始まりはおっさんと
長めかもしれないです。
チュン チュン
チュン チュン
ふわあぁぁ、、、 朝か。
まだ眠いし、二度寝しよ。
「・・・zzz」
「にゃーおんッ」
「・・・・・・・・・・zzz」
「んにゃっ、んにゃっ」
「・・・・・・うるせぇ。」
まだ覚醒しきってない俺は、ボブに裏拳を食らわせてやった。
「っっにゃ!?うにゃーーーっ!!」
「あいだだだっ!?、ちょっ痛い痛いやめてっやめて下さい。俺が悪かったです!許してください!」
ボブは俺の裏拳に怒り狂い、自慢の鉤爪を突き立て、俺の顔を何度も引っ掻いてきた。
・・・まじで痛い、二度と逆らわないわ、こいつには・・・
ボブは全身黒一色のふてぶてしい目つきをした猫である。
ある日、勝手に家に来て、勝手に住み着いた猫だ。猫は好きだし、一人暮らしも何となく、ちょっとだけ、ほんのすこーし寂しいので飼うことにした。家に入るやいなや、人ん家の保存食の在り処を一発で見抜き、それをソファに運び、まるでこの家の主かのようにくつろぎ始めた時は度肝を抜かれた。
目つき以上にふてぶてしい猫だ。
ボブは昔飼っていた猫の名前だ。こいつと同じ黒猫だった。
そういえば昔のボブは今元気にしているだろうか。いや、してるわけないか。もう別れて20年だ。
とっくに死んだに決まっている。せめて悔いの無い一生だったことを祈ろう。
「もう20年か・・・」
俺は20年前、日本という国で暮らしていた。平和に暮らしていたが、22歳の時の、ある事件がきっかけで死ぬことになってしまった。しかし、後悔はしていない。悔いの無い一生であった。
そして、死んだと思っていた俺は、意思と記憶を引き継いだまま、この異世界に転生した。バリバリ欧米の中世ファンタジー感満載で亜人も普通にいるし、魔法だってある。俺が住んでいる国は絶対王政で、恐らく他の国もほとんど王政だ。
日本で社会人になってから、あまり漫画などは読まなかったが、こういうのには何となく憧れがあった。
こんな感じに異世界転生したら、実は、俺には神すら倒す超能力があったり、、、可愛くて綺麗な女性とお知り合いになったり、、、とか思ったりした時代が俺にもあった。ていうか誰にだってあるよ。多分。
お察しの通り、そんなもんは欠片もありません。ふざけんなよ、この異世界。
実際に記憶が戻ったのは、ちょうど物心がつく3歳ぐらいの時だった。王都の端にあるスラム街のゴミの掃きだめみたいな所で目を覚ました。その瞬間、日本の頃の記憶が戻った。何とも言えない不思議な感じだったことは覚えている。
「あー、あー、うお、まじか。」
試しに声を出してみると、思った以上に高い声が出て、少しびっくりした。
近くの水溜まりにぼんやりと映る自分の顔を見ると、そこには幼少期の自分の顔があった。少し目つきが悪いだけなのだが、赤目のせいで極悪人面に見えていた。日本に住んでいた頃は、そのせいで睨んでいると勘違いされたり、荒事が絶えなかった。まだ子供なので大丈夫だが、今回も同じような顔つきになる素質は十分にある。
最初は、現状を全く理解できなかった(当たり前だが)。
なぜまだ自分は生きているのか、
なぜ子供なのか、
生まれ変わったとしたらなぜ記憶は引き継いでいるのか、
ここはどこか、
家はどこか、
そもそも家はあるのか、
家族はいるのか、
というか目の前のおっさんは誰か、ん?誰?
「よお、坊主」
おっさんが着ている服はボロボロだったが、元は良さそうな仕立ての服だ。
髪は灰色で、髭もはやし、顔は頼りがいのあるナイスガイなおっさんといった感じだ。体格も良く、どことなく凄みを感じる。
「お前も捨てられたのか。だったら俺も仲間だ。俺もかみさんに捨てられたからな。」
自らの辛い過去を、聞いてもないのに、いきなり話し始めた。
「そもそも女なんて自分勝手すぎないか。ちょっと職を失ったぐらいで家を追い出すことぁないよな?お前もそう思うだろ?なあ?」
「つーか、元から合わないと思ってたんだよ。料理はまずいし、高圧的だし、、、もっとおしとやかで料理の上手い奥さんが良かったよ。」
赤裸々に語られる、おっさんの家庭内事情。
「でもなぁ、照れた時とか凄い可愛いんだよな。意外と咄嗟の出来事に弱くて、驚いたときとか、キャッとか言って俺の腕に捕まって、そんで結局照れたり、、、可愛かったなぁ。」
「子供も可愛くてな。ちょうど今年で3歳になる男の子なんだが、将来はお父さんみたいな冒険者になるー、とか言ってさ、すげぇ可愛いの、抱きしめたくなっちゃうくらい。」
そう言っておっさんは子供を抱いてキスをするジェスチャーをした。キモい。
「はぁ、何で喧嘩しちゃったんだろ・・・、うっ、うぅぅ。」
ついに泣き始めた。
怒ったり、自慢したり、泣いたり、賑やかな人だな。と思ったが、近くに酒瓶っぽいのが転がっているのをみると、酔っぱらっているようだ。よくみると顔も赤い。
変な人だし、酔っぱらいに絡まれるのも嫌なので、逃げようとも思ったが、一応家庭を築けているということは、常識はある人なのだろう。しかも、今はあまりにも情報が少なさすぎる、今後、聞ける人に出会えるかもわからない。このおっさんに聞いておくのが無難だな。
「なぁ、おっさん」
「おっさんじゃねぇ。ゲオルグだ。」
「じゃあ、ゲオルグさん。ここはいったいどこなんだ?」
「あん?ここは王都のスラム街だ。ガキでもそれぐらい分かるだろ?」
「あー・・・すまん。記憶喪失なんだ。何も覚えてないんだよ。」
記憶喪失ということにしておいた方が、都合いいだろ。
「何?それは大変だな。というかよく見たら、うちの子と同じぐらいじゃないか。
よし。困ったことがあったら、何でもお兄さんに聞いていいぞ。」
お兄さんという歳ではない気がする、とは口に出さない方がいいだろう。
俺はおっさんに、この世界のことを色々聞いてみた。
今は、太陽歴1264年の冬の月85日ということ、
この国には四季があり、春夏秋冬それぞれ100日ずつで1年としていること、
このスラム街は、王都北部に位置し、王都全体を囲っている塀の外にあるということ、
魔素という元素が、空気中または人の体内に存在し、魔法が行使できるということ、
魔素に侵されてしまった獣、いわゆる魔物がいるということ、
冒険者という職業があり、自分もその仕事に就いていたこと、
色々聞いていく内、興味深い情報があった。
「魔王?」
「ああ、魔族の王様だよ。」
「大丈夫なのか。そんなのが居て。」
「本当に何も覚えていないんだな。そこは大丈夫だ。大昔、俺らのご先祖様方が、勇者と力を合わせて、初代魔王を葬って以来、魔族の国は、四方を人間の国に囲まれるようになって、何か怪しい動きがあれば、他国と協力して魔族を打ち滅ぼすってことになってる。」
「へえ。勇者はいるのか?」
「ああ。一世代に一人は必ずいる。今回はあの大天使ミハイル様の加護を受けているらしい。しかし、まだ幼すぎて戦えないとか。将来有望ではあるらしいが。」
「ははあ。」
他にも色々な事を聞かせてもらった。おっさんには感謝しないとな。
「ありがとう、おっさん。色々教えてくれて助かったよ。」
「礼には及ばないさ。子供を助けるのは大人の義務だ。あとゲオルグな。」
おっさんは恩に着せる気はないらしい。いい人だ。
「それはそうと、お前、小さい割には大分大人っぽいな。質問も必要なことしか聞いて来ない。合理的過ぎて、うちの子供と同じぐらいとは思えないな。」
あっ、まずい。
「もしかして、転生者だったりしてな、ハハッ。」
いいっ、何でそんなピンポイントにばれるの!?
まずいな。上手いこと誤魔化すか。
「て、転生者!?。何でそう思ったんだ?」
・・・あまりに言い当てられたせいで少し声が上ずってしまった。
「・・・ああ、いや何、たまにあるんだよ。違う世界から来たって奴だったり、前世の記憶を引き継いでるって奴がな。最近は特に多い。各地で前世の記憶を持ってるって奴がいるって噂になってる。」
「へ、へぇー。そうなんだ。」
意外と転生者は俺以外にもいるのか。何か特別感が減ったな。
「お前はこれからどうするんだ?」
おっさんは俺が今、一番困っていることをズバリ聞いてきた。
どうするって、どうしようもないんだよなー。
おっさんに色々教えてもらったが、実際、良くわかっていないことも多い。魔法があるのは分かったが、どうすればいいか、全然分からない。
その上、目覚めた時から思っていたが、死臭が凄い。
周りを見渡すと、女性の死体と思われるものを発見した。かなり惨い。無事なのは顔ぐらいだ。体は見るも無惨なほど、引き裂かれている。お腹の辺りから出ているあれは小腸だろうか。よく見ると、胸にぽっかり穴が空いている。ちょうど心臓があるあたりか。
「ああ、あれか。惨いもんだよな。でも、このスラムじゃ、人の死体なんて日常的な光景だ。」
この国では、命の価値感もそれほど高くはないらしい。
しかし、これほどの死体があって衛兵が処理しないのは不思議だ。スラム街だからだろうか。
おっさんに聞いてみよう。
「衛兵は何してるんだ?」
「ここは、城壁の外だからな。衛兵にとっても管轄外なんだよ。ここで餓死しようがあいつらには関係がない。」
なるほど。
「まあ、しかし、あの死体にあっては少し事情が違うだろうけどな。」
確かに、あの死体は餓死とか、そういうものではなかった。明らかに誰かに殺されていた。
「どうゆうことだ?」
「最近、王都を騒がせている切り裂き魔の仕業だよ。」
「切り裂き魔?」
怖いワードが出てきた。
「若い女性ばかり狙って、殺しを続ける殺人鬼のことだ。王都じゃ、もう十件近く発生している。顔は一切傷つけず、死んでいるにも拘わらず、何度も体を引き裂いている。そして必ず胸をくりぬき、心臓を奪っていく。」
相当やばい奴のようだ。あまり関わり合いになりたくはない。
「その異常性から奴は「心臓狩り」と呼ばれてるんだ。」
どの世界にもシリアルキラーは存在するんだな。じゃあ、あれもそいつが、、、あれ?ちょっとまてよ。
「じゃあ、何故王都でしか起こらない事件が、このスラム街で起きたか。さっき言った通り、ここは悪魔で城壁の外であり、王都ではない。」
俺が疑問を発する前におっさんは答えた。
全く持ってその通りだ。城壁で囲まれているからには、出入り口は城門のみのはず。そして城門にはもちろん衛兵の詰所のようなものがあるはず。万が一なくとも、必ず見張りはいる。そこを頻繁に出入りなどできようはずもない。仮にしたとして、する意味が分からない。殺人鬼だから似顔絵も出回っているだろう、その状況で衛兵に顔を見られるのはリスクが高すぎる。
「正解は簡単だ、これは衛兵の仕業だよ。」
「衛兵?」
「ああ。この王都は東西南北に区画が分かれていて、中央はさらに城壁に囲まれ、王城と貴族街がある。中でもこの北区は、城門の外がスラム街で商人との交流が無く、王都の中で唯一、外部と遮断されている。そのせいなのか、治安が悪いんだ。しかも北区の衛兵の地区長が曲者でな。人身売買に手を出してるって噂よ。」
「はあ。」
「話は逸れたが、要はその地区で殺害が起こったりすると、衛兵にその皺寄せが来る。だから、こっそり無法地帯のこのスラム街に死体を捨てて、もみ消そうってことよ。実際に捨ててるとこみちゃったし、俺。」
おっさんは話しながら納得いかないような表情をしていた。
「もちろん、他の地区じゃ、こんなことはしない。ここの地区だけだ。治安が悪いせいで衛兵の心も荒んでるのさ。それでも、地区長がそんなのは許しちゃいけないんだが。黙認したんだろうな、衛兵に皺寄せが来るのを恐れて。」
殺人鬼もそうだが、その地区長もとんだ糞野郎だ。かなり酷いところに転生してしまったんだな。ツイてない。でもそうなると・・
「奥さんは大丈夫なのか?」
「は?」
おっさんはとぼけた顔でそう言った。
「そんな殺人鬼がうろうろしてるのに、奥さん一人で大丈夫なのかってことだよ。」
・・・しばらくの沈黙が流れる。
おっさんはまだとぼけた顔をしている。
さっき酔って言っていたことは本心だろう。追い出されこそしたが、奥さんの事をまだ愛している。
このおっさんはいいおっさんだ。できれば幸せになってもらいたい。
一回追い出されたくらいで負けるな、おっさん! 頑張れ!
「ちょっと行くところができた。」
おっさんはすっと立ち上がり、そう言った。もう酒は残っていないらしい。
おっさんは腹をくくったらしい。いいぞ!
「すまんな。お前には愚痴を付き合わせてしまった。」
「いいよ。俺も色々教えてもらったし。」
「おまえには大事なことにも気づかせてもらった。今度会ったら、礼をする。」
「そりゃ、どーも。」
「じゃあな。強く生きろよ。」
おっさんは猛ダッシュで城壁がそびえ立つ方向へ走っていった。
恐らく、愛する人のであろう名前を叫びながら。
「うおぉぉぉーーー。待ってろよセリカぁぁぁーー。」
おっさんの奥さんはセリカというらしい。
青春してるなー。あのおっさん、おっさんなのに。
長かった割には進んでないような気がする・・