零-Ⅱ
「想子さん、おかえりなさい」
鮮やかな黒髪、整った顔立ちの女性ーー天華想子は陽向に気付くと困った様に笑って「只今。ちょっとタオル持って来てくれないかしら」と返した。
古書店『想華』の店主で、陽向を保護し力の使い方を教えてくれた。陽向の師匠で命の恩人とも言えるべき存在。
陽向は想子がかけてくれる言葉の端々から、『温もり』を感じられていた。
想子がいなければ。
あの日、想華の前で立ち止まらなければ、きっと今頃何処ぞで無様に野垂れ死んでいたかも知れない。
「はぁ、温まる…。やっぱりケチッて傘を持って行かなかったのは間違いね」
「風邪でも引いたらどうするんですか。いくら一駅先の香灯先生の所だからって」
「次からは気を付けるわ。それよりこれ、見て」
反省もそこそこに想子はビニール袋から複数のファイルを取り出して見せた。
ファイル名は『巫部島』。
全く聞いた事も無い名前の島だが…。陽向はおそるおそる中を開く。
「ここから東に、『ヒトナシマ』って島があるでしょう?干潮の時に歩いて渡って行けて、中には無人の社しかない島。他に道はなくて奥には行けないらしいんだけど、どうやらその『ヒトナシマ』が『巫部島』だと言う可能性がある事が分かったの」
ヒトナシマ。名前の通り、人のいない島…無人島である。
誰が何の為に作ったのか分からない社と鳥居だけが在る気味の悪い島で、近付く者は誰もいなかった。
「茜音が巫部島で住んでいたって言う女性と仲が良かったらしいんだけど、その人がついこの間…自殺しちゃって…。その子供を保護したらしいの。彼女が何故死んだのか、詳しく知る為に調べてたみたいで、私も協力してたんだけれどね」
香灯茜音。
陽向と同じ、相手の目を見るだけで想いを読み取れる力を持つ、心霊学者。
想子とは大学時代からの付き合いで、今も時々一緒に怪異を研究したり情報を交換したりする仲なのだと言う。
「今日改めて自殺した友人の…小鳥遊亜沙さんの家を調べたら、巫部島に関する資料が幾つか出て来たみたい。大喜びして帰って来たのは良いけど、保護していた筈の桜月君がいなくなっちゃったらしいのよ。私と会って夜まで待ったけど帰って来なくてね。急遽、『失せもの探し』をあっちでやって来たの」