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 ミルドリアの側らで目を覚ましたときには朝を迎えていた。霧香はキルトの掛け布団をめくった。霧香も女王も全裸だ。

 (酔っぱらってことにおよんだとは……)

 だがミルドリアが目を覚ますと、霧香に手を伸ばして引き寄せ、そのままくちづけした。

 (こんなところメアやアマキに見られたら……)

 女王が霧香の上になり、さらに淫らなくちづけを求めた。

 なんの前触れもなくアマキが入室してきた。

 アマキは少しだけ当惑したように一瞥しただけで、品良く目を逸らした。テーブルに湯気の立つ椀を並べていた。こういう光景に出くわすのは初めてというわけでもないようだ。霧香はなんとか穏便に女王の腕から身を離した。

 「ああアマキ、おはよう」

 「おはようございます」

 「おまえもどうだ?」

 「エエ、いえ、わたしは……」

 「ならばあとで、マリオンに湯を使わせてやってくれ」

 霧香は慌ててベッドから立ち上がり、背を向けてコスモストリングを拾っていた。

 なんとか身繕いを終えてアマキに付き従い、女王の部屋を後にした。

 「最短記録だな」階段を下りながらアマキはそっと呟いた。

 「なにが?」

 「出遭ってからベッドに引っ張り込まれるまでの時間」

 「からかわないでよぅ……」

 アマキは声を潜めて笑った。「あなたの顔可愛かったわよ……真面目な顔してるの辛かった」

 「みんなにいわないでよ!」

 

 河原で朝食のテーブルに着くと、まわりの女の子たちが霧香に注目した。

 「あんたも……」

 「な、なにが……?」

 右頬を指さした。

 「ああこれ……ちょっとドアにぶつけた」霧香は頬を撫でた。

 「女王の部屋でぶつかったんだね」

 「メアも頬を真っ赤にしてるし……」みんなクスクス笑っている。

 「せいぜい楽しんでよ」霧香は朝食を掻き込み始めた。 

「まあ、バルカンの餌にならなくて良かったよ。レジナ、昨日はずっと不機嫌だったから……」

 「頼りになる方だけど、機嫌が悪いと敵わないよ……あたり構わず歩き回って、まるで一〇人いるみたい。油断しているとひょいとうしろに現れてなにか言いつけるんだ」

 霧香は笑った。よく似たひとを知っている。

 「ラニ―」

 「は、はい!」突然名前を呼ばれて彼女は勢いよく立ち上がった。女王がうしろに立ち、いぶかしげな表情で見ていた。

 「レジナ、おは、おはようございます、ななななんでしょう?」

 「なにを慌てている。食事が終わったらわたしの礼装を用意しておくようにバーサに伝えてくれ。それとナイーダ、あとでわたしの髪をお願い。アマキ、今日の視察は何時からだ?」

 「一時間後、シザーが迎えに来ます」

 「分かった、バルカンはどこにいる?誰か知らないか?」

女王がペットを捜して立ち去ると、霧香のまわりはほっと一息ついた。

 ラニ―が噴き出した。

 「やれやれ……軽口は慎まないと」

 「レジナの頬まで痣になってた……」みなは霧香に注目した。

 「わたしじゃないよ。たぶん親子喧嘩」

 「メアか!……ありゃグーで殴ったな」

「あの子少し変わったかな?」

 「そうか?外の世界を見て?」

 「どうだろう……」霧香はお茶を飲んだ。



 霧香は古い双眼鏡を女王が指さしたほうに向けた。低い空を小さな黒い点が移動していた。

 「偵察機……無人の小型偵察機ですね」

 「距離は?」

 「一マイル」

 「近いな……居留地を探し当てられるのも時間の問題だ」

 霧香たちは五マイルほど下流に移動していた。

 双眼鏡をアマキに渡して空を見た。曇っていた。無人偵察機などしょせんデータを分析する人間次第だ。天候が荒れてくれれば無人偵察機の精度もいくらか落ちるのだが。

 活性状態に爬虫類じみた眼を輝かせているシザーが唸った。

 「やつらは高地を進み、山裾を横断してコルテス湾港まで雪崩れ込むつもりなのだ……うまく隠れることができれば、われわれの出番はない」

 「あの偵察機を撃ち落としてしまえないか?」アマキが尋ねた。

 「われわれの居所を教えるようなものだ。たちまち強行偵察機が殺到する」

 「ああ……そうか」

女王が言った。「偵察部隊が忙しそうに働き始めた、ということは、いよいよ侵攻が始まるな?」

 「ああ、コルテスに向かわせたわれわれの偵察部隊によると、海側から侵攻する海軍と挟み撃ちにするつもりらしい。それでやつらは足並みを揃えようとしているわけだな」

 「海軍もいるの?」

 「衛星軌道から確認した」

 「あなたたちも宇宙船を飛ばしているの?」

 「ああ、ホワイトラブ、おまえがククルカンのパトロール艦を一隻潰したおかけで、やつらの監視体制に穴が開いたのだ。おれたちはその隙を突いた」

 「お役に立てて嬉しいわ……」

 「ククルカンは一二隻の宇宙戦闘艦を保有している。その半分はドッキングプールに配備されているが、半分をパルテノンの駐留軌道に集中配備した。おまえに一隻屠られて警戒しているんだ。おかげで戦闘が始まったら、我々はまとめて狙い撃ちできる」

 「あくまで戦うつもりなのね?」

 「この侵攻か失敗すればククルカンの戦略は大幅に予定が狂うからな……」

 「勝算はあるの?」

 「勝算など知らん。だがおれたちは無駄な戦いはしない」

 女王がやや困惑して問い詰めた。「おい、いまさら勝てるか分からないといってるのか?」

 「戦場の趨勢なんてものはごく些細な運で左右されるのさ……。だが見ていろ、おれたちだって戦力はじゅうぶん揃えた」

 シザーが手首の携帯端末らしき機械になにか呟いた。

 「少数のククルカン歩兵が谷に向かっている……一〇時間もすれば居留地に着く」

 「なんだと?」

 「ボートで遡るのをわれわれの監視部隊が見つけた。特殊部隊だろう」

 「特殊部隊とはなんだ?」

 「大隊侵攻に先じた強行偵察部隊でしょう……破壊工作その他、障害を取り除くんです」

 「居留地が見つかってしまう……」

 シザーがひときわ大きく歯を剥きだした。「やつらはそんな奥まで行けんよ」


 午後に小さな戦闘があった。

 ククルカンの特殊部隊は峡谷を進んでいた。霧香たちは崖縁の影に潜んで様子を伺っていた。黒いゴムボート三隻に便乗した三〇名ほどの兵隊だ。みな黒い厚手の防護服をまとい、ごついヘルメットを被っていた。

 待ち構えるイグナト人部隊の姿はどこにも見えなかった。

 彼らの行く手に大きな岩と流木が堆積していた。ボートが通れなくなっている。彼らは罠の匂いを嗅ぎつけたのだろう、ボートを川岸に乗り上げ、素早くあたりに散って警戒していた。

 打ち合わせたとおりにアマキが立ち上がり、大声で叫んだ。

 「貴様たちは何者だ!」

 兵隊たちが顔を上げて一斉に銃口を向けたところで、すぐに岩陰に伏せた。

 予期した銃撃は散発的に轟いただけだった。

 霧香たちは素早く五〇ヤードほど下流に移動して、ふたたび用心深く渓谷を見下ろした。 兵隊たちは消えていた。

 「あいつらどこに消えた……?」

 あまりに静かだ。物音も、悲鳴もなかった。霧香が戦闘が終了したのだとようやく確信したのは、まるまる一分後だった。

 「いったい、なにが起こったのやら……」

 ボートもない。血に染まった川の水だけが唯一の痕跡だった。

 「どうだ?」

 背後から声をかけられて霧香たちは飛び上がった。いつの間にかシザーがすぐうしろに立っていた。ほかにも人間の血に染まったイグナト人が、シザーの背後をぞろぞろ歩いている。みななにか大きなかたまりを担いでいる。

 それが人体の一部だと気付いて霧香は震え上がった。

 「どうだって……戦闘は終わったのか?」

 「終わった」

 「あの……兵隊たちが担いでいるのはなんだ……?」

 「崖の上を移動していたククルカンの別働隊だ。ボートのやつらは頭上を警戒していなかっただろう?どこかに潜んでいると思ったんだよ」

 「下の部隊とは別!?じゃあボートのやつらは?」

 「知りたいのか?」

 「ああ……知りたい」

「ひとりだけ残して殺したよ。そいつは徹底的に震え上がらせた上で、徒歩で奴の部隊に戻ってもらう。どんな恐ろしい目に遭ったか報告させるためだ」

 「殺したものは?」

 「一部は侵攻部隊の眼に付くところに飾る……やつらが気分を悪くするように」

 ミルドリアはすでに気分が悪くなっているようだ。

「残りは食う。あまり美味くはないが」

 「……そうか」

 ミルドリアは詰めていた息を吐き出し、霧香とアマキを見た。アマキはきょうだいの契りを結んでいるので、人間を食う、というシザーの言葉にひるむ様子は無かった。霧香もその点は似たようなものだった。

 「通信機器を使う間は与えなかったが、定時報告が途絶えればククルカン軍上層部は疑問に思うだろう。数時間後にはもっと大勢やって来るかもな」

 なし崩し的に戦闘は拡大すると言うことだ……。

 「次はどうなるかしら」

 「やつらの司令官がケチなら戦力を小出しにするだろう……そうでなければ大侵攻だろう」

 

 四時間後、やつらはその予測のちょうど中間あたりの戦力を投入してきた。空気を切り裂く甲高い爆音と共に機動兵器部隊が飛来したのだ。

 六機があたりを広範囲にわたって絨毯爆撃した。爆弾の雨を振りそそいだ地域に機動兵器が垂直着陸した。変形して大きな二足歩行形態を取っていた。ひどく細長い足を持った、背中の曲がった前屈みの巨人たちだ。同様に長い腕に巨大なビーム砲か槍のようなものを携えていた。背丈は一〇〇フィートほどだ。ベンガルのメイデンホーンを襲った機械たちだった。

 ものの一分ほどで二マイルほど歩いた。悪夢的な速度でどんどん接近してくる。時折立ち止まり、腰だめに大砲を構えてあたりを掃射していた。爆裂弾だ。轟音と共に爆炎が連なった。留める術など無いと思われた。

 鋭い金属音が響き渡り、巨人たちの歩みが止まった。

 双眼鏡を覗くと、巨人たちになにか金属でできた蛇が巻き付いていた。人間の体に巻き付く大蛇そのものといった動きで機動兵器の足を這い上がり、巻き付きながら胴体に這いずり上がっていた。

 もとより二足歩行型機動兵器は、異星人の戦力に対応するために開発されたものだ……。霧香はその新兵器に対抗するための、異星人側の新たな対抗策を、いま初めて目の当たりにしているわけだ。おそらくイグナト式の強化防護服なのだろう。つまり蛇型のパワードスーツだ。その証拠に蛇の頭に当たる部分がぱっくりと開いて中からイグナト兵が現れ、巨人の頭部センサーを破壊し始めていた。

 動きを止めた巨人に大勢のイグナト人が群がっていた。

 巨人の一機が慣性システムを破壊されて倒壊した。ほかの機体も飛ぶことができず、金属製の太縄に締め上げられて軋みをあげていた。

 二足歩行兵器がもはやアドバンテージではないと悟ったら、世界中の軍隊が震え上がるだろう。厄介な地域に機動兵器を投入していたククルカン軍の戦略も、大幅に見直しを迫られるのは言うまでもない。


日暮れとともに霧香たちは居留地に引き返した。

 河原のキャンプには見慣れないかたちの軍用APVが二機並んでいた。ごつい通信システムをたくさん積んでいた。側面ハッチが大きく開いていて、ずらりと並んだ機械に向かったメイデンホーンアマゾネスたちが、キャンプチェアや木箱といった間に合わせの椅子に座ってホロモニターを覗いていた。頭にヘッドレシーバーを被っていた。

 「あれは、なにをしているの?」

 「片っ端から飛び交う通信を傍受しているのだ。人間の言葉はわれわれにはよく分からないし、地名や固有名詞に精通しているとは言えない。だからありとあらゆる通信をモニターしてもらってるのだ」

 「彼女たちは戦士だけど、近代的な軍事知識は皆無よ……」

 「お互いに足りないところを補うわけさ」

 テーブルに二枚の紙の地図が拡げられていた。丸まらないよう、四隅を瓶やなにかで抑えている。イグナト人と女たちが屈み込んで地図を指さし、侵攻部隊を示す小さな旗や駒を移動させていた。地図のうち一枚はこの地域の地形図で、もう一枚は世界地図だった。巨大なメッシーナ大陸全体が描かれていた。その地図の至る所にメモや意味ありげな駒、コインの山が並べられていた。霧香はその配置をざっと見て取り、地図が経済活動を含む現在の世界情勢を示しているのだと見当を付けた。

 イグナト人たちは、ククルカン軍の戦争目的そのものを分析しようとしているのだ。

 霧香は頭を掻きながら、その地図を注視し続けた。

 この惑星、パルテノンは星間貿易に積極的ではない。経済規模は小さい。それは大きな国家がなく、大規模開発ができないせいだ。それで不都合はなかった。だれにも邪魔されず、好きなように生きられる小さな社会を形成して、だれもが満足していた。だが、アイアンサイドは満足せず、星間企業と組んでもっと金を儲けることにした。

 地図の上にデータシートが散らばっていた。霧香はそれを取り上げて読んだ。ここ数年間のニュースレポートを掻き集めたものだった。ごく小さな記事で、多くは調査会社が試掘したというものだ。イグナト人は試掘した会社を辿っている。すべて大手企業とアイアンサイドの合弁会社だった。ククルカン……アイアンサイドは惑星じゅうを調査して、いくつか有望な鉱脈その他を発見していたらしい。侵攻ルートはその金脈に沿っているのだ。コインが積まれている場所がそれだった。湾岸都市国家コルテスとジルバ山のあいだにひときわ高くコインが積まれていた。つまりククルカンは再開発の邪魔となるコルテスの住民を追い出し、イグナト居留地のすぐそばに居座ろうとしている。

 「その地図の意味が分かったか?」

 「ええ……」霧香は決まり悪げに微笑んだ。「素晴らしい分析だわ。わたし自身がもっと早くやるべきことだった……」

 「かもな」シザーは認めた。「だがもう分かったろう。ククルカンの戦略目的はだいたい見当が付いた。その目論見を阻止すれば、やつらは……積む。倒産する。やつらの目的は大陸じゅうに伝えたよ」

 ラジオやネットワークのホロ画面に注視しているものもいた。

 「あれは?」

 「われわれが待ち望んでいるものを監視している」

 「と言うと……」

 「こういうものだ」

 ホロ画面のアイコンをいくつか操作して四角い画面を表示させた。テキスト画面のようだ。


 何者かがククルカン侵攻軍を妨害! 東部時間一六時二二分 メッシーナ共同通信

 

 「ニュースね!」

 「そう。通信衛星システムを一時的にダウンさせ、こうした速報が流れる隙を作るのだ」

 「単純な歩兵かと思ってたけど、情報戦からなにからいろいろ心得ているわけね?」

 「当然だろう」モーゼは歯を剥きだして笑った。「いまは人間のやり方に合わせている。面倒だが、近ごろはそういう仕事が多いからな。だがあとは近隣の人間次第だ。おれたちは街に出て幾人かニュース屋と仲良くなった。まあ、少し強引に。あいつらがちゃんと仕事してくれれば、人間たちもあるいは本気でククルカンに対抗しようとするかもしれん」

 霧香はイグナト人に襟首を掴まれている記者を想像して苦笑した。たぶん借金かなにかトラブルを抱えていたものを捕まえて籠絡したのだろう。人間のヤクザと変わらない手口だ。まったく順応性の高い種族だった。

 

霧香は一人きりになったところで川岸をぼんやり歩き回り、馬たちの様子を見た。最近の状況変化に神経質になっている兆候はないようだった。アマキはルミネに話があるといってどこかに立ち去っていた。あのふたりはできているのだろうか。

 押しの強い中年女性に呼び止められた。

 「宇宙パトロールの嬢ちゃん、夕食は摂ったかね?」

 「いえ、まだですけど……」

 「そんならレジナがお呼びだ、夕食をいっしょにってご招待だよ。断らないだろうね?」最後の言葉はやや威嚇を含んでいた。

 「まさか、ぜひご同伴させていただきます」

 女性は満面の笑みを浮かべた。「よかった、今夜は女王様の大好物をこさえるからね、待っとっとくれ」

 女性は霧香の尻を威勢よく叩いて立ち去った。逆らいがたいひとだが霧香は妙に親近感を憶えた。

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