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2.天使の悪魔

オチ考えてなかった。

止まらない。

次で終わるのだろうか。

 九条刀は迷っていた。


 こちらから行動を起こすべきか、あちらが行動を起こすのを待つべきか。これが今までの戦いならば考えるよりも先に行動を起こしていた。


 先手必勝。九条流剣術の戦い方はまさにそれだ。力とは速さである。己の力を運動エネルギーへと変換し、それを攻撃へと転換する。

 剣道を始めたころの刀は、己の力を竹刀という道具に対して作用させて相手に振り下ろしていた。それがいつしか竹刀が己の身体の一部となり、竹刀へと力を作用させるのではなく、相手に直接作用させることができるようになった。道具という中継がなくなり、力の作用に遅延が発生しなくなった。それによって速さが増して威力が増した。


 だがそれは現在対する子猫に使える技術ではない。すでに子猫に二手遅れている。一歩進む、一歩退く、この二手で刀は瀕死の重傷を負っている。普通に考えれば、相手の行動を待ってもさらにダメージを負うだけである。自ら行動を起こすことが得策である。刀もそう考えはしたが、子猫に嫌われてしまったという心境が身体の動きを阻害している。体の動きが阻害されているせいで考えることを余儀なくさせているのだ。



 子猫がゆっくりと瞬きをした。



 刀は子猫のその仕草で心に春が訪れた。十一月という肌寒くなってきた季節で、刀の心は雪解けた三月の春のようにポカポカになっていた。

 刀は知っている、猫がゆっくりと瞬きをする理由を。

 猫がゆっくり瞬きするときは、リラックスしているときや愛情表現をするときであるということを聞いたことがあるのだ。

 まさに子猫がやった仕草。自分の前でリラックスしているのか、もしくはもしくは、いや、まだ早計すぎる。まだ出会って間もないのだ。自分に対して愛情が芽生えるなんてそんなことがあるだろうか。これは単にリラックスしているだけだ。いや、万が一、億が一ということも……。そんな思考が刀の脳内を巡っていた。幸せの絶頂である。


 冷静であるように見えて冷静ではない刀は、先ほどの子猫の瞬きの件で怯えていたのは勘違いだったのではないかという考えに至った。この肌寒い中、子猫という身で風を受けては身震いもしてしまうものだ。嫌われてしまったという考えこそ早計であった。

 刀は知らなかった。今まで避けていたがため当たり前であるが、子猫という生き物にここまで一喜一憂してしまうことになるとは。心を乱されるとはわかっていたが、まさかここまで乱されるとは考えられたはずがない。


 刀がゆっくりと一歩、子猫に近づいた。


 心に余裕ができたおかげで身体が動くようになった刀は、自ら子猫に近づいたのだ。子猫はそれに対して特に目立った反応はない。刀にもそれが感じとれた。ここからは未知の領域だ。初めの一歩は子猫の一歩と同じ距離分しか進んでいない。次の一歩が子猫との新たな関係へのステップアップとなる。

 だが刀はこれ以上のステップアップで自分がどうなるかわかっていなかった。すでに瀕死の重傷を負っているのだ。これ以上進んでしまったら死んでしまう。まさに死の行進、デスマーチなのだ。

 可愛い子猫という魅惑の生き物であるが、そこには地獄が広がっている。刀にとっては『天使の悪魔』という言葉がふさわしい生き物だ。矛盾しているようであるが、それこそ的確に目の前の子猫を現した言葉だ。


 刀がさらに一歩進もうと足を上げたのと、子猫が首を傾げたのは同時だった。


 刀はその態勢でピタリと止まり、血の涙を流した。目が見えない現状で聴覚と触覚で音、空気の流れを読み、子猫の動作を把握している。脳内では子猫の首を傾げた可愛い仕草が再生されている。しかしできればその映像を目に焼き付けておきたかった。

 なぜ目が見えないんだ! 今まで強くなるために鍛えていたのは何のためだったんだ! あまりのくやしさからの血の涙だった。


 楠花蓮は見つめていた。


 ずっと電柱の陰から刀と子猫のやりとりを見つめていた。いつも通り刀の後を追っていたら、刀が突然立ち止まったのだ。どうしたのかと電柱の陰に隠れて見ていたら、刀の少し先に子猫がいたのだ。


 花蓮は不思議に思った。今まで刀が子猫を見ていたことはあってもいつも素通りしていた。今回に限ってなぜ立ち止まったのだろうか。半年近くストーカーまがいの行動をしていた花蓮にも見当がつかなかった。てっきり猫が嫌いなのかと思っていたがそうではない様子だ。あんなにも興奮して鼻血まで噴いて、子猫の挙動に一喜一憂しているのだから。花蓮にはそうはっきりとわかっていた。

 伊達に半年も見ていたわけではない。刀の心境など一目見ればわかる。前までは表面上のことしかわからなかったが最近では何を考えているのかさえわかるようになっていた。

 刀は子猫に魅了されている。花蓮にはそう見えている。


 花蓮が刀に告白したのは食堂で出会ってすぐのことだ。初めて人を好きになった花蓮は最初、自分の状態に悩んでいたが、母にそれは恋をしていると教えられた。それを知った花蓮は衝動を抑えきれずに次の日には刀に告白をしていた。結果は知っての通り失敗。だが花蓮は諦めなかった。まずは刀のことを知ろうと観察から始めた。友達になるという発想に至らなかったのは花蓮自身が変わっているのもあるが、そういう細かいアドバイスをしてくれる友達がいなかったのも原因だ。恋は盲目とはよく言ったものだ。


 それから花蓮の暴走が始まった。観察をしていた花蓮は周りにバレないようにと注意していたためめぼしい成果が得られなかったことをきっかけに、遠慮がなくなり変装をして素性を隠し、物陰から見つめるだけじゃ飽き足らず盗撮したりし始めた。最近は荷物に盗聴器を忍ばせて盗聴しようという考えにまで至っている。これはまだ実行には移されていない。

 花蓮は刀を知れば知るほどより好きになっていった。それに比例して奇行が悪化していく。恋い焦がれ変態性が増していくが、いまだ再告白に至っていない。なぜなら知れば知るほど自分が刀にふさわしくないと思わされたからだ。花蓮は刀にふさわしい女になるためテコンドーを再び始めた。惰性などではない、初めてテコンドーをやったときのように目標がある。明確な目標があるときの花蓮は常軌を逸する。

 初めてテコンドーを教わったときもお姉さんに止められるまでひたすら同じ動作を繰り返していた。モデルになったときもテコンドーで鍛えた身体を魅せる身体へと変えていった。


 そして今、刀にふさわしい女になるため強い心もそうだがまずは形から入るためにひたすらに鍛えている。目指すべきはモデルではなく刀の隣であると。モデルの仕事は刀を観察し始めてからすぐにやめた。学校では花蓮が刀に告白したことが噂になっていたが、それもすぐに花蓮がモデルをやめた噂でなくなった。だが噂を聞かなくなっただけで生徒たちの中では花蓮は刀に告白してフラれたから、悲しさのあまりモデルをやめたということになっている。皆の憧れの花蓮を振った刀は恨まれそうな気もするが、刀の噂を知っている皆は誰一人刀を恨まなかった。むしろ恨んで絡んだことで襲撃に巻き込まれてしまうのではないかという心配もある。刀華も剣現も今までに襲撃で刀以外を傷つけたことはないためその心配はないが、周りの人には普段の襲撃のすさまじさに恐怖している。

 色々相まって、花蓮の告白を見事フッた刀の日常は変わり映えしなかった。いや、花蓮が物陰からついてくるようになっているので変わったと言えば変わった。


 現在、刀が一歩踏み出し、さらにもう一歩というところでピタリと止まり、子猫が首を傾げたところだ。花蓮の脳内では刀の綿密な情報と現状を照らし合わせて導き出した刀の脳内予想は『子猫チョー可愛い』だ。

お読みいただきありがとうございます。

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