26 ふたたびククルカンへ
次の日の出とともに霧香は出発した。ミルドリアとアマゾネスを乗せたAPVが続いた。ドラゴンの戦闘旗を掲げており、そのあとに無数のローバーとAPVが続いた。気の早い連中は昨晩のうちにククルカンに向かって出発していたが、組織化の行き届いていた連中はイグナト人とアマゾネスが出発するのを待っていたのだ。
イグナト人たちは巨大な兵員輸送船を駆っていた。それにブロマイド人、ウーク人、レイセオン人の乗物が続いている。
いまではメッシーナ大陸じゅうの住民がククルカンに殺到し、国境を封鎖していた。ローバー一台逃げ出さないよう厳重な監視体制を敷いていた。利用できる宇宙船のすべてが軌道に投入され、ククルカン上空を観測している。空を飛ぶものはすべて撃墜するとイグナト人が宣言し、実際に何機か撃ち落とした。
霧香は昨日戦いの趨勢が決まった時点でブラックストーン自治体防衛組織に連絡を取り、セントラプラス学園の慣性システム破壊装置の存在を教えた。彼らはカールと小さなならず者たちを探し出した。それで装置が徴用され、ククルカンに運ばれることになっていた。
大勢引き連れていたため音速スレスレのスピードしか出せなかったが、それでも三時間後にはククルカン国境に辿り着いていた。
イグナト軍の軍用ネットワークに従って反政府組織の拠点と連絡を取り合い、国境近くの小さな街に誘導された。その頃には背後の市民軍は次々とべつのところに誘導され、数が減っていた。どうやらどこかの誰かが手際よく組織をまとめているようだった。腹を減らしトイレに行きたがっている一万人を連れてきたら、迷惑どころの騒ぎではなくなると密かに心配していたのだが。
もはや地下に潜む必要が無くなった反政府組織がおおっぴらに拠点にしている旅館に着くと、ロビーは若い連中で大騒ぎだった。というより子供ばかり大勢いた。何人か見覚えがあった……
「セージ・マライアント!」
少年は立ち止まると、笑顔になった。
「おはようございます中尉!ご無事で。昨日はすごかったですね!」
「ちょっと、なんであんたがいる!?」
「だって科学部の生徒を引率しなくちゃならないでしょ……中尉が呼び出したんですよ?」
「機械を借りてと言っただけよ!あんたたちまで来いとは言ってない!」
「そりゃ無いよ……ぼくたちがいたほうがいろいろ役に立つんだし……ああっ、メアさん!」
「セージ……くん」
戦闘衣装に身を包んだアマゾネスたちがロビーにぞろぞろ現れた。メアがちゃっかり着いてきたことを霧香は知らなかった。
「なんでここにいるの?」
「だって来るしかないよ。たいへんなんだから……。ウッズマンさんも生徒会長もいるよ」
「なんてこと……」
「メア、彼は知り合いか?」
盛装したミルドリアがメアの隣に現れた。すでにニュースで世界的に知らされた女王の姿だ。セージは呆気にとられ、長身の女王を見上げた。
「えっと……」
「母よ」メアが母親とアマキ、ほかに十人ほどいるアマゾネス戦士を紹介した。
「母さん、こちらはセージくん。セントラプラス学園でお世話になったの」
「そうか、セージ、礼を言うぞ」
「は、はい!え~、おば……女王様……」
「セージ、それじゃ案内してよ」
「うん、こっちだよ」
セージはメアと並んで旅館を案内した。霧香と女王がそのあとに続いた。若いふたりが子声で話し合っていた。
「きみのママが女王陛下なんて言ってなかったろ!」
「そうだった?」
霧香の背後ではアマゾネスたちの声が聞こえた。
「あの小僧はメアのボーイフレンドかね?」
「さあ……ちょっとひょろひょろすぎじゃない?」
霧香と女王は顔を見合わせ、苦笑した。
二階の会議室が作戦室に改造されていた。制服姿が数人ほどいて、ほかの十数人は私服だった。口ひげを生やした坊主頭の男性が霧香たちを迎えた。
「いらっしゃい……と言うのも変だが、……エー、GPDのお方……メイデンホーンのかたがた」
「ボロゥさんね?わたしは霧香・マリオン・ホワイトラブ」
「わたしはレジナ・メニエッタの娘、ミルドリアだ」
「存じております、陛下。おれはジャスティン・ボロゥ。レジスタンスのリーダーみたいなもんです」
「レジナ、わたしたちは食堂に行きます」アマゾネス戦士たちはべつの男性に案内されて立ち去った。バーサが抱えていた大きなバッグをミルドリアの側らに置いて、やはり立ち去った。
霧香たちは散らかっていない奥のテーブルに案内された。ボロゥ氏は疲れているようだった。それでも、昨日勇名を馳せたベンガルヒルの女性をいちおう歓迎しているようだった。心からの歓迎か、表敬訪問にのこのこやってきた田舎者を適当にあしらおうとしているのか、分からなかった。
椅子に座ると、ミルドリアはさっそく尋ねた。
「そなたの組織はだいぶ組織化されているようだな?……わたしは怒れる群衆のデモを予期していたのだが」
「一部地域はそのとおり」彼はグラスを並べ、氷を落とし、琥珀色の酒を指一本ぶん注いだ。
「しかしわれわれまで一緒になって抗議しても埒が明かないので……裏方で誰かがうまいことやらねばならん」
「要所に細胞メンバーを配置していると?」
ボロゥは酒を配り、小さく掲げ、ひとくち呑んだ。昨日の自慢話を予期していたのに本格的な話し合いが始まったので、戸惑っているようだった。
「われわれを買いかぶられても困るから言ってしまうが、組織は五百人もいなかったのだ。まえの攻撃で大勢失ったから……」
「そうだな」
「……それが突然、ここ数日で百倍にふくれあがった。もう少しでまったく統制が取れなくなっていただろう。事実、いまでも棒一本で突進すべきだと主張する者がいるんだ。みんなで徒党を組みなだれ込もうってね。そういう熱意も必要だが……」
「なにか変化したのですか?」
ボロゥは頷いた。
「昨晩、北部の学園都市からやってきたひどく頭脳明晰な坊主たちが、手頃なネットワークシステムをプレゼントしてくれてね……ちゃんとプログラムされた戦略AIサーバーだ」背後の壁際を指さした。真っ白な円柱型大容量サーバーが置かれていた。根本には無数のケーブルが接続されていた。「おれたちは突然、超合理的にものごとを処理してしまう作戦参謀の一個小隊を得た。それでここに集まってくる連中は滞りなく必要なところに案内され始め……まったく驚いた。ホワイトラブ中尉、あんたが協力するように要請したのだろう?おかげでおれたちは救われた」
「ああ、ええ……」
「やつらは物騒な科学装置をいろいろ持ってきたよ。おじさん、なにが必要か言ってね、だと。まったく、年寄りになった気分だったが……」
「それでいまではククルカン全土を効率よく包囲しているのだな?」
「そうです、陛下。核兵器もアイアンサイドも、もう逃げられやしませんよ……」
「それはたいへん結構なことだ。センターパレスまで行けそうか?」
「いま準備中です……選り抜きの連中を選別中で……特に核兵器の専門家を捜している。夕方までには首都まで潜入させる。そしておおかた配置が整ったら突撃する……。なにひとつ細部は整っていないが、その予定だけは厳守と厳命した」
「シンプルでけっこうだ。わたしの部下がイグナト将校と連絡できる。武力が必要ならかれらが提供するそうだ」
「それはありがたい申し出でだが……。しかしアイアンサイドはセンターパレス周辺の市民を人質に取っているのだ。だからあのあたりで派手な戦闘は避けたい」
「心得た……静かに侵入してやつを叩く。それですべて終わりだ、な?マリオン」
「はい」
「ちょっと待ってくれ……あんたがたまで行く口ぶりだが……」
「そのつもりだ」
「そりゃ……驚いたな」ボロゥは酒瓶を引き寄せてグラスに注ぎ足した。空になっていたミルドリアのグラスにもまえよりたっぷり注いだ。霧香は辞退した。
「わたしは本気だぞ」
「その格好で……?」ボロゥは両手を挙げて改正した。「いや失敬。当然そうだろう……」その厳つい顔に笑みが浮かびかけた。「驚いた……」
「それでだ、ジャスティン・ボロゥ。革命には資金がいるだろう」
女王は古いボストンバッグをテーブルに載せた。中に札束と宝石が詰まっていた。
「わたしも参加するからには当然切符代を払わせてもらう。とりあえず五十万クレジットほどある。ちっとも足りないだろうが、資金の足しにしてほしい」
ボロゥはゆっくりと立ち上がり、バッグを見下ろした。すぐに手をつける様子は無かった。ただ片手のグラスを置き、しばらく無言でいた。
「……陛下、まことに感謝します」頭を下げた。
「あとでわたしを引き立てよ、というのではないぞ。好きに使ってくれ」
ボロゥはニヤリと笑った。疲れていた先程よりずっと人間らしい笑みだった。
「仰せの通り」
ふたりは厳かにグラスを合わせた。短時間にお互い気持ちを通じ合わせたらしい。立ち入ったことを尋ねても良さそうだった。
「ボロゥさん、実際のところ資金はだいじょうぶなのですか?」
「もちろん、足りないさ……。われわれは当てにならない手形を切っている。アイアンサイドが財宝を貯め込んでいるのは分かってるから、それを借金返済の当てにしてる有様でね……」
「そうですか……」
「この旅館もそんな調子で提供してもらったのだ。オーナーは革命が終わったらセンターパレスの隣で商売したいそうだ。陛下と同じく心からの有志もいるが、数は少ない。みんな破産した。昨日は、なんとマイジーグループの連中が挨拶に来た」
「ビジネスマンたちは、両天秤にかけているのね……」
「おれたちが共産主義革命を起こすつもりなのか心配しているようだった。愉快な連中だよ」
「そんな連中に資金提供を受けたら元の木阿弥だ。いずれ第二のスハルト・アイアンサイドを産むだけだ」
「そうです陛下。おれもそう思ったからやつらには生返事で答えました、考えておくと……。薄気味悪い連中だ。叩きだしてやりたいが、いまはっきりとした態度を取るのは賢明ではない。だが正直、若い奴等を丸め込んでなにか企んでいるのじゃないかと心配だ」
「気苦労のほうが多そうだな。そいつらはわたしたちに任せるがよい」
「まさか、殺す気で?」
女王は笑った。
「色香で惑わすのだ。指名手配されたのでそなたも知っていようが、わたしは一時スハルトに捕らわれていた。奴等都会の人間は、われわれエキゾチックな女が大好きなのだろう?誘いかけて、どこか目障りでないところに軟禁してしまえばよい」
「そりゃあすごい……」ボロゥは気難しい顔で考え込んでいた。
「ああそうだ」霧香は言った。「バートレット・ウッズマンをご存じですか?」
「バーティ?もちろんだ。……やつをセンターパレスに潜入させたのはおれだ」
「彼の妹さんがここにいるのです」
「そうなのか……」ボロゥの目許に痛みのようなものが浮かんだ。「あとで会わせてもらいたい。そうか、あんたがたはバーティに会っているのか?」
「はい……短いあいだです」霧香はセンターパレスの出来事と、ウッズマンを埋葬したことを話した。
「バーティはスハルトの影武者を潰したんだな。最期を看取ってくれたのはあんたたちだったのか。ずいぶん世話になったのだな……」ボロゥはなにか引っかかるように首を傾げた。
「……三日前、あの恐竜異星人がおれたちの連絡場所にふらりと現れたんだ……。おれたちはまだ決起の失敗をくよくよ悩んでいた頃だ。戦いが始まるから用意を始めろとおれたちをどやしつけ、まったくなにが起こったのかと思ったが……」
「彼らはわたしたちが渡したウッズマンの遺品を辿ったんですね」
「そうだったのか!あいつがきっかけを……」
「わたしたちは奇妙な絆で結びあっていたのだ」




