11 ブラックストーン
さらに速度を落として海岸に接近したが、たちまち対空警戒網に引っかかった。メッシーナ大陸はどこもこんな感じだろう。巨大な軍事力を保持しているのはククルカンだけだが、ほかの自治体はそれを大いに警戒している。
脅威目標と見なされないように速度を落として海岸沿いを低空で飛ぶと、監視塔や土塁があった。海からのククルカンの侵攻を警戒しているのだろう。サイクロンバレルと慣性航法装置だけで飛んでいるリトルキャバルリーは静かなので、慌てて官舎から走り出てくる兵隊の姿もない……まだ早朝だった。
レーダーに引っ掛かるのは想定していたことだ。リトルキャバルリーをゆっくり旋回させながら海岸の船着き場を見下ろすと、人が集まりはじめていた。みなこちらを見上げている。だが銃撃はないようだ。良い傾向だった。
「着陸するわよ」霧香は後席のメアに告げた。
リトルキャバルリーを空中に静止させ、ゆっくりと着地させた。
ハッチを開けると、生温かい湿気を含んだ空気が流れ込んできた。漁港のようだ。魚の匂いが混じっている。
ハッチを降ってリトルキャバルリーを取り巻く人々に対峙した。ほとんど港の労働者のようで、明確な敵意は感じられない。
「おはようございます」
「ああ……おはよう、あんた、どこからおいでなすった?」
「わたしはホワイトラブ。GPD保安官です」
「GPD……」人々のあいだでどよめきが起こった。
「朝のお忙しいところにお邪魔して申し訳ない……こちらの責任者のかたがどなたか、存じ上げますか?」
濃い口ひげを生やしたまるっこい男性が進み出た。黄色い安全ヘルメットを被り、青いシャツの裾を垂らしていた。「ブラックストーン自治体の誰かという意味かね?」
「そうです。え~」
「レオ・カビル。港湾責任者だ」握手した。「ブラックストーン商工会議所に連絡は入れた。間もなくだれか飛んでくるとおもうよ」
「ありがとうございます」
「あんたの乗物、ここに留め置かれると困るんだが……」
「すぐにどきます、すいません」
カビル氏は頷き、まわりの聴衆に手を挙げた。「さっ、みんな、仕事に戻れ!」
彼の言う通り、間もなくローバー二台が飛来した。中から三人の男性が降り立ち、霧香のそばに歩いてきた。真ん中の、白いシャツに茶色のチョッキを着た頭の禿げた中年男性が言った。
「連絡があって来た。海から飛んできたってのはあんたかね?」
「はい……わたしはGPDのマリオン・ホワイトラブ保安官。タウ・ケティから派遣されました」
「ほお……」男性は手を差し出し、霧香は握手した。「わしはブラックストーン商工会のガス・トリマーだ。ようこそ、GPDのホワイトラブさん」
「どうも、初めまして」
「さっそくだが、なんの御用で……?」
「わたしはここから200マイルほど内陸の、学園都市に行きたいのです」
「セントラプラス学園かね?」
「このあたりには詳しくないので……たぶんその、セントラプラス学園だと思います。それで、無断でこの上空を通過するのもなんだと思いまして」
「懸命だね。最近はどこもピリピリしているから。この近くにもククルカン軍が出張ってるからね」
「存じています。わたしはスハルト・アイアンサイドとククルカン自治区の視察のため派遣されました。十日ほど前ククルカン軍の侵攻を受けたベンガル高地を視察して、いまはこちらを回っています」
「それはそれは!……まあ立ち話もなんですから、わたとたちの事務所に場所を移しましょうか」
霧香はリトルキャバルリーをローバーに従って飛ばしたが、彼らの事務所はわずか一マイル先の通り沿いにあった。レンガ造りの二階建ての酒場だ。霧香は狭いローバー駐機場に愛機を押し込んだ。メアには機内で待ってもらった。
「事務所」は酒場の一階のテーブル席のことで、五人ほどの年配者がテーブルに着いていた。妙な感じだ。柱の時計を見ると朝の六時。なぜ彼らは早朝に集まっているのだろう。ガス・トリマーはその人たちをざっと紹介した。
「そっちのテーブルのじいさんたちは市議会議員のトビー、カネミツ、オーガスト、カードをしてるのはミセス・ジョンソンと、アルフレッド」
「みなさん初めまして……あのう、失礼ですが、ブラックストーン自治会は……」
「ここがそうだよ!わしらがブラックストーン〈政府〉だ」トリマーがやや面白そうに言った。
「そ、そうなんですか……」
「あんた若いなあ」
霧香は微笑んだ。
「およし、オーガスト。ジョーンジー、お客様にコーヒーよ!」
ミセス・ジョンソンがカウンターの奥で半分眠っていた男に言った。てきぱきしている。
「それからガス、突っ立ってないで椅子を持ってきて」
霧香は差し出された椅子に座った。
「みんな、聞いてくれ、このホワイトラブさんはGPD保安官なんだ。学園都市に行くそうだ」
「GPD!たまげた、ようやくお出ましかね」
「徹夜して備えていたら、ククルカンの連中じゃなくてこのひとが来たんだ」
「徹夜ですか……」霧香はあたりを見回した。みなよれた服を着て、いかにも徹夜明けのようだ。「なぜ?」
「そりゃあんた、ククルカンの侵攻に備えて寝ずの番さ。この三日ほどずっと」
コーヒーが置かれ、霧香は「ありがとう」と言って砂糖とミルクを入れて掻き回し、ひとくち呑んだ。カップを置いて尋ねた。
「差し支えなければ、現状をお聞かせください」
「わしら、降参寸前だ」
「ククルカンは徴兵しとる。人口は一億五千万を越えとる。こちらはたかが一五万人の小さな自治体に過ぎん……」
「やつらはもう五百マイルに迫っておる。もうすぐここも戦場になる……。それでみんな浮き足だっておるんじゃ」
「若い人たちは抗戦しようと言ってるけれど、ククルカンに無血開城しようという意見も少なくないの。どこもそんな調子だよ……」
「馬鹿馬鹿しい!スハルトの豚野郎は土地を奪いたいだけなんだ!わたしらなんぞ屁とも思わん。降伏したらわたしらみんな奴隷だ。なんでもあいつの言いなり、どこか遠い土地に押し込められちまうんだぞ!」
霧香は頷いた。断片的だが雰囲気はじゅうぶん伝わる。
「それであんた、GPDはどうしてくれるんだ?あんたは視察するだけか?国連は?」
「トビー!そんな物乞いみたいに訴えるな!おれたちは辺境独立市民だ。いまさら国連の庇護を期待できるかってんだ」
「しかしなあ……」
「みなさん」霧香は立ち上がって言った。「わたしはこの事態を収めるために派遣されたのです。GPDはこの惑星の危機を見過ごすつもりはありません。北ではある自治体が、ククルカン軍の侵攻に対抗するため、イグナト人と同盟を結びました。時間がわたしたちの武器です。どうか持ちこたえてください……そうすれば、援軍がやってくるはずです」
「そう言うが、お嬢さん。スハルトは星間企業と結託しとるのだ。国連軍だって抱きかかえているのじゃないか?」
そう、その可能性はあった。アイアンサイドがどこかの宇宙軍と結託している可能性はある。それは調べなければならない。
「たとえそれが事実であったとしても、GPDはそういった癒着を看過したりしません。スハルト・アイアンサイドはイカレてるわ。あの男は病的な支配欲に突き動かされているだけです」
「あなた……」ミセス・ジョンソンが手をひらひらさせながら言った。「ニュースに出ていたわね……?アイアンサイド暗殺未遂で手配されてるの、あなたじゃないの?」
霧香は顔色を変えず、彼女をまっすぐ見て答えた。
「そうです、ミセス・ジョンソン。しかし、あれは濡れ衣です。あの男の影武者ロボットが破壊されたところに立ち会ったのは事実ですが」
「なんだ……あんたククルカンに追われてるのか……!」
「そうだよ!あんたたちびびってんじゃないよ!この若いお嬢さんの言う通りじゃないか。あたしたちはがんばってあと何日か持ちこたえるんだよ」
「相手は二百万の大部隊だぞ?わしらの義勇軍はせいぜいが千八百人……装備もまちまちの素人。一度戦えば壊滅じゃぞ」
「こっちにやってくるのはせいぜい二万人だ」
「せいぜい二万!隣の町と協力できたとしても、あと何千人か集めないと……」
「できるかぎり掻き集めんだ!やつらは途中の自治体を苦労せず占領したし補給線は伸びきってるんだ。いい加減ダレてくる頃だろ?あいつらの軍隊はほとんど徴兵だから士気も低いはずだよ。パルチザンのねちっこい攻撃にゃ弱いさ!」
このような議論はここ何日か繰り返し蒸し返されたのだろう。海岸の監視体制を見ても精一杯対応しようとしているのは分かる。だが実際の戦闘を想定した場合消極的なのも無理からぬことだった。この人たちを焚きつけても始まらない……。
「お嬢さん」
「はい、トリマーさん」
「わしらもできるだけ持ちこたえるつもりだが、若い連中を大勢失うのは手痛いんじゃ……小さな街だから」
「分かります。無理と思ったら戦いは避けたほうがいいでしょうね。ククルカン軍は地球製の機動兵器を保有しています。同等の火力がなければ太刀打ちできません」
トリマーは頷いた。「やつら、千マイル内陸のクルーブリッジを焼き尽くしたという噂なんだ……。通信は規制されててはっきりと分からないのだが、二日前だ。街全体が燃えておったそうだ。十万人も住んでいたのに……」
「……ひどいですね……」
「見せしめらしい。デモンストレーションのつもりなんだ」
「だけどそれで腹を立てている人間は大勢いるの!わたしたちが結束するならいまなのよ!」
「しかしジョンソンさん、これは時代の変わり目なのかもしれんよ。いまの人は感覚が違うからの」
霧香は戸惑った。「どういうことです?」
「恒星間大戦後に入植してきた連中さ」ミセス・ジョンソンが言った。「バーナードや地球の都会からやってきたんさね……だからククルカンみたいな、なんでも整ってる土地から出ていきゃしない。ここら辺りのように水洗トイレが欲しけりゃ自分で作るしかないような土地じゃ嫌なんだ。多少税の取り立てが厳しくてもさ!」
「なるほど……」
「だからって黙って脇に退いてやることはないとあたしゃ言ってるんだよ!とくにスハルトなんかにはね!」
トリマー氏は溜息をついた。
「こんなところだな……GPDさん。わしらはあと二日か三日、がんばろう。隣町にもできるだけ抵抗しようと持ちかけてみる。それで精一杯だよ」
「分かりました」
その間に奇跡を起こして援軍を探さなければ、この大陸はスハルト・アイアンサイドの軍隊に制圧されるだろう。
次回はアニメとかラノベでよくある「学園都市」なるモノが登場。筆者なりに思いつく限りどうすればそんなのが成立するのか、いろいろ頭を絞ってみました。