12 セントラプラス学園都市
針葉樹の林の上空を飛ぶと、まもなく目的地上空に差しかかった。とはいえ大陸全体が敵の侵攻を恐れてビーコンを切っているため、霧香は相変わらず地図と地形を照らし合わせて見当をつけているだけだ。確認のためにはやはり着陸してみなければならない。
行く手にテーブル状に折り重なった奇妙な山が見えた。垂直に切り立った円形の盆地が池の蓮のように重なりながら、高さ一〇〇メートルくらいに盛り上がっていた。盆地の地形に沿って階段状の砦が築かれている。一見難攻不落の城塞のように勇壮な複合建築物だった。砦の内側には何棟もの四角い建物が並んでいる。様式も年代も盆地の高さによってまちまちで、長い時間をかけて拡張し続けたようだった。
「あれよ……ルミネはあそこに勤めていると言っていた。写真を見せてもらったの」
「凄いわね。差し渡し1マイル以上ありそうな――」
突然、リトルキャバルリーが揺れた。
「なによ!」
正体不明の電磁波が照射されていると戦術コンピューターが告げていた。霧香はとっさに回避行動を取り、速度を上げて上昇した。攻撃されるとは予想していなかった。驚いたことに、システムの一部がダウンしていた。慣性航法装置が働いていない、霧香たちはいまや加速Gでシートに押さえつけられていた。
「シートに掴まって!」
リトルキャバルリーは電磁波を照射され続けていた。霧香はリトルキャバルリーを降下させ、ほとんど地上すれすれを飛んだ。ようやく追尾から逃れたが、慣性航法装置はダウンしたままだ。サイクロンバレルの推力だけではとてもリトルキャバルリーの質量は支えきれない。
「ちょっと荒っぽく降りるから……!」
盆地がふたたび迫ってきた。霧香は機首を上げ、メインドライブを点火した。轟音とともにリトルキャバルリーは弾けるように上昇した。リトルキャバルリーがほとんど垂直になったところでスロットルを絞り、徐々に高度を下げた。石のように落下……よりはすこしだけましな速度で高度が下がり始めた。背後には盆地のほぼ中心部が迫ってきた。さいわい開けたグラウンドのようだ……人の姿も見えない。タッチダウン寸前にふたたびメインドライブを噴かして落下の勢いを殺し、ソッと着陸した。噴射を切ると、棒立ちになったリトルキャバルリーはゆっくり傾き始めた。
「倒れる!」
リトルキャバルリーは斜めに傾いで止まった……。たぶん就役以来初めて、直接地面に触れた瞬間だった。
(だからといって記念日にする気にはならないわ……)
霧香もメアも、シートの緊急緩衝システムのフォースフィールドにがんじがらめにされていたため、キャビンの床に放り出されずにすんでいた。
フォースフィールドが消失して体が自由になると、霧香はぎこちない動作でシートから降り、メアに手を貸して後席から降ろした。
「ケガはない?」
「平気……ちょっと恐かった……」気丈な返事だったが、顔が青かった。
「ごめんね……まさか壊れるとは思わなかった装置がダメになったの」
傾いた床を這い進んでハッチに辿り着き、外に飛び降りた。霧香の愛機は外から見ると悲壮な姿だった。機首を下向きに傾いた姿は難破船のようだ。
「ねえ、見て」メアが霧香の肩を叩いて注意を向けた。そちらに振り向くと、百ヤードほど離れた建物群のほうから誰かが近づいてくる。なにやらタイヤの着いた乗り物に乗っていた……一生懸命足で漕いでいる。自転車のようだった。乗っているのはジャージ姿の若者だった。
「やあ!」若者は離れた場所で自転車から飛び降りると、霧香たちに手を振った。霧香たちは無言で迎えた。
「驚いた……まさか宇宙船が校庭に降りてくるとは思わなかった」
「止まりなさい。あなたは誰」
若者はすこし戸惑い、足を止めた。
「ぼくは生徒会の役員です。騒ぎの様子を見るよう頼まれて……」
「生徒会……?」
「ええ、このセントラプラス学園生徒会。学園生徒の自治組織だと思ってください」
「ああ……そういえばここって学校なのよね。それがなぜわたしの船を攻撃したの?」
「攻撃なんてとんでもない!ただちょっと……実験を試しただけだと思いますよ」
「実験?試したぁ?」
「ごめんなさい!誰の仕業か見当はついてるんですけど、奴は宇宙船だとは思ってなかったんだと思います。正体不明のAPVを麻痺させるだけだと思ったんでしょう……」
「ほう、なるほどね。誰だか知らないけれど、GPDの備品を破壊した罪は重いわよ……」
「えっ!?」若者は眼を輝かせた。「お姉さん、銀河パトロールの人なんですか?」
「まあ、そうよ」
「それって……今朝衛星軌道上でククルカンのパトロール艦が一隻迎撃された事件と関係がある、とか?」
「あれはわたし。そんなことなんで知っている?」
「知ってますよ!みんな衛星経由で戦いを見守ってたんです。交信も聞いてました。最後はてっきり撃墜されちゃったと思ってたけど……」言いきったところでしまった!という顔になった。
「この通りみごとに撃墜されたわよ!」霧香は背後の愛機に手を振った。
若者は霧香の剣幕にたじろいだ。両手を挙げていった。「すいません!ホントにそんなつもりじゃなかったんだ。ぼくたち責任持って直しますから、どうか逮捕は勘弁してください」
「本当?慣性航法装置がいかれたのよ。あなたたちが直すというの?」
彼は厳かに誓った。「おばあちゃんのお墓に誓って」
年齢から察するに彼のおばあちゃんはまだ存命のような気がするが、とりあえず霧香は頷いた。
「霧香、見て」メアが不安そうに呟いた。若者の背後、グラウンドを囲む芝生の土手にいつの間にか大勢が詰めかけていた。若者も背後を振り返った。
「ああ……あんな大きな音がしたから、みんな起きちゃったんだ……」
超小型とはいえ宇宙航行用ドライブの轟音だ。核爆発が起こったと思われても無理がない音だったろう。
「悪かったわね。怪我人がいないといいけど」
若者はクスクス笑った。「窓ガラスが何百枚か吹っ飛んだかも」
「ところで、わたしたちは人を捜してるの。ここにルミネって言う名前の先生はいる?」
「すぐには分からないですね……先生大勢いるから」
「わたしたちを案内してくれる?」
「そのつもりで来たんです。授業まで一時間くらいあるから。ぼくはセージ・マライアント。セージって呼んでください……ヘンな成り行きだけど、セントラプラスへようこそ」
「わたしは霧香、霧香=マリオン・ホワイトラブ。こちらはメア」
「ハイ、メア……さん」
「初めまして……セージ、くん」メアはおずおずした調子で挨拶した。年齢が霧香より近しいからなのか、セージもやや改まった態度だった。
「それじゃ、こちらへ」
自転車を引いて校舎に向かうセージの背後で、メアは霧香にソッと呟いた。
「ねえ……なにか服を貸して」
「え?どうしたの?」
「だって……」メアは着ている木綿のワンピースを心細そうに見下ろした。独特な刺繍模様が施された素朴な民俗調の服だ。編み上げのサンダルも腰のナイフも、たしかにここでは浮いているかもしれない。
「堂々として。あなたはメイデンホーン部族の代表としてここに来たのよ。だれかその格好を見て笑ったら、わたしがぶん殴ってやる」
メアは弱々しく微笑んだが、やがて俯いてしまった。
彼女の気持ちは理解できる……。年頃の女の子だ。故郷の服を恥じているが、恥ずかしがっていることじたいが部族のみんなに対する裏切り行為になる。いささか後ろめたい気分に苛まれているに違いない。堂々としてとは言ったが、なにか機会があれば外向きの服を用意してあげてもよかった。
メアにとっては不幸なことに、霧香たちはたいへんな注目を集めていた。セージは眼に付いた学友を捕まえては霧香たちが何者か触れ回っている。朝の授業開始を控えて生徒たちは続々と通りに姿を現していた。大勢が向ける奇異の眼はメアにとっては少々辛いに違いない。間もなく彼らを朝の眠りから叩き起こした爆音の原因が、学園じゅうに知れ渡ることだろう。
やがて、霧香たちは小綺麗な商店街みたいな場所に着いた。煉瓦敷きの舗装にポプラの並木。軒先にテーブルがたくさん並んでいた。さまざまな制服や運動着姿の少年少女たちが朝食をとっている。見たところメアに負けないくらい民俗調の服を着たものもいる。
みな携帯端末のホロ画像と霧香たちの姿を見比べ、指をさしてなにやら話していた。
「ねえ、セージ、わたしたちを学園長先生のところに連れて行くの?職員室とか」
「理事さんたちはいまごろ故郷に帰って学園支援を頼みに走り回っていますよ。ここは学園都市なんです。運営はすべて生徒に任されています。先生方のほとんどは外から雇われてます。変わってるでしょう?」慣れた感じで説明した。
「子供にそこまで任せてるのは珍しいわね」
「子供ってのはやめてくださいよ。最上学年は十七歳……このあたりでは成人です」
「それであんたはいくつなの?」
「エー、十五歳、あと二週間で」
「子供じゃない」
「子供子供って言うとみんないやな顔しますよ。ここにはティーンエイジャーかそれ以下のちびっ子しかいないんだから」
「気を悪くしたらごめんね。それで、わたしたちどこに向かってるのよ?」
「生徒会のネル副会長のところ、すぐそこですよ」