9
リトルキャバルリーに戻ると、なかには十五人ほどの女の子が床やベッドサイドに座っていた。正確に言うと半数はクッションにダイビングしたり飛び跳ねていた。わんぱくお嬢ちゃんたちめ、可愛いなあと霧香は思った。
メアはいちばん幼い子供を抱き、霧香のほうに心配げな顔を向けた。子供たちもはしゃぐのをやめて霧香に注目した。
「おっかない宇宙人たちが大勢来たけど、女王様が大人しくさせたわ。いまは仲良くなりましょうって話し合いしてる。もう安心よ」
「もうおそと出てもへいき?」
「ええ。でも外にいっぱい宇宙人が並んでいるから、もうすこししたらお姉ちゃんと一緒に行こうね」
霧香はコップを用意して、ソフトドリンクを注いだ。メアに手振りで飲物を配るよう指示した。
「これおいしい」子供たちは初めて味わうタウ・ケティ産のジュースを楽しんでいた。
霧香はメアにもコップをわたし、ふたりで乾杯した。といっても霧香が差し向けたグラスにしぶしぶ応じただけだが。
甘い飲物で緊張感をほぐした子供たちは、リトルキャバルリー船内をあれこれ眺め始めた。霧香は質問されるたびに答えた。ベッドをソファーセットに変型させてみせると、大喜びではしゃぎながら何度も試していた。
ふたたび殻に閉じこもったメアは膝を抱いて床に座り、ぼんやりジュースを飲んでいる。子供たちはにぎやかに走り回っていたが、年上の女の子の気分を敏感に察知したのか、ぶつからないように避けているようだ。
そのうちに母親が何人か子供を迎えに来た。
「ママ!」女の子たちはひとりまたひとりと母親の胸に飛び込み、キャンプに連れ帰られた。メアはその様子を無言で見つめている。彼女の母親は来ない。忙しすぎるのだ。
そのうちこのまま居ると霧香とふたりきりになると悟ったのか、メアは不意に立ち上がり、コップを置く場所をそわそわと探した。
「そこらへんに置いといて、あとで片付けるから」
「そう、飲物ごちそうさま。あたし戻らなきゃ」
「待って、わたしも一緒に行く」
メアは今度は拒否しなかった。残った三人ほどの子供に「さ、帰ろう」と声をかけ、ハッチで立ち止まり、霧香を待っていた。子供たちは駆け足で居留地に向かった。ふたりで暗い川縁を歩いた。
メアが口を開いた。「あんた子供たちのあしらい方が上手ね。みんなすぐなついてた」
「子供には好かれる……なんてね。いまだけよ。得体の知れない人間だから、とりあえず興味津々で言うことを聞いてくれるけど、もうすこし慣れたらたちまち言うこと聞かなくなるよ」
「そっか……」
キャンプに戻ると、隊列を組んでいたイグナト人たちはどこかに姿を消していた。ふたりだけがいまもテントの間に立ち、周りのアマゾネスたちを脅している。平均身長の低い女性たちのあいだで七フィートの巨人たちはひときわ大きく見えた。子供たちも遠巻きに宇宙人を囲んでいた。霧香はイグナト人に近づいた。
「ほかの連中はどうしたの?」
「展開させた。一〇㎞下流の山岳地帯に拠点を設けるのだ」
「なに?さっそく戦闘の準備なの?どうして?」
「知らないのか?ククルカンの軍隊が動いてるんだよ。三日以内にこちらに進軍してくるだろう」
とびきり悪い知らせに霧香は溜息を漏らした。「そう……それは知らなかったわ」
「隊長が言っていたが、あんた、GPDのホワイトラブだろう?」
「ええ」
「むこうに置いてあるのはおまえの宇宙船だな?あのリトルキャバルリーか?」
「そうよ」
「おまえは兄弟のあいだで噂されている通り、強いのか?ローマ・ロリンズのように?」
「そんな評判知らないわ。誰か大げさに言ってるだけだと思う」
「そのうち分かるさ」
メアは霧香と異星人のやりとりをぽかんと見比べていた。
寺院に向かう霧香をメアが追いかけた。隣に並ぶと、意外そうに尋ねた。
「あんなひとたちに名前が知られてるの?すごいね」
「悪評じゃない?わたしよりわたしの上司がすごいひとだから。それで話に尾ヒレが付いただけよ」
「あんたの乗り物が宇宙船だって言っていたけど、本当なの?あんな小さな乗物なのに」
「そうよ。あれに乗ってきたの。タウ・ケティから」
「すごい……」
しかしメアは霧香が寺院に入ろうとしたところで向きを変え、どこかに行ってしまった。霧香は階段を昇り、階上の広間に向かった。
ミルドリアと異星人たちは広間に座り、話し合いの最中だった。どっしりあぐらを掻いた異星人の背後で、太い尻尾がのんびりのたうっている。女王は霧香の姿を認めると、近くに来いと手招きした。
「こちらのシザーが、おまえが指名手配されていると言っている」
「そうですか」霧香もカーペットに腰を下ろした。
「ニュースで流れているよ。ククルカンの首班、スハルト・アイアンサイド暗殺未遂容疑だ」
「なるほど……彼、やっぱり生きてるのね」
「やったのか?」
ミルドリアが答えた。「手を下した男は我々の墓地に眠っている。彼女は無実だ」
シザーは頷いた。
「おまえはその証人だから、追われているのだな。奴らはこの大陸からなんとしても逃したくない」シザーは念を押すように尋ねた。
「そうよ。わたしを暗殺未遂容疑で捉え、国連に対する異議申し立ての材料にするつもりだった。だけどわたしが逃げてしまったから……」霧香は肩を竦めた。
「我々の見立てによると、奴の国はこの大陸を平定しようとしているらしい……。あの男の演説はたびたび眼にしたが、異星人はあまり好きでないようだった。そうなると我々も煩わしい思いをすることになるやもしれん。なにか打開する方法はあるか?」
「わたしはククルカンの反政府勢力に接触するつもりだった。かれらが本気で現体制を倒すつもりなのなら……アイアンサイドを権力の座から引きずり下ろすことが可能なら、状況は好転するかもしれない」
「昨晩騒ぎを起こした奴らだな?」
「その仲間ね」
「暴徒の反乱は平定されたとニュースは伝えている。多少バイアスのかかったニュースだと思うが」
「そう……」
「おれたちの仲間はククルカンにもいる。いろいろ探ってみても良いな。しかしなにかとっかかりが欲しい。おまえと一緒だったという反政府勢力について」
「わたしも詳しくは知らないの……かれ……ウッズマンはたいしたものを残さなかったから」
「なにかあるのか」
「ちょっとした身の回りの品しか残ってない」
「見せてくれ」
霧香はリトルキャバルリーまでとって返し、ウッズマンのこまごました遺品を渡した。
「フム……」シザーはコインやライターを眺め、頷いた。
「役に立ちそうなものはないわ」
「いや、じゅうぶんだ。追跡できるほど匂いが残っている。複数の人間の匂いと……ほかにもいろいろ」白鹿亭の紙マッチを眺めた。「これは店かなにかの名前か?」
「おそらくククルカン……センターパレスに近い街にある酒場だと思う。アドレスが記されている」
「よし、この死者の形見がわれわれを導くだろう。しばらく預かるぞ」
霧香はなんとなくほっとして言った。「お願いします」
女王があらためて言った。
「ホワイトラブ、おまえは安全になるまでここに留まるが良い」
「そうだ。それにおまえはGPDだ。いずれこの地が静まった暁には、おまえは重要な役を果たすことになる。それまではわれわれイグナトもおまえを守ろう」
「ありがとうございます。でもそうもいかない。このままだともっと激しい戦争になります。いまごろアイアンサイドは国連に……この人類宙域全体を統轄する代表団に抗議書簡を送っているでしょう。数日後には最寄りの星系から国連所属軍艦がやって来るかも知れない。そして彼らはこの大陸を焼き尽くすかもしれない。アイアンサイド自身がそれを望んでいるのよ」
女王が口を挟んだ。「なぜだ?あの狂った男は戦争で儲けるといっていたが」
「古い在庫を使い尽くしたら新しい武器を買い揃えられる。焼け野原になった都市は再建される。彼は戦争の勝ち負けはあまり気にしていない……終わった時ククルカンが存在していさえすればいいと思っているのよ……たぶんマスコミを通じて人類世界の同情を買う算段がついているのね。新しくやってくる会社はアイアンサイドと手を結び、この惑星全体に商売を拡げる。民はなんであれ、かれらが提供する品物を買うしかない」
ミルドリアは霧香の説明を聞きながら徐々に大きく頷き始めた。
「商人の天国か。かつて我々の祖先が背を向けた世界が、ふたたび追いかけてきたのだな……」
「そう、その前にこの惑星を地ならしするつもりなのよ」
「我々イグナトも賑やかすぎる世界は望まない。せめて巣が成熟するまでは」
「それはどのくらいの時期?」
「この惑星が太陽を一周するあいだ。それが過ぎれば、我々はまた旅に出る」
「三〇年か……」
「それと、ククルカンの軍隊がまた迫っているのだ」
「聞きました。あと三日以内に攻め込んでくるそうですね」
「イグナト人は心配するなといっているが……」女王はククルカンの兵力をある程度承知しており、半信半疑のようだ。
「ホワイトラブ、おまえからも言え。彼女は我々の能力を知らんのだ」
「ミルドリア、彼らはたいへん優れた戦士です。人類のほかの軍隊も彼らと戦おうとはしません」
彼女は渋々同意した。「そうか……信じよう。ともかく戦闘にはわたしも参加する。我々は誰かに庇護されるがままでは居られない」
「ミルドリア……」
「留めるな。これは大事なことだ」
シザーは歯列を剥きだした。
「見上げた心意気だ。一緒に戦おう。楽しみだ」
アマゾネスの女王として、いかにも男性的なイグナト人戦士に頼り切ることは彼女の矜持が許さないのだ。イグナト傭兵が生物学的にはっきり牡と分類されるわけではなく、人間に対する言葉遣いや立ち居振る舞いも、単にたまたま男性から教えられたために過ぎないのだが、その事実を伝えてみても仕方がないと思えた。
「そこまで言うのなら……」
「だが武器が要る。わたしたちの使者が街に武器を買い付けに行っているのだが、間に合えばよいが……」
「ああ……たしか、アマキが言ってました」そういえばアマキの姿が見えない。
「彼女は、なにかきょうだいの契りを結ぶらしい。モーゼというイグナト百人隊長と一緒に階上に向かった」
「あら……そうなんですか。それは良いことだわ」霧香は自分自身の経験を思い出し、頭を掻いた。霧香の口調からなにか感じたのか、ミルドリアは疑いの目を向けたが、さすがに詳しく説明する気にはなれない。
「わたしがリトルキャバルリーを飛ばして、使者を連れ戻しましょう」
「危険ではないか?おまえは追われているのだ」
「指名手配はククルカンとかれらが展開している軍隊だけの話でしょう。他の国やコミューンなら、それほど危険はないですよ。それにわたしの船は速いんです。誰も追っては来られませんよ。明日、日の出前に出発します」
「そうか……われわれの協力者、ルミネは東海岸のブラックストーンという街にいるはずだ。足止めをくらっているかもしれない。彼を連れて帰ってくれれば助かる」
ミルドリアたちのもとを退席すると、携帯端末が警報を鳴らした。
「おやおや」ホロ表示をあらためた霧香は呟いた。「だれかリトルキャバルリーをいじってる」犯人の見当はなんとなく心当たりがある。どうせほかの誰かがあの機体を飛ばすことはできないから、霧香は放っておいた。
キャンプに降りると、霧香の新しい友達たちがテーブルから手招きした。年上の女戦士のグループだ。野豚の丸焼きを石を積んだグリルでぐるぐるまわしていた。メインディッシュを焼くのは戦士たちの役目というわけだ。脂肪が音を立てて滴り、新鮮な焼き肉の食欲をそそる香りがあたりに漂っていた。女王の言葉通り「ささやかな宴会」が催されているのだ。部族みんなで賑やかな宴の最中だった。イグナト人も宴の輪に加わり、豚の焼き具合について調理係と議論していた。「生でくれ。血の滴る生肉」
高く掲げられた松明があたりを照らしていた。子供たちが大鍋に野菜を投げ込んでいた。顔見知りのグループが薪を囲んでいるのを見つけて歩み寄ると、ラニ―かおいでおいでと手招きした。みな丸太を椅子代わりにして座っていた。
「大盤振る舞いね」霧香は丸太に腰掛けながら言った。
「女王が言うには、わたしたちの逃亡生活はもうすぐ終わる。二~三日後の戦いのあとの話だ……勝っても負けても倹約する必要はなくなるそうだ。だから食料庫を開放した」
「そうね。勝てばベンガルヒルのデネブに戻れるのね」
「ええ。建物は壊されちゃったけど、あそこの備蓄食料も農地もまだ荒らされていない。なるべく早く戻りたい……」
銅製のジョッキに注がれたワインをわたされ、霧香は乾杯してひとくち呷った。
「メアっていう子について、なにか知ってる?」
「女王の娘だ」
「跳ねっ返りだ……あたしも似たような時期があったっけ」
「最近は閉じこもってるな……いつもひとりでどこかに行ってしまう」
「彼女……暇があればアシュリーやルミネと過ごしてたよ」
「アシュリーとルミネ……女王の許可を得て近所に住み着いていた男たち?」
「ああそうだ、よく知ってるな。メアは彼らの話を聞きたがって、いつもくっついてた……いちどそのことで女王と言い争っていたよ。だけどアシュリーが亡くなって……」
女戦士たちは黙り込んだ。アシュリーという男はアマゾネスのあいだでも気にいられていたのだろう。
「……メアは、アシュリーが好きだったのね」
「ほんのり恋心を抱いていたかもね……アシュリーは子供は相手にしなかったけど……いま考えてみると、ちょっと痛々しかったな」
アシュリーの墓に跪いて涙を流すメアの姿が浮かんでくるようだった。
女たちは両手持ちのナイフで手際よく大量の肉を切り取り、鉄板に乗せてさらに火を通し、焦げ色のついた肉にタレと刻んだハーブを振りかけると皿に盛った。手作りのソーセージやハム、カエルの足のフライに、蒸かしてから油で炒めた芋も盛られている。
丸焼きは少々可哀相とはいえ、新鮮な豚はたいへん美味しかった。料理の味付けはどれもすばらしく、自家製のワインやビールも同様だ。
「わたしたちは生活のために観光客に民芸品を売るほど落ちぶれてはいないが、それでも時折やってくる連中のために、村の近くの街道沿いに食堂を開いていた」
霧香はデネブ丘陵の一本道にぽつんと立っていた二階屋を思いだした。あれが食堂だろう。
「あまり外の人間と関わりたくはないが必要悪だ、ほどほどに地域と接触してないと変な噂を立てられるんだ……過去に痛い目に遭ってるからね。それで、どうせ来るなら金を搾り取ってやろうと。食堂のおかげで不作法な観光客が勝手に村に入り込んでくることもなくなったし、みんな自然食品だって、嬉しそうに食べて帰ったよ」
「そう、適度にガス抜きになるしね……メアみたいに不満を持ってる子にとっては特に」
「逆に外に気を惹かれない?」
「女王は去る者はあまり強く引き留めない。だけどみんな薄々分かっているのよ……わたしたちが外に出ればどうなるか。大きな街で皿洗いかなにかの仕事に就いて、生活に追われているうちに部族のことも忘れて、大勢の中に埋もれて死んでゆく……。ささやかな悪徳を堪能する代償としては高くつく。わたしたちはときどき手紙を受け取るから、知っているの……部族が懐かしい、帰りたいって書いてあるから。部族の一員で外に出て成功した人はごくわずかだわ……」
「あるいは悪い男に惚れちゃって、惨めな結婚生活を送るとか」
「結婚できればいいほうよ、捨てられちゃったり別れちゃうほうがあり得る……」
「わたしたちの生き方のなかでもそれは最悪の結末と見なされる。呪われた人生よ」
「厳しい考え方だけど、否定できないなあ……いい男ってなかなか現れないのよね」
霧香たちは笑った。人類の半分を占める生き物の話題はどこに行っても通じる。女どうし気のおけない話題だ。
宴のあいだを虎のバルカンが我が物顔で練り歩いていた。
「バルカン!おいで!」
名前を呼ばれた虎はのんびりやってくると霧香の側らに巨体をごろんと横たえ、、当然だという顔で霧香の膝に頭を乗せた。
霧香は戦慄した。「は、は、は……」
「おや、バルカンがずいぶん早く懐いたわね。珍しい」
「そ、そう……?」
「この子はね、都会の動物園にいたんだ。動物園が潰れて、バカな経営者が野に捨てた……屠殺するのが忍びなかったのかな……。危険だからやむなくこの子の母親を女王が仕留めた。だけどまだ赤ちゃんだったこの子は、わたしたちが育てることにしたんだ。女王はときどき笑って言うんだ。いつかバルカンは母親の敵を討つかもしれないなって」
大いに心を打たれる話だが、ミルドリアより自分のほうがかなり早めに食い殺されそうな状況でなければ、だ。
「おお、こいつはすごい」イグナト人たちが虎の姿に感心していた。「おまえたちの星の生き物だな。哺乳類のわりにはなかなかみごとな面構えだ」
バルカンは見慣れない者たちを見上げ、歯を剥きだして唸った。巨大な喉の振動が太腿に伝わり、霧香はふたたび身震いした。
「見ろ、おまえを怖がってないぞ」イグナト人がもうひとりに向かって冷やかした。言われたほうは虎に向かってやはり歯を剥き出し、唸って見せた。
「いちど彼と手合わせしたいものだ」
「あら、バルカンは女の子だよ」
「ほう?」イグナト人は皿から分厚い生肉を取り、バルカンの前にぶら下げた。虎は馬鹿にしたように顔を背けた。
「この子は知らないひとから餌をもらわないの。頭が良いでしょう?」
「良い子だ」イグナト人は肉を口に放り込んで咬んだ。「気位が高い」
バルカンはうるさそうに霧香の膝のうえで首を巡らせ、大きな鼻息を吐いて眼を閉じた。こうしていると図体が超巨大なだけの猫と思えなくもない。気力を振り絞って自然な手つきで太い首筋に手を当ててみた。動物は人間の恐れを敏感に感じ取る……故郷の牧場の経験である程度わかっている。手首を丸ごとかじり取られなかったのでホッとした。
やぐらを組んだ薪が盛大に燃えるそばで女の子が歌い始めた。抑揚の効いた独特のリズムで、霧香の知らない古い原語の歌詞を歌っていた。みんなしばしその歌に聴き入った。おはやしも楽器の演奏もない。女の子は舞い上がる火の粉を見上げて両手を掲げ、よく通る声音を響かせていた。
女の子が歌いきると、みな盛大に拍手した。歌っているあいだはまるで精霊が乗り移ったように超然としていたのに、いまは年相応に照れくさそうに胸に手を当て、友達に肩を叩かれていた。
イグナト人がそれに続いて歌を披露したので霧香を含めてみな驚いたが、さらに驚くべきことにそれはとても古い英語の歌だった。ルイ・アームストロングである。
戦うことが天性の異星人が、この世界はなんとすてきなのだろうと歌っている。霧香はなぜだか涙を催した。
しばらくして、霧香は大人しい虎の首筋を掻きながら尋ねた。
「メアは出て行きたがってると思う?」
「かもしれないね……アマキが次の女王候補だから、自分は必要ないと思い込んでるかも。アマキは逆の考えなのに」
「彼女をいちど外に連れ出そうかしら。どう思う?」
「どうかな……危険な賭けね。そのまま戻りたがらないかも」
「女王は間違いなく腹を立てるわ……でもそうね、メアを閉じ込めるのも良いことだとは思えない。連れ出せるならいちど外の世界を見せてあげたいな」
虎が身じろぎ、ガウッと短く唸った。
「トラちゃんも賛成だって」