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 カフェの一角にひとつだけほかと離れたテーブルがあった。ピンク色の花が咲いている花壇のそばだった。女の子が三人ほどテーブルに着き、紅茶を飲んでいた。

 「副会長、連れてきましたよ」

 「ありがとう、セージ」いちばん年上らしい、みごとなカールの金髪の女の子が立ち上がった。霧香とおなじくらいの背丈だ。「授業の準備に戻っていいわ」

 「え~、ぼくもいていいでしょ?まだ時間あるし」

 「……いいけど、椅子を運んできて、三つ」

 「へいへい、なんでもやるよ」

 セージが椅子を求めて去ると、ネル副会長は霧香たちに向き直った。

 「おはようございます。あなたがたが宇宙船で第一運動場に不時着したかたですね」

 「ええ、あなたがたの生徒がわたしの船になにか照射したおかげで」

 「謝罪します。いま犯人を捜しています。あなたの船を修理する手配もしていますから」

 「ありがとう」簡単に許しすぎる気もするが、こちらも急いでいる。この子たちは悪い人間ではないというほうに賭けることにした。「謝罪は受け入れます。ちゃんと直るなら」

 女の子は眼に見えてホッとしたようだ。「わたしはこの学園都市の生徒会副会長、七年生のネル・マライアント。生徒会長はただいま犯人を捜しているので、こちらに伺えません。代わりに謝ってくれと頼まれました。そちらのふたりは」テーブルで手を振るふたりを指した。「生徒会役員のミーアとサカイ」

 「わたしは霧香・マリオン・ホワイトラブ。こちらはメア」

 「ハイ、メア。おいくつ?」

 「十五歳」

 「マライアント……あのセージくんのお姉さん?」

 「ええ、弟が失礼なこと言ってなければいいんだけど……」

 霧香は笑った。「そこらじゅうにわたしたちのこと言いふらしている以外はべつに」

 「ホントにバカなお調子者で……」

 「だれがお調子者なんだよ」セージが重ねた椅子を抱えて戻ってきた。椅子を並べ、霧香たちに座るよう促した。

 「お腹すいてません?」

 「ご馳走してくれるの?」

 「いろいろご迷惑駆けましたから、お世話させてください」

 霧香たちのうしろで椅子の背に腕を乗せて座っていたセージが言った。

 「きれいな髪だね。赤毛は初めて見た」

 メアがサッと振り向いた。警戒する表情だった。

 「おっと、ぼく気に障ること言った?」

 「べつに」メアはぷいと背けた顔を赤らめ、落ち着かない様子で髪を撫でた。

 ネルがいたたまれないという顔で首を振った。

 「セージ、トーストサンドとスープを持ってきて。それと紅茶のおかわり」

 「え、また使いっぱー?」

 「行ってらっしゃい」

 弟くんは口を尖らせていたが、言いつけには素直に従ってどこかに走り去っていった。

 「メア、できの悪い弟を許してね。それにどうか楽になさって。ここにはパルテノンじゅうのいろいろなコミューンから生徒が集まってるの」

 メアは弱々しく微笑んだ。このネルという女性は立場上だろうか、訪問者の歓迎に慣れているようだ。緊張した新入生と大勢対峙したのだろう。

 「あなたの部族の人も、過去に在籍していたんですよ。女王の命令で教育を受けに来たんですって……。さっき卒業生名鑑から見つけたの」

 「そ、そうなんですか、本当に?」

 「うん、ほら」ラップトップの端末の向きを変え、ホロが見えるようにした。メアはそこに映っているデータに眼を凝らした。

 「ホリー・メイデンホーン……3015年から3020年まで高等部に在籍。百年以上まえ……本当だ!」年代的にはメアの祖母の母親くらいの人が、若い真面目そうな顔で霧香たちを見返していた。

 「まあ、この学園都市もずいぶん歴史があるのね」

 「植民初期から続いています。最初は近くの居留地がお金を出し合って学校を作ったんです。何度か財政難で潰れかけましたが、そのうちに生徒たちが、せっかくだから自分たちでなんとか運営しようと思い立ちました……。自分たちで食べ物を作ったり、いろいろ勉強して売り物になるものを作ったり。初期植民地では在籍中にご両親が事故でなくなり、孤児になる生徒も大勢いましたから、そうするしかなかったんです」

 「そうして学園じたいが自治組織となっていった……」

 「ハイ。いまでは卒業生の多くからの寄付もいただき、こうしてまずまずの生活を送れるようになりました。在籍生徒数も初等部から高等部まで一〇万人以上……その九割が寄宿生活を営んでいます。パルテノン全体とポルックスⅢのガス採掘プラントで働いているひとたちの子弟もいます」

 「わたしを撃ったのは自衛軍かなにか?」

 「ええ、まあ……最近、大陸全体の雰囲気が悪くなるいっぽうで……。わたしたち、隣り合った自治体と協力してククルカンの侵攻を止める役に立てないか模索していました……。恐らく、科学部の跳ねっ返りがあなたたちを撃ったのです。勝手に武器を試すなって言ったのに……」

 「ククルカンはこの地方にも軍隊を派遣しているの?」

 「北のベンガルやマートンが侵略されたら次はこちらだって、このあたりのひとたちはみな言ってます。たぶんそうなんでしょう。しょっちゅう偵察機が飛んでるし、流通も妨害されてますから」

 「わたしたちが捜しているルミネ先生は、その侵攻を食い止めようとして武器を買いに出たわ。ククルカンの侵攻は二~三日ちゅうに始まる。わたしたちはその武器を持って戻ってもらいたいの」 

 「ああ」ネルはにっこり笑った。「先生はいま大型APVを手配しているの。今日じゅうに戻ってくるはずです」

 「そう、ずいぶん手早く情報収集したようだけど、凄いじゃない」

 「みんな注目しているんですよ。霧香さんたちがこちらに来るあいだ、みんな街頭カメラで見守っていました。それでGPDやベンガルに詳しい生徒からネットワークフォーラムにいろいろ情報が寄せられました。何人かの生徒が、ルミネ先生が休暇をどこで過ごしているか知ってたんです。それで……」曖昧に手を振った。

 「なるほど、セージくんが衛星をジャックして宇宙空間の戦いを眺めてたと言ってたわ。凄腕のハッカーも大勢いるのでしょうね」

 ネルは恥ずかしそうに言った。「まったく、手に負えない腕白ばかりで……その恩恵もちゃっかり受けてるんですけれど」

 「興味があるわね……科学部の人にも会ってみたいな。正直言って、宇宙船のシステムを壊す電磁波なんて由々しき技術なのよ。わたしが行ったら見せてくれるかしら?」

 「選択の余地はないでしょうね……」ネルは溜息をついた。霧香の言いかたはもの柔らかいが、強制力のある情報開示要請だというのを承知しているようだ。「あそこの子たちはいろいろと秘密めかしているから厭がるでしょうけど、彼らにも直接謝罪してもらわないと示しがつかない」

 「キビシイわね」

 「そういうところはしっかりけじめをつけないと、わたしたちの小さな世界なんて簡単に崩壊してしまいますもの……想像つくでしょう?」

 霧香は分かる、というように頷いた。

 甘やかされただらしない子供たち……霧香の故郷でも珍しくない存在だ。ましてここは学校……勉強を厭がるだけでは飽きたらず、わけもなく不満不平を鬱積させている若き反乱者の巣窟だった。

 鮮やかな園児服姿の子供たちが列をなして通りかかり、子供らしい高い声で元気よくネルに挨拶した。まだ五歳か六歳くらいだろう。引率のティーンエイジャーが一緒だった。闖入者である霧香の存在はあんな子供たちにも知られているらしく、手を振られた。霧香はその可愛らしい集団に微笑んで手を振りかえした。生徒会という自治組織が学校を幻覚に運営しているとしても、高圧的、威嚇的ではないようだ。

 しかしながら――いまはみな興味津々だとしても、やがておとな……しかもおまわりが校内をうろついて彼らの大事な場所をつつき回し始めたら、少なからず反発を招くだろう。

 (ちょっと哀しい……わたしだって数年前まで彼らの仲間だったんだけど……)

 ネルの話を聞きながら霧香は首を傾げた。どこでどう壁ができたのだろう?

 「さあ、朝飯を持ってきたよ!」

 セージが大きな四角い盆を抱えて戻ってきた。朝食とポットの載った盆をテーブルに置くと、ネルが立ち上がって霧香たちに朝食の皿を配った。サニーサイドエッグとハム、ベーコン、ハッシュブラウン、サラダに黒パンのトースト、小さなビニール袋に小分けされたジャムやらバターやら。リンゴジュースと紅茶を注ぎ、レモンスライスとスティックシュガーが収められたガラス容器を置いた。トーストサンドとサラダというメニューとは違っていた。

 「美味しそう!」

 セージは嬉しそうに言った。「せっかくなのでここで生産されてる食べ物をひととおり御馳走してもらおうと思って……ちなみにおすすめは自家製ベーコンと取れたてのサラダとポテトです」

 霧香たちはさっそく食べ始めた。

 「美味しい。これをみんなあなたたちが生産してるの?」

 姉が答えた。「いまは買える物は買ってます。自給率は六割程度です。コーヒーや紅茶は生産できませんし、酪農も大々的にやるとなると……勉学そっちのけで取り組まないと」

 「お腹を空かせた育ち盛り一〇万人ぶんですものね。毎日大変そう」 


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