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 昼前、戦死した者たちの真新しい墓の列にウッズマンが加わった。

 岩に刻まれた細い階段を昇ってゆくと、絶壁を登り切ったひらけた場所に出た。

 堆積した溶岩質の凸凹が緩やかに傾斜するベンガル山の裾野まで果てしなく広がっていた。部族の一時待避施設はそんな岩場が川の流れによって浸食された裂け目にあるのだ。山の反対側を眺めると、デネブ丘陵がやはり遙か遠くにぽつんと垣間見えた。

 墓地はドーム状に盛り上がった岩の壁をくり抜いて周囲から目立たないように設けられていた。東の空に向けて二十五の石を削りだした墓石が並んでいる。

 人口の一割ちかくを失う気持ちとはどんなものか、霧香には分からない。小さな自治体でみなが家族同然という場合は尚更だ。

 テラフォームされた星の土壌には遺体を分解する力はないので、ウッズマンは荼毘に付され、岩の窪みの墓石の下に遺灰が収められた。こうして植民惑星の男は非常に長い時間をかけて土に還り、惑星の一部になる。

 埋葬が終わると、女王が彼の短い物語を告げ、詩を詠唱した。子供たちが新しい墓に花を添えた。


 葬儀が終わると部族の皆はふたたびそれぞれの仕事に戻った。アマキの計らいで、霧香は年の頃が近い女の子たちに紹介された。

 彼女たちは葬儀のあとまっすぐ神殿様式の建物に向かった。壁際に槍や剣が立て掛けてある、ある種の更衣室だ。みな淡々と革で編んだ武具やポーチを身に付けていた。どうやら狩りの準備らしい。

 アマキに付いて現れた霧香の姿にみな準備の手をとめた。霧香が誰かはみな承知している。ふたりは決然とした表情で霧香に矢を向けた娘だ。みんな冷ややかな好奇心を霧香に向けている。

 「みんな、彼女はレジナを救出してくれた芹香・ホワイトラブの娘、霧香=マリオン・ホワイトラブ。霧香、こちらはナイーダ、ルー、ベレナ、ラニ―、ジゼル、マリラ」

 「よろしく、みなさん」

 「レジナのことは礼を言うわ」ラニ―が言った。

 「これから狩りに出掛けるの?」

 「夕食の献立を決めにね、あんたも行くかい?」

 「狩りのやり方は分からないけど、見てて良い?」

 彼女たちは笑った。「まあ狩りって言ってもせいぜい野豚かウサギだ……芋も掘るし、木の実も採る。見物してても面白くないよ」

 「なんであれできそうなことを手伝うわよ。それに狩りの場所までわたしの船で行くのはどう?」

 彼女らの多くは外の世界に興味津々だ。霧香は次々と繰り出される質問に答えたが、あまり外の世界を知らせるのが良いことなのか判断できず、ときどき答をはぐらかした。彼女らにとって「世界」とは居留地の外と近隣恒星系を意味する。知らないので答えられないことも多かったから、ごまかすのも難しくはない。

 二十人ほどの戦士を乗せて、彼女たちの狩猟場までリトルキャバルリーを飛ばした。高度三万メートルまで上昇させると、乗客たちは舷側の展望窓に張り付いてまるい地平線の景色に歓声を上げた。随伴する年配者を乗せたAPVもここまでは付いて来られない。目的地にはわずか五分で到着した。彼女たちはリトルキャバルリーを性能の高いAPVだと思い込んで勝手に納得してくれた。

 霧香たちがやってきたのは大きな山の麓だった。裾野がひらけた平原になっていた。降り立ったアマゾネスは思いのほか警戒していた。芋掘り道具やボウガンを構えて歩兵のように展開していた。

 「なにを警戒してるの?」

 「異星人よ。数ヶ月前からこのあたりに住み着いた」

 「どんな異星人?」

 「すごく恐ろしいのよ……トカゲみたいな顔に大きな身体……尻尾」

 「イグナト人ね」

 「知ってるの?」

 「ええ……恐ろしい顔だし、見かけ通り怒らせると凶暴な戦士たちよ」

 「そんな感じだった……神出鬼没ですばしこいの。だけどいまのところ危害を加えられてはいない……やっぱり危険なの?」

 人間か誰かに雇われた用心棒だったら大いに心配すべきだが、アマキの口ぶりではイグナト人は彼らだけで住み着いたようだ。

 「彼らは傭兵を生業とする生まれついての戦士なの。わたしたちは異星人相手の仕事をしてるけれど、あの連中とは戦うなと言い渡されている。……ぜったいにかなわないから。だけどだれかに雇われていないなら話し合いの余地はある、挑発して怒らせたりしなければある程度話は通じる。見た目はともかく知性は高いわ」

 「そう……話せば分かるって?そうなら助かるな」アマキは半信半疑の口調だが、とにかく頷いた。

 つまり居留地は背後と正面に軍事的脅威を抱えているわけだ。イグナト人の居留地がどの程度の規模なのか分からないが、たとえ十にんでもアマゾネスは太刀打ちできないだろう。本当に、なるべく早く霧香自身がイグナト人とコンタクトを取り、軋轢が生じるか様子を探る必要がありそうだ。

 芋を掘る班と狩りをする班の二手に分かれ、山裾の緩やかに傾斜した森の中に分け入った。ひとが滅多に足を踏み入れない森はかつての植林が野生化し、自然条件が良かったために爆発的に増殖したのだという。そこに建設され、消え去った数多のコロニーの家畜が迷い込み、住み着いた。多くは鶏や豚、羊などだ。生存を脅かされるような敵性動物もなく繁栄したらしい。おかげで獲物は豊富だという。

 「でも野犬もいるから注意して……まだ大型動物を襲うほど退行してないみたいだけど」

 「イグナト人はどこら辺に住んでるの?」

 「反対側の裾野じゃないかしら……もっと鬱蒼とした森があるのよ。洞窟がいくつも地面に穴を開けていて危険だから、地元の人間はだれも寄りつかないわ。異星人も住み着いたしね」

 「パルテノンには異星人が大勢移住してるんですってね」

 「そうみたい。わたしも奇妙な連中を街で見たよ。オレンジ色の人間そっくりな奴とか、サボテンみたいなのとか」

 「人類世界に流入してくる連中としてはお馴染みの面子ね……大きな鉄板みたいなのも見た?」

 「見たけど……あの地面を滑る大きなカードみたいな奴?あれも異星人なの?」

 「そうよ。ブロマイド人。あのカードの中に住んでるの」

 作業の前半はは何ごともなく過ぎた。午後二時頃にいったん作業をやめて集合し、休息と簡単な食事をとった。狩猟班は捕まえた茶色い鶏を二羽手作りのカゴに収めていた。その隣には各種の根菜が麻袋に詰められて積み上げられている。果物もあった。霧香は雪解け水の小川にミズナの群生を見つけた。植民者たちが持ち込んだ植物は食用が多く、伝搬した種が野生に息づいていた。ワサビらしき植物も見つけ、アマキに知らせて持ち帰ってもらうことにした。

 野良仕事を終えた十代半ばの娘たちが生まれたままの姿で水辺に飛び込みはしゃいでいた。ごく穏やかな昼下がりの光景だったが、娘たちが丁寧に折り畳んで置いた服の側らには刃渡り六インチのナイフが地面に突き立ててあった。ナイフやパチンコや弓……みな何かしら武器を所持していた。

 泥だらけになった手を水辺で洗っていると、アマゾネスが四人、霧香を取り囲んだ。

 一人が霧香にタオルを放って寄こした。霧香は手を拭きながら立ち上がった。

 「なにか?」

 「ちょっと……お手並み拝見」

 「お手並み……」

 「ラニ―が相手したいってさ」ナイーダがひときわ精悍な体つきのラニ―の肩を叩いた。身長六フィート。痩せているが長い腕は筋肉が発達している。

 「それで、なにを試したいの?ダンスの腕前かな?」

 「あたしたちはふつうナイフか……素手だな」

 霧香は少し首を傾げて考え込んだ。ケンカは得意ではない……ロリンズ教官の教えは相手をいかに素早く無力化するか、というテクニックばかりだった。汚い手を使っても勝つことがすべて……ケンカで使ったら軽蔑されるようなことばかりだ。だがそれをいまこの場で説明しても納得してくれるとは思えない。

 「素手のほうがいいな。顔は避けてよね」

 「そうだねッ……!」ラニ―はいきなり身体を回して横蹴りを繰り出してきた。霧香は背中を反らして避けた。ラニ―はもう一度、低い蹴りを繰り出してきたが、霧香は軽やかに宙返りして距離を取り、空手の構えを取った。突き出した手の先でおいでと招く仕草をしてみせた。

 「あんたやるね!」ラニ―が楽しそうに叫んだ。霧香は微笑んだだけで誘いには乗らなかった。喋りだしたとたん攻撃してくるだろう。

 「行くよ!」

 ラニ―はサッと身を屈めてタックルをかけてきた。霧香が脇に飛び退くと片手を地面について鋭く足を払った。霧香は勢いよく倒れ込んだが、両手をついて転がり、土を蹴ってラニ―にぴったり身体を寄せた。立ち上がろうとするラニ―の腹に肩を押し込み、思いきり突き上げた。

 「ちょっ……!」

 霧香は手足をばたつかせているラニ―の身体をしっかりと肩に担ぎ上げ、からだを二回転させて勢いよく池に投げ込んだ。

 アマゾネスたちは放物線を描いて池に落ちるまでラニ―を眺め続けた。ぽかんとしていた。

 ナイーダが凄みのある笑いを浮かべて振り返った。

 「面白いねえ……こんどはこれでどうよ!」

 ナイーダは小さな折りたたみナイフを抜き、低く構えた。霧香も腰から炭素鋼のナイフを抜いた。ナイーダは街の喧嘩スタイルだ。霧香はフェンシングのように伸ばした腕の先にナイフを構え、二人は小さな円を描いてくるくる回り始めた。ナイーダは両手にナイフを持ち替えながら間合いを計り、突然斬りつけてきた。素早い動きだった。三度目に霧香はくるりと回り込んで刃先をかわし、空いたほうの手でナイーダのナイフの手首を掴み、引っ張った。同時に軽く足払いしてナイーダを倒し、霧香はその上に倒れ込んだ。もういっぽうの肘をナイーダの頸筋に当てて強く押さえ込んだ。

 「ぐっ……」

 ナイフを握った手首を地面に叩きつけながら強く締め上げると、ナイーダはナイフを取り落とした。

 ナイーダは腰を大きく浮かせ、両足をプロペラのように振って身体をねじり、霧香の押さえからなんとか解放された。ふたりとも素早く立ち上がり、ふたたび間合いを取った。

 「もうよしな!」

 アマキの鋭い声が飛び、アマゾネスたちはサッと緊張を解いた。いつの間にか集まっていた若い女の子たちも解散した。

 「なかなかやるなあ……あんた」ナイーダは首筋を擦りながら、まだ厳しい表情を崩さず言った。

 「わたしは合格かな?」

 「……ひとまずね」

 霧香はタオルを拾い上げ、池から上がったびしょ濡れのラニ―に放った。

 

 霧香はバーナードセコイアの木陰に持たれて休息しているアマキの側らに腰を下ろした。アマキが真空ボトルから熱い茶を注いで霧香に渡した。

 「悪かった」

 「謝る必要はないよ。あのくらい試さないと気がすまないのでしょ?」

 「まあそんなとこ……。レジナと親しくするにはそれなりの資格がいるってわけね。あなたの構え、喧嘩というより本格的な戦闘術のようだったから、あのまま続けさせたら怪我人が出る。だから止めた。しかしあなた相当強いね。呼吸も乱れてないし汗もかいてない」

 ようやく血の巡りが冴えてからだがほぐれてきたところだった。これからというところで終わったのだ。

 「そう?ま、体力だけが自慢だから」

 「あの子たちも薄々感づいたはずだ……レベルの違う相手だってね。もうちょっかいは出さないと思う」

 「そうだと助かるわ」

 小さな巾着袋を霧香に寄こした。中にはほぐした魚の燻製と植物の種が入っていた。一掴み取り出して口に放りこんた。


 アマキたちは作業を再開した。

 だが作業を始めて一時間もするとマットブラックのAPVが二機飛んできた。森に入り込んでいた女たちのあいだでなにか警告の叫びが交わされた。

 それに応えるようにアマキが手を振ってなにか叫び、女達は作業をやめて武器を手に取った。

 アマキは着陸態勢に入ったAPVを追って林の空き地に走った。霧香もあとを追った。リトルキャバルリーのそばに着陸したAPVから大勢のイグナト人が這い出してきた。身長7フィート強の爬虫類型異星人。革のベルト以外衣服らしきものは身につけていない。分厚い鱗状の皮膚は強靱で、刃物や小銃弾で致命傷を負わせるのはほぼ無理だ。

 霧香はアマキの肩に手を置いて言った。「わたしに任せて」

 霧香はイグナト人たちに向かって進み出た。ボウガンをつがえたアマキがすぐあとに続いた。

 「どうにかできるのか?」

 「彼らは暴れる前に話を聞く。さっき言った通りうまく話せば道理の分かる連中なの」


 最初の早い展開とは打って変わって三章ほどまったりアマゾネスの生活が続きます。ジャック・ヴァンスの「魔王子シリーズ」が好きなもので、「異世界でなにもドラマが起こらない一日」というのに挑戦しましたが、いかがなものか……。

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