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 気温は快適で微風が心地よかったので、ハッチを開け放したままベッドで眠った。その途端に誰かが肩を揺すって霧香を夢から引き戻した。さっきの女の子だった。

 「ねえ起きてよ、宇宙人が来たの、みんな怖がってる」

 「ン……いま起きる……」携帯端末をちらりと見ると、四時間経っていた。ハッチの向こうは薄暗くなっていた。

 霧香は立ち上がって手早く身なりを整えた。「よし」女の子に向き直って言った。

 「ねえ、あなたは怖がっている小さな子供たちをたちをここに連れてきて。イグナト人たちは恐ろしげな外見だから、見る前に心の準備が必要だわ。この中は安全だからと言って」

 「わ、分かった」

 「あ、あなた名前は――」だが少女は駆け足でキャンプに向かってしまった。

 「それでは様子を見てくるか……」

 霧香はリトルキャバルリーの外に出た。

 キャンプは騒然としていた。みんな足早に寺院に向かっていた。アマキが霧香の姿に気付いて駆け寄ってきた。

 「見張りがこちらに向かってくる宇宙人を見つけたんだ。もうすぐここにやってくる」

 「分かった。みんなに伝えて、これは肝試しよ。怯えて弓を引いたりしてはダメよ」

 「分かった……伝える」

 あの赤毛の女の子が両腕に幼い子をひとりづつ抱え、さらに泣きじゃくっている五歳くらいの子に屈み込んで「こっちにおいで」と話しかけていた。アマキはそれに気付いてなにか言おうとしたが、女の子が無視するように十人くらいの子供を引き連れてリトルキャバルリーに向かうと、頷いてそのまま見過ごした。

 寺院のバルコニーに立った女王が指示を出していた。民俗調の宝具で盛装して槍を持っていた。イスラムの世界では女性は肌を極端に隠しているが、ミルドリアの姿はそれ以前……アラビアンナイトのお伽話か古代エジプトの伝説から抜け出したように見えた。まさしく女王然としたじつに堂々とした姿で、みんなよく通る女王の声に従い寺院に待避していた。


 イグナト人たちが川沿いの道をぞろぞろやってきた。十にんくらいいるだろう。きちんとした隊列を組んで歩いてくる。霧香は暗くなった絶壁に眼を走らせた。最初は良く見えなかったが、やはり壁を這うイグナト人がいた。

 「まったく、何人連れてきたのだか……」

 「えっ?」アマキが霧香に向き直った。霧香は黙って壁を指さした。アマキもなかなか気付かなかったが、ようやく壁を這うイグナト人に焦点を合わせると、「たいへんだ」と囁いた。

 「見せかけよ、心配することはない」

 「そうなの……?」

 「彼らは有能な兵隊で、ときどきそれを見せつけるの」

 「なぜ?脅かすためか?」

 霧香は頷いた。「ビジネスよ……彼らは軍事力を提供するのが主な収入源だから」

 「なるほど……」

 ミルドリアが十人ほど護衛を引き連れて降りてきた。

 「来たか?」アマキに話しかけた。

 「はい。川沿いを十人。壁を這ってくるものが大勢……」

 「壁だと……?」

 モーゼを先頭にした隊列がキャンプに辿り着き、霧香たちの手前で止まった。

 「おれはイグナトだ」ミルドリアと相対したモーゼが言った。

 「知っている」

 「おれはウル・ココルクランにおける人間との折衝役だ。交渉はおれがすべて行う」

 「承知した。わたしはメイデンホーン・アマゾネスの長、レジナ・メニエッタの娘ミルドリア」

 「おんなの長か」

 「そうだ」

「それでは女王閣下、そちらがおれと交渉するのか?」

 「いや」ミルドリアは芝居がかった手振りでアマキを指し、言った。「アマキがあなた方と交渉する」

 「承知した」

モーゼは片腕を上げて短く吠えた。

 突然あたりの壁はイグナト人で一杯になった。恐ろしげな兵隊たちは巨大な武器を担いでモーゼの背後に集結した。全部で百にんくらいいただろう。

 やはり子供たちを避難させて良かった、と霧香は妙な安心をした。こんな光景を見たらしばらく悪夢にうなされるだろう……。あちこちで女性の短い悲鳴が上がっていた。パニックにならなかったのは、戦士たちや女王が一歩も引かずにいるからに過ぎない。

 だが半数ほどの女たちは恐い顔で女王の背後に寄り集まりだした。

 やがて人間とイグナト人集団はほぼ同数で対峙していた。

 アマキが一歩踏み出し、モーゼに言った。

 「あなたたちが傭兵だというのは聞いている。こんなに連れてくる必要はないぞ。第一こんなに大勢もてなせるほど我々は豊かではない」

 「あんたたちの事情は承知している。我々は何度も偵察したのだ。心配することはないぞ。兵たちは飢えておらん。もてなしはけっこうだ」

 「分かっている、デモンストレーションのつもりなのだろう?あいにくとわたしたちはあなたたちを大勢雇うつもりはない」

 「それが交渉のとっかかりだな。我々はこの大陸の内情も理解しているぞ。おまえたちメイデン・ホーンがベンガルヒルから追い立てられたことも知っている」

 「どういうこと?」

 モーゼは歯を剥きだした。「考えたのだ。おまえたちを追い立てた軍隊がさらに侵攻すれば、我々の土地に踏み込むことになる……。我々は土着の人間と争うのを望まないが、おまえたちに雇われたという名目があれば堂々と戦えるのだ。ククルカンの軍隊はおまえたちには脅威だが、我々はあやつらを赤子の手をひねるごとく退散させられる。どうだ?悪い話ではなかろう?」

 「おたがいの立場を利用できるということね。悪くない話だわ……」アマキは霧香とミルドリアのほうをそっと伺った。ミルドリアが顔をしかめ、いいからいいからと言うふうに手を振った。霧香は咳を堪えるように顔をうつむけ、笑いを堪えた。

 「それでは、話し合いを続けましょう」

 「よし」

 モーゼが背後の兵隊に向き直り、片腕をあげて短いスタッカートで吠えた。百にんあまりいたイグナト人たちはひと言も喋らず解散した……一斉にきびすを返し、ものすごいスピードで地を這い、地球のトカゲそのもののすばしこさで崖を登ってゆく。控えめに言っても身の毛がよだつ光景だ。集まったアマゾネスのあいだでどよめきが起こった。完全に姿を消すまで10秒もかからなかっただろう。

 アマキは残ったイグナト人代表団を引き連れて寺院に向かった。


 霧香と女王は見送りながら、それぞれにほっと一息ついた。集まったアマゾネスたちも、やや神経質な笑いと共にいま見た光景を喋りながらバラバラに解散し始めた。

 「意外と分かりやすい連中だった」

 「見た目ほど荒っぽくないでしょう?」

 「そうだな。誠意を持って常識的判断を重ねれば穏やかに済みそうだ。正直わたしは異星人のことは知らない。イグナトとはどんな種族なのだ?」

 「彼らは地球から三千光年ほど離れた星の住人でしたが、二百万年前に彼らの太陽が爆発してしまいました。以来彼らは流浪の民です。戦いから戦いへ、傭兵業を営みながら放浪しているあいだにそれがライフスタイルになってしまったんです」

 「二百万年も前から?わたしたちは宇宙進出を果たしてせいぜい千年だというのに……」

 「この惑星に流入してくる異星人のほとんどが、途方もなく長い歴史を重ねていますよ。人類のひとつまえにクラウトア宗主族と接触したのはウーク人ですが、それでも二十二万年前の話ですから」

 ミルドリアは頷いた。

 「彼らは我々の言葉をずいぶんとうまく喋れるな?それだけではない。人間の何気ない仕草も身につけていた。同意のしるしに頷いたり……あれはまさかもともと備えていたものでは無かろう?」

 女王の言うとおりだ。人類固有の動作は当然銀河共通ではない。イグナト人のように人類と同じレイアウトで進化したヒューマノイド型でさえ、動作の共通点は少ない。大昔のドラマに登場する異星人は都合良くぺらぺら英語を喋ったが、それはいまや現実であり、笑い事ではなかった。

 無用の軋轢を避けるために異星人たちはあらかじめ、人類言語や文化習慣を学んでやってくる。彼らは難なくそれをできるだけの社会性と頭脳を有している。極端な例では、指四本の種族に向かって五本指の手を広げてみせるだけで相手を侮辱することもあるのだ。新世界について学ぶことは死活問題であり、彼らのそうした姿勢から人類は学ぶべきことが山ほどもある。

 「想像もできないな……。われわれ人類がたった十万年後にも健在かどうか、とても見当がつかんだろう?それほど長く繁栄できるほどの知恵を持てるかは言うに及ばず」

 「わたしもそう思いますよ」

 「だが……わたしたちはそうした異星人にあまり敬意を払っていないな。そう思わないか?」

 「わたしたち」という言葉は人類全般を指していた。霧香は頷いた。

 「残念ですがそのようです。わたしたちはふつう、植民地に流入してくる彼らを目障りな余所者として見ます……。まだ敗戦後の新しい社会秩序に慣れないせいもありますが……」

 本当は怖れているのだ。

 彼らはここ十年でどこにでも出没するようになったし、いまでは人類が生産するものを買う……宇宙船さえ人類から購入しているのだ。たんに物価が安いからそうしているだけなのだが、それがなぜかある種の軽蔑を産む。そしてクラウトア宗主族や高等種族リーグ星人にへりくだる一方、イグナト人やウーク人を見下し、敗戦によって打ち砕かれた自尊心の代償を得る。

 「そうした余所者を見下す態度は人類普遍のものだよ。先入観や偏見はかつて多くの悲劇を生んだ。二百万年以上も歴史を持つ異星人をごろつき扱いするのは、そうした地球の悲劇とは比較にならぬほどの過ちとなり得るな。そうではないか?」

 自らもマイノリティとして辛酸を舐めたのに、いやだからこそなのか、女王の言葉には深い同情が籠もっていた。絵に描いたような蛮族の女王だとしてもその社会を俯瞰する大きな視点に霧香は尊敬を新たにした。

 「そうかも……いえ、そうなるでしょう」

 GPDの戦略分析室でも似たような議論は出る。そして有効な対策はまだ誰も考え出していない。とにかく教育が重要だ……専門家はそう主張する。劇的な処方箋はない。ひたすら、啓蒙するしかない……。

 ミルドリアはなにか考え込んでいる。

 「ああそうだ……子供たちをわたしの船に避難させたんです。もう連れてきていいかな……」

 「そうか……それはありがとう」

 「赤毛でおさげの女の子に協力してもらって……」

 「なに!?」ミルドリアは驚いた。「メアか?」

 「メアっていうんですか、あの子」

 「ああ……あの子はすこし問題児なのだ」

 「そんな感じでしたよ。いかにも反抗期の女の子って様子で」

 「反抗期……」ミルドリアは肩を落とした。「わたしが生還したというのにあの子は喜びもしなかった……」

 霧香は眉をひそめ、女王の顔を伺った。

 「ひょっとして……」

 ミルドリアは力なく首を振った。「あれはわたしの娘だ」


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