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霧香はミルドリアに従い、レベル8に降りた。途中までは核兵器の班と一緒で、総勢四十人くらいいた。レジスタンス副隊長の若い男が案内した。

 地下要塞は直径二百ヤードの円柱型で、レベル15まである。広大だ。だがほとんどは武器貯蔵庫で、アイアンサイドが現れそうな場所は限られていた。中央部分がタワー型のマンション区画になっているらしい。それでも直径五十ヤードくらいの面積だ。しかもアイアンサイドの住まいはどのレベルなのか判明していなかった。

 「とにかく、その中央に連れて行ってくれ。わたしは場所によっては見覚えがある」

 ミルドリアは囚われだった頃ここにいた。十日間ほどいろいろな場所に引き回されていて、見ればいくらか見当が付くらしい。

 途中で核兵器担当者と別れた。彼らは大きな搬入エレベーターに乗り込み、さらに二レベル下に向かった。

 要塞区画とマンション区画は筒抜けの空間で隔てられていた。幅五メートルの空間には橋が渡されておらず、警備ロボットが飛び交っている。霧香たちは十ヤード手前の通路で立ち往生した。筒抜けの空間に顔を出したとたんロボットに探知されてしまう。

 「これは想定内だ」

 副隊長がベルトから小型の装置を取り出した。

 「これで警備ロボットのセンサーを一分間無力化する。だがその前に橋を出さないと」

 「どうやって出す?」

 「あの通路の突き当たりの端末で操作するんだ。スイッチをひとつ押すだけだが、ロボットに見つかっちまう……。あっという間に撃たれて……」

 副隊長が言い終わるまえにミルドリアがそちらに歩きだした。

 「おいあんた!ダメだ!戻ってこい……!」

 ミルドリアはなんら攻撃を受けることなく端末を操作して、間もなく橋が音を立ててせり出し始めた。

 「なんで攻撃されない……?」

 橋が差し渡されると、ミルドリアが言った。

 「ロボットを無力化せよ」

 「ああ……分かった」

 霧香たちは無事橋を渡り終え、マンション区画に侵入を果たした。

 「なぜ攻撃されなかったんです?」

 「スハルトがわたしを気ままに連れ回すので、わたしをガードロボットの攻撃対象から外さなければならないとか、側近がこぼしていた。どうやらまだ登録されているようだ。わたしが戻ってくるなんて思わなかったから、外す手間を省いたのだろう」

 「でも、あなたが戻ってきたとこれで知られてしまいましたね」

 「望むところだ」

 

 マンション区画は奇妙な場所だった。恐ろしく天井が高く、いちおうは宮殿のようだ。しかし極めて悪趣味だった。大理石と赤い垂れ幕、噴水のある池、彫像や古代の甲冑が置かれていた。階下は幅の広い大理石の階段で下りるようになっていた。通路も柱も階段も規則性無く配置され、迷路のようだった。全体的に頽廃した感じで、百五十年以上生きてククルカンを支配した男の人格を顕しているようだった。

 ミルドリアは突然立ち止まり、あたりを見回した。

 アマキが振り返って尋ねた。「レジナ、どうしたのですか?」

 ミルドリアは片手を上げ、黙って考え込んでいた。霧香たち一行も立ち止まった。

 「おい、早く行こう……」

 「こっちだ」

 女王は大股で階段に向かった。

 「まてよ、まだこの階を見終わってないぜ?」

 「やつはここには居ない」

 女王は振り返ることなく階段を下りた。霧香とアマゾネスも従った。レジスタンスたちは顔を見合わせ、決断しかねていた。しかし結局女王のあとを追った。

  

ミルドリアはまっすぐ階段を降った。確信的な歩調で、もはや誰も表だって疑念を表明できない。

 レベル十を越えると辺りは様変わりした。ひらけた場所はなくなり、変わって現れたのは、古典的なホテルの廊下だった。天井も低い。女王は考え込んだ様子で、壁のドアを眺めていた。

 「たぶんこの辺りなのだが……」

 ミルドリアはあるドアの前で立ち止まり、ノブを回そうとした。鍵がかかっていた。

 「アマキ、ぶち破ってくれ」

 「はい、レジナ……」返事と同時に斧を振り上げ、ドアに叩きつけた。木製のドアは何度か斧を叩きつけると粉々の木片となった。ミルドリアは残ったドア枠を蹴り倒した。

 部屋の中はごく狭く、書庫のようだった。誰も読んだ様子のない古びた本が書棚にぎっしり詰まっていた。

 ミルドリアは辞典が並んだ書棚の前に立つと、端から三番目の本を押し込んだ。

 書棚が軋みながら後退した。観音開きに開いて、奥に暗い通路が現れた。数メートル先は階段になっていた。

 「おお……」

 レジスタンスは素直に感銘を受けたようだ。隠し通路とはまたずいぶんとエキセントリックな……と霧香は思った。しかしこの奥にアイアンサイドが潜伏している可能性はじゅうぶんある。

 「この先に奴が居るのか……?」

 「シッ」ミルドリアは手振りで通路から離れるよう指示した。声をひそめて尋ねた。

 「誰か、手榴弾はあるか?」

 「五人の男がポケットから手榴弾を取り出してみせた。ミルドリアは頷き、「階段は深い。奥は二〇メートルの通路だ。いつも六人くらい警備兵がいる」と言った。

 「十秒だ」五人はタイマーをセットしてピンを抜き、通路に放りこんだ。みな書棚の影に伏せた。

 くぐもった破裂音が響き、書棚が揺れて埃が舞い落ちた。秘密通路から煙が舞い上がり、警報が鳴り響いてスプリンクラーが作動し始めた。

 「突撃しよう」

 ミルドリアは腰の剣を抜くと、秘密通路に駆け込んだ。

 「おい待てよ!」

 アマゾネスが女王を取り囲むように続いた。

 「驚き桃の木だぜ」どことなく楽しげな口調で、レジスタンスの副隊長がマシンガンを構えてあとを追った。霧香も続いた。

 熱と煙が渦巻く階段を一気に駆け下りた。まだ反撃はない。建物三階ぶんくらい降ると、狭い通路に出た。遺体が何体か転がっている。水浸しの廊下に血が混じっていた。

 みな通路の突き当たりまで一気に移動していた。通路の脇の壁が一部ガラスになっていて、奥に部屋があった。管理室のようだ。男がひとり椅子に座ったまま死んでいた。副隊長がコンソールを操作していた。間もなく警報と通路の放水が止んだ。

 通話器がもの柔らかいコール音を響かせている。副隊長が往信ボタンを押した。

 「F―12、何ごとだ」

 副隊長は咳き込み、しわがれた声で答えた「また裏切り者だ……ちょっとした戦闘があったが制圧した……閣下は無事か?」

 「くそっこんなところまで来やがったか……ジョーンズ、だいじょうぶなのか?」

 「ああ……ちょっと煙を吸っちまった……そちらはなんともないか?」

 「こちらはだいじょうぶだ……ミスターアイアンサイドはたぶんいつもの娯楽室だろ……」

 副隊長はミルドリアを見た。女王は大きく頷いた。

 「了解、……ああそう、こちらはふたり怪我した、増援を寄こしてくれ」 

数分後に増援がやって来て奥の扉を開けた。アマゾネスとレジスタンスがその哀れな連中の相手をした。


 扉の奥は一種の温室だった。

 三十ヤードあまりの円形広場は椰子やアステカふうの石像、鮮やかな熱帯植物が咲き乱れていた。ただしほとんどが偽物だ。ガラスのカプセルの中にガラガラ蛇が飼われていた。蛇は本物のようだ。

 この先に少なくともアイアンサイドの片割れのうち一体がいる。ボロゥたちは無事もう一体を探し出せるだろうか。それともやつはどこかに逃亡したか……。

 温室の奥にはまっすぐな半円形の通路があった。女王はどんどん進んでいる。副隊長はタブレットを見下ろしながら呟いた。

 「おかしいぞ……このまま行ったら、要塞の外に出ちまう」

 たしかにそうだ。通路はまだ数百ヤード続いている。

 丸天井が透明になり、通路の外側が水で満たされているのが分かった。まるで水族館だ。スポットライトで照らされた偽物の海底を魚たちが泳いでいる。背後を振り返ると、水の中で地下要塞の湾曲した外壁がそびえていた。

 「この真上は中庭……池がある辺りだ」

 「まさか池に繋がってるのかしら」

 「ここらへんはざっと地下百メートルだぜ……あの魚が本物だったら、水圧で死んでるよ」

 「偽物じゃない?サメやエイが泳いでるもの。わざわざ地球から持ってきたとは思えないな……」

 「なるほど」副隊長は頭上に眼を凝らしたが、真っ暗でなにも見えなかった。しかし大量の水だ。

 行く手に水中に浮かぶ球形の構造物が現れた。直径およそ三十ヤードの巨大な球体だ。

 「あれがアイアンサイドの秘密の別荘かな?」

 「そうだ」ミルドリアが断言した。「あれが娯楽室とやら、だ。やつの風変わりな趣味をいそしむ部屋さ」

「気にいらねえな……逃げ場が見あたらねえ」

「そんな先のことなど考えるでない。やつを倒せばいい」

 副隊長はミルドリアの横顔をしげしげと見つめた。

 「……あんたおれのお袋より肝が据わってる」

ミルドリアは鼻を鳴らし、どんどん行ってしまった。霧香たちは慌てて追いかけた。

 通路の末端にたどり着くと、湾曲した両開きのドアが自動的に開いた。

 そして天井から、スハルト・アイアンサイドの太い声が響いた。

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