第3話「堕天使カムア」
グラン王国の首都――マルギアの建物の前に少女が一人。黒髪に紫の瞳の少女は、街を歩く人々を眺めていた。
眼光鋭く見ている少女を誰も気にしていない。誰も気付いていない。
「気付くわけない、か。アタシは天使だから……いや、もう天使でもないか」
少女――カムアは後悔していた。五年前、自分の意見を一方的に通して人界に来た。
人間は誰一人カムアに気づかない。カムアは人界の物にいっさい触れない。何も食べることも飲むこともできず、空腹と疲労に苦しんだ。
「もう慣れた。この空腹も疲労も、神界を出ていったアタシへの罰だろう――」
力なく座り込んでしまう自分に苦笑いをしつつ目を閉じる。もう永遠に眠ってしまいたいと思いながら。
「――おい、そこのお前」
「…………」
「こんなところで寝たら風邪引くぞ」
「……何だ……?」
目を開けたカムアに映る少年の姿。
茶色いジャケットを着た少年は手を差し伸べる。少し困った表情を浮かべるとしゃがんだ。
「動く元気もないようだけど大丈夫か?」
「オマエ……アタシが見えるのか」
「当たり前だ。お前、かなりの重症だよ」
「天使のアタシがか?」
「天使? オマエには堕天使のほうがお似合いだと思うけど」
少年が何気なく発した堕天使という言葉にカムアは目を丸くする。五年前にもそう言われたことがあったからだ。
「オマエ、今アタシを堕天使と言ったか!?」
「そうだけど」
「オマエ、名前は何だ」
「……マオ」
「マオ……マオ――!! やっぱりそうだ! アタシはオマエを知っている!」
カムアは五年前のことを思い出してマオに向けて指を差す。
指を差されているマオは首を傾げた。まったくピンときていないようだ。