25
昼までにアマゾネス小隊は十倍になり、さらに増え続けていた。
誰もが戦闘の玄人とはいかないが、熱意と勇気はあった。相手はまだ抵抗を続ける後方部隊であり、戦いは掃討戦に変わっていた。ククルカン軍は主力部隊をすべて前面に投入してしまい、残っていたのは警備を担当していた歩兵だけだった。ククルカン軍の装甲APVが徴用され、だんだん軍隊の体裁が整えられた。
頭の良い連中も何人かいて、ククルカン軍に化けて軍用ネットワークに入り込んで情報をさらい、べつの撹乱情報を流し始めた。
戦闘の様子が分かってきた。モーゼたちイグナト部隊は、ククルカン軍の砲兵部隊に襲いかかった。それから素早く反転して先陣歩兵部隊に殴り込み、混戦に持ち込んでいた。残った砲兵部隊は敵味方入り乱れた戦域に効果的な砲撃支援ができず、進撃すべきか迷っている。後方の指揮系統は乱れ、攻撃隊長たちの決断は鈍っていた。
ククルカン本国に直接指示を請うヒステリックな通信もいくつか拾っていた。コルテス地方のニュースネットワークが、北海に展開していたククルカン海軍の壊滅を伝え始めると、パニックは本格的になった。
「異星人が!異星人が襲ってくる!」
そんな言葉が無線から響いた。
モーゼたちは孤軍奮闘しているわけではなかった。
戦場に小型宇宙船の編隊が飛来して、ククルカン軍に攻撃を加え始めたのだ。それはウーク人の攻撃部隊だった。
霧香はリトルキャバルリーを駆り、ミルドリアとともに主戦場上空を飛んだ。すでに制空権はモーゼが取り返していた。大地はいちめん黒煙に覆われ、ほとんどなにも見えない。だが通信は活発に交わされていた。
キャシー・ゾイルと血に飢えた市民軍は急速に組織化して、今では戦場の背後に張り付き、ククルカン軍を挟み撃ちにしてイグナト軍を援護している。敵機動兵器が火力の薄い市民軍の包囲を突破しようとしたが、リトルキャバルリーの放つ全長千フィートの荷電粒子ランスに薙ぎ払われるはめになった。
晴れ渡った空に彗星が横切っていた。それは軌道上を数分間で一回転するイグナト巡航艦だった。ときおり音のない爆発が生じた。ククルカン軍の宇宙兵力を叩き潰しているのだ。
午後になるともう敵の爆撃や奇襲を心配する必要はなくなり、霧香たちはデネブの丘に陣取り、数マイル先で停滞しているククルカン残存部隊の動向を眺めながら休息していた
夕方には敗走するククルカン部隊が街道を下ってくるようになった。壊れかけたAPVもあったがほとんどは徒歩だった。彼らは逃げ道が塞がれていることを知り、武器を捨てて投降した。気が抜けた兵隊たちは大人しく従い、言われるままに捕虜になった。
ニュースネットワークのキャスターが興奮気味に現状を伝えていた。
コルテスに進行中だったククルカン部隊が謎の集団と交戦状態になり、壊滅寸前だ。戦っているのは異星人……イグナト人のようだ。
北海のククルカン海軍を攻撃したのは、ブロマイド人とレイセオン人。
ククルカン軍に制圧されていたジブロー地方とニューカッスル地方で反乱。
ククルカンでふたたび大規模な反政府組織の決起。
次々ともたらされる心温まるニュースを眺めながら、霧香は戦いが終わったと確信した。
霧香とアマゾネスたちは街道沿いの食堂にいた。白いテラスのあるガラス張りの木造平屋の家屋で、カウンターとテーブルが並んでいた。
そこはアマゾネスたちが近隣住民との交流用に作った食堂だ。今は屋根の一部が壊されガラスも割れていたが、働き者のアマゾネスたちは手早く片付けてなんとかくつろげる場所に戻していた。いつの間にやら市民軍の連絡拠点と化し、表には道路を挟んでおびただしい数のAPVやローバーが駐機し、色とりどりのテントが張られ、間に合わせの野戦病院やら休息所やらになっていた。食堂の裏の貯蔵室は手術室と化し、医師が奮闘していた。
「イグナトのモーゼは、ほかの異星人たちに共闘を呼びかけていたのだな……」
たしかに女王の言うとおりだった。人間の決起を待っていたわけではなかった。この惑星を住処と定めた異星人たちと連合を組んでいたのだ。かれらとしては人間を当てにするよりずっと合理的な考えだった。
「そうですね……それで勝ちを確信していたのでしょう」
「彼らはわたしたちを助ける必要はなかったのではないか?あれだけの戦力だ。異星人だけでじゅうぶん対抗できたろう」
「彼らは繁殖期を迎えようとしていました。地域の人間とのいざこざを避け、静かな生活を望んでいました。それで……パルテノンの地球人たちに「恐ろしい異星人」と思われるのを嫌ったのです。だから自分たちだけで戦うのを避け、わたしたちに協力することを選んだのでしょう。イメージアップを図ったのです」
「わたしたちを助けることによってか」ミルドリアは頷いた。「なるほど、得体の知れない余所者として怖れられるより、ちょっと良いところを見せて……」
「彼らは見ようによってはわたしたちを利用したのです」
ミルドリアは肩を竦めた。「なかなか策士だな。政治判断というやつか。わたしはそれで構わないよ。彼らの献身は本物だ。大勢の戦死者も出しているのだろう?」
「そうでしょうね……」
「ならばわれわれもつまらないことは考えないことにしよう。彼らを讃え、いくらでも広報活動に協力するさ。近隣住民たちを見たな?もうわたしたちに奇異の眼差しを向けてこない。メイデンホーンアマゾネスもまた、存在感を示したのだ。」
「そうですね……」
「マリオン、おまえもご苦労だった。わたしはたいへん感謝しているのだ」
「わ、わたしは仕事をしただけです」
「謙遜するでない。おまえがいなければ異星人との共闘など叶わなかった。それどころか、わたしはまだあのブタ野郎に捕らわれたままだったろう」
「わたしたちはみな、おたがい助け合ったんですよ」
「そうだな。さて……もうひとがんばりしようか」
ミルドリアはいつのまにか市民軍の将軍として扱われていた。三度の戦闘で陣頭指揮を執った後はここに落ち着き、将軍らしく腕組みしてテーブルにふんぞり返っていた。それが将軍に求められた態度であり、女王は役割を心得ていた。
テーブルは地図や、どこから舞い込んできたのか分からないデータシートの束で埋まっていた。その報告書の山をいったい誰が処理するのかは、神のみぞ知るだ。だがそれらしい役割を引き受けるものははためくドラゴンの戦闘旗を目指して次々と現れ、通信機やモニターも持ち込まれ、即席の軍隊はちゃんと機能しているようだった。
キャシーや、いちども会ったことがない男性や女性が入れ替わり立ち替わり現れ、戦況を報告した。あるいはなにをどうすべきか判断を仰ぐものも大勢押しかけていた。アマキたち参謀が対応を任され、忙しそうに立ち回っていた。恐ろしげなイグナト人を従えた若い指揮官は一目置かれていた。誰もが、異星人が突然現れてアマゾネスの小さな集落を助け、ククルカン軍と戦い始めたことを知っていた。彼女はその生きた証拠であった。気難しく扱いづらい元軍人という年配者も、アマキの言うことには従った。
やはりどこから現れたのか、女性の一団がそこらじゅうを走り回っていた。一部は看護士だが、多くは場にそぐわない上着の袖をまくり上げたエプロン姿で、みな純粋なボランティアだった。
テントで炊き出しが始まり、何人かは食堂の掃除と装飾を手伝ってくれた。名も無き、自発的に雑事を引き受ける植民地の女性たちだった。午後遅くに霧香は彼女たちが用意したオニギリとスープをご馳走になった。遠くで断続的なドーンドーンという音が響き、火薬の匂いがいくら顔を洗っても鼻にこびり付いている状況だったが、アマキたちと立ったまま、片手に握り飯、もういっぽうに持った紙カップからじかにスープを啜った。これほどうまい食事を味わったことはなかった。
ミルドリアはそうした人たちに言葉をかけ、負傷者たちのテントを回り、必要なところにはいつでも現れた。虎を従えた女王の姿はアマキ以上に知れ渡っており、彼女が現れるとつまらない諍いを起こしかけていた者もたちまち気勢を殺がれた。アマキが指揮者なら、女王は組織を円滑にする油のようなものだ。
丘に集う人々は数千人にふくれあがっていた。誰もが勝利に酔い、夜が訪れると自然に祝宴となった。
驚いたことに、キャシー・ゾイルと十人ほどの女たちがメイデンホーンの伝統的衣装に身を包んで焚き火を囲んでいた。みな負傷して、少し前に後送されてきたのだった。女王に直談判してメイデンホーンに加えてもらったのだという。霧香がそのことを女王に尋ねると、彼女は朗らかに笑った。
「その場の雰囲気を考えて承認したのだ……。まあ明日以降頭を冷ましたらどうなるか、分からないさ」
モーゼが正式に戦闘終了を伝えると、それはスピーカーで流された。
勝ち鬨があがった。
女王は大勢に囲まれてもまったく動じることなく、人々は威厳に満ちた女王の姿を自然に受け入れていた。誰もが女王とアマゾネス戦士に敬意を払っているようだ。彼女たちが剣や斧で戦う姿は多くの人間が眼にしていた。そして興味本位の好奇の目を向けることをやめた。
みな一丸となって戦った者同士の一体感で結ばれ、一帯は陽気な幸福感で満たされていた。市民が何人もイグナト人の大柄な身体に飛びつき、抱擁していた。
メイデンホーンアマゾネスは七名の死者を出していた。
アマゾネス戦士のほとんどがどこかに怪我を負っていた。重傷者が五人。イグナト人は八十六名の戦死者を出した。
ミルドリア女王はそのことを皆の前で伝え、戦闘の中核を引き受けたイグナト戦士たちを讃えた。そしてすべての死傷者のために黙祷を捧げた。
夜遅く、ククルカン政府の臨時放送があった。
トーガに身を包んだスハルト・アイアンサイドが画面に登場した。このたびの地方自治体の「反乱」に遺憾の意を表明して、芝居気たっぷりに巻物を手に取り、核攻撃の対象となる都市や土地のリストを読み上げた。
「攻撃は明日午前二時以降、順次行われるだろう……まことに遺憾ではあるが、わたしはもっと徹底的にこの惑星を消毒しなければならないと痛感した。予定変更の余地はいっさい無い……ゼロタイムまで二四時間、それまでなにが悪かったのかとくと考えてくれたまえ」
アイアンサイドの演説が終わると、当然ながら市民の多くがここに殺到した。
「黙りなさい!」
ミルドリアは数千人の興奮した市民を一喝した。
「あれはハッタリに過ぎない。今そんなものに踊らされるべきじゃない」
いくら一日司令官を務めたとは言え、霧香はミルドリアがいつの間にか近代戦の大家になったとは思わなかった。彼女は出任せを言っているに過ぎない……。そして市民は女王のそんな自信満々の言葉を聞きたがっているのだ。だが女王の背後に大きなイグナト人が現れ、その言葉を裏付けた。
「そのとおりだ。やつにはもう軌道兵力は残っていない。ミサイルを打ち上げてもおれたちが撃ち落とす」
心強い言葉だったが、もちろんみなが納得できたわけではなかった。ざわつく市民の中で男性が声を上げた。
「みんな聞いてくれ。おれは捕虜の中から高級士官を見つけようとしたんだが、みんな死んでいた……。頭の中に爆弾を仕掛けられていたらしい……。敗戦が決定したとたん、スハルトの野郎が起爆スイッチを押したんだろうな。ほかの士官はそれで完全にびびった。ぺらぺら喋ったよ。ある軍曹から聞いた話では、スハルトの野郎はたしかに核兵器を溜めこんでいるそうだ。やつはその貯蔵施設に勤務していたんだが、なんかの懲罰で前線に回されたんだそうだ」
「お手柄だな!」女王が言った。「それで、その核兵器は使える状態なのか?基地の場所は?」
「核兵器はセンターパレスの地下に貯蔵されているって言ってました。やつは大切なもんをすべてパレスの地下要塞に溜めこんでるそうです。ミサイルに搭載されているかどうかは分からんが、あそこにミサイルの発射施設はないらしい。しかし、核装置は手頃なAPVで運べるサイズだそうです」
「それでは計画は決まったな。ククルカンの中枢を取り囲み、叩く。あの独裁者を殺す。それでおしまいだ!」
モーゼがふたたび唸った。
「おれたちはククルカンの反乱軍とも連絡を取っている。首都からAPVや航空機を一台も出すなと伝えよう」
市民たちは異星人にある種の信頼感を抱き始めていて、モーゼの太い声は女王と同じくらい安心感を与えるようだった。イグナト人たちは、まんまと市民権を獲得できたようだ。人々は声をひそめて議論し始めた。
女王が霧香に向かってそっと呟いた。「あとは待つだけだ」
「彼らのあいだに自然に進撃の気運が生まれるまで、ですね?」
「そうだ。一時間も待つ必要はないだろう」モーゼが言った。
さすが指導者、よく分かってる。霧香は肩を竦めた。
「そういうことだ……マリオン。われわれはそれまで寝ておくことだ。忙しくなるまでな」
「おれもそうする。腹が減ったから巣に帰る。明日の朝に迎えに来るよ」
「イグナトのモーゼ」
「なんだ?」
「たいへん世話になった。そなたたちはいちばん犠牲を出したのだ……言葉では言い尽くせない借りを作ってしまった。そなたたちはマリオンが言ったように、真の勇者だ」
「それは先ほど聞いた。おれたちの死者ために大勢が黙祷していたのを見たよ。まことにありがとう。おれたちは勇者と讃えられるのがとても好きなのだ」
イグナト戦士は尻尾をのんびり振りながら去った。
騒ぎつづける野営地をあとにして、霧香たちは静かな野原を歩いた。数日前に訪れたベンガルヒルのメイデンホーン居留地はすぐそこだった。建物のいくつかは明かりが灯っていた。
「帰ってきた」
女王が言った。
部族全員が待っていた。その中からメアが走ってきた。
「ママ!」
彼女はミルドリアの懐に飛び込んだ。
「娘や」
アマキやほかの戦士たちは母子の抱擁をそっとしておき、部族の輪の中に入った。霧香も温かく迎えられ、子供たちに囲まれて建物の中に引っ張り込まれた。ルミネがいた。霧香の肩を拳で叩き、生還を祝福した。
清潔なベッドに案内されると倒れ込み、霧香はたちまち眠りこんでいた。