闘技大会
お久しぶりです。
先日、プロローグを変更・追加しました。
よろしければ、そちらもお読み下さい。
闘技大会。
期間中は王国各地から民が観戦に訪れ、大通りには露天も多く立ち並ぶ。メインイベントである闘技大会以外にも、闘技場では様々な催しが行われ、国民を大いに愉しませる。
それだけではなく、心が浮かれ財布の紐が緩むこの時期は国の経済が活性化され、今では王国になくてはならない一大イベントとして歴史に名を残す、開催から50回を記録する伝統行事である。
貴族は勿論の事、王族も観戦に訪れる為、闘技場の警備は万全。しかし、命を賭けて戦う戦士達を目にして興奮するなと言うのは無理な話。期間中、熱狂し興奮冷めやらぬ酒のまわった者が、暴力事件を多発させる最も犯罪者が生み出される時期でもあった。
いかに闘技場の警備が万全であろうと、王都の警備には限界がある。国が保有する騎士団を用いても、その現状は変わらずじまい。よって、闘技大会の開催を疎む者達も存在する。
その為、五年に一度という周期に落ち着いていた。
支配からの脱却を望む者達にとっては長い準備期間であるが、近年の出場者達は開催周期よりも憂う事がある。
それは、圧倒的強者の君臨である。
大会史上最年少で優勝を飾って以来、前回で二連覇を達成した人物。ある程度の齢であればそれも我慢出来たが、今年で21になる若年者であり、実力は飛躍する一方。
国の英雄と崇められ、化け物と揶揄される人類最強の男。
王国第二王女カーラ=バァル=サナトリアの専属護衛騎士を務める、クラウディス=シークバントである。
「それがアイツなのだな?」
「はい」
ガドウィンの問いかけに、隣に控えるように佇むエプロンドレスの若い女性が頷く。
彼女の名前はアーシャ・グリセント。ガドウィンが大会の参加登録を行った際に受付をしていた女性であり、宿の場所を教えた人物である。
偶然にも、出場者の案内役として仕事をする彼女の担当がガドウィンであった。どこか大人しそうな印象を持たせながらも、優しくて面倒見の良い一面を垣間見せたアーシャに、ガドウィンの魔の手が伸びた。
魔の手と言っても物騒なものではなく、ただ単に己の情報量の無さを補う為、大会関係者である彼女からそれらを引き出そうとしているだけだ。少々強引に彼女を引き止めながら、会場にて予選に出場する者達の情報を得ていた。
困った表情をしながらも優しく面倒見の良い性格が災いし、ガドウィンの傍を離れる事が出来ずに居るアーシャは、上司への言い訳を頭の片隅で考える。馬鹿正直に出場者に捕まり離れる事が出来なかったと言えば、それをくぐり抜け仕事に戻るのがお前の役割だと切って捨てられれば言い返せない。
だが、アーシャはそんな無茶を言うであろう上司に一言反論したい。
(マッドタートルを一撃沈めてしまう人を不快にさせるような事、出来る訳ないじゃない!)
そう、アーシャが心の中で叫ぶと、人類最強の男であるクラウディスがマッドタートルの首を撥ねた。
「流石だな。一撃だ」
感心した樣子で驚嘆したガドウィンは、ゆっくりと座っていた椅子から腰を浮かせた。
「ガ、ガドウィン様……? どちらに?」
「見たい奴も見れたのでな。今日はもうここに用はない」
「で、ですが、予選の結果発表がございます!」
「予選の通過は討伐時間で決まるのだろう? 私はクラウディスよりも僅かに遅い程度。
少なくても、予選落ちするような事はないだろう。順位には興味が無い」
「さ、左様でございますか……」
「それに──」
呆気に取られた表情で放心するアーシャに、ガドウィンはニヤリとした笑いを向ける。
「私を不快にせずにお前が仕事に戻るには、帰ってもらうのが一番だろう?」
「へっ……?」
何を言われたのかわからないといった表情で目を丸くするアーシャを見て、愉快そうに笑ったガドウィンはそのままその場を去っていく。
残されたアーシャは、ガドウィンが去っていく後ろ姿を眺めながら、感情が表情に出やすい自分の百面相っぷりを、今までの人生で最も後悔した。
◇
「あっ! ガウィ!」
突然、何かを見つけたリータが嬉しそうな声で叫ぶ。
隣に居たマノリが不思議そうな表情でリータを見上げ、周り居るエリスや護衛の騎士達も同じような表情を向ける。そして、リータが嬉々とした表情を向けている先に視線をやると、黒髪の大剣を背負った男が歩いていた。その男に見覚えのあるマノリが、ため息のような声を小さく上げた。
「何をしている、リータ」
ガドウィンもリータに気づき、少し怒った樣子で眉間に皺を寄せた。
そんな表情に怯むことなく、リータは怪我を物ともしない機敏さでガドウィンに駆け寄って腕を絡ませる。
「予選は終わったの?」
ぎゅっとガドウィンの逞しい腕に抱きつきながら、リータが訊ねる。
「ああ、問題なく通過できたと思う」
「思う?」
「結果を知らされる前に帰ってきた。興味を惹かれる相手も見尽くしたのでな」
「そうなんだ!」
ガドウィンの話を訊いて笑顔で頷いたリータは、先程から呆然とした表情で固まっているマノリ達に顔を向けた。そして、ガドウィンの腕を引っ張りながら近くへと移動する。
「さっき話したよね? わたしの相棒のガドウィン!」
そう言ってリータが紹介すると、ガドウィンが小さく会釈をする。
「こちらは?」
ガドウィン訊ねると、リータは満面の笑みを浮かべた。
「公爵家のマノリ様と専属メイドのエリスさん。そして、護衛騎士さん達だよ!」
そう、リータが紹介するとガドウィンは驚愕の表情で、目の前に居る少女を見つめる。
その視線に恥ずかしそうに頬を染めたマノリだったが、スカートの端を摘んで優雅にお辞儀をした。
「リータさんから話は聞いています。サルディニア公爵家長女、マノリ=コール=サルディニアです」
そうマノリが自己紹介をすると、リータを抱きついている腕から離させたガドウィンは、丁寧に一礼する。
「ガドウィン=レナン=スマルトと申します。お見知り置きを」
「よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
ガドウィンが顔を上げると微笑みながら頷いたマノリの言葉に、ガドウィンも表情を緩ませて答えた。
二人のやり取りを終えるのを見計らって、再びリータはガドウィンの腕に自分の腕を絡ませる。そして、自慢げな表情でガドウィンを見上げた。
「わたし、マノリ様の専属護衛として雇われたんだよ!」
「……リータが、か?」
「あぁ~! ひどーい! なにその、『お前には無理だろ』って顔は!?」
訝しげな表情を向けてくるガドウィンに、リータがプクッと頬を膨らませて抗議する。
「誰もそんな事は思っていない」
絡ませている腕を抓りながら怒っているリータに、ガドウィンは疲れたようにため息を吐きながらそう言った。そして、「だが」と前置きをして、ガドウィンがリータを見据える。
「怪我をしていて、満足に護衛など出来るのか?」
「うっ……」
図星をつかれたリータは、気まずそうに顔を逸らす。
「それに、安静にしていろと言っただろ。傷口が開くぞ」
「も、もう、開いてちゃったりして……」
「はぁ……」
リータが冷や汗を垂らしながら答えると、呆れながら溜息を吐いたガドウィンが屈もうとする。
その動作に慌てて腕を離したリータは、目の前でしゃがんで背を向けているガドウィンを目を丸くして見つめた。
「送ってやる。乗れ」
そうガドウィンが言うと、リータの顔が徐々に喜色に染まってゆく。そして、飛び乗るようにして抱きついた。
ゆっくりと乗るよう注意しながらも、リータを背負って立ち上がったガドウィンがマノリ達に向き直る。
「リータはいつ頃から、マノリ様の護衛に就くことになりますか?」
至福の表情でガドウィンの背中を頬ずりするリータを、戸惑った表情で見つめていたマノリは慌ててエリスに助けを求めるように顔を向ける。
「そうですね……できれば早いうちに旦那様にご挨拶をして頂きたいのですが……」
マノリから助けを乞われたエリスは、少し考える素振りをしながら答える。
だが、リータが怪我をしている事もあり明日にでもというのは無理な話だ。怪我人を呼び出して挨拶に来させるなど、横暴な振る舞いをしてしまえば世間体も悪くなる。
「教会の治癒士にでも診てもらうか?」
エリスが難しい表情で黙っている姿を見て、ガドウィンが思い出したように提案した。
アーシャからの情報によれば、この国で治癒魔法を使えるのはエブングランド教会に所属する聖職者のみである。魔法に精通する者が極わずかしか存在しない王国にとっては、まさに秘伝の神業。厳しい修行を成し遂げた聖職者だけが、その奥義を会得する事が可能である。
そう力説するアーシャを、ガドウィンは冷える心を隠しながら礼を言い、人族の惰弱を嘆いた。
「それがよろしいかと。
リータ様のお身体が治り次第、旦那様と顔合わせをお願いします」
「わかりました! マノリ様も、それでいい?」
「は、はい! わたしは一向に構いません!
リータさんは早く怪我を治して下さい!」
「ありがとう」
嬉しそうに目を細めながらお礼を言ったリータの表情に、マノリは恥ずかしげに頬を染めた。
大筋の予定が決まり、エリスがサルディニア家が滞在する宿の場所をリータに教える。
闘技大会の決勝戦が終わるまでは王都に滞在すると言うエリスの言葉に、リータは「それだけあれば治っちゃうよ!」と、弾んだ声で答えた。
リータの怪我を知るエリスにとっては、その言葉を完全に信じることは出来ない。だが。ガドウィンの背負われながらも全く怪我の痛みを感じさせないリータの姿を見ていると、本当に完治してしまうのではないかと錯覚させれた。そしてそれが、マノリを心配させないよう強靭な精神力を持って痛みに堪えている姿なのだと思い至ると、愛すべき小さな主人にこんなにも強く健気な従者を巡り合わせくれた運命に、最大限の感謝の気持ちを送っていた。
ガドウィンに背から振り返って手を振っているリータを見送ったマノリ達は、自分達も宿泊する宿に戻る為、その方角とは逆の方向へと歩いて行く。
「よくやったな、リータ」
ガドウィンが自分の背に乗るリータにそう言葉を掛ける。
「はいっ!」
マノリ達に手を振っていたリータは、ガドウィンの方へと向き直り嬉しそうに眼を潤ませると、後ろから力一杯抱きしめた。その表情は至福に染まり、一点の曇りもない喜びを表現している。
そんなリータの姿に、すれ違う人々が見惚れた表情をしながら振り返る。振り返った男の中には、その表情の持ち主を背負うガドウィンに羨望と嫉妬の視線を浴びせ、悔しげな表情をさせていた。
そんな感情を向けられる事に溜息を吐きたくなるガドウィンだったが、リータの嬉々とした表情を確認するとすぐにその気持ちも飛散させる。そして、その視線の中を堂々と歩きながら宿へと戻っていった。
◇
結果発表の場に居合わせなかったガドウィンであったが、無事に予選を通過していた。
予選順位は二位であり、期待の新星として注目を集めている。絶対的王者のクラウディスに届かなかったとは言え、その差は僅か。新時代の到来を予感させる強者の出現に、国民は大いに期待を膨らませている。
「だ、そうですよ。クラウディス」
「それはそれは、今から心躍ります」
気品溢れる雰囲気を纏いながらその端正な顔立ちに幼さを残す少女が、一枚の紙を読み上げチラリと静かに佇む青年に視線を向ける。しかし、少女のどこか試すような視線にも意を介さず、クラウディスは涼し気な表情を変えることはない。
「どのような者が出てこようとも、クラウディスが負けるなどありえないわ」
「相変わらず。お姉様はクラウディスの事となると、少々意地になりますわね」
少女は小さく笑いながら、前に座る自分の姉を見つめた。
こちらもまた、美女と言って差支えのない端正な顔立ちをしている。美人姉妹と噂されるであろう、二人はそれぞれ異なった美を感じさせる女性だ。姉が毅然とした綺羅びやかな美だとすれば、妹は柔らかな慈悲深い美。
姉妹である為、お互いの顔付きに似た部分を感じさせそうだが、この二人にはそういった共通点が見当たらない。強いて言えば、高貴な雰囲気を感じさせる程度だ。しかし、それならば姉妹でなくても地位の高い者達は程度は違えど同じような雰囲気を纏う。
それもそのはず、二人は姉妹でありながら母親は別人である。そして、幸か不幸か父親の面影を一切感じさせない顔立ちに育っていた。
これだけならば、本当に父親が同一人物なのかと疑いたくなるが、珍しい琥珀色の髪がそれを証明する。何故ならば、王家の血を引く証であるその髪の色は、この地では他に存在しない。紛うことなき、現国王クレニフェル=バァル=サナトリアの子である、第二王女カーラ=バァル=サナトリアと第三王女シンリアス=バァル=サナトリアであった。
「シンリアスも、専属護衛騎士を持てば気持ちが理解出来るはずよ」
「そのようなものでしょうか?」
「ええ。きっとね」
疑心暗鬼な表情で問いかけるシンリアスに、カーラは確信めいた表情で頷く。
シンリアスの知っているカーラとクラウディスの関係は、主従の関係以上に恋人に近しい間柄であった。同い年の若い男と女が、最も身近な場所でお互いを必要とし、同じ志を目指している。そんな環境が整ってしまえば、恋に発展するのが人間の性であろう。身分の違いはあれど、その壁を共に乗り越えようとする二人の固い絆に、シンリアスも羨む気持ちがあるのも事実だ。
しかし、自分がそうなるのかと考えると、疑問符を浮かべずにはいられなかった。
もちろん、恋人とはいかないまでも、それに勝るとも劣らない強固な信頼を置ける者に、自身の専属護衛騎士を務めてもらいたいと思っている。だが、誰よりも近い場所で二人を見続けてきたシンリアスは、カーラとクラウディス以上に運命に愛された出逢いがあるのかと思わずにはいられない。
だからこそ、カーラの気持ちを自分が理解する事が出来るとは、到底思えないのだ。
「信じられないと言った表情ね?」
「い、いえ、そのような事は──」
シンリアスの心の内を見透かしたように言うカーラが、面白そうに微笑みながら問いかける。
やすやすと姉に自分の心を看破された事に羞恥を抱いたシンリアスは、言葉を詰まらせながらも否定するが、それでは図星だと言っているようなものであった。
「出逢いというのは、何かヒントがあるものなの」
「ヒント……ですか?」
「そう──。例えば、このガドウィン」
「えっ?」
「シンリアスは何故、この紙を手に入れたのか。
そして何故、この幾千もの文字の中から【ガドウィン】という者に意識を向けたのか」
「このような謳われ方です。わたくしでなくても、意識を向けると思いますが……」
「そうね。けれど、それは今は関係ないわ。
ただの一般市民であるガドウィンが、第三王女のシンリアスに意識を向けられた事が重要なの」
「わたくしに……ですか?」
「そう。ガドウィンを気にした事によって、闘技大会でシンリアスは彼に注目するでしょう?」
「それは、確かにそうですね」
「それは、ガドウィンにとってまたとない機会だわ。
そして、見事そのチャンスを掴みとり、晴れて闘技大会で上位の成績を収める事が出来れば、今度はシンリアスが彼を自分の専属護衛騎士にと考えるかもしれない」
「はい」
「そうやって、運命の糸を探ってみるの。
ねっ、少し面白いと思わない?」
そう言って笑みを浮かべるカーラに、シンリアスは自然と笑みを返して頷いていた。
◇
闘技大会本戦当日。
選手控室から会場に向かうガドウィンは、リータから貰ったネックレスに付いている宝石を指で転がしていた。先導する案内役の後ろに、対戦相手であるスキンヘッドの男が、のしのしと肩を怒らせながら歩いている。その後ろを少し距離を開けて歩くガドウィンは、照明の光に照らされ赤く輝いているルビーから視線を外すことはない。
『わたしの想いが沢山詰まった宝石です!』と言いながら手渡されたネックレスを受け取り、首にかけたガドウィンは『なかなかに重いな。肩が凝りそうだ』とおちゃらける。そんなガドウィンの反応に『酷いです!』と抗議したリータだったが、自分のプレゼントを受け取ってすぐに首に掛けた主人の行動に、込み上げる喜びを隠すことが出来い樣子だ。
そんな気持ちにガドウィンも気づいており、特に言葉を足さずリータにお礼を言ったのだった。
「おいおい、男が女みてねぇな宝石付けてんじゃねーよ」
後ろを振り返った対戦相手である男が、嘲笑うかのような表情でガドウィンを馬鹿にする。
しかし、そんな挑発に全く反応しない相手に面白くなさげに舌打ちした男は、ガドウィンが持つネックレスに目をやった。
「薄汚ねぇ、宝石だ」
鼻を鳴らしながらガドウィン摘んでいる宝石を、そう評価した男は言い終わると再び前を向く。
「……なに?」
数瞬遅れて、絞り出すような声色で聞き返したガドウィンが、ゆらりと顔を上げた。
「おっ!」
その声に気づいた男が、思い通りにいった歓喜の声を短く出すと、嬉々とした表情で後ろを振り返る。
すると、男の顔は一瞬にして青白く染まった。
「ひっ……!」
そう短く悲鳴を上げたのは、先導する案内役の女性だ。
出場者同士のトラブルを防ぐために、二人の間に割って入ろうと後ろを向いたせいで、その脅威に晒されてしまう。
──殺される。
ガドウィンの顔を目にした二人の本能がそう告げる。
その本能からの伝達は、確定事項であり死刑宣告。脳が『お前は殺される』と信号を送ってくる程の境地に、二人は立たされている。
たったひとりの人間の表情を見ただけで、生の終わりを自分自身が告げてくるのだ。しかし、そんな可笑しな状況に疑問を持つような思考は許されない。目の前にある恐怖から、それ以外の思考が許されていない。
ガチガチと口を鳴らしながら震える二人に、ガドウィンがゆっくりと近づいていく。一歩一歩近づいてくる本能が死を告げる相手を目にしているが、逃げるために足を動かそうにも、震える身体は全く言うことを聞かない。ただ、死を迎える時を恐怖しながら待つ他ない。
「くだらん」
対戦相手である男を見下すように睨みつけたガドウィンは、そう吐き捨てる。
挑発するような言葉を吐いておきながら、いざ殺気をぶつけると怯えた小動物のように身体を縮こませる。そんな男の姿に、ガドウィンは興味を失い放っていた殺気を抑えた。
それによって、恐怖に震えていた二人が同時に床へと倒れこんだ。小刻みに短く繰り返される呼吸音が、会場への通路に響き渡る。
「それで、どうする?」
「はっ……?」
ガドウィンの問いかけに、訳がわからないと言った表情で対戦相手の男が聞き返す。
「殺されたいのかと聞いている」
「っ!? ──き、棄権します! 棄権させて下さい!」
ガドウィンからの最後通告に、男は悲鳴に似た声色で叫んだ。
「だそうだ」
男の言葉を聞き終えたガドウィンは、同じくへたり込む案内役の女性にそう声を掛けた。
顔を向けられた事でビクリと身体を跳ねさせた女性は、コクコクと頷いてガドウィンの意志を汲み取った事を伝える。
それを確認し終えたガドウィンは、身体を翻し進んできた道を引き返していく。
それから数分後。
闘技大会本戦の第一試合が、不戦勝によりガドウィンの勝利となるアナウンスがされると、観客席からは不満の篭った大きなブーイングが巻き起こったのだった。