結局、家に帰ることも出来ず、やけ酒をして路上で寝る生活を、有り金が無くなるまでの一ヶ月間、繰り返した。
酔っていてあまり覚えていないが、どうもその時、北区の衛兵の地区長に絡んでしまったらしく、腹いせに城門の外のスラム街にほっぽり出された。
そして、あの坊主に会った。
不思議な奴だった。とても3歳児と話しているとは思えないほど、落ち着き払っていたように見えた。
結局俺は、3歳児に焚きつけられ、今も妻の元に向かっている。
情けない話だ。23年も生きてきたのに、3歳児に励まされるとは。セリカと仲直りしたら、笑い話にしよう。
・・・まず、出来るかな。
目の前に城門と衛兵の詰め所が見えてきた。
そこにいる衛兵に話しかける。
「おい。門を開けてもらえないか。」
「今忙しいんだ。後にしてくれ。」
衛兵の態度とは思えない。
「ここを通して欲しいだけだ!」
少し強めの口調で言った。
「・・ちっ。許可証か身分証、もしくはそれに値する物を見せろ。」
そんなもんはもちろん持ってない。だが、
「今は持ち合わせてない。だが、これがある。」
そう言って俺は、腰に提げていた剣を放り投げた。
冒険者をやめても、ずっと持っていた俺の愛剣だ。
思い出の品なのだが、背に腹は代えられない。
「金剛アダマンタイトで出来た、不壊の剣だ。売れば白金貨10枚は下らんだろう。」
ここの衛兵の性格は知っている。金で強請れば、通すぐらいはしてくれるだろう。
「俺に見過ごせと?」
「そうだ。」
「・・・いいだろう。だが少し待ってろ。今忙しいんだ。」
「何がだ?」
すると面倒くさそうな表情で衛兵は言った。
「反対側にキーキーうるせぇ女が来てんだよ。旦那を探してるって言ってな。」
「旦那を?」
「ああ。桃色の髪の綺麗なねーちゃんだ。地区長がとっ捕まえて売りさばくとか、ってぶふぁっ。」
俺は目の前の衛兵をぶっ飛ばして、詰所に乗り込んだ。
桃色の髪の綺麗な女性、旦那を探してる、決定的な情報は何一つとしてないが、
可能性としては十分だ。
「お、おい!てめぇ!何入ってきてんだ、ってがはっ。」
衛兵をぶん殴って聞き出す。
「おい。セリカはどこだ。」
「ああ、てめぇ、国家権力に手を出してただで済むと思ってっ。」
俺は衛兵の腹を一発、崩れかけたところを顔に一発浴びせて、凄みを利かせて再度、聞いた。
「ここに来た桃色の髪の綺麗な女のことだよ。さっさと吐かねぇと半殺しにすんぞ。」
「ひっ。そいつなら反対側の詰め所にいます。」
俺はその衛兵を、もう一発ぶん殴って気絶させてから、急いで反対側の詰め所へと向かった。
彼女は俺を探してくれていたのだろうか。
こんな危ない地区をひとりで?心臓狩りに出くわすかもしれないのに?
確定的な情報は何一つない。桃色の髪の女性はそんなに珍しいわけではない。
ただ、俺は不思議と扉の向こうにいる女性が妻だと思っていた。
いや、願っているのかもしれない。
まだ、愛する妻が自分の事を好きでいて、探してくれていることを。
だとしたら、俺は彼女が言った通り、本当に大馬鹿だ。
紛れもなく、彼女が危険な目にあっているのは俺のせいだ。
にも関わらず、俺はまだ彼女が、自分の事を愛してくれていて、探してくれていると思ってしまっているのだから。
傲慢にも程がある。
もう二度と彼女に悲しい思いはさすまい。
俺はそう誓い、城門を開けた。
―――――――――――――――――――――――――
おっさんやりすぎじゃね。
通りたいだけなのに、あんなにフルボッコにすることもないだろうに。
つーか滅茶苦茶強いんだな。あのおっさん。いまいち、この世界での強さの基準は分からないが。
ちゃんとやれてるか気になって付いてきたけど、もっと穏便にいけなかったのだろうか。
・・・俺も気を見計らって入ろう。治安が悪いといえどここよりはましなはずだ。
見張りの衛兵は全員気絶してる。今がチャンスだ。
ん?これはおっさんが持ってた剣か。落としたのかな?しゃーない。持って行ってやるか。
―――――――――――――――――――――――――
俺は衛兵の詰所の扉を無理やり蹴破った。
「セリカっ!」
そこには体と口を縛られている、妻がいた。
衛兵も5人いる。中には地区長の階級章を付けた奴もいる。あいつが北区の地区長か。
「そいつが言ってた旦那は俺の事だ。離してやってくれ。」
偉そうで腹も膨れ上がってる地区長は余裕ぶった表情で答える。
「すまんねぇ。こいつは奴隷商人に売り飛ばすことにしたよ。こんだけ上玉なら高く売れそうなんでね。」
・・・。
「っと。この話を聞いちゃったお前も生かしておくわけにはいけないんだよね。おい、お前ら、この不届き者を殺せ。」
俺は堪忍袋の緒が切れた。
「てめぇら。黙ってセリカを渡すんなら半殺しで済ませてやったが、もう死んでも知らねーぞ?」
「おい。セリカ、目瞑ってろ。」
俺がそういうとセリカは素直に目を瞑った。
さてと、派手にやるか。
「す、すまん。許してくれ!」
俺が向かってくる衛兵を全員ぶっ飛ばすと、残った地区長は情けなく命乞いをし始めた。
「ほ、ほら。女は返してやる!だから、命だけは勘弁してくれ!」
「・・・。」
俺はセリカを縛っている縄を解いた。
すると、解くや否やセリカが抱きついてきた。
相当怖かったのだろう。泣きながら小刻みに震えているのが分かる。
俺は優しく抱きしめ返した。
どう声をかけようか迷った俺は、
「すまなかった。」
ただ一言、そう言った。
すると彼女は、消え入りそうな声で言った。
「馬鹿・・・。どれだけ心配したと思ってるの?」
「ごめん。」
「もう1ヶ月もどこいってたのよ。ぐすん・・・。」
俺は本当に大馬鹿者だ。
彼女から紡がれる言葉は怖さからのものではなかった。
俺を心配していたのだ。泣きながら震えるほどに。
それなのに、俺は、
「・・・すまん。」
言葉も見つからず、ただ謝るだけ。
「さっきから謝ってばっかり。元はといえば私が、酷い事ばかり言ったから・・・。」
「それは、違う!だってそれは、俺が相談もせずに冒険者をやめたからだろ。お前は怒って当然だった!悪いのは俺だ。」
「違うのよ。元々私が素直に言ってれば・・・。」
彼女は抱き付いたまま、俺の事を見上げて言う。
「告白した時のこと覚えてる?」
「ああ。俺が何回も挑戦して、12回目の時にやっと快諾してくれたんだろ?」
すると、彼女は微笑みながら言った。
「うん。割と仕方なくだったけどね。そんなに好きでもなかったけど、面白そうな人だなと思って。」
え?俺の熱意に惚れたんじゃないの?
面白そうな人って何?そんなにふざけてるようにみえるのか?俺。
俺が落ち込んでいると、彼女は言った。
「でもね。付き合ってみると、凄く優しくて、意外と細かいところにも気が利いて、その上、話も面白くて一緒にいるのが楽しくなってね。」
当時は、そんな風に思っていたのか。
俺はてっきり、告白を了承された時から好感度最大かと。
「中でも一番好きなのが、冒険者をやってる時。凄い楽しそうで、頼もしくて、恰好良かった。そんなあなたを一番傍で見られるのが、凄く幸せだった。」
だから、冒険者を勝手に辞めたのをあんなに怒ったのか。
俺は本当に馬鹿だ。
「だから一つ、我儘を言います。冒険者を続けてください。辞めたのなら、また一からやり直してください。どんなに安月給でも構わない。もう一度、冒険者のあなたを見られるなら何だってするから。だから、お願い。」
俺はもう、彼女に一生かかっても償いきれないだろう。
こんなに一途に思ってくれていたのに、危険な目にあわせてしまった。信頼を裏切ってしまった。
こんなに可愛くて美しくて素敵な女性が、俺の妻でいいのか。
これ以上、彼女からの期待を裏切るわけにはいかない。
「分かった。・・・本当にすまなかった。俺はお前の言った通り、大馬鹿者だ。」
「・・・別にいいよ。そういうところも大好きだから・・・。」
彼女はそう言って、俺の首の後ろに手を回してきた。
徐々に彼女の顔が近づいてくる。
甘ったるい香りが鼻腔を支配していた。
もう二度と、絶対に彼女に悲しい思いはさせない。
そう、心に誓いながら、唇を重ね合わせた。
主人公どこいった!?