第7話「憑依」
金色の髪を腰まで伸ばした十歳の少女――ネルガは深呼吸した。店先に並ばれた真っ赤なリンゴに手を伸ばしてひとかじり。そんなネルガの姿を誰も見ることはできない。
ネルガが触れた瞬間、そこに存在していたリンゴが姿を消した――人間には見えなくなったのだ。
「おいしいです~」
ネルガが神界から人界にやって来たのは、五年前、人界へ行ったカムアを捜すためなのだが、人界に無事に着けたため気が緩んでいる。完全に観光気分。
「こんなにおいしいものがあるとは思わなかったです」
金色の瞳を輝かせてフラフラと飛び回る。白い羽を羽ばたかせながら、街を見下ろしていた。
「さてと。そろそろカムアちゃんを見つけないと!」
※ ※ ※
「そんなにジロジロ見られると食べづらい」
「うっさい。アタシが食べれないのを知っていながら、アタシの目の前で食事をしているオマエが悪いの」
「お前が勝手に目の前にいるだけだろう」
「うっさい。どこに居ようとアタシの勝手」
マオは昼食を摂るべくレストランに入ったのだが、「アタシも一緒に行く」とカムアが譲らなかったため、渋々行くことを許した。しかし、カムアが大方の予想通りの反応をしたことに、マオは溜め息をつくしかない。
「そんなに睨むなよ」
「睨んでなんかない」
「そのジト目はなんだよ」
「ジトってない」
「いーや、ジト目だよ」
「ジトってないったらジトってないっての!」
反射的にテーブルを叩くものの、その腕はテーブルをすり抜けてしまう。人界のものに触れないことが余計にカムアのイライラを増幅させる。頭に血が上り過ぎて、マオに向かって飛びかかっていく。
「懲りないなー。お前はオレに触れないのに」
余裕をこいていたマオであったが、一瞬視界が真っ暗になり混乱する。自分にかかってきていたカムアの姿がなく店内を見渡した。
「……どこ行ったんだろう? 食べられないのが辛くて出ていったのか?」
少し考えて「ま、いっか」と食事に戻る。が、フォークを掴んだ手が動かない。どんなに力を込めてもビクともしない。
「……なんだか分からないけどラッキーね! オマエ、ちょっと引っ込んでて!」
見た目も声もマオだが、その身体の主導権を握っているのはカムアであった。