27
ボロゥとの短い会談を済ませた霧香たちは解散した。
霧香はセントラプラス学園の生徒たちが大勢詰めている一階のロビーに向かった。ロベルタは生徒会長のギブスンと一緒にいた。大きなホロモニターを眺めてなにやら作業中だった。
「ギブスン、ロベルタ」
「やあ!ホワイトラブ中尉」
「なかなか活躍しているようね」
「いやあ……思ったより学園の技術が役に立ってるようで……」あたりを見回した。「……まあ、言いようによっては」
「学園はあれからどうなの?」
「昨日から何千人も帰ってきてしまいましたよ。ブラックストーンのほうはあらかた騒ぎは収まって……いまは副会長がまとめてます」
「ロベルタ、ボロゥってひとは知ってる?」
「ああ……上で忙しそうにしている人でしょう?」
「あの人が会いたいって。メアのお母さん……ミルドリア女王も待ってるから」
「は、はい……」
ロベルタはなにごとか察したようだ。足早に立ち去った。
「ウッズマンさんのお兄さんのことで?」
「うん」
「彼女には残るよう言ったんだが、どうしても着いてくるって……だけど連れてきて良かったのかな……」
「そうね……いまお兄さんの仲間だった人と会ってる」
「ここに来た何人かは、ククルカンに親や知り合いがいるんです。ぼくはあいつらが首都に突進しようとするのを留めなくちゃいけなかった……辛いけど仕方がない。あいつらを預かる立場だから」
「それが唯一あなたがすべきことよ。あとは祈るしかないこともある」
「くそっ……ぼくが大人で、もっと力があればなぁ……」
霧香は拳でギブスンの肩をとんとんと叩き、その場をあとにした。かけてあげられる言葉は思い付かなかった。
旅館の外に出た。ククルカンから誰も出さないため見張りのローバーが頭上をたくさん飛んでいた。ここは起伏に富んだ地形の、山裾に抱かれた小さな田舎町だ。煉瓦の建物が狭い坂道に沿って並んでいる。普段は静かな観光地なのだろうが、いま通りは混んでいて、隣接する旅館の駐機場も満杯だ。
リトルキャバルリーは小型とは言え、ローバー六台分ぐらいのスペースを占領していた。こうして眺めてみると、白い船体は昨日の戦闘でだいぶ傷んでいた。
何人かがすぐそばに集まり見上げながら、手振りを交えて盛んに議論していた。どこかに退かしたほうが良い……。霧香は愛機に向かった。
「おや、あんたはこの機体のオーナーさんだね?」
「ええ」霧香は言った。「邪魔でしょう?すぐどかしますよ」
「気にしなくて良いよ!好きなだけ置いてくれ」
「はぁ……だけど……」
「あんたGPDの人だろう?そうだよ!アイアンサイドの野郎が指名手配してたひとじゃないか!ネットワークで見たよ。昨日の戦いでも飛び回ってたじゃないか!遠慮しなくて良いから!」
「しかし、ククルカンの戦闘部隊だってまだ残っているんでしょう?誰かが爆弾を落とすかも……。そうしたらみなさんに迷惑がかかりますよ」
「うーん……そうだなぁ……」
「なに言ってんですか、シートかけときゃすむことじゃねえか!俺達がなんとかしますよそのくらい」
「そうだ、それがいい!」
そんなわけでちょっとした騒ぎになり、街の人たちが大勢集まって天幕が張られることになった。霧香はなんでもやってもらおうと決めて黙っていた。みな協力したがっていて、熱を冷ますことは避けたかった。おかげでさいわい、機体に直接ビニールシートを被せられたりはしなかった。鉄の支柱がどこからともなく提供され、同じく軍隊用の防護ネットを誰かが持ち込んできた。立派な天幕が出来上がった。
その頃には人数がだいぶ増えていた。もう霧香が誰なのか知らない者はいなかった。これもまた業務上奨励されるべきこととは思えないが、人々は霧香ではなく、GPDがククルカン国境に腰を据えているという事実を確かめたかったのだ。
彼らは旅館でもなにか物々しいことが進行していると気付いていたが、そちらにはあえて目を向けず口をつぐんでいる。だが天下の国連銀河パトロールのおまわりさんが相手なら遠慮なく話を聞ける、ということだ。霧香はふたたびオブザーバーに戻り、自力でこの星の平和を取り戻そうとしている人々に、この運命の日を任せたのだ。だから突撃の時まで為すべきことは少なかった。
遺言代わりにメッセージでも残そうか……。
霧香は首を振った。そういう気持ちにはまだなっていない。報告書は昨日郵便ロケットで送り出した。その報告書にはこれからどうするかも書かれている。情緒過多な言葉を並べた追伸を用意するのは苦手だ……だいいちのこのこ生還したら笑われてしまいそうだ。
辺りは一種のお祭り気分だった。みんなすべてが決まるこの日に不安を抱え、精一杯陽気に過ごそうとしている。
それで、わたしはどういう態度でいれば良いのだろう。
霧香は思った。大勢に囲まれて陽気にはしゃぐのもどうかと思う。
ロリンズ中佐ならどうするのか……。きっとひとことも喋らず、相手が当惑して立ち去るまで感情の欠片もない笑みを浮かべることだろう。「ああ」「いいや」だけで半時間会話ができるのだ。
霧香はそんなクールな態度なんてとても無理だ。答は分からなかった。あるいはミルドリア女王、あのボロゥという男性ならどうするか……。
霧香は自嘲気味の薄笑いを浮かべ、腕を組んで辺りを眺めていた。ときおり威勢よく声をかけてくる人には手を振って、質問には答えた。記念撮影の申し出はなんとか辞退した。ミラーグラスでもあれば様になっただろうか。
市民とのふれあいはほどほどにして旅館に退散した。アマキが声をかけてきたときはほっとした。
「なにか食べようよ」
「うん……そっちの準備はどう?」
「あとはやつを片付けるだけだ。準備はできてる」
アマキの口調はきっぱりしていた。アマゾネスにとって今回の遠征は、売られたケンカのケリをつけるというじつにはっきりした信念に基づいている。ボロゥがスハルト・アイアンサイドのいる場所まで連れて行くと保証した以上、あれこれ思い悩むことはもう無いのだ。
旅館一階の奥に美しい庭に面した食堂があった。テーブルのひとつに座って飲物を注文した。アマキがテーブルのひとつに女王が座っているのを見つけた。同年代の女性三人と一緒だった。
「おや!ツインホーンのローゼだ!それにあれは……リディア・クレイだな」
「あら、ほかのアマゾネス部族も集まったの?」
「たぶんそうだ。リディアはね、かつてのわたしとおなじ、部族の名を捨てた女性だ。外に出たアマゾネスの中ではいちばん社会的に成功した女性で……たしか工場をいくつも経営している。十年以上音沙汰無しでね、部族にとって悪い見本になるので、彼女は部族との接触は避けていた、とレジナは言っていた……みんなレジナに手を貸そうと集まったんだな……」
アマキは感慨深いといった様子で言った。その胸中に広がる暖かみは霧香にも分かった。
食事を終えて二階の会議室に戻ると、大勢が集まり、大型ホロモニターに注目していた。レジスタンスとはどことなく様子の違う若い男女に、セントラプラスの生徒も混じっていた。カールの後ろ姿を見つけた霧香は上着の袖を引っ張った。少年がうるさそうな顔で振り返り、霧香に気付いて笑顔を浮かべた。
「ねえ、なにしてるの?」
「新しい援軍到着だよ。パルテノンじゅうの電脳人格が集結してる。4.0ネットワークに監視網を敷いてもらってるんだ……それにアイアンサイドの居場所も捜索中だ」
集まっていたのは銀行の電子ネットワークオペレーター、大学の電脳研究者、ゲーム開発業者といった連中だ。それにたぶんハッカーも。知り合いの電脳人格にいろいろ尋ねている最中のようだ。
電脳人格はデータ量が多く、広大なネットワーク上でも比較的探知されやすい……4.0をうろうろしていればだが。
「ネットワークで見つからなければ、特定の個人記憶装置に退散してるってことだ」
霧香は頷いた。
「つまり、やつのアンドロイドボディーの中ね」
「お気に入りの場所に収まってる可能性が高いだろうって、警察の人が言ってたよ。そのひとはプロファイリングの専門家なんだ。それに自分のサイボーグを作ってるようなやつは、カスタマイズに凝る傾向があるんだってさ。すごいなあ……片手にマシンガン、肩にミサイルでも装備しているのかな?」
「それに飛行装置にバリアーね……」霧香は首を振った。「弾薬を内蔵するのは馬鹿げてるわ。弾切れしたら無駄だもの。それに自分の身体の中に爆薬が入ってるって想像してみなさいよ。落ち着かないから。仕込むなら超振動ナイフやワイヤーでしょう。そのほうが攻撃するとき高性能アンドロイドの機動性を生かせるから」
カールはぽかんとしていた。
「……なーるほど」
霧香は肩を竦めた。
「もっとも誰もがそんな合理的な考え方をするとは限らない。強くなりたいという願望が勝って過度の武装を仕込む狂人はいるかもね……」
カールはなぜか期待に眼を輝かせた。
「それじゃミサイルとかビーム砲もあり得る?」
「そうね……でもちょっと発想が貧弱じゃない?」
「ウッ……そうかな……」カールは顔をしかめ頭を掻いた。
「面白い話をしているじゃないか」
霧香たちが振り返ると、ボロゥがテーブルの端に腰掛けてコーヒーを飲んでいた。霧香たちの話を聞いていたようだ。
「そっちの方向で俺達も考えてたんだ。なにか考えついたら教えてくれよ、坊主」
「あんたたちのほうが長いこと考えてたんだろ、おっさん。なんかヒントはないの?」
おっさん呼ばわりされたボロゥは霧香に苦笑してみせた。だいぶくたびれていたが、ボロゥは三〇歳そこそこだろう。
「データがあるよ。やつが買い込んだ品物のリストだ。だが俺達はやつが、アンドロイドマッチョマンに変身するよりもっとべつのなにかにご執心だったんじゃないかと踏んでたんだ」
「べつのなにか?」
「見当が付かんが、戦闘艦か、それともスーパー機動兵器でも作ってたんじゃないかな……」
「まさか、そんなものをセンターパレスの地下に保持しているの……?」
「なにが待ち構えてるか分からんというわけだ。だがやつ自身を押さえれば問題ないだろう?」
「だといいけど……。わたしはセンターパレスであいつの影武者に会ったけれど、カスタマイズボディーとは思えなかったな」
「うん、式典にあの馬鹿げた古代ローマ衣装で出席してたが、改造品らしくはなかった。あの太鼓腹に武器でも仕掛けてるなら別だが。あの姿は生前のやつそのものなんだ……五十代の姿を寸分違わず再現しているんだ」
「たいして美男子とは思えないけど、自分大好き人間だったってことね。凝ってたのは外見で、武装ではなかったと……」
「とにかく、やつは自分のコピーを五体製作していた。三体は俺達が破壊した」
「一般人の身体を用意してあるかもしれない……逃走用に」
「だとしたら巧妙に用意してるな……。俺達はそのへんも探った。やつはアンドロイドコピーを作ると、その業者を殺してしまったんだ。メンテナンススタッフの一人が俺達の協力者だった。ほかにやつ用のアンドロイドボディーは見なかったと言っている。やつ専用のアンドロイドファクトリーは破壊した。すぐに新品は用意できないはずなんだ」
「おっさん、早くそのデータみせてくれよ」
「ああ……そうだったな」
ボロゥはポケットを探り、小型タブレットを取り出した。
「携帯端末じゃないの?」
「個人情報が簡単に割れちまうだろ?滅多に持ち歩かねえんだ」
「ふーん……」
タブレットを操作してカールの携帯端末にデータを転送した。
「なにか分かったら教えてね」
「うん……」カールは早くもデータを眺めるのに没頭していて、生返事で答えた。