3.不落
これでおしまいです。
九条刀は攻めあぐねていた。
この足を踏み下ろすべきか戻すべきか。この一歩で刀はどうなってしまうのか。この数秒の出来事を振り返って予測できる答えがある。
死。
この一文字だ。刀は子猫が首を傾げる仕草に二重の意味で救われていたのだ。鼻血に血涙よる出血多量。荒い呼吸から酸素欠乏の恐れもあり、これ以上攻めるべきではないことは一目瞭然だ。ここは一旦退くに限る。だが刀には退くという二文字は存在しない。どんな状況でも逃げることは許されない。それは九条家の教えに反するからだ。
常在戦場。常に戦い。退いた先でも戦い。戦いからは逃げられない。逃げられないのならば退く意味はない。そして九条家では退くという二文字は消えた。
どんな難敵であろうとも戦い、そこで力尽きるのならば本望!
その教えが足を戻すことを躊躇させる。教えに従うのならばここは踏み下ろすのみである。
だが身体は正直である。死に直面した身体はこれ以上の進攻を許さない。結果、刀はそれ以上動けなかった。
子猫は親の帰りを待っていた。
親が狩りに出かけたのを見計らい、兄弟姉妹を置いて少し外を歩いていた。だがすぐに怖くなって戻ろうとしたときに刀と出会ったのだ。
子猫は不思議そうに刀を見つめる。風を受けるたびに白い耳がビクンと撥ねる。寒いこともあり、時折身体を震わせる。刀が嫌われたと勘違いしたこの身体を震わせる行動、シバリングは寒い日に人がよくやるが猫もやる行動だ。短い間とはいえ道の真ん中であまり動かずにいたら身体も冷える。目の前の刀は突然鼻血を噴きだすわ、血涙流すわで子猫にとっては警戒せざるをえないだろうが、子猫はよくわかっていない。ただ目の前に変な物を出す生き物がいるくらいの認識だった。刀という不思議な生き物に興味が湧いたことで怖いという感情が薄れた。刀は図らずも子猫の恐怖を取り除いていた。
親が来るまでこの不思議な生き物を見ていようと思っていたが足を上げた状態で固まっている。つまらない。こちらから動いてもいいがまた変な物を出されても困ってしまう。そのようなことを考えているようないないような。
お互い動かず。攻めず、退かず。
電柱の陰では花蓮が見守る。
そこへ――
「にゃー」
少し遠くから親猫の鳴き声が聞こえた。狩りから帰ってきたのだ。子猫はそれに対して元気いっぱいに「みー」と鳴いて返事して親の元へとピョンピョン駆けていった。
そして刀は穴という穴から血を噴きだしバタリと倒れた。萌え死にだ。
「にゃー……みー……」
電柱の陰から見ていた花蓮は早速猫の鳴きマネを練習していた。あーでもないこーでもないと何度も鳴いては記憶にある猫の鳴き声と照合していく。その姿は真剣そのものである。
その場には真剣な顔つきで猫の鳴き声を練習する花蓮の姿と、それに反応してビクンビクン反応する刀の姿だけが残った。
お読みいただきありがとうございます。
わかった、この話はやめよう。ハイ!! やめやめ。