第4話「記憶」
カムアはマオを指差したまま立ち上がり叫ぶ。
見下ろされているマオは首を傾げたまま。
「オレはお前なんか知らないよ」
「アタシを忘れたなんて言わせない!」
「そう言われてもなー。やっぱりオレ、お前を知らない」
「ひどい!」
「お前の名前何だよ?」
「アタシはカムアだわ!」
「……知らないよ」
マオは本当にカムアを知らないのか、やれやれと髪を掻きながら立ち上がりあくびをした。すると、人の視線が自分に向いていることに気付く。
「視線が痛い」
「アタシは人間には見えないから。アンタが独り言を言っているようにしか見えていないんでしょう」
「どういうことだよ?」
「言ったでしょう? 天使だって」
周りの視線に耐えられなくなったマオは、近くの公園に場所を変えた。小さな公園にはブランコと滑り台と砂場とベンチのみ。
「早く座りなよ」
「アタシは座れないの。人界の物には触れないの」
「不便な身体だな」
「何も考えずに人界に来たアタシが悪いだけ」
「そうか」
マオはビンを片手にベンチに座ると、向かい合うように立っているカムアをジーッと見る。
「なんだオマエ、アタシのことを思い出したか」
「違うよ。その格好は趣味なのかなって」
「これが天使の正装だわ」
「布を身体に巻きつけたような格好なのに?」
「て、天使を侮辱するの!」
「変な言いがかりはよしてよ。ただ、もうちょっと着飾ってもいいんじゃないかと思っただけだよ」
「何度も言わせるんじゃないわ。人界の物には触れないと言っているでしょう」
「お前、今日までよく生きてたな」
「天使のほうが人間よりも丈夫らしい」
「よく言うよ。あんなに弱ってたのに」
「だ、誰も弱ってなんか――!?」
マオに言い返そうとした瞬間、カムアのお腹が空腹を訴えてきた。思わず顔を赤くして黙り込んでしまう。
「ほら見ろよ」
「うっさい!」
「なあ、そんなに不便なら帰ればいいんじゃ――」
「――帰れるわけないでしょう! あんな去り方したんだから。アタシには敷居の高いところになってしまった。神界が」
「謝れば許してくれるよ」
「どのツラさげて謝れってんの。第一、どうすれば神界に帰れるのかも分からない」
「なんだよそれ」
「人界に来て五年だってのに分からない。もう見つかりっこない」
「諦めるのかよ」
「ああそうね」
「そうか。別にお前がどうしようと勝手だけど、その腹の虫が鳴いてるってことは、お前の身体は生きたがってるってことなんだよ」
「何言ってるの?」
「五年も何も食べてないんだろう? 故郷の――神界の食べ物を恋しくなったはずだよ。帰れるわけないだろうと言うことは、帰れるなら帰りたいと言っているようなものだよ」
「アタシのことを分かった風に――」
「――ようやく思い出したよ、お前のこと。確かに五年前に会ってるよ」
※ ※ ※
五年前のマルギア。当時五歳だったマオは、路地でうずくまる五歳のカムアと出会っていた。
捨て犬のように怯えているカムアに手を差し伸べるマオだが、カムアは走り去ってしまった。
「どうしたの? マオ」
「いまね、そこにおんなのこがいたんだよ」
「そうだったの?」
「うん。でもどっかいっちゃったよ」
「きっとお家に帰ったのよ」
「う~ん……そっか」