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アイアンサイドが予告した大規模核攻撃まで六時間。だがあいかわらずその兆候は見られない。
首都から聞こえてくる情報によると、ククルカン軍は瓦解寸前だという。脱走兵が後を絶たなかった。防衛戦の用意もままならなくなり、独裁者はひどく腹を立てているという。ククルカンの公共ネットワークステーションが異星人の非道を非難する番組を流していた。われわれは異星人連合に先の恒星間戦争で痛めつけられたのだ、忘れたのか?そんな輩と手を組み、人類が開拓したパルテノンをプレゼントしてしまってよいのか?
だがそうしたプロパガンダ放送にアイアンサイドは姿を見せず、世間に対する説得力は薄かった。
アイアンサイドはもうどこかに逃げてしまったのではないか?そんな期待に満ちた意見もあった。そうであればあとは首都を陥落させるだけだ。首領を失ったククルカン軍はあっさり降伏するだろう……。
だが追跡班はその意見をきっぱり否定した。やつはまだセンターパレスにいる。反政府組織は政治的犯罪者の長いリストを持っていて、そのリストに記された悪徳政治家、将軍、その他大勢がまだ首都にいた。ボロゥはアイアンサイドの処刑と同じくらいの熱意で、その連中の身柄を押さえようとしていた。ククルカン政体の罪状を告発する公開裁判に出廷させたいのだ。何人かは確実に遠隔操作の脳破壊爆弾を埋め込まれていて、無理やり従わせられている。アイアンサイドの命令に従っているのだ。
勇気のあるマスコミがイグナトのモーゼにインタビューを試みていた。モーゼは素っ気ない態度で質問に短く答えた。
「おれたちは繁殖期のためこの地を選んだのだ。巣が満ちればまた旅立つ。人間と仲良くすることに関心はない。アイアンサイドを叩き潰すのは繁殖活動の目障りだからに過ぎない……あとはあんたたちが判断すべきだ」
ぶっきらぼうだが単純な言葉で、なぜか政治家の公約より市民の信頼を得ていた。モーゼは注意深く言葉を選んでいるように思えた。陽気な歓迎会に迎合することなく、しかし我々おまえたちを見ているぞと告げている。インタビューは繰り返し流された。パルテノンの人間たちはみな、新しい隣人のことをまえより積極的に知りたがっていた。
ポルックスが地平線に沈んだ。
霧香たちは駐車場に集まり、自分たち用のローバーを待った。
ギブスンとセントラプラスの生徒たち、メア、大勢の市民が見送りにでていた。ミルドリア女王は娘を抱いた。セントラプラスの生徒が霧香に手を振っていた。霧香は軽く手を上げて答えた。
カールが駆け寄ってきた。
「ホワイトラブ中尉!」
「カール、なにか分かった?」
「まだなんだ」カールは悔しそうに言った。「だけど念のため、これを持って行ってよ」
古びた無線機のようだった。
「わたしは地下に潜る予定なのよ。これで電波が届くの?」
「通信機器くらいあるんじゃない?このメガトーキーを接続すれば回線をジャックできるよ……。自動的にぼくに繋がるから」
「うん、ありがとう。試してみるわ」
「データを見て考えたんだけど……やつはやっぱり、大きな兵器をこさえてたんじゃないかな……たぶん二足歩行機動戦闘車をフルチューンしてたんだよ。アニメの無敵ロボみたいなの……分かる?」
霧香はうんうんと頷いた。
「スーパーロボットか……誇大妄想の独裁者にはお似合いね……だけど実用的とは思えないな。たくさん作ってるならともかく、わたしが見た機動兵器はみな地球製の既製品のようだったなあ……」
「市民を脅かすためにデモンストレーターを作ったのかもしれないね……見た目が凶悪なやつを」
「そんなところかも……あの男ならやりそうだ」
霧香たちは何台かのローバーに分譲して出発した。護衛部隊のAPVが続いた。
同時に数千台のローバーとAPVがククルカン国境を越えた。ほとんど全部が陽動だ。センターパレスまで到達するのはほんの一握りだった。
攻撃部隊の主力である異星人部隊は首都の沖合の水中に移動している。戦闘が始まったら加勢するはずだ。その救援を呼ぶのは霧香の役目だった。パルテノンただひとりのGPDとしてある種の判定役を任されたのだ。
センターパレス周辺には人質代わりの市民が大勢集められている。軍隊がそのまわりを取り囲み、市民が逃げられないようバリケードを張っていた。戦闘が始まるとしたらその辺り……センターパレスから三マイル離れた外縁部だった。
ローバーは地上を走行した。人の姿がない。建物も明かりが灯っているのはまばらだ。 ククルカンは全土がほぼ平地で、工業地帯と都市が面積の半分を占めていた。鉄道と併走する幹線道路はククルカンから脱出しようとする避難民が大勢いるという。空を飛ぶものは撃墜する、という脅しが効いていて、数十年ぶりの交通渋滞を引き起こしたのだ。実際には日暮れと同時に上空封鎖は終わっていて、敵味方識別用トランスポンダーを積んでいれば空を飛べた。だがその事実は明日まで公表されることはない。
霧香たちはそういう目立つ道を避け、工場のあいだを縫うような狭い道路を進んだ。重工業施設はきらびやかに灯りを灯しているが、やはり人の姿はない。
前方の遠くのほうに首都が見え始めた。霧香が初めて来たときと同様、そこだけ摩天楼が輝いていた。
都市部とは対照的な手前の道端の闇のなかで、炎が揺らめいていた。軍服姿の男たちが何人も薪にあたっていた。通り過ぎる霧香たちのほうをぼんやり眺めていた。
「あれは……ククルカン軍じゃないの?」
「そうだよ。たぶん脱走した部隊だ。おれたちは投降兵が国境を越えるのを許さなかったんだ。武装解除して一日待てと言い渡した。脱走兵に紛れ込んだ特殊部隊に暴れられたら困るし、そもそも受け入れる余地なんか無いから。それで奴等は、友軍に追われながら国境近くで野宿しているわけだ」
「そう……」
都市部に差しかかると、すでに小競り合いが始まっているようだった。建物が破壊され、道路に瓦礫が散乱している。潰されたローバーのまわりに遺体が転がっていた。
「ひどいな……」
霧香たちを乗せたローバーはビルの地下駐車場に到着した。ククルカン軍の制服に身を包んだ大勢の男たちが待っていた。みなボロゥの反政府組織のメンバーだった。
大型のコンテナトラックAPVが四台整列していた。やはり濃紺の軍用タイプだ。
「あれに乗り換えてセンターパレスに乗り込む。手はずは整えた。補給部隊として堂々潜入できるはずだ」
「小競り合いのあいだを突破して?」
「ま、多少荒っぽくなるかもしれん……。おれたちが期待してたより戦いが拡大してるからな。予定ではセンターパレス周辺に捕らわれた市民を解放するためだけに戦闘するはずだったのだ」
アマゾネスを乗せたAPVも無事到着した。民族的な戦闘衣装に身を包んだ戦士たちが荷台からぞろぞろ降り立った。反政府組織のメンバーは軽い口笛を吹いたり、ニヤニヤ笑っていた。
「さすがにこんなご時世だとなんだってありだな……」
ミルドリア女王が現れると、少なからぬどよめきが起こった。
「女王陛下、その格好で通すつもりなら、ほかの兵士たちと一緒にコンテナの中に入ってもらうしかないが」
「気を使う必要はない。なんでも従うぞ」
「……それじゃあ、とっとと出掛けるか」
霧香はククルカンの軍服を借り、輸送APVの四人乗り運転室に乗った。前席にはボロゥとその仲間が乗った。
首都の大通りはだんだん騒々しくなってきた。あちこちで戦闘が展開されている。見たところククルカンの制服を着た部隊が霧香たちの進行方向に銃を撃っていた。夜だというのに誰も一段落しようとは思わないらしい。
「あれは仲間割れだな……ククルカン軍は分裂したんだ」
都市戦闘らしく、逃げ惑う市民の痛ましい一団も見かけた。腹を立てた若者の集団が暴徒と化し、兵隊に瓦礫を投げつけていた。もう軍隊も市民もない。秩序は崩壊しかけている。霧香にできることはこの火種を早急に消すことだけだった。
APVの装甲キャビンにも銃弾が降りかかった。高度を上げれば一気に加速できるかもしれないが、重火器の的になりそうだ。バリケードから一マイルという地点に辿り着くと、霧香たちはまた止まった。比較的ひとの気配がない狭い側道にAPVを入れて、待った。ボロゥは外に降り、煙草に火をつけて咥えると、表通りの方に歩いて行った。五分ほどすると駆け戻ってきた。
前方に霧香たちと同じ方向に向かうAPVの隊列が現れた。
「時間どおりだ……」
ボロゥが時計を見て言った。あの隊列は本物のククルカン軍補給部隊だ。ボロゥはAPVを発進させ、ククルカン補給部隊の隊列の後を追いかけさせた。
ククルカン軍がセンターパレスの回りに築いたバリケードに着いたようだ。まわりじゅうで戦闘が続いていた。計画では前方をゆく補給部隊の車両をレジスタンスが破壊して、そのどさくさに紛れて後続の霧香たちがバリケードの中に逃げ込むことになっている。精一杯シンプルな作戦だったが、混沌とした戦闘地帯ですべてが滞りなく行くかどうか……。
前方のAPVが爆発した。
「いまだ!突進しろ!」
APVは爆発したトラックを躱して急加速した。前方に破壊されたローバーを積んで作ったバリケードが見えた。ククルカン兵士が早く来いと手を振っていた。霧香たちは時速二〇〇マイルでバリケードのあいだを突破して、次の瞬間にはククルカン軍の勢力内にいた。
速度を落としたAPVを兵隊たちが手振りで誘導した。ボロゥは窓から顔を突き出した。 「食い物だ、どこに運べばいいんだ?」
「地下に向かえ!急げ!」
反政府組織のメンバーとアマゾネス戦士を満載したAPVは地下に落ち込むランプを降り、さらに奥に進んだ。地下道路は緩やかならせんを描いてさらに続いていた。深い。壁に「レベル7」と書かれたところを通り過ぎると、ようやく広い地下操車場に辿り着いた。 地下操車場は人も乗物も疎らだ。奥に頑丈そうな隔壁がある。その向こうがセンターパレス地下要塞だ。
軍曹がひとり霧香たちのAPVに向かって駈けてきた。
「おまえらー!とっとと荷下ろししたらおもてに戻れ!人手が足りないんだ」
「分かってますよ」ボロゥと霧香たちは運転室を降りた。
「食い物か?」
「残念だけど、軍曹。食料は門前で吹っ飛ばされたよ」
「それじゃなに運んできたんだよ?ろくでもねえ弾薬か?」
「女だよ」
「女だぁ……?」
コンテナからククルカン軍の制服姿のレジスタンスが大勢現れた。
「なんだ、増援じゃないか!」
だが続いてアマゾネスたちが降りてくると、軍曹は顔をしかめた。
「ほんとうに女だ……」
「宴を開くんで調達してこいと司令部直々の密命を帯びたのさ……あの女たちは踊り子だ」
「ふざけんなよ……おれたちが戦ってるってのに酒盛り始めようってのか……!」
「まったく呆れるよな」
そういってボロゥは銃を抜き、軍曹に向けた。ブシュッと溜息のような音が洩れると、軍曹は驚いた顔のままがくりとくずおれた。
レジスタンスはてきぱきと動き出した。操車場にはほかに数人のククルカン兵がいたが、離れていて異変に気付いていない。眠っている軍曹を柱の影に引きずり、腰に吊したタブレットを取り上げた。レジスタンスが隔壁に向かって歩き出すと、ほかのククルカン兵がようやくいぶかしげにこちらを見た。ボロゥが隔壁の横のターミナルになにか打ち込み、タブレットを接続した。
隔壁がゆっくりスライドし始めた。分厚い鋼鉄の扉だった。
「おい!なにやってる、開けるな!」
「すっこんでろ!」
その声とともにレジスタンスが発砲した。
多勢に無勢のククルカン兵はすぐに退散した。命懸けで護る気概を失っているのか、応戦もそこそこに、レジスタンスが鋼鉄の扉の中に次々侵入してゆくのを物陰から為す術もなく見つめている。
全員無事通り抜けると、背後で隔壁が閉まった。警報はまだ鳴らなかった。外の連中はすっかり戦意を喪失しているのかもしれない。
「さあ、約束通り連れてきたぞ……」
「ありがとう、ジャスティン・ボロゥ」
「おれたちは三班に別れる。二班はスハルト・アイアンサイドを捜す。一方は下に向かって、一方は上。残りは核兵器を無力化する。好きなほうに付いてきてくれ。結果いかんによらず二時間後にレベル2,この真上の誤解上に合流だ」
「わたしたちは下に向かってアイアンサイドを捜そう。そちらにいるような気がするのだ」
「それではおれの班は上に向かおう」
「……残りのアンドロイドボディーが二人ぶんだけとは限らない。手当たり次第捜して回るしかないのだろ?」
「そうだ……二時間たって合流できなければ、上に行け。出口はここ以外は上の宮殿だけだ」
「承知した。……ジャスティン・ボロゥ」
「なにか?」
「終わったらわたしの国に来るが良い。ともに飲み明かそう」
「そりゃ良いですな、陛下。かならず参上しますよ」