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22 アマゾネスの騎行

 「最後の晩餐」の翌日、いよいよ事態は慌ただしくなった。

 大規模侵攻は夜更けとともに始まった。

 戦争の歯車が回り出し、もはや霧香もアマゾネスたちも為す術もなく状況に巻き込まれるだけのように思えた。

 アマゾネス戦士に最初の戦死者が出た。

 見張りに立っていたナイーダが地雷を踏んだのだ。夜のうちに無人ロボットが展開していた。ロボットたちは岩陰にうずくまり、人間の接近を感知すると爆発した。

 彼女の遺体は爆発に気付いて駆けつけたアマキたちによってひっそり運ばれた。女王はナイーダの変わり果てた姿を陰鬱な面持ちで眺め、神殿に運ぶよう命じた。誰も泣かなかった。ただ冷たい怒りを秘めた静かな顔つきだった。戦争に押し潰されるとしても、部族のみなは虫けらのように歴史から排除されるつもりはないのだ。すでに老人と子供は疎開させている。残った戦士たちは戦闘に参加するつもりなのだ。

 アマゾネスたちはそれからいっときナイーダの死を脇に置くように、てきぱきと準備を始めた。霧香は野戦指揮所でシザーと落ち合った。

 「奴等の先陣が動き出した。砲兵隊が北上してくる。奴等がここらへん一帯を射程に収めたら、おれたちは不利になる。前進を阻止しないとな」イグナト人は人間のように気持ちを言葉に反映させないが、それでもシザーは溌剌としているようだった。

 「爆撃機はどう?」

 「軌道上からの攻撃を警戒している。千マイル以内に分散配備して、いざとなれば一斉に襲いかかってくるだろう。奴等はククルカン軍の八割をここに並べているよ。負けるわけにはいかない状態に追い込まれたのさ」

 「反プロパガンダが効き始めたのね?」

 「そうだ。今やこの惑星の住民すべてが戦いの行く末を見ている。おれたちの巡航艦が軌道上の通信システムを掃除して自前の通信衛星をばらまいたからな。今じゃ情報のやり取りは自由だ。ククルカンが負ければ、反発勢力が勢いづく。ククルカン国内も兵隊の数が減っている今は不安定だ。住民は情報統制で状況がよく分かっていないが、おれたちは地下組織と接触した。兵隊が留守だと知れ渡ればなにかが起こるだろう」

 「モーゼはどこにいるの?」

 「隊長はいまごろククルカンの先陣部隊を待ち構えている」

 テーブルに拡げた地図を指さした。三つの赤い凸マークがまっすぐ霧香たちの居留地を向いていた。その背後にさらに三つの凸マーク。その凸マークの左翼に青い凸マークがひとつ、二列の敵陣の真ん中を向いているようだった。

 「侵攻部隊を分断するつもりなのね……」

 だが右翼側はがら空きで、ククルカン軍はいざとなれば山裾の広い平原を右寄りに横切り、海岸に到達して幹線道を塞ぎ、コルテスの湾岸都市に侵攻してしまう。結局はククルカン軍が戦略目標を達成してしまうことになる。

 「そのとおりだが、おれたちは楽観してるよ。ひどい戦いになるだろうが、負ける気はしない」

 「敵の航空戦力に対する備えはあるの?」

 「対抗兵器って意味か?おれたちは航空機は持っていない。対空ミサイルで対抗するしかないだろう。しかし……」

 遠くで雷鳴のようなくぐもった音が聞こえた。

 「始まったようだ」

 「わたしはリトルキャバルリーで出るわ。あなたたちがわたしを誤って撃ち落とさないよう、できる?」

 「その点は心配要らないよ。あんたとメイデンホーンのあいだだけフレンドリーファイヤに気をつければいい」



 メイデンホーンの実戦部隊はわずか五十名に過ぎず、あとは看護や通信ほか戦場に必要なさまざまを受け持つ准戦闘員が五十名ほどだ。戦闘単位としては一個小隊にすぎなかったから、目標はピンポイントに限られる。それで、アマゾネスたちはAPV三台に乗り込んで戦場を迂回し、背後で撹乱作戦に専念することとなった。

 いくらなんでもイグナト人たちは本気でアマゾネスを戦闘に参加させようとは思わないだろう……という霧香の甘い見通しは吹き飛んだ。

 それでもシザーが配下の兵隊を三人、アマゾネス分隊にひとりという割合でアドバイザーに据えてくれた。表向きはイグナト部隊との連絡係だ。

 リトルキャバルリーはミルドリア女王を乗せて飛んだ。三台のAPVを従え、低空を静かに移動していた。砂埃がほうぼうに沸き起こり、ククルカンの侵攻が続いていることを示していた。

 三百フィートほどの上空を機動兵器部隊が飛び、地上の歩兵機甲部隊を援護している。その背後は自動砲兵部隊だ。イグナト兵は物陰に潜んで歩兵機甲部隊をやり過ごし、砲兵部隊を叩こうとしている。大砲を失えば侵攻はおぼつかなくなるはずだった。ククルカンは昔ながらの大量火力投入で付近を蹂躙しようとしているのだ。いわば電撃戦だった。歩兵戦闘が泥沼化して長期戦になることを想定していない。

 大陸の半分に散らばった侵攻部隊の補給線は伸びきり、食料ほか生活物資の現地調達が罷り通っていた。侵略者たちはだいぶ恨まれていた。

 ククルカン兵士の大半は戦闘が本格化するまえに相手が白旗を揚げる一方的な勝利しかしらず、長期戦には慣れていないとシザーは踏んでいた。とくに異星人と対峙する漸減戦闘には。

 それが当たっていればいいけど……。

 霧香は戦場を移動しながら思った。GPDが戦争の一方に荷担するなど、完全に職務を逸脱している。だがいまさら第三者として傍観を決め込むなど、霧香にはできなかった。愛する人たちが戦おうとしている。あとでどんなに譴責され罪を問われようと、構わなかった。間接的にイグナト人を戦争に巻き込んでしまった責任も感じていたから、自分だけ高みの見物などもってのほかだ。

 だからといって大量殺戮を率先したいとは思わない。いつだって兵隊たちはわけが分からないうちに戦闘に巻き込まれただけだ。背いたら処刑されてしまうので命令に従っているに過ぎない。

 志願した時点で彼らは自分の運命の一切合切を戦闘指揮に委ねることを承諾した。だから相手に撃ち返されたって文句はない。そんなことは分かっていたが、戦争とは知的種族が作り出すもっとも異常な状況なのであり、すべてを自己正当化して無感覚で済ませられる人間はよほど達観しているか、さもなくば人格に欠陥があるのだ。心身ともに無傷で済む人間はごく少ない。

 霧香は首を振って物思いを切り上げた。

 戦闘中は迷いは禁物だ。目的ははっきりしており、してしまったことを後悔してくよくよ悩むのは生き残ったものだけの特権なのだ。 

 「マリオン」

 霧香は背後にチラッと顔を向けた。女王は戦闘衣装に身を包み、剣に両腕を乗せて堂々とした態度でソファーにもたれていた。その足元にはバルカンが寝そべっている。

 「なんですか?」

 「びびっているか?」

 霧香は俯いて溜息のような笑みを漏らした。

 「はい」

 「それでいい……注意深くなるからな」

 「あなたは戦い慣れているのですか?」

 「たまに野党が現れるのだ。人里離れた丘に女だけの集落があるぞ!ちょっくら挨拶に行ってみるか。……そういった連中を相手にしたよ。いちど負けただけでわたしは体面を失い、メイデンホーンは崩壊する。だから徹底的に叩くしかない……デネブの丘にはそうした与太者が大勢埋葬されている」

 霧香は黙って女王の言葉を咀嚼した。彼女の役割はある意味GPDと同じ……地域の安全を守る警察官だ。

 だがずっとハードだ。

 「マリオン、おまえも戦い慣れているな?スハルトに対峙した時もククルカンのセンターパレスから脱出する時も冷静だった」

 「いくら経験しても慣れるなんてこと無いですけどね……」

 寿命があと数時間で尽きるかもしれない、と予期したときは何度もあった。そしてそんな状況に巻き込まれるたびにひどい後悔の念に苛まれる。しかしそう思ったときには常に手遅れだった。

 「損な性分のようだな。だがそれで良い。なんでも背負い込んで疲れたら、わたしのところに帰っておいで」

 「はい……」霧香は柄にもなく、心のこもった素朴な言葉に胸がいっぱいになった。この女性はやはり指導者だ。霧香は帰ってくる場所を護るために決意を新たにしていた。心が軽くなっていた。

 眼下の街道にたくさんのローバーがひしめいているのに気付いた。てんでばらばらに駐機されていて、普段着の人々がそのまわりにひしめき合っていた。避難民かと思ったが、ちょっと様子が違う……。

 「なんてこと、野次馬が集まってる!」

 「なんだと?」女王がマントを翻して立ち上がり、リトルキャバルリーの舷側から外を眺めた。

 「この連中は戦争を見物しに来たのか……」

 「そのようですね。ひどいな、ピクニック気分ですよ……」

 ミルドリアは考え込んでいた。

 「だが、イグナトは言っていた。大勢に戦争を知らしめるほどこちらに有利なのだと……」

 たしかに、大勢がカメラや三脚に乗せた大きな記録装置を構えているようだった。まるっきり野次馬ばかりではなく報道関係者もいるのかもしれな。

 「安全圏ならいいんですけどね」

 だが彼らのおかげで、霧香たちは避難民の振りをしながら戦場を迂回できる。侵攻部隊の背後にいる補給部隊か、野戦指揮所が目標だ。通信の増大によってある程度場所の目星はついていた。

 じゅうぶん背後に回り込んだところで霧香たちは一旦停止した。ミルドリア女王は颯爽とリトルキャバルリーのタラップを降り、APVの一台に乗り換えた。APVは三台とも胴体の後ろ半分の屋根を取り去り、機関砲とレーザードリルを据えている。アマキが布を巻いた竿をひと束、車内から持ちだしていた。女王が竿の一本を受け取り、APVの荷台のリアゲートに据えた。

 それは大きな戦闘旗だった。真っ赤な布地にドラゴンが刺繍されている。巨大な(ホーン)を生やしたドラゴンだ。風を受けてはためくそれを見上げるアマゾネスたちが、決意の表情を浮かべていた。世間がどう評価しようとわれわれは姑息な真似はしなかった、とその旗が宣言しているようだった。

 すこし離れた街道沿いでその様子を眺めていた住民たちがなにごとかと指さし、騒いでいた。女王もアマゾネスも意に介することなく戦闘準備に専念した。

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