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1.刀と子猫と花蓮と

多分3話くらいで終わります。

書いていたら長くなりそうだったので切りました。

まぁ適当に。

 九条刀は悶えていた。


 微動だにしない彼を見た周りの人にはわからないだろう。呼吸も穏やかでキリッとした顔、自然体な立ち姿。見た目ではわかりようがない。だが今の彼の心臓の鼓動を聞いた者ならば、彼が興奮していることがわかるはずだ。


 刀は今までの人生でこんな醜態をさらしたことはない。


 刀と言う名は家が代々剣道の道場をやっているため祖父が決めた。子どものころから厳格に育てられ、人生は常に戦いだと常在戦場の心構えを根元から植えつけられている。

 朝起きるとき、制服に着替えているとき、ご飯を食べているとき、歯を磨いているとき、トイレで踏ん張っているとき、登校しているとき、先生に質問しているとき、友達と楽しくお昼を食べているとき、下校しているとき、稽古のとき、お風呂に入っているとき、晩御飯を食べているとき、寝る前に瞑想するとき、寝ているとき、いつ何時でも家族が襲いにくる。彼の日常に心休まる時はない。


 常に気を張っていなければならないはずの彼がなぜ悶えているのか。



 子猫がいたからだ。



 刀の人生の中で子猫と相対したことは過去一度もない。それは刀が避けていたからだ。遠目で見ては、あんなに可愛い生き物と関わっては心が乱れると考えていた。心を乱されたら家族に隙を見せてしまう。そんなことになれば生きては帰れないだろう。

 刀は過去に一度だけ猫図鑑という本を読んだことがある。その名の通り猫の図鑑だ。世界各国に生息する猫の写真がズラッと紹介されているそれは、別段猫の可愛さを前面に出したものではない。その種の名前、歴史、特徴などなど、まさに図鑑である。その猫図鑑を読んだ刀は、その日ボロボロになって床に就いた。


 油断が死を招く。


 ただの猫図鑑で刀は猫の虜になった。そして一瞬だが溺れた。一瞬で済んだのは家族に襲撃されたからだ。もしも家族に襲撃されていなかったのならば、刀はすでに廃人になっていたかもしれない。……さすがにそれは言い過ぎかもしれないが、刀にとって猫とはそれほど恐ろしいものなのだ。その日以来、刀は猫とは関わらないことを決めた。


 しかし今! 刀の目の前に子猫がいる!


 刀は悶えている。どうしようもなく心を乱されている。校内一美人で有名でありモデルである楠花蓮に告白されたときの一億倍は興奮している。楠花蓮に告白されたときは刀は断ったが、もしも目の前の子猫に告白でもされたときには、刀は薬の切れた薬物中毒者の如く子猫のことしか考えられない体になってしまうだろう。


 一歩、子猫が刀に近づいた。


 刀は微動だにせず盛大に鼻血を噴いた。止めどなく流れる鼻血が彼の興奮度を表している。まさに激流。今、彼の人生は激流の如く走馬灯が脳内を駆け巡っている。大量の流血によって身体が死の危険を察知したのだ。常在戦場の刀とて、ここまでの流血はしたことはない。六歳まで身体が弱かった刀が初めて祖父に稽古だと言われて竹刀を持って戦ったとき以上だ。異常だ。掠れてよく見えない刀の目にはあるはずのない川が見えていた。言わずもがな、三途の川だ。あちらに渡ったならば最後、あの世に旅立ってしまうだろう。


 一歩、子猫が刀から遠ざかった。


 刀の盛大な鼻血にびっくりした子猫は一歩後ろに退いたのだ。反射かどうかわからないがそれによって刀の鼻血がピタリと止まった。命を繋ぎ止めたのだ。もしもあと一歩近づかれていたとしたら確実に刀は死んでいた。掠れてよく見えていなかったため、刀の目には子猫が遠ざかったことは見えていない。気配を感じとったのだ。いつ何時でも襲い掛かる家族を撃退することによって、刀は目だけでなく五感全てを使って周りの情報を正確に取得する。

 たとえ子猫との距離が五メートルあろうとも関係ない。子猫の弱弱しい鳴き声、息遣い、足音、お日様のような匂い、子猫が動いた際の空気の流れ。目が見えなくとも子猫の一挙一投足、手に取るようにわかる。その精度は死に瀕していても変わらない。全力を持ってして、子猫の情報を手に入れる。


 戦いとは情報だ。


 より多く、より正確に相手の情報を手に入れた者が勝つ。常在戦場の刀にとってそれは当たり前の前提である。子猫相手に勝つとは何を持ってして勝ったと言えるのかはわからないが、今まさに刀は子猫という強敵と戦っているのだ。先ほどの子猫の一歩で刀は死ぬ間際まで追い詰められた。どうにか持ち直したが、目が見えていない。体もフラついている。表情は平静そのものだが、ダメージを隠しきれてはいない。

 ある瞬間、刀の正確な五感が子猫の怯えを捉えてしまった。子猫が一歩退いたせいで刀には多少動揺があった。もしかしたら嫌われてしまったのではないかと。だが、子猫の怯えを捉えた瞬間に確信に変わった。先ほどまで暴れていた心臓を何者かに締め付けられたかのようになる。呼吸が荒くなり息苦しさを感じる。刀は溺れかけた人のように酸素を求めた。


 道行く人たちはそんな刀と子猫の対峙を見てギョッとした顔で一人と一匹を見て通り過ぎて行く。

 そんな中、電柱の陰で一人、刀と子猫を見守る者がいた。先ほど名前が挙がった楠花蓮だ。花蓮は刀に告白してフラれた日からこのようにストーカーまがいな行動に出ていた。


 花蓮は変わっている。


 いくら刀がハリウッド俳優ばりに格好良く、ターミネーター並みに強くても、今までに刀に告白したのは花蓮だけである。なぜなら刀は常在戦場だからだ。一日中代わる代わる家族の誰かが必ず刀を狙っている。そんな状態を見た女の子たちは告白する前に諦める。デートができたとしても家族同伴、近くにいるだけでも刀への襲撃に巻き込まれる可能性を考えてしまう。そんな状態の刀に告白した花蓮は変わっている。


 ではなぜ花蓮は刀に告白をしたのか。一言で言うのなら強いからだ。格好良いというのは二の次だ。花蓮は強さを求めていた。花蓮は幼少のころからテコンドーをやっていた。親がやるように言ったからではない。昔、いじめられていたのがきっかけだ。いじめられた日に公園でテコンドーの型をやっていた近所のお姉さんがいた。花蓮は興味本位で話しかけたのがきっかけでお姉さんから「いじめられるのなら強くなればいい」と言われてテコンドーを少し教わった。強くなることでいじめに負けないようになれると信じた。そして成果はすぐに出た。鍛えることで勇気が湧き、いじめっ子に反撃することでいじめに勝つことができた。


 それから中学二年生までテコンドーを一筋でひたすら鍛えていた。しかしある日花蓮に声がかかった、モデルにならないかと。

 花蓮も女の子である。綺麗で可愛い女の子に憧れていた。テコンドーも初めはいじめっ子に負けないようにやっていたが、ここまで来ると正直惰性になっていた。自分から誰かに戦いを挑むほど力に飢えていたわけではない。もう目的を果たしたのなら別のことをやってもいいのではないかと考えた。そして花蓮は中学二年生からモデルの仕事をやり始めた。

 格闘技をやっていただけあり、胸はあるが無駄な脂肪はない。引き締まった身体にスラッとした足。程よく付いた筋肉は人を魅せた。モデルの仕事を二年続けた花蓮はテコンドーで鍛えた身体を、魅せるための身体へと変えていた。


 そして高校一年生の五月、入学して一か月もしていない時期に学校中で噂になっていた。刀のことだ。モデルの仕事で学校を休みがちでクラスの違う花蓮の耳にまで噂は届いていた。教室にまで竹刀を持ってくるバカがいるという噂から始まり、学校で綺麗な女性が刀を襲撃していた、変なお爺さんが竹刀を目にも止らぬ速度で刀へと振り下ろしたが、それを目にも止らぬ速度で防いだなどだ。綺麗な女性とは刀の姉の刀華で、変なお爺さんとは刀の祖父の剣現である。学校での二人の襲撃のせいで刀は学校では有名人であった。花蓮は花蓮で、たった一か月で校内一美人で有名になっていた。


 そんな花蓮が噂の刀と出会うことになったのは学校の食堂だった。その日たまたま花蓮の母がお弁当を作り忘れたことで花蓮は食堂に行く羽目になった。今まで一度も行ったことがなかった食堂で、食堂のシステムがわからず困惑していた花蓮に刀が話しかけたのだ。周りにいた男子は高嶺の花過ぎて声をかけられず、女子は花蓮お姉さまと慕いながら女子同士けん制し合っていた。

 花蓮に話しかけた刀は親切にも食堂では券売機で食券を買ってから並ぶということを教えた。そして刀が見本として券売機で食券を買ったときだった。刀の左右から竹刀と薙刀が襲い掛かった。竹刀は上段から薙刀は下段からだ。少し前まで鍛えていたからこそ花蓮にはどうにか見えていたが身体は動かなかった。二年間のブランクのせいである。目の前で親切に食堂のシステムを教えてくれた刀が襲撃される瞬間を目の当たりに――しなかった!


 二つの攻撃が刀に触れそうになった瞬間、何かに弾かれるように吹き飛んだ。簡単なことだ。刀が花蓮の目にも止らない速度で竹刀を振り、ほぼ時間差なく二つ同時に攻撃を弾いたのだ。しかし花蓮の目には何がどうなっているのかわからなかった。あまりのことに花蓮は身体が固まってしまった。そこへ刀が弾いた竹刀が落っこちてきた。花蓮へと当たるコースだ。刀はそれを素手で受け止め花蓮を庇った。


 そのとき花蓮は落ちた。


 ありきたりなシチュエーションの落ち方ではあるが、ありきたりな理由ではない。

 目の前で突然の襲撃にも顔色一つ変えずに目にも止らぬ速度で竹刀を振りぬき防ぎ、さらに私にまで気を配るその強さ。常在戦場の心意気。肉体の強さだけではない、その精神の強さに惚れたのだ。

 それから花蓮は刀に対してストーカーまがいの行動を起こすようになった。

お読みいただきありがとうございます。

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