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 女王が騒ぎを一段落させると、みなは中断された朝の作業を再開するため散った。

 ミルドリアの周りには何人か女性が残り、女王が不在のあいだの報告を続けていた。元気の良さそうなお年寄りもふたり、女王の帰還を祝う言葉と嘆願だかゴシップだか分からないことをごっちゃにしてまくし立てていた。女王はその肩に手を置いて辛抱強く聞き入っていた。一族の長というのもなかなか大変だ。

 報告を終えたアマキが輪から離れ、やれやれと苦笑しながら霧香の肩に手を置き、着いてくるよう促した。女王のペットの攻撃範囲から逃れると、ようやく緊張がほぐれた。

 「お腹は減ってる?」

 「すこし」

 「これから朝食だ。いっしょに食べよう」二人は階下におり、外のテントのあいだまで歩いた。細長いテーブルがふたつ並べられていて、朝食の第一陣が席に着いていた。たぶん最初に朝食をとっているのは労働者……二十代から四十代前半までの戦士たちだろう。霧香たちもテーブルの端に座った。すぐに子供たちが料理の皿を運んできた。

 「いただきます」

 木製のカップに盛られたスープを飲んだ。塩っぽいダシのきいた汁だ。青野菜とキノコのスライスが煮込んである。

 保存食の技術を発達させているらしい。おそらく味噌を造っている。野菜を漬け込んだ東洋式の発酵食品がたくさんあった。

 焼いた魚の干物とアスパラガス、トマト、なにかコリコリした食感の肉や根菜を固めた田舎風パテのスライス。麦のおかゆなどなど、熱くて素朴な味わいの朝食だった。おかゆは胡椒と根菜の漬け物で味付けするようだ。食べ物が盛られた皿はそこらへんのマーケットで買った物ではなく、手の混んだ模様が施された手作りの焼き物だった。生活を美しく豊かに彩る工夫はいろいろなされているようだ。

 「口に合うかな?」

 「うん、おいしい」

 「良かった……いまは緊急時だから、あり合わせの物しかないのだ」

 「そう聞いている。食料や衣料品はじゅうぶん足りているの?」

 「あのかたは備蓄食料をここに運び込んでいたから、我々はしばらく飢えずにすむ……だが農地を失ったから、常に食料を調達しなければ、そのうち底をついてしまう」

 「狩りをするの?」

 「このあたりではせいぜい魚が捕れるくらいよ……避難時に家畜を半分以上失った。一時間ほど奥地に行くと肥沃な土地があって、野豚や芋が採れる。わたしたちはそこに出向く」

 アマキが霧香にいろいろ話しているのは、霧香が部族の一員だと見なされたためか。お客扱いなら食糧事情など言いはしないだろう。それとも「ささやかな祝いの席を設けたい」と宣言した女王が恥を掻かないように、あらかじめ食糧事情を伝えているのか。彼女は女王の親衛隊か参謀役なのだと霧香は思った。

 霧香はあたりを見回した。子供たちは明るく活発で、いまのところひもじい思いをしている様子は無い。暗い顔や恨みがましく霧香を見据える顔もなかった。

 「あなたはGPDと言ったが……」

 霧香は頷いた。

 「わたしはタウ・ケティから来たの。分かる?」

 「わたしは出戻りなんだ。一時期部族を離れ、街に住んでいた。だからまあ……他の皆よりいろいろ知っている」

 「良かった……ちょっと安心した」

 「ここは変わってる、と思うか?」

 「まあね。女性しかいないような気がする」

 「そう、我々はアマゾネス部族なの」

 「たまげたなあ。どうすればそんな社会が成立するの?」

 「べつに生まれたばかり男の子を谷に捨ててるわけじゃない。その点は安心して」

 「そんなことは思っていないけど……そもそもなぜ女だけで生活しようと思ったのか、興味あるわ。立ち入った質問でなければ教えて欲しいな」

 「構わないよ。このメイデンホーン部族の祖先はもともと地球の、サウジアラビアという地域から来たのだ。イスラム教徒の末裔だ」

 「ああ……」その言葉だけで大筋は察しがついた。地球の文化はありとあらゆる辺境社会形態のひな型であったから、ひと通りの知識は叩き込まれている。

 「部族の始祖オールド・エラーヘフは女性蔑視に耐えきれず、大勢の女性を引き連れて地球と決別した……ついでにわたしたちを縛り付けていた文化もすべて切り捨てることにしたのだ。男性を連れて行かないことにしたのは、男女間の因習がもっとも根深かったからだと伝えられている。本格的な家出だな」

 イスラムもキリスト教同様衰退した宗教だが、あのような信仰に縛られた国に生まれたら霧香だって耐えきれず飛び出していただろう。

 「たいへんな決断ね……なにもかも捨てて、一から」

 霧香は感心した。地球から文化ごと移植した植民地は多々あるが、まったく新しいライフスタイルを作り上げる例は滅多にない……生きるのに精一杯でそんな社会実験を試す余裕はないからだ。

 だが第二離散期世代と言われる二七世紀以降の植民者――タウ・ケティやバーナードから巣立った人々は違った。文字通り本物の新世界を作り上げるべく、旅だった人たちも居たのだ。テクノロジーの発展によって植民者たちにもそうした余裕が生まれたのである。霧香の故郷もそうした世界の一つだ。ノイタニスは憲法を制定しないことからはじめたのだ。法律は必要に迫られたときだけ付け足される……だがなるべく増やさず、ひとつ増えたら恥とするべし……。

 とは言え、そうして作られた「理想郷」の多くは長続きしなかった。本格的な根無し草、つまり故郷の習慣や文化を捨て去った世界では、人々の心は荒廃するのだ。大企業や開拓移民公社が提供する画一化した生活様式や産業発展形式を採り入れたほうがずっと楽に済む。宇宙生活者やハードな環境に順応して変容せざるを得なかった人たちなど、成功と見なすべきか難しいケースを除くと、新世界が当初の理念を維持したまま持続した例は数少ない。

 しかしゼロではなかったのだ。

 アマキは深く頷いた。

 「一からすべて作り直した……元の生活習慣も信仰も捨てて……ジプシーのようにさすらい、長いあいだ文化的貧困に苦しみながら……でも、始祖は賢明な人だった。文化を切り捨てるためにタブーを授けるのを極力避けたのよ。そんな社会は閉塞してしまう……誰だって子孫が脳足りんになるのを望まないでしょ?」

 「たとえば、イスラムという言葉やコーランなんて存在しないという振りをすることね?」

 「そう。そういうのはどうせ外から知らされてしまう。それなのに禁句や何やらでがんじがらめにして知識を選り好みして授けるようでは、昔と変わらなくなる。元の木阿弥だ」

 「すごく難しいことだったでしょうね……」

 「初期はたいへんだったらしいよ。信仰を捨てるのは特にたいへんだったらしい。切り捨てたと思っても、血の呪縛は強い。それは思いがけないところから追いかけてくるの」

 「変わったライフスタイルはともかく、あなたたちは基本的にテクノロジーに背を向けて生活しているの?」

 「必要最低限ね……。歴代女王はそういう便利グッズに背を向けているわけじゃなくて、ゆっくり時間を掛けて採り入れたいと思っている。合理的な考えかたで、緊急時の通信設備とかは備えてるわ。誰かが大けがしたら街の医療施設に連れて行く。新型インフルエンザとかの予防接種情報には常に気を配る。だけどネットが提供する娯楽やなんかはいらない。でもここらではそういう暮らしは珍しくないよ。都会の騒々しい生活に疲れて流れてくる人は大勢いるから」

 「出て行く人もいるの?」

 「ときどき。みんな外の世界の存在は知ってるもの。そういった面では厳格なしきたりを強いているから、基本的には部族から離れるなら二度と戻ってくるなと言い渡す。だからわたしみたいな出戻りは珍しいが、あのかたはときどき外と接触する人間も必要だと承知しているんだ。我々はちゃんと渉外役も雇う。大きな買い物や穀物の取引に必要だから。街に住んでる弁護士に任せるんだ」

 「それで男性抜きで生活が成立するなら、なにも問題ないわね」

 「うん。でも出来るだけ依存しないと決めているだけだから……。わたしたちに気を惹かれた物好きな男がたまにぶらりと現れるよ。気立てのいい男なら気にいられて、女王の裁量次第で近くに住むことを許すわ。まあ、なんだ、わたしたちには外の血が必要だから」

 玉座に即いた女王、その膝元に女王に心酔した男性が傅き、貢ぎ物を供する……なんだかちょっと良いじゃない?霧香はこのコミュニティーのおおらかな面に和み、笑みを浮かべた。

 「ふうん。いまも誰かいる?」

 「ああ……一人は十日前、我々がククルカンに襲撃された際、女王と一緒に戦って死んだ……。もうひとりは武器を買いに出掛けている」

 「そう……何人、亡くなったの?」

 「二十五人……。わたしの姉妹や優秀な戦士を失った」


 霧香たちは食事を終えてテーブルを次のグループに明け渡した。平たい岩のひさしの下になった調理場に立ち寄り、茶のおかわりをもらった。霧香たちは茶碗を持ってテント脇の丸太に座った。彼女はサブリーダーなので分かりやすい所にいる必要があるらしい。たしかに、何人かさっそく指示を与えてもらうためにやってきた。

 「あなたのお仲間……ウッズマンという男だが、神殿の地下で遺体を焼くことになるが……」

 「仲間と言っても昨日偶然会ったばかりの男だわ。だけどわたしと女王を助けてくれた人なの……埋葬するまえに焼くという話は聞いてるわ」

 「そうか。遺族には申し訳ないが、ここは遺体を安置しておく余裕がない。埋葬は昼前になるだろう」

 「ありがとう」

 子供たちの一団がぞろぞろと朝食のテーブルに向かい、通りしなに挨拶した。民族服姿の一〇歳くらいからよちよち歩きの子までの可愛らしい一団だ。アマキは何人かに声をかけた。「ニーナ、先生の話をちゃんと聞け」とかそんなことだ。

 「さっきの話の続きなんだけど、ここはれっきとした自治区なのよね?」

 「そうだがどういう意味で?」

 「つまりここって独立国なの?という意味」

 「ああなるほど、そう。ここは植民地法で認められている立派な独立自治区だよ。どこかの大きな国に税金を払って民族ごっこをしているわけじゃない。隣り合っている他の自治組織は、わたしたちの土地を横切るようなインフラ……電線や地下水設備を敷設するため女王に税金を払っている。……けどまあ、そういうのは持ちつ保たれずでさ、下水や舗装道路はわたしたちも利用するから、じっさいには税収なんてほとんど無いんだけど」

 「人口は……何百人ていうくらいでしょう?」

 「いまは302人。だいたいその程度を維持している。だがパルテノンじゃ珍しくない。だれもが勝手に寄り集まって小さな国を作り、それで結構うまくやっている。人口百万人以上の国なんて10個しかないんだ」

 「拡大は望んでない?」

 「じつは過去に何度もそういう話は出てた……。ほかにも近隣諸国と合併しようとか、男性を受け入れるべきだ、とか。その都度歴代の女王は首を横に振った」

 「拡大も変化も望まないと?」

 「むしろ変化……多様性を維持するためだ」アマキはニヤリとした。「じつはね、そういう話が持ち上がるたびに、女王は逆に不満分子を丸め込むんだ。変化を望んだり拡大したいなら別の部族を率いて国を興せ、とね」

 「あらまあ、ほかにも部族があるの?」

 「わたしたちメイデンホーンのほかにふたつ……ひとつは北のサンダーホーン部族、そして西のツインホーン部族……。そちらは男を受け入れたが、やはり女王が統治している。それぞれ一世紀以上続いてる。ツインホーンは比較的新規入植者を受け入れやすくしているから、いまでは人口7000人を超えているよ」

 「そんなに大きくなってるの……」

 「わたしもなんども出掛けたけれど、拡大すればするほど部族としての個性は薄められざるをえない……ツインホーンはいまではどこにでもありそうな地方の港町だ。わたしはこぢんまりしているほうが好きだね」

 「その人たちと連絡を取ってるの?」

 「うん、ときどき、品物を交換するときだな……みんなそれぞれ独立した自治区だと自覚しているから頻繁にべたべたすることはないが……おたがい同じ流れの一部という感覚は維持しているようだ。そういうのはほかの自治体より強みになる」


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