第1話 9月のある日の運動会
それは暑い日だった。だが、暑い日とは言っても、蒸し暑い日だった。
蒸し暑いというと『残暑』がある。その残暑が多い時期は9月。そう、9月だ。
日堂市では、毎年9月に昔からある行事が行われている。その行事は、小・中学校にもある。おそらく、あまり好きではない人のほうが多いだろう。しかし、何故か日堂市のその行事はずっと人気がある。長く続いているから町の人々にとっては欠かせないものなのかもしれない。
では、その行事とは何なのか。それは…。
『これより、第85回日堂市大運動会を開催しますっ!』
運動会なのだ。
日堂市。人口約11万人の町で、比較的緑の多いところだ。町の森林では、昼は何処からか小鳥たちの鳴き声が聞こえ、夜は虫の鳴き声が聞こえてくる。とても豊かで、平和な町だ。だが、一部の人にとっては違うようだが…。
日堂市大運動会は、85年前から行われている伝統的な行事だ。この運動会は、下は4歳から参加でき、上はなんと90歳まで参加できる。もちろん中学生も参加できるのだが、この85年、参加した中学生はほとんどいない。参加しても、ほぼ負けていた。理由は、中学生は『一般グループ』というグループに入り、高校生や大人も一般グループに入っているので、中学生は大人と戦うことになる。なので、中学生が参加するのは全くなかった。
しかし24年前、ある男子中学生が、全種目を圧勝するという珍事件が起きた。その少年は、24年前の運動会に出たっきり、姿を見せなくなった。そのためこの事は、5年もすれば、人々から忘れられた。だが、忘れはしない人もいた。
そして今日。ある中学二年生の男子が、この行事に参加した。彼は、陸上が得意なそうだが、あまり運動はしていないという。そんな彼は、今、手に赤色の鉢巻きを持って、砂の土地を歩いている。
放送が入った。
『ではただ今から、プログラム9番100m走を行います。第一回戦に出場する方はレーンに移動してください。』
そう言うと、大人の男性の人達が張られていたテントからゾロゾロと出てきた。中には、物凄く鍛えられた足を持つ男性もいた。その中に、中学二年生の彼はいた。
すると、観客の中から「良、頑張れー!」という声が聞こえてきた。また、「良君、頑張って!」という声も出た。それを聞いた少年は、大きく手を振って、笑顔を見せた。
いよいよ、出場する人全員がそれぞれのレーンに着いた。全員で、8人の出場者が出ていた。大人の人の中には、自信満々の顔を見せる人もいた。少年は、笑顔を見せていた。
そして、ついに始まる時がきた。
「on your mark,」
全員がスタンディングスタートの姿勢になり、真剣な顔になる。
「sit….」
『パンッ』。ピストルが鳴った。
『━シュッ』
『ビュン』
━すぐだった。それは、誰もが予想していなかったことだった。ゴールで立つ係員が、恐る恐る手に持っていたタイマーを見ると、そこには、『4.31』とあった。少し手が震えていた。
このタイムでゴールしたのは誰なのか。それは誰もが理解したが、理解できなかった。
少年だったのだ。
「…う、━━うおおおぉぉぉ!!」
運動場は一気に盛り上がった。
「よ、4秒だー!!」
「すげー!神が来たぞ!!」
あちらこちらから声が聞こえてくる。100m走の出場者は、ただ唖然としていたが、少年は、笑顔だった。
彼の名は竹中 良。後に彼は、世界を震わせる大事件に巻き込まれていく。だが、彼はそんなことは分かるわけなかった…。
━会場は大盛り上がり。そんな中、9月というのに、黒のコートを着た男がいた。また、サングラスもしていた。その男は驚いた顔をしていた。そして、「まさか、あいつ…。」とボソッと言い、歩き出した。そして、会場のテントに着き、そこにあったベンチに座った。
男はコートのポケットの中から無線機を出した。随分最近の機械だった。その無線機を使い男はどこかと繋ぎ、会話を始めた。『ピッ』。
「…あ、こちら『FL』。」
『どうした、フライ。』
「先程、恐らくただのVMと思われる人物を発見しました。」
『本当か?何のバールブだ。』
「推測ですが、『ラン』です。』
『ラン!?』
「はい。ですが、そのVMはまだ子供のようです。」
『まだ子供ということは、完璧に使いこなせていないのか?』
「だと思われます。」
『そもそも何故その子供が『ラン』のVMだと思ったんだ?』
「…今、私は、目標を探す為、この町の運動会を見にきています。その行事の中、『ラン』のVMはいました。恐らく中学生と思われる少年が、100mを5秒以内で完走したのです。まるで風のような速さでした。それを見て、私は『この少年、まさかVM!?』と思い、思い当たるバールブが、『ラン』しかなかったのです。」
『そうか。…では、その少年と、コンタクトしろ。』
「了解。」
『ピッ』。ここで会話は終わった。男は立ち上がり、テントを離れ、そのまま歩いていった。そして、
「…必ず捕まえる。待ってろ、秋原。」
と、真剣な顔で言った。
その瞬間、日堂市はどこか暗く感じた。