第1話「堕天」
人界とは違う世界――神界の神様は困っていた。天使たちが指をくわえて人界を見ているからだ。
神界に生まれた天使は、人界に対する免疫を持たない。天使を人界に行かせるのは簡単だが、着いた途端に死んでしまう恐れもある。
「すまない」
真っ白な空間が広がる神界が退屈なのは百も承知しているのだが、行かせた天使に万が一のことが起きてしまったとき、ほかの天使たちが人界に恐怖を覚えるのを恐れていた。
「かみさま、だいじょうぶですか?」
神様の傍らで声を掛ける一人の天使。肩まで伸びた金色の髪を神様に触られると喜びを表した。
「大丈夫だ。……ネルガ、お前も人界に行きたいか」
「わたしは、かみさまといっしょでいい」
「そうか」
神様はネルガの頭を優しくなでる。ネルガは凄く嬉しそうだ。
「でやあああ!」
ほんわかしていた神様の耳に届く声。イタズラ好きの天使――カムアが暴れていた。
「こらカムア! またそうやって暴れる」
「かあさん、アタシのじゃまををするな!」
「邪魔じゃないの! 叱ってるの」
「こんなたいくつなところにいるのは、もうげんかいだ!」
「神様が一緒じゃないの」
「かみさまがいっしょだからなんなんだ! いっしょにいたってたいくつだ!」
「人界を見ていれば――」
「――みるだけじゃいやだ! アタシはいきたいんだ!」
カムアの叫びが神界に響き渡る。
天使たちは耳を塞ぐ中、神様はカムアを見て驚きを隠せないでいた。
「カムア――!?」
金色だった髪は真っ黒になり、禍々しいオーラを身体に纏い、目は吊り上がり、瞳の色は紫に染まっている。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい――!! アタシはうんざりしてんだ! てんしなんかに……うまれたくなかった!」
「カムア!」
「アタシはアタシのしたいようにする! うおおおお――!!」
人界を映す鏡を強制的に歪ませていくと、その空間へとカムアは飛び込んでしまった。
神様は、元に戻った人界を映す鏡を見つめながら自分を責めていた。カムアを追い詰めたのは、人界を危険と決めつけて天使たちを縛っていた自分だと。
「かみさま――かむあちゃんは?」
「大丈夫だ。心配はいらない」
つぶらな瞳で見てくるネルガに――そして自分に言い聞かせるように言葉を発する。
人界をざっくりとしか見れないことを悔やみながら、ただカムアの無事を祈る神様。
それから、五年の月日が流れた――。