18
余計な乗客を降ろした霧香はふたたびリトルキャバルリーを上昇させた。とはいえメアは頑なに下船を拒んだが。
「どうするの?」後席に収まったメアが尋ねた。
「逃げた連中を追うわ。近づいてくる軍隊を掻き回しながらルミネ先生を捜す。あなたは通信機で彼に呼びかけて」
「分かったけどどうやるの?」
霧香は後席にアイコンを表示させ、いくつか操作法を教えた。
「黒いボタンに指で触れながら呼びかけて。声が聞こえたらボタンを放して。また呼びかけるときはボタンに触れて」
「うん」
霧香は高度三万フィートでメインドライブに点火した。
リトルキャバルリーは音速の一〇倍に達した。その速度で二〇〇マイルはあっという間だ。ただし、周囲三〇マイルに響き渡る轟音で敵は一人残らずこちらに注意を向けるだろう。
たちまち対空レーダー波が空に充満してあたりは賑やかになった。
ククルカン軍の陸上侵攻部隊が展開するとおぼしき空域に接近すると、ロックオン警報が船内に響き渡り、すぐにミサイル接近警報にきり変わった。高度が高いと判断したのか、対空砲火はない。
霧香は速度を保ったまま大きな円を描いて旋回を続け、ミサイルの数が二〇発を数えたところで機首をほとんど垂直に起こして急上昇した。せいぜい一分間燃焼するだけのロケットモーターが上昇する宇宙船に追いつくわけはない。
高度二〇万フィートに達したところで全ミサイルの追跡を振り切ったと判断した霧香は反転し、戦域に向かって急降下した。
敵部隊はレーダーを切っていた。しかしリトルキャバルリーの戦術コンピューターはレーダー波の発信源の位置をすべて覚えていた。
レーダースイープをかけると、数十機のAPVが上昇し始めている。
霧香はパルスレーザーの雨を降らせた。
霧香より頭の良いコンピューターは一度に二四の目標を追尾して、最適な六目標を選んで同時に攻撃した。たちまちあたりは撃ち抜かれて黒煙を曳く敵機だらけになった。霧香は急減速して機を水平飛行に戻し、旋回しながら敵を次々と掃射した。
遅まきながら、地上から曳航弾の束が飛来し始めた。さすがに実体弾の砲撃には気をつけねばならない。だが音速の三倍を保っているリトルキャバルリーに射線を合わせるのは容易ではない。
「こちらはメイデンホーンのメア、だれか聞こえますか?」
メアが緊急通信バンドで呼びかけていた。
「ルミネ先生、応答してください、こちらメア、救援隊です」
間もなく彼が最後に通信してきた地点だ。
「こちらメア、だれか応答して」
「こちらルミネ!」
霧香とメアはサッと顔を見合わせた。
「聞こえます」
「メア、きみなのか?」
「ええ、そうよ。どこにいるの?」
「ここに来るな!ヤバイ連中に囲まれて大騒ぎなんだ」
「ルミネ!」
通信は途切れた。
「オーケー、位置は割り出せた、降りるわよ!」
霧香は機体を地上すれすれまで降下させた。速度は音速以下に落ち、どんどん減速した。あたりはまだ何機か敵機が飛び交い、散発的に闇雲な対空砲火が続いていた。急がなければならない。
前方で大勢の人間が走り回っていた。兵隊のようだが重装備ではない。迷彩服の上下にブーツ、しかし上着はだらしなく羽織っている感じに見える。ライフルやなにかで武装していた。霧香に向かってなにか叫びながら発砲しているものもいた。
霧香はビームランスを作動させ、まわりの林をひと薙ぎした。まとめて数十本の木々が幹の中程で弾け飛び、倒壊した。下の男たちの肝を冷やすにはじゅうぶんだった。みな慌ててうずくまり、バラバラに逃げ出した。
カーゴタイプのAPVが一機だけ地面にうずくまっていた。あちこち撃たれ軟着陸したらしい。地面をえぐっていた。霧香が撃墜した機体のようではない。
そのAPVのそばに着陸した。
メアがハッチから身を乗り出した。
APVから大きな荷物を抱えた男性が手を振りながら駆け寄ってきた。
「ルミネ!」
「早く乗せて!」
男性はハッチを賢明に駆け上がり、倒れそうな勢いで転がり込んできた。
「ハッチから離れて、逃げるわよ!」
リトルキャバルリーを上昇させた。
「たまげたな……これ宇宙船か?」ルミネがメアの手を借りて立ち上がった。
「ルミネ……」
「やあメア、元気そうだな……エー、そちらは?」
「霧香、霧香=マリオン・ホワイトラブ。GPD保安官です」
「GPDだって!?本物の騎兵隊到着ってわけかね」
「その通り」
ルミネはコクピットシートの下まで歩き、霧香を見上げた。
「キリカって、ロシア系か、それとも東洋人の名前かい?」
霧香は相手を見下ろした。ルミネは中背の東洋人だった。
「助けていただいてありがとう、ホワイトラブ保安官。わたしはルミネ・ケンイチロー。しがない美術と東洋文学の臨時講師です」
「初めまして、日本人?」
「そうですよ」
「なんで墜落したんですか?」
「ククルカン軍の侵攻部隊に気付かなくてねえ……。あっと思ったときには大砲を二三発食らってしまった。なんとか騙し騙し飛ばそうとしたんだが、そのうちに地元の荒っぽい連中のテリトリーに迷い込んでしまった。たぶんキリスト原理主義者だろう。やつら、ククルカン軍に協力しているようだ。追い込まれて捕まる寸前だった」
「大変でしたね。しかし、もう安心とは言い難いですけど……」
霧香はリトルキャバルリーを高度三万まで上昇させた。あたりは蜂の巣をつついたような騒ぎだ。数十機のAPVが飛び交っている。突然敵襲を受けた混乱からようやく立ち直ろうとしていた。二〇機以上の迎撃機が上昇中だった。メアは副操縦席に這い上がり、ルミネに座っているよう告げた。
「せっかく掻き集めた武器がパアになった……」ルミネはメアに向き直った。「アマキに顔向けできないよ」
メアは首を振った。「そんなことないよ、無事だったんだもの」
念のためセントラプラス学園とは違う方角に進路を取り、五〇〇マイル近く大回りして低空を飛んだ。
狭い渓谷に降下した。
「ここで暗くなるまでやり過ごします。それから学園に戻ることにする」
「それからどうする?」
「メイデンホーンに戻ります。あちらは大変だわ」
「そうなのか」
「ルミネ、母は生きてます!」
「なんだって……」快活な笑みが張り付いていた顔が一気に真剣味を増した。
霧香はコクピットを降り、ふたりをソファーに座らせて状況を説明した。
「ずいぶん奇妙な成り行きだったんですね……とにかくミルドリア女王様を助けてくれたとは……あらためて礼を言わせてください」
彼がずいぶん深々と頭を下げたので霧香は戸惑った。「いえ、仕事ですから……」
「それに、アマキが山のイグナト人と契約したって?驚いたな……」
「そう、だから火器はもうじゅうぶん揃っていますよ」
ルミネは溜息のような笑いを漏らした。眼は哀しそうだ。
「ぼくが買ってきたのは……言うなれば、民族自決用だった。状況が変わったなら無くしても惜しくない」
「ククルカン軍が侵攻してきて、メイデンホーン一族は終焉を迎えると思ったの?それで、あなたも一族と運命を供にしようとした?」
あからさまな言いかたに彼はやや恥ずかしそうに頭を掻いた。「まあ、そんなところかな……」
ロベルタが言っていたとおり、なんともロマンチストな男だ。だからこそメイデンホーンアマゾネスに心を引かれたのかもしれないが。だがメアは感じ入ったようだ。
「ルミネ……」
「怪我はありませんか?」
「墜落したときに首を痛めたが、だいじょうぶ。それよりなにか飲ませてもらえないか?喉がからからだ」
「あら、そういえば朝ご飯からなにも食べていなかった……」
メアがサッと立ち上がり、保冷庫から飲物を引っ張り出してきた。霧香も立ち上がってコップを並べた。
ルミネも立ち上がった。
「キッチンがあるね。なにか作ってもいいかい?」
「座っててくださいよ、いまなにか用意するから」
「いやあ……なんだか落ち着かなくて。命を救ってもらった上にご馳走にあずかるのもなんだから」
霧香は微笑んだ。
「実をいうとわたしは料理ベタなんです。保冷庫の中身でなにか作れるなら、お願いしたいわ」
「引き受けた。メア、手伝ってくれるかい?」
「うん、良いよ」
さすがにあのミルドリアのお眼鏡に適うだけあって、ルミネは話し上手で面白い男だった。手際よく食材を調理しながらいろいろ話しあった。
「きみ、あの暗殺容疑で手配されているひとだよな?いま思いだした」
「そうらしいですね」
「でも女王に気に入られて部族に迎えられるほどなら、容疑はまったく根拠無いな」
「おかげさまで」
「できた」
ルミネはものの十分ほどで作った料理を皿によそった。炒めた麺のようだ。タマネギとピーマン、キャベツ、椎茸にニンジン、それに挽肉入りで、おいしそうな香りだった。毎度のことながら、霧香は自分の船に収められている食材で、リュートやこの男がどうしてこんな料理を作れるのか、さっぱり理解不能だった。
「がさつな料理で申し訳ないが、麺を見たらむしょうに食べたくなってしまって。味はあり合わせの調味料だから保証しかねるよ」
霧香たちはしばらく無言で焼きそばを食べた。おいしかった。ルミネはアルコールは苦手のようなので、炭酸飲料を飲んだ。
食後にコーヒーを煎れた。
「ククルカンの侵攻はあと二日ほどなんだね?」
「ええ」
「勝算はあるのか?……イグナト人てのはほんとうに噂通り恐ろしい軍隊なのか?」
「その点は間違いないですが……勝算はまだ分かりません」
メアはソファーに寄りかかって眠っていた。
「昨日から寝てなかったから……」霧香は毛布を取り出してメアの体にかけた。
「少し外に出てもかまわないか?」
「ええ、かまいませんけど……」
「ちょっと食後の散歩に行ってくるよ」
霧香がハッチを開けると、ルミネはいそいそとタラップを下っていった。
少し間を置いて霧香も外に出た。あたりは勾配の急な山並みに囲まれた緑の豊かな谷底だ。日が傾き、静かな夕闇に包まれようとしている。ルミネは五〇ヤードほど離れたところで背を向けて立っていた。霧香がそちらに向かうと、彼が口元でなにか小さな火を灯しながら振り返った。ちょっと慌てていた。
「食後の一服?」
「いやあ、見られてしまったか」恥ずかしそうに煙草を持つ手を振った。「悪い癖だが、ここに来てすっかりニコチン愛好家になっちゃってね」
「別の星系からいらしたの?」
「うん、五年前に地球から」
「日本から?」
「ああ、生まれはアオモリって所だ」
「わたしは日本には行ったことないわ」
「地球生まれではない?」
「ノイタニスよ。いまはタウ・ケティに籍を置いてるけれど」
「いろいろな星を回ってるんでしょう?」
「たくさん」
「ぼくもそのつもりだったが、なんとなくここに居付いてしまった……ここに骨を埋めることになりそうだ」
「メイデンホーンアマゾネスのために?」
「まさしく」ルミネは伸びをした。「ぞっこんだ」
「煙草……」霧香は呟いた。「スハルト・アイアンサイドの宮殿でわたしたちを助けてくれた男性も吸ってた。あなたと同じくらいの歳のひとで、名前はバートレット・ウッズマン。あなたが勤めている学園で偶然彼の妹さんに出遭って、初めてフルネームを知ったの」
「ひとの縁とは奇妙だな……その男はどうなった?」
「撃たれて息を引き取った……女王の膝の上で」
ルミネは最後の一服を吸い、靴の裏に煙草を押しつけて消した。吐き出した煙に眼をしばたいていた。
「みんな死んじまう。アシュレーって男も。奴とはベンガルで知り合ったんだが、気障なイタリア野郎でね。酔っぱらうと愉快な奴だった。食堂に入り浸っていつも女性に言い寄ってたよ」ルミネは背を向け、空を仰いだ。「あいつがもう死んじまってるなんて……」
「女王に心酔していたひとね」
ルミネは頷いた。「慌ただしく出発したから葬儀もろくに出られやしない」
ときどき名前だけ出てくるローマ・ロリンズ教官、それに今回のリュートは、次回作に登場する予定です。




