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19 ブラックストーン-ベンガルヒル

 夜になったのでひっそり離陸した。

 昼間の戦場上空に差しかかったが、ククルカン軍の動きは探知できない……撤退したのかも知れない。

 闇のあちこちで熾火が瞬いていた。墜落したククルカン軍APVのまわりに人が群がっていた。どうやら略奪の真っ最中らしい。

 学園はごく少量の明かりが灯っているだけで、航空標識がわずかに位置を示しているだけだ。明かりはグランドのナイター灯だった。数台の大型APVが並び、生徒たちが乗り込んでいた。

 グランドの端に着陸した。

 リトルキャバルリーに向かって自転車を漕ぐ姿が近づいてきた。コーセイだ。

 霧香たちはグランドに降りてコーセイを出迎えた。

 「無事だったんだ!お帰り」

 「避難はまだかかりそう?」

 「あれが最後の便です。ブラックストーンや近隣自治体のひとたちが協力してくれて……」

 「そう、良かった……」霧香は校庭を埋め尽くしたAPVの列を見た。会社の名前が書かれた機体や鮮やかな塗装を施された機体など雑多な取り合わせだった。ありったけの輸送手段、観光バスまでが動員されているようだ。

 「それで……何人、亡くなったの?」

 コーセイはうつむいた。

 「20人……怪我人は76人。重体が17人……」

 「そんなに……」

 「なに?なんだと?」ルミネが押し殺した声で叫んだ。「生徒たちが?」

 「うん……」

 「いったいなにがあったんだ?」

 「昼間にククルカン軍の爆撃を受けたのよ……」

 「なんということだ……あの畜生ども!」

 「みんな怒ってるよ……いま市民軍が組織されてるんだって。ククルカン軍が逃げ出したらしくて、いまあいつらが置きっぱなしにした武器を回収してるらしいよ」

 霧香はさっき見た略奪の様子を思い出した。

 「コーセイ、わたしたちは行くわ。生徒会長はまだいる?挨拶したいんだけど、忙しいかな?」

 「いま校内のメインシステムをシャットダウンしているところ。もう終わるよ」コーセイは大きく溜息をついた。「これから一週間臨時休校だ……」

 

 ギブスンの上着は薄汚れていた。本人はそれ以上にくたびれていた。APVの側に置かれたイスに深々と身を落とし、側らのテーブルに片手を置いていた。霧香たちの姿を見て立ち上がりかけたので、霧香は手を振って押し戻した。

 「そのままで……楽にして」

 「すいません……そのへんにイスがある、座ってください」

 「ギブスン、被害は聞いたわ……。なんといったらいいか……」

 ギブスンは重々しく頷いた。昼間のひとの良さそうな顔つきがいまは厳しく引き締まっていた。彼は爆撃の被害者の救出に当たったのだ。

 瓦礫から遺体も掘り出したのだろう。

 「ブラックストーンから救護隊や軍が駆けつけてくれたので、怪我した生徒たちは素早く搬送することができました。……神さま、親御さんたちになんといえば良いんだ……!」彼は突然くずれ、両手で顔を覆った。片手は包帯が巻かれていた。

 霧香はギブスンの側らに歩み寄って肩を抱き寄せた。ギブスンは声を押し殺して泣いていた。為すがまま霧香の懐に持たれ、肩を震わせていた。

 コーセイが居たたまれない様子で歩み去った。

 霧香はギブスンの背中に頭を乗せて囁いた。

 「少し休まないとね」

 ギブスンはのろのろと体を起こした。

 「失礼、悪い……ホントに……」汚れたハンカチを取り出して恥ずかしげに顔をこすった。

 「ルミネ先生は救出できたんですか?」

 「ええ。いま宿舎に私物を取りにいってる。わたしたちもすぐ出発しなければならない」

 「そうですか……。あの赤毛の子の故郷に戻るんですね」

 「あなたはどうするの?」

 「帰るところがないので……ここに残るつもりです。さいわいククルカンは撤退したって噂もあるし」

 「一時的かも知れない……」

 霧香は女の子の一団が歩いてくるのをみとめて立ち上がった。ネルと生徒会の役員だ。昼間とは違うジャージ姿で、やはりだいぶくたびれていた。ギブスンも顔をこすりながら立ち上がった。

 「生徒会長……」

 「マライアント、小屋のほうは片付いた?」

 「生徒会長、あの……」ネルは言い辛そうに切り出した。「わたし、やっぱり残りたいの」

 ギブスンは疲れた笑みを浮かべた。「厄介事がまたひとつというわけか?」

 「誰かが家畜たちに餌をあげないと。花壇だって……」

 ほかのふたりが加勢しようと声を出しかけたが、ギブスンが素早く一瞥して制した。

 「しかし……きみの両親が心配するよ」

 「もうだれか死んじゃ嫌なのよ!」

 ギブスンは黙り、マライアントの二の腕を軽く叩いた。

 「家畜やウサギはぼくが面倒見る。きみは弟と行くんだ。きみが残ればあいつまで残ると言いだすぞ」

 「生徒会長……」

 「このあたりは戦場になるかも知れない。きみは生徒たちがここにのこのこ戻らないように、上級生たちと連絡を取り合え。みんなで見張るんだ。ぼくは雲隠れしてここに残ろうとしている奴を見つけなけりゃならない。分かったな?」

 「分かったわ……」  

「さっ、弟はそのあたりをうろうろしてバスに乗り遅れるタイミングを計ってるぞ。捕まえて最後の便に引っ張ってってくれ」

 ネルはクスッと笑った。

 「まったくばかな弟……」

 女の子の一団は霧香と別れを告げ、歩み去った。副会長の決意をやんわり退ける手腕はなかなかしっかりしていた。

 「生徒会長、無理しないでね。なにかあったらわたしに連絡して」

 「はい、ホワイトラブさん……ありがとう」

 霧香たちは握手を交わし、手を振って別れた。


 

 復路はククルカン軍の追撃を受けることもなく、五時間あまりでベンガル地方まで飛んだ。このあたりに展開しているはずの部隊も鳴りを潜めているようだ。大規模侵攻前だ。それにリトルキャバルリーの性能もある程度知れ渡っている。


 敵の追跡に注意しながら超低空飛行で山間部に侵入した。

 初めて訪れたときと同じように、ゆっくりと峡谷を遡った。すでにイグナト人の監視網に引っかかっているはずだ。見覚えのある中州を見つけてリトルキャバルリーを降下させた。丸一日留守にしていただけなのにずいぶん久しぶりな気がする。

 やはりイグナト人監視部隊が報告していたのだろう、アマゾネスの一団が川岸に佇み、霧香たちを待っていた。アマキと女戦士たち。女王の姿はなかった。

 「お帰り」アマキが言った。やや素っ気ない。

 「ただいま」

 霧香の背後にメアとルミネが現れると、女たちのあいだにおお……という声がもれた。 「メア、ルミネ、無事戻ってよかった」

 メアは頷いた。

 「女王が心配されている……顔を見せてやってくれ、良いか?」

 「……うん」

 メアはそそくさと霧香たちの元から走り去った。アマキと霧香はその姿を見送った。

 「さてと……」アマキは霧香に向き直った。霧香は片方の眉を上げた。

 「ずいぶん水くさい。なにも言わないで出て行くこと無いだろう?」

 「まあ、成り行き上仕方なく……」

 「女王は腹を立てているぞ……わたしだっていい気分じゃない」

 「ごめん!」霧香は頭を平伏して両手を合わせた。「ときどき思い立ったら動いてしまうのよ。ホント、心配させて申し訳ない!」

 「アマキ、ぼくに免じて許してやってくれないか?」

 アマキはそっぽを向いた。

 「わたしはいいけどさ……女王は知らないよ。勝手に怒鳴られるなりしてくれ」

 霧香は身を起こした。「そうね、そうする」

 「まあ……帰ってきてくれて嬉しいわ」

 「わたしもよ、ありがとう」霧香はアマキに軽く手を回して頬にキスした。アマキはびっくりして身を強張らせた。

 「な、なんだ?」

 「ただの姉妹のキスよ」

 「そっそうか……」

 「アマキは昨日から変なんだよ、妙に落ち着かなくて」

 「そんなこと無いわよ……」

 「ああ」霧香はいった。「モーセと契りを交わした影響かな?」

 「マリオン!」アマキは慌てていた。「違う!そんなんじゃ……ぜったい違うから」

 みんな笑った。

 「もう、夜中だよ、早くキャンプに戻るよ!」

 「ぼくも行っていいのか?」

 「いいさルミネ。あなたも来て。みんな喜ぶよ」



ミルドリアは神殿の最上階にいた。豪華な敷物の上に積み重ねたクッションに物憂げな様子で身を横たえ、半身を起こして木製の鉢からなにやら豆をつまんで食べていた。霧香が部屋に踏み込んでドアを閉めても身動きせず、ちらりと見上げただけだった。

 「ただいま戻りました……」

 女王は無言で杯を掴み、中身を飲んだ。

 「メアとルミネは連れ帰りました」

 女王は無言で頷いた。

 「それではわたしはこれで……」

 霧香はドアに振り返ってノブを掴んだ。背後で女王が素早く立ち上がる気配がした。大股な足取りで霧香の背後に歩み寄るとドアに大きな手のひらを叩きつけた。

 「女王がいいと言うまで退室は許さない」

 霧香はミルドリアに向き直った。

 「その顔を引っぱたいてやりたい……」

 「その程度で気がお済みになるなら……」

 ミルドリアは霧香の頬を平手打ちした。なかなか力のこもった一発だ。霧香はよろけそうになるのを堪えた。

 ふたりは無言で睨み合っていた。頬がひりひりしてきたが、デッドボールのようなものだ。手でこすったりはしなかった。

 霧香は女王の右頬が鮮やかに赤くなっているのに気付いた。

 「わたしをそんな眼で見るな……!」

 「どうせならご自分の娘を殴ったらどうなんです?」

 「ぶん殴ったわよ!」ややアルコール混じりの息がかかる。だがアルコールに影響された様子は無く、声もしっかりしていた。

 「用事は済みました?」

 「まだだ」

 ミルドリアは霧香のまえから数歩離れた。

 「なぜひとりで行ってしまう?わたしは協力すると言ったのだぞ?」

 「その点は申し訳ない……」

 「おまえは不遜な奴だ。アマキはおまえを庇うし、メアさえおまえを責めないでくれとわたしに懇願した。バルカンさえおまえにすぐ懐いてしまった……」

 「目障りならわたしは去ります」

 「そんなことは言っていない!」ミルドリアは霧香を睨んだ。「そうせっかちに話を進めるでない!……それとも、出て行きたいのか?」

 「いいえ」

 「そうか……」

 女王は敷物に戻り、霧香を手招きした。「座れ。疲れてるか?」

 「だいじょうぶです」霧香はクッションの上にあぐらを掻いて座った。

 女王の部屋とはいえ避難先なのでごくこぢんまりしていた。だがここでは個室を持てるだけでも特権的だ。霧香はあたりをさりげなく見回した。一時避難場所にしては、多くの時間をここで過ごしているようだ。木製の古い本棚にたくさんの本が詰まっていた。種類はホロシートの百科事典から他愛のない大衆文学まで雑多だ。同じく年代物のどっしりした机に天蓋付きベッド。机の端に載っている端末がいかにも場にそぐわない。机のうしろの棚にパルテノンの地球儀と、彫りかけの虎の彫刻、それに平面の写真楯がおいてあった。曇りガラスがはめ殺しになった窓際の隅の棚には小さな植木鉢がいくつかと宝飾品がおかれている。

 「おまえにはまだ……去って欲しくない」

 彼女にとっては言い辛いことに違いない。霧香は謙虚な面持ちで頷いた。

 「では、われわれのあいだにわだかまりはないな?」

 「はい」

 女王は杯に酒を注いで霧香に差し出した。ふたりは杯を合わせ、中身を飲み干した。強い酒だった。霧香はむせそうになった。

 「わたしは少し疲れた」

 「一日で状況はどうなりました?」

 「イグナト人の乗物であちこち回った。ククルカンの駐留地帯を見た。やつらは大軍を率いている……」

 「そうですか……」

 「おまえは北でククルカンを引っかき回したそうだな……モーゼが言っていた。ブラックストーンから撤退した残存勢力はこちらで合流するかもしれないとも言っていた。それで侵攻が一日遅くなるかもしれないと」

 「なるほど……」良い面も悪い面もあるか。霧香は徒労感を憶えた。

 「マリオン」

 「はい?」初めて名前を呼ばれ、霧香は女王にまっすぐ目を向けた。

 「もうすこし寄れ」

 霧香は手をついて女王の敷物の端に移動した。女王が霧香の手首を掴んで力一杯引き寄せた。

 「あっ……」

 霧香は女王の肩にもたれる格好でなかばつんのめり、強いアルコールが思ったより効いているのに気付いた。

 「思いきり叩いて済まなかった……」ミルドリアは手のひらをそっと霧香の頬に寄せた。乾いた手の感触が火照った頬に心地よかった。

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