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 「ああ、それはバーサだよ。わたしははやくに親を亡くしてな、子供の頃から身の回りの世話を焼いてくれる。逆らわないほうがいい」

 女王は神殿の個室と隣り合ったダイニングルームでテーブルに着いていた。

 反対側にはメアが浮かない顔で座っていた。

 霧香はテーブル越しに冷えたボトルを差し出した。女王はボトルを受け取って嬉しそうにしげしげと眺めた。

 「シャンパンだな?ありがとう」

 霧香はあいだの席に座った。

 「お招き頂きありがとうございます」

 「まあ楽にせよ」

 そう言うものの、ドレスで着飾った霧香の姿を見て女王は嬉しそうだった。ミルドリア自身も盛装していた。

 メアはセントラプラス学園で買ったジャージ姿だった。

 「こんな時間を取れるのも今夜だけかもしれない。楽しく過ごそう」

 「はいレジナ」

 「メア」

 「分かってるわ、レジナ……母さん」

 ママではなく母さんと呼ばれるのに慣れていないのか、穏やかな笑みを浮かべた目許に痛みのようなものが浮かんだ。大きな娘がいるわりには若々しく精力的な女性だが、霧香ははじめてミルドリアの年齢相応の顔を垣間見た気がした。

 女王はシャンパンのコルクを素手であっさりひねって開けると、金色の発泡酒を三個のグラスに注いだ。差し出されたグラスを見下ろしてメアは少し当惑した。

 女王が音頭を取って乾杯した。

 メアは霧香たちに従って大きくひとくち呷り、むせた。女王は冷やかす様子もなく、お代わりを注いだ。

 「少し早いが、あと五日でおまえは一五歳になる。今夜は誕生日を祝おうと思う」

 メアはちらりと母親を見た。

 「いや、ちっとも早くないか。おまえの誕生日を祝うのは三年ぶりだ……」

 メアは瞼をしきりに瞬いていた。シャンパンをもうひとくち煽った。

 「ホワイトラブと出掛けてなにを見たか、教えてくれないか?」

 メアはちらりと霧香を見た。霧香は頷いた。

 「……宇宙に出た。パルテノンを見下ろしたわ。メッシーナ大陸は星に張り付いた茶色いシミみたい……どこが街なのかも分からないほどちっぽけ」

 「そうだろう……わたしは宇宙に行ったことがない」

 「そっ……」

 そうなの?と問いかけそうになってメアは踏み留まった。プライドが邪魔をして相手の言葉に食いつくことをはばかっている。ふたりともお互いに相手の出方を探り合い、ぎこちなかった。たぶんいまこの場で、ここ一年分に匹敵する量の会話を交わしているのだろう。

 母親は予期しうる押しつけがましい意見も述べず、メアがふたたび話し出すのを待っていた。

 「……それから大きな学校に行った。ルミネが勤めているところよ。セントラプラス学園ていうところ……ひとが大勢いたわ。ほとんどみんな成人前なの」

 女王は頷いた。「じつは、おまえの曾お祖母さんがそこで学んだのだ」

 「知ってる、ホリー・メイデンホーン。……でも、わたしたちのお祖母さんなんて知らなかった……」

 「そうか、ホリーを知っているのか」

 「生徒会のネルっていう年上のひとに教えてもらったの。それから学校で布を作ったり店で働いている女の子と話した。この服はその時霧香が買ってくれたの……」

 女王は霧香に頷いた。「世話になったな」

 「どういたしまして。お誕生日のプレゼントということで」

 「大きな学園だそうだな。ルミネがいろいろ話してくれた。何万人も生徒が在籍しているとか」

 「大勢……一〇万人といってた」

 「それで……メイデンホーンの服では少々気恥ずかしくなったのだろう?」

 メアはキッと母親を睨んだ。

 「ち、違うもん!」

 (おおっと)霧香は口げんかが再開するのではと身を縮めた。だがミルドリアはやんわりした口調で続けた。

 「いいのよ。街に出たらそれが普通だから……友達はできたのか?」

 「……ネルと、ウッズマンていう娘と仲良くなった……ネルといっしょにとても素敵な庭園を案内されて」

 「ウッズマン……」女王は霧香に顔を向けた。

 「彼の妹さんなんです」

 「かれ?」メアが尋ねた。

 「わたしたちを宮殿から逃がしてくれた男だ……」

 「一昨日埋葬されたひと?まさか……」

 「そうなのメア」霧香が言った。

 「それであの子泣いてたの……?」

 「うん」

メアはうつむいた。ロベルタの兄の死についてなにか負い目を感じているのだろう。短いあいだにふたりは友達になっていたらしい。

 「メア、わたしはその娘に会いたい……この騒ぎが終わったら、おまえが招いてくれないか?」

 「そうする……」メアは泣いていた。霧香は背中に手を置いた。女王もおずおずと娘の手に自らの手を重ねた。

 バーサが先程とは打って変わって威厳に満ちた様子で現れた。大きな盆を抱えていた。 メアが立ち上がり、盆の上に乗った料理をテーブルに移し始めた。霧香も手伝おうと立ち上がりかけたが、バーサが顔をしかめて押しとどめた。女王がニヤリと笑って霧香の杯にシャンパンを満たした。

 「リゾットね、久しぶり」メアはバーサに言っていた。

 「メア様はしばらく会食してくださらなかったから……。デザートはメア様の好きなキュロットケーキですからね」

 「ありがとうバーサ」

 霧香たちはリゾットを食べた。

 「バーサのリゾットはうまい。しかし新鮮な魚貝があればもっと美味しくなるのだが……」

 それはまだ叶わない。

 「ホワイトラブ、ルミネを向かいにいってくれて礼を言う。彼に聞いたが、絶体絶命のところを救出してくれたそうだな」

 「なんとか」

 「おまえにはほんとうに尽くしてもらってばかりだ。それで……」女王は少しためらった。「……まだ為すべきことがいろいろあるのだろう?われわれといっしょに戦争までしてくれとは頼めない。明日、ここを去ってもらおうと思うのだが……」

 霧香は思わぬ申し出に戸惑った。慎重に切り出した。

 「……許されるなら、留まりたいです」

 「なぜ?」

 「ええと……この戦いの趨勢を見極めなければ、わたしは次の手を打てません。できるだけ真実を見て、上層部に正確な状況を伝えなければならないのです。ですからわたしは……」

 「霧香」メアが言った。

 「え?なに……」

 「イヤよ、ぜったい行くもんですか、って言えばいいんだよ」

 「メア!」女王は少し語を強めて言った。

 「そうね」霧香は吹きだした。「ぜったいイヤ」

 「しょうがないな……」

 「母さんはわたしを連れて行ってもらいたがったのよ。わたしは絶対に嫌だと言ってやったわ」

 「それでぶたれたの?」

 「そうだ」母親が答えた。「それで……この娘は生意気にもこのわたしに殴り返してきた。……腕っ節は猫以下だったがな」

 霧香は更に吹き出しそうになるのを口に手を当てて品よく堪えた。「でも、避難は必要ですね……モーゼにお願いできるかもしれない」

 「あの連中に?だが彼らは……」人を食う、ミルドリアはそう言おうとして思い留まった。

 「アマキに相談しましょう。彼女ならなんとかするわ」

 「アマキか……正直言ってあの異星人と契りを結んでから、あの子は少し様子が変だ。ほんとうにだいじょうぶか?」

 「問題ありませんよ。あの契りを結ぶと深い共感が生まれるのです……まるで血の繋がった姉弟、あるいはそれ以上かも。お互い嘘もつかず、本音を交わしあいます。腹を割ってお互いの部族の利益を考えるにはうってつけだと思いますよ」

 「そうか……われわれに対する忠誠は揺るがないのだな?」

 「もちろんですよ。洗脳されるわけじゃありません」

 「ならいいが。わたしはこの騒ぎが終わったら退位するつもりだった」

 「母さん……」

 「アマキが次の候補なのですか?」

 「そのつもりだ……あの男の捕虜となって痛感した。わたしはまだ若いうちに、もっとメアと過ごしたい。赤ん坊ももうひとり生んで、ゆっくり育てたいし……」

 「でも母さん、それならアマキに赤ちゃんを作らせてあげるのが先でしょ?」

 「ああメア……おまえは知らなかったのだな。おまえがまだ十歳だった頃、アマキが帰ってきただろう?憶えてる?」

 「うん……」

 「あの子は惚れた男について部族を離れ、丸一年も音沙汰無しだった。そしてその男に暴行され、ほとんど殺されそうになった。彼女は病院に担ぎ込まれたときほとんどなにも持っていなかった。新しい家を買うためと子育てのお金もなにもかも奪われ、身元を照会するのも困難だった。アマキを騙したクズは彼女の市民税を納めずポケットに入れ、彼女は市民登録されていなかったのだ。

 アマキは街に移って間もなく男と仲間の自堕落な生活に嫌気がさし、こっそり夜学に通っていて、無料公共サービスを受けるために一度だけメイデンホーンの名前で登録していた。それで地元警察はようやく身元を割り出し、ひと月ほどあとにわたしが呼ばれた。その頃にはアマキは退院していて、町の身寄りのないホームレスの溜まり場にいた。アマキはほとんど食事も摂らず、痩せて……憔悴していた。彼女はなにも語ろうとせず、ひっそり死ぬつもりでいた。お腹に宿していた子を流産していたのだ……。

 わたしの姿を見ると、彼女は激しく泣き出し、メイデンホーンに帰りたいと懇願した」

 淡々と語られたアマキの短い物語にメアは沈黙した。口をつぐみ、皿に眼を落としていた。

 「わたしは部族の掟を破って彼女を連れ帰ったよ。しばらくして体は回復し、元の明るさも取り戻した。……しかし、子供は作りたくないそうだ……」

 鼻を啜る音にメアはびくりと身を起こし、霧香を見た。

 「ごめんなさい……」GPD保安官は大粒の涙をこぼしながら謝った。ミルドリアも呆気にとられていた。

 「……でも母さん、ひとり子供をもうけなければ女王になれない決まりでしょ?それともまた掟を破るの?」

 「だからさ、わたしがもうひとり生んで、アマキの子として育てるのだ。それでみなに納得してもらう」

 メアは何度も頷いた。

 「いい話ですね!」霧香は涙を拭いながら明るい口調で言った。「わたしもメアも応援しますよ、そうでしょう?」

 メアはまた頷いた。

 「そうだろう?アマキも納得してくれたよ。二〇年ほどなら引き受けるそうだ。うるさがたのおばばたちもいま懐柔している。二〇年もすればおまえも成熟して、女王になる準備ができているだろう」

 「母さん……!」

 ミルドリアは娘をまっすぐ見た。探るような、懇願するような眼で顔を覗いていた。

 メアは溜息をついた。

 「母さんには敵わないわ……」

 女王はにっこり笑った。

 「メア、学校に行きたいか?」

 「えっ?」

 「勉強したり友達を作ったり、外に出掛けていろいろしたいかい?」

 「……いいの?」

 「おまえがそうしたいなら……。でもおまえは一五になる。そんなに長いあいだ時間は与えられないぞ……それにそもそもこの騒ぎが収まったあとの話だ」

 「ママ!」

 メアは立ち上がって母親の懐に飛び込んだ。

 女王は痛みを堪えるような面持ちで娘の背中を抱き寄せた。メアの背中は小さかったが、金色でプリントされた虎が力強く地に伏せ、いまにも跳躍しそうだった。

 霧香はまたも催してきた涙を抑えられなかった。

 連投にお付き合いくださり感謝です!

 次回より2~3日間隔の投稿となります。あと10章で完結予定ですが、結末をややいじくり直しているため、申し訳ありませんがもうしばらくお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。

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