1 ククルカン
背景説明/32世紀。恒星間大戦で銀河連合に敗れた人類は無条件降伏した。
銀河連合の〈徳政令〉によって人類は自前の超光速跳躍技術を剥奪され、以降は銀河連合が創設した旅客会社〈スターブライト・ラインズ〉の定期巡洋恒星間連絡船の利用を強制された。
最先端テクノロジーの独自研究を禁止された代償は大きかったが、その反面、人類は戦前の1/1000のコストで気軽に恒星間旅行ができるようになった。
全長30マイルという巨大恒星間連絡船は、24時間から72時間ごと各星系のゴルディロックスゾーン外縁に設けられた〈ドッキングプール〉に寄港する。恒星間連絡船は一度に千隻あまりの、星系じゅうから集まった人類宇宙船を収容して恒星間ワープを行い、約一日かけて別の恒星系に飛ぶ。
〈スターブライトラインズ〉の星間交通網は人類に新たな社会変容をもたらしつつあった。
ポルックス星系。人類宙域の外縁部に属する辺境星系のひとつ。
第五惑星パルテノンに三世紀ほど前から入植が始まったが、住民たちはかなり好き勝手にやっているという評判だ。後期の開拓惑星らしく開発は民間企業を中心に行われ、比較的ゆるい審査で入植を受け入れていた。
集まった人々はじつにバラエティに富んでいる。ロシア人、ユダヤ人、中国人、アラブ人、カナダ人、メキシコ人、オージーにアフロアトランティックにニューギニア人。山師に詐欺師にプロテスタント、ヒンドゥー教徒、成功した貴族、文無し貴族、社会改革家、自然主義者、裸体主義者、武装主義者、多夫多妻主義……
そして異星人。
それぞれが街ひとつ程度の自治圏を維持しているだけで中央政府機関など無いも同然だ。ほとんどの地域は税金という、人類が発明した忌むべき悪習もなく、みな悠々自適に自分の才覚に頼って生活を営んでいる。
反面、税金で賄われる各種サービスも受けられない。ほとんどの自治体は戦闘宇宙船を保持できるほどの軍隊組織も持っていない。
ドッキングプールとパルテノンの宙域警備は、宇宙船を所有しているというだけで雇われた冒険気取りの軍人くずれや海賊まがいのごろつき集団に任されていた。それらを雇い入れているのは一千万人以上の人口を擁するいくつかの自治体だ。当然ながらそれら警備隊は星系全体の安全よりも、特定の自治体の利益を優先していた。
植民適性ランクはDクラス。Eは治安維持組織皆無の完全な無法地帯、Fクラスは植民地惑星が存在しない未開拓辺境に割り振られる評価だから、人が住む場所としては「最悪」の一歩手前だ。
ドッキングプールで恒星間連絡船から切り離された民間船の多くは徒党を組み、護送船団を形成していた。それぞれが会社の用意した警備艇や警備専門業者の武装巡視艇にくっついている。自分の身は自分で守れというのが辺境の不文律……荒々しい新大陸開拓時代といえば多少ロマンチックではあるが、暗黒時代前の相互不信の世界に逆戻りしているとも言える。
霧香=マリオン・ホワイトラブ中尉はリトルキャバルリーをそうした船団の間を縫って加速させた。海賊あがりの用心棒の船はGPDの識別シグナルに気付くと興味を失い、接近してくるものはいない。
巨大なポルックスの陽光に加えてポルックスⅢ……恒星のごく近くを巡る超大型灼熱ガス惑星も、熱せられた石炭のように毒々しいオレンジ色の光を放っている。ドッキングプールは恒星から12億キロ離れていた。それでも強烈な光だ。
パルテノンも少なくとも寒い場所ではなさそうだった。巨大な恒星のためパルテノンの軌道を変更させる手間は取られず、限定テラフォームが施されただけだった。
公転周期は土星とほぼ同じ、30年だ。夏と冬が10年ずつ続く。現在は長い冬が終わったところだ。
リトルキャバルリーはパルテノンの第一大陸……北米大陸より大きな面積と幅を持つメッシーナ大陸に降下した。テラフォーム惑星は基本的にすべて同じ表面構造だ。パンゲア的なひとつの超大陸にひとつかふたつの海。最初から複雑にする必要はないわけだ。何千万年か経てば大陸プレートの活動によって地形が変化するだろう。
霧香はメッシーナでいちばん発展しているククルカンに向かっている。
ククルカンはパルテノンの人類自治区ではいちばん規模が大きく、一億五千万人の住民が暮らしている……この数字が曲者なのだ。
〈スターブライトラインズ〉の恒星間旅客サービスによって人々は驚くほど簡単に星間旅行に出かけられるようになった。その結果現代は新たな恒星間移民ブームを迎えていた。惑星パルテノンもそうした新移民により爆発的に人口を増加させていたが、中でもククルカンは人口を三倍に増加させていた。だがその方法は詐欺まがいの勧誘によるもので……簡単に言ってしまえばフリータックスというのが嘘だった。
ククルカンは内政不安を抱えている。第一次恒星間大戦勃発時から敷かれた重税に喘ぐ市民たちが、反政府活動を展開していたのだ。一世紀が経過した終戦後も重税は終わらず、市民の怒りはここ数年でピークに達した。
霧香もGPDに入隊する前から、ここの事は聞き及んでいる。パルテノン星系はセカンドエグザイル恒星群に属している。シンセン、ボーダーランド惑星、テンペスト、銀河連合との境界線に位置するその宙域は、長いあいだ恒星間大戦の最前線だった。そして戦争が終結したいまでは新しい植民景気の波が到来していた。霧香の故郷であるノイタニスもセカンドエグザイルに属している。ポルックス星系は約十五光年離れたお隣の恒星系だった。
夜のククルカンは幾何学模様の夜景が広がる美しい都市だ。わずか三世紀の歴史しかない植民地には似つかわしくない荘厳なタワービルが林立していた。色とりどりに内側から輝く光の柱だ。圧制者が市民の福祉より見栄えを優先したのだ。経済格差は酷いものだろう……。夜が明けたら、タワービルのあいだに広がるスラムが見えるのかもしれない。
誘導信号に従って機の高度を落とすと、行く手に同心円状の光の帯が見えた。あれが目的地だ。光の帯はよく目を凝らすと住宅地のようだった。道路も庭も広く取られた高級住宅地だ。
光の帯の中央には全体がきらびやかなゴールドに輝く十字型の巨大建築が居座っていた。
「センターパレス」とは良く言ったものだ。ククルカンの中央行政区はまさしく宮殿だった。宮殿にまっすぐ続く広い公園にはローマ神殿形式の屋外劇場やモニュメントが建てられている。中国の皇帝の城か大昔のワシントンDCでもイメージしたのだろう。威圧的な権力の象徴だ。
霧香はリトルキャバルリーをセンターパレスの駐機スペースに着陸させた。放水装置が全長わずか45フィートの愛機に水をかけ始めた。
宮殿式の政府庁舎は二マイルほど離れている。センターパレスはどれほど広く敷地を取っているのだろう。周りを取り囲むエリート用の住宅地と合わせたら直径八マイルほどか。周囲の駐機スペースには軍用機や、宇宙船らしい機体も首を並べている。予備調査報告書にあったとおり、軍備は豊富のようだった。
ここ十年、ククルカンの国民総生産に対する軍事支出は20%を超え、軍備拡張が続いていた。戦争のあとで世界中が軍縮傾向なのに、この数値は異常だった。
霧香は護衛部隊を侍らせたリムジンローバーが接近してくるのに気付いた。政府の差し金だろうか。霧香は首を傾げた。GPD視察担当者ひとりにずいぶん大げさなお迎えではないか?
リムジンが湯気を上げるリトルキャバルリーの側らに停止した。警備隊員が乗るモトポッドも周囲に着陸していた。
霧香はリトルキャバルリーのハッチを開け、ククルカンの地に降り立った。生温かい空気は海のような匂いをふくんでいた。リムジンローバーからローブ姿の男性が降り立ち、霧香に会釈した。
「ようこそパルテノンへ、タウケティからはるばるいらっしゃいましたな」
「こんばんわ。わたしはGPDの霧香=マリオン・ホワイトラブです」
「存じております。わたしはミスタ・アイアンサイドの第一秘書官、ユーズレーと申します。ほかに荷物がなければ、あなた様をさっそくパレスにお連れしたいのですが」
最高司令官の第一秘書官直々のお出迎えとは驚いた。
「ありがとう、ユーズレーさん。すぐ出発できますよ」
センターパレスまでの短い距離を、リムジンローバーは地上走行モードで進んだ。パレスの外縁に沿って二足歩行戦闘車両がずらりと並べられていた。明らかに準戦闘態勢だ……。
ローバーが大きな正面玄関に到着すると、女性の接客係がうやうやしくドアを開けて霧香を降ろした。銃を持った兵隊が並んでいる。
反対側に降りたユーズレーが霧香に「こちらへ」と招いた。
前面ガラス張りの正面玄関を進み、赤い敷物に被われたロビーを横切った。
大勢の人間が行き来している。携帯で誰かと話し、あるいは先を急ぐ軍人の肩を捕まえて話を聞き出そうとする民間人。民間人の多くはビジネス関連の人間で、恐らくパルテノンに利権を持つ企業の関係者だろう。
霧香はユーズレーのあとに続いて正面の階段を上がり、自走誘導路に乗って奥に進んだ。しばらくすると開けた屋内公園らしき場所に辿り着いた。吹き抜け構造の高いドーム型の天井には星座が描かれている。花崗岩で作られた小高い丘が中央を占め、ところどころ松が植えられている。
「アイアンサイド閣下!」ユーズレーがフロア全体に呼びかけた。「GPDの方をお連れしました」
「ご苦労だった、ユーズレー」
花崗岩の影から大きな男が現れた。ややゆったりした歩調で、後ろに手を組んで近づいてくる。「きみは下がってよろしい、ユーズレー」
「閣下、マイジーグループの使者が先ほどから待ち続けております……」
「ハイエナどもは待たせておけばよい。下がれ」
ユーズレーはうやうやしく一礼すると、もと来た方向に引き返した。
スハルト・アイアンサイド主席は大きな鼻越しに霧香を見下ろした。身長7フィートちかい大男だ。白いローブの前をだらしなくはだけ、眠そうな笑みを浮かべて霧香を凝視している。
「これはこれは、ずいぶん可愛らしい中尉殿だ。えー、ホワイトラブ君だったね?」
「初めまして、アイアンサイド閣下。霧香=マリオン・ホワイトラブです。わざわざ時間を割いていただきありがとうございます」
アイアンサイドは興味なさそうに剥き出しの腹を掻いた。
「サーベラス!」
アイアンサイドが叫ぶと、四足歩行型のガードロボットが現れた。犬そっくりにのっそり歩いていた。肩の付け根が4フィートほどの高さなので犬というより猛獣サイズだが。ブラックメタリックのボディはスパイクで被われ、砲弾型の首が三本生えていた。真ん中の首はまるで散歩しているように首輪で繋がれている。
だが鎖のもういっぽうにいるのは飼い主ではなかった。やはり首輪をされた女が鎖を懸命に引っ張り、勝ち目のない綱引きを演じていた。引きずられているのは、きらびやかだが悪趣味な金細工を纏っただけでほとんど裸の女だ。豊かに波打つ赤毛に縁取られた美貌に暗い憎しみの表情を張り付かせていた。霧香は顔をしかめた。
「なんです?」
「女のことは気にするな……ベンガル地方で捕らえた野蛮人だ。調教の真っ最中でね。芸を仕込もうとこうして飼っているのだが、満足にカクテルを作ることも覚えられない」アイアンサイドは忌々しげに太い首を振った。「わたしは命を狙われているのでね。悪いがこの番犬を同席させていただこう」
霧香は無言で番犬とその虜囚を見つめた。女性が見つめ返した。囚われの辱めを受けているにもかかわらず、彼女は背筋を伸ばし、堂々とした態度を保っていた。なんとかしてあげたかった……だが、文句を言っても特政令を律儀に遵守しているだけだと言い逃れられてしまうだけだろう。
「ベンガルはメッシーナ大陸の反対側でしょう?あなた方はそんなところまで攻めに行ったのですか?」
「パルテノンもそろそろ文明化すべきなのだ……荒れ地の野蛮人やカルトのコミュニティーを野放しにしてはそれは叶わんよ」アイアンサイドは嘲笑を浮かべて鎖の女を見た。女は精一杯体面を保つかのように立ち尽くし、無言でアイアンサイドを睨んでいた。視線で人を殺せるならアイアンサイドは死んでいただろう。
「それで銀河パトロールのお嬢さん、きみの素敵な尻のうしろには巡洋艦隊でも控えてると伝えに来たのかね?」
「そんな事態を回避するため視察を命じられたのです……」
「わたしの努力の甲斐あってようやく中央の気を引いたのだな」アイアンサイドは手を擦り合わせて頷いた。
「ずいぶん嬉しそうですね?」
「決まってるだろう!戦争は儲かるんだよ。わたしのスポンサー……外資系企業のハイエナどももそれを望んでいる」
わずか十五日前――
この男、惑星パルテノンの一地方自治区の首領であるスハルト・アイアンサイドは、突如として惑星パルテノン惑星国家代表として名乗りを上げた。
国連首脳部が例によって緊急会議に明け暮れるのを尻目に、GPDのランガダム大佐は霧香に調査を命じた。惑星パルテノンの現状を視察し、スハルト・アイアンサイドの思惑を探るべし。その半分が到着して半時間も経たず明かされたのだ。
「本気で言ってるんですか?」
「本気だとも」アイアンサイドは完璧に揃った白い歯を剥きだして笑った。「いいではないか、民にとって平和な三世紀は長すぎる。恒星間戦争のことももう忘れかけて、やれ減税だ人権だと騒ぎやがる。クズどもは弛みきってるのだ。健全な新陳代謝を与えてやろう。我々は国連軍と適度に殴り合う……。クズどもが生きていることのありがたさを噛みしめられる程度に……それから講和に持ち込んで、うま味のある条件を引き出す。国連での我が国の地位を上げさせ、物好きな植民者を大勢呼び込む……焼け野原になった都市を再建する……、マスコミどもはこぞって我々の「悲劇」を世界に配信してくれる。再出発というわけだ。素晴らしい!」
「とんでもないわ……」
「さて、そこでだ」相変わらず喜色満面のアイアンサイドは霧香に向き直った。「大昔であればきみの生首を相手に送りつけるところだが、我々はもっと歴史から学んでいる。きみはわたしの暗殺を試み、失敗するのだ。国連に汚名を被せるにはちょうど良い。どうだ?きみの名前が歴史書の注釈として記載される機会だぞ」
それでGPDを待ち受けていたのか……。霧香は険しい表情でアイアンサイドを見据えた。(この人は狂ってる……いや、ある意味為政者の姿そのものか。ただしひどく先祖返りしているが……)
ここから逃げなければならない。
霧香の物思いは携帯端末のシグナルによって中断された。
「……失礼」霧香は携帯のホロを投影させた。画面にノイズが走り乱れていた。ネットワークが切れた、というメーセージが映し出されていた。(なんだ……?)
アイアンサイドに目を向けてみると、やや上向きに頭を傾げていた。さっきまでの笑みは消え去っていた。
「くそっ……EMPか……」
アイアンサイドの呟きに霧香は眉をひそめた。誰かが強力な電磁パルスを放ったのだ……霧香たちの電子製品はその程度では破壊されないが、詰まるところ空中を飛び交う電波でしかない通信システムやネットワークは、どうしても影響を受けてしまう。
通信機能の寸断は戦闘行動開始時の基本作業だ。
「閣下!」脇の扉が勢いよく開いて軍服姿の男性が現れた。「攻撃が始まりました……!」
「慌てるでない」アイアンサイドは唸るように家来を遮ると、ロボット番犬の頭を叩いた。どこかのサーバーからコントロールされていた番犬は、ネットワークの寸断で一時的に動作停止状態になっているようだ。だがなにか起きれば自立モードに移行するだろう。
「地下司令室にお越しください」
「うむ……お客人をどこかに閉じ込めておけ。最低三人の監視をつけて身ぐるみを剥がせ。油断ならんぞ。薬を使うなり腱を切るなりして大人しくさせておくのだ」
軍服姿の男は霧香にちらりと目を向けた。アイアンサイドは男の脇をのんびり歩き過ぎた。
男がホルスターの銃を抜いた。
霧香は息を呑んだ。
男が銃をアイアンサイドに向けて撃つのと、サーベラスが弾かれたように再起動するのがほぼ同時だった。
弾丸がアイアンサイドの肩胛骨のあいだを撃ち抜いた。爆裂弾だったらしい。めり込んだ弾丸が身体の中でボコッと音を立てて破裂すると、大きな身体がひときわ膨れたような気がした。サーベラスが男に飛びかかろうとしたところを、霧香がビームガンで撃った。最大出力のビームはサーベラスの装甲を貫通して派手な火花を上げ、電子システムを焼き尽くした。番犬はジャンプしようと身を伏せた体勢から直立になり、そのまま停止した。
アイアンサイドがうつ伏せに倒れた。
軍服姿の男はサーベラスの襲撃に身構えたまま、意外そうな顔で霧香を見た。だがなにも言わず、床に倒れたアイアンサイドの死体に屈み込み、なにかタブレットのような物を懐から取りだし、死体の頭部に電極を差し込んだ。
「あんた誰?軍人じゃないんでしょ?」
「気にすることはない」男は死体を検分する作業を続けながら答えた。見た目も声もまだ若い。せいぜい20代中半だろう。
その頃には霧香もアイアンサイドの正体に気付いた。床の血溜まりは血液よりも黒っぽく、乳状の液体も混じってマーブル模様になっていた。
アンドロイドボディーだ。
「フルサイボーグ……」
「ああ」男は言った。「くそっ……オートマトンの影武者か」
どうやらサイボーグのメモリー内にアイアンサイドの電脳人格が居座っていたか調べていたらしい。だが違っていた。霧香たちは偽物の相手をしていたのだ。男は立ち上がると、袖で額の汗を拭った。そのまま無言で立ち去りそうな勢いだったので、霧香は慌てて言った。
「ちょっと!待ちなさい……」ビームガンを向けて叫んだ。
男は両手を軽く挙げて立ち止まった。「おい、さっさと逃げたほうがいいよ」
サーベラスが派手な音を立てて床に転倒した。霧香たちはぎょっとした。あの女性だ。鎖を引っ張り続けていたのだ。
「待って、いま鎖を切る」
アイアンサイドの手首から携帯端末を取り、手早く操作した。女性の首輪がカチリと音を立てて外れて床に落ちた。縛めから解放され、女性は忌々しげに首筋を揉んだ。
「あんたたち逃げるのか?それともここでボサッとしてたいのか?」男が急かした。
霧香は女性に言った。「逃げましょう。えー、言葉は分かります?」
「ああ」
男は霧香が秘書官に案内された廊下を逆に進んだ。自動走路の上で怪しくない程度に早足で歩き続けた。
「ちょっと、玄関から出るつもり?」
男は霧香に振り返ってにやっと笑った。
「実はなあ、逃走計画は無いんだ……。アイアンサイドの頭に一発撃ち込んだあとは、あの番犬ロボットか護衛に殺されるものと覚悟していたから、退路なんぞ用意する手間はかけなかった。あんたのおかげで生き延びたが」
「なんてこと……」
到着早々たいへんな事態に巻き込まれてしまった。
20章まで平日ほぼ毎日更新させていただきます。長い連載となりますが、よろしくお付き合いいただければ幸いです。