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第漆話


 6




 人の気配が消えた事を確認して、狭間は目を開けた。相当急いでいたのだろう、乱暴に運ばれた上まるで投げ捨てられるかのように降ろされたため、身体の節々が痛い。


「……ま、その収穫もあったがなぁ」


 畳の上にうつ伏せになったまま、狭間の身体がびくりびくりと動く。

 端から見ればまるで電流を流されているかのような動きであるが、実際は並外れた身体操作技能によるセルフマッサージだ。レンジャー課程において地獄のような筋肉痛の果てに習得した技能であるが、任務でも日常生活でも意外と使えるため重宝していた。


「ったく、気を失ってると思って乱暴に扱いやがって……」


 セルフマッサージを軽く継続しつつ、狭間は身体を起こした。

 狭間が寝かされていたのは、和室の一室だった。三十畳ほどの広さで、側面の一つは庭に面しているらしく縁側が見える。近くに光源が無いために周囲の状況はわからないが、さて、どうしたものかと狭間が顎に手を当てた――刹那。


「ッ!」


 こうっ、と空へと一筋の光が立ち上る。


「来たか……!」


 狭間は足音を立てない特殊な足運びで縁側まで出ると、柱の陰に隠れるようにして空を見上げる。光の柱は、先ほど響と涼子を見つけた公園のあたりから立ち上っているようだった。


(……あの離れ小島からでなくても構わない、ってことか?)


 予想とは違う状況に眉をひそめつつ、狭間は次いで空に浮かぶ巨大な球体へと視線を移す。


「こっちに移動してきてるのか……」


 どうやらゆっくりとだが此方に近付いてきているらしい。公園で見た姿よりも、幾分か大きくなっている。

 とはいえ、距離自体は未だ遠く離れている。その巨体は未だ海上にあり、速度自体も一定だ。あの様子では、内陸部まで来るのにまだ余裕はある。

 おそらく今頃は復興支援を名目としてこの町にきている自衛隊の部隊が避難誘導をしているだろうが、十分にその程度の時間はできるはずだ。

 ――このままであれば。


「……常識が通じないってのはホント厳しいな」


 実際、あの巨大物体が浮遊している箇所から内陸部まで届く兵器は常識側にもごろごろしている。ならば常識外の存在であるあの巨大物体が、それよりもさらにとんでもない兵器をあの巨体の中に隠し持っていても何ら不思議ではないのだ。例えば、それこそ、一撃でこの町を消し飛ばしてしまうような常識外れの兵器を。

 そこまで考えて、狭間は苦笑した。そこまで行ってしまえば、既に自身のできる事は無くなっている。自分はあくまで人間であり、その範疇でしか対処はできないのだ。

 ――ならばそれ以上はそれ以上に任せるとして、人間は人間にできる事をしなくてはならない。


「……しかしまさかスタンガンとはなぁ……近頃の学生は過激だねぇ、絶縁体越しでもしびれたぞ……」


 狭間はぶつぶつと呟きながら、絶縁体が裏打ちされたスーツの懐から、長方形の物体を取り出した。それは一見して手帳とも見える物だが、実際は世界が呆れる日本のガラパゴス技術の結晶ともいえる、素敵なツールである。


「……壊れてないよな、これ」


 開かれた中身は、電子辞書のような形式だった。片面にディスプレイがあり、もう片面にキーボードが配置されている。しかし実際の性能は電子辞書などとは比べ物にもならないほどのもので、手帳大のサイズだというのに民間で出回る最新のPCにも迫る高性能ぶりだ。


「お、映った映った」


 駆動音も無しに点灯した画面に安堵しつつ、狭間はキーボードに指を走らせる。狭間の権限を使い、自衛隊の前線ネットワークにアクセス。現在の避難状況を見る。


「……沿岸部は殆ど終わってるな。最後の班が帰還中、と……」


 空に浮かぶ巨大物体が出現したのを狭間が核にしてから、まだ一時間近くしか経過していない。それだけの短時間で既に避難が完了しかけているのは、復興支援として送られてきていた部隊が、何の混乱も無く確立された指揮系統で避難誘導をしているからだった。


「ん……とりあえずこっちはオッケーだな」


 確かに政府は表立っては何もしてはいない。ただし、避難誘導の為の部隊を復興支援の名目で市街にもぐりこませるという、自衛隊の上の人間の――つまりは狭間の上司の――行動を黙認している。もしかしたら本当に何も知らないのかもしれないが、仮に何か問題が発生しても責任を取るのは狭間の上司一人だ。狭間が気にする事ではない。

 そう言えば最近になって急に白髪増えたよなぁあのおっさん、などとどうでもいい事を考えつつ、端末の情報に目を走らせていると、ふと狭間の目が険しい色を帯びる。


「……」


 画面をしばらく睨んでいた狭間は、立ち昇る光の柱へと目を向けた。

 立ち昇って一分近く。ようやくそこから三機の戦闘機が飛び出していく。――まるで、避難が完了するのを待ち構えていたかのように。


「……ハッキングの形跡。まさか、とは言えないのがつらいよな」


 口の中でそうつぶやいて、狭間はさらに端末を操作する。そして側面からコードを伸ばすと、それを片耳に押し込んだ。


「……上手く繋がってくれるといいんだが」


 周波数を合わせながらぼやいていると、雑音が次第にクリアになっていく。そうして、全ての雑音が無くなり――


『――ぃか、街には絶対に近付けさせるな』

「……よし」


 担がれた瞬間に取り付けた盗聴器が上手く作動した事を確認し、狭間は小さく息を吐いた。


「確定、ついでに状況の理解、情報取得。一石三鳥……とはいえ」


 耳に届いてくるのは、涼子の声だった。発信機を兼ねている盗聴器の位置は、激しく高速で動きまわっている。ちょうど、光の柱から飛び出していった三機の戦闘機のような物体のうち一機と同じように。


『涼子姉、何か凄く焦ってるねぇ』

『……気に……なる……? 狭間……先生……』


 ついでに他の二人の声も届いてくる。さすがガラパゴス技術、と笑みを浮かべながら、狭間はさらに耳をすませる。


『当然だろう、どう説明したものかと頭が痛いんだ。それに、時間が無いからうちに放置してきてしまったんだ、戦闘の最中に目が覚めてしまっては、誤魔化すのがさらに大変になる』

『魔法のステッキ……自慢の……一品だから……少なくとも……二、三時間は……目が覚めないと……思う……』


 既にもう目覚めているが、というよりも最初から気絶していなかったりするが、当然涼子たちに知るすべはない。


『なんか先生凄くぐったりしてたけど、死んでないよね』

『大丈夫……インド象も……イチコロ……』

『だからそれ逆に危なくないかなぁ、瑠花ちゃん……』

『二人とも、おしゃべりはそこまでだ』


 涼子が冷たく言った。その声には、先ほどまでの焦燥の色はない。その事実に、狭間は眉根の皺をさらに深める。


「……女は色んな人格を持ってるっていうが……あの金松涼子がこんな声も出せるのか……」


 その目に冷たいものをにじませながら、狭間は端末を変形させて目へと当てる。望遠鏡と化した端末の先で、三機の戦闘機が海上に差し掛かろうとしていた。


『そろそろ沿岸だ。オオグライを近寄らせるわけにはいかん。しかしあの形状だ、近付けばどんな攻撃が来るかもわからん。遠距離で――一撃で決めるぞ』


 ――オオグライ。あの物体の固有名詞か、はたまた全体的な名称か。狭間は脳内にその情報を書き記す。


『……了解』

『うん!』


 涼子の言葉に少し遅れて、瑠花と響が答えを返す。


『モードはV、私が行く。瑠花、問題は無いな』

『おおっ、涼子姉がいつになくやる気だ!』

『もちろん……何も無い……。武装は……問題なく……使える……』


 どうやら、常の主導権も涼子が握っているようだなと狭間が考えていると、三機の戦闘機がその動きを変えた。

 黄色の機体が戦闘となり、紅、そして青の機体と続いていく。


「……あの映像の合体時の順番じゃないな……」


 狭間が見た映像では、順番は紅、青、黄色となっていたはずだ。


『いくぞ、お前たち!』

『……星煌――』『――合神ッ!!』


 まさか、と狭間が口の端をひきつらせるが、しかし殆どその予想通り三機の機体は動きを見せる。

 三機が、黄の機体を戦闘として――二つの機体が、その後ろから追突していくように一つとなる。そのシルエットは間違いなく人型であり――月明かりに照らされて、黄金に輝く人型巨大ロボットがそこに誕生していた。


『――トライセイザー・V!!』


 映像で出てきた紅のロボットが武者だとするのならば、それは黄金に装飾された西洋騎士であった。武骨さよりもしなやかさを想起させるそのシルエットは、要所が黄と白で占められている事もあって、何処か女性的なイメージを抱かせる。

 そして何より先の形態と違うのは、その背に背負う巨大な大筒である。まるで土管のような形状のそれは、その機体の形状とのアンバランスさよりも、その形態もまた、戦闘のためのものであると主張しているようだった。

 背に大筒があるせいか、紅い形態とは違い、二機のスラスターは肩口へと移動されている。そこから吐き出される純白の粒子は、まるで風にたなびくマントのようで、狭間は一瞬オーロラとすら幻視した。


『……ブイ……じゃなくて……ヴィーナス……なんで言わない……かな……』

『恥ずかしいんじゃないかなぁ。音声入力のときも最初は顔を紅くしてたし』

『聞こえているぞお前ら』


 そんな適度にリラックスした会話を聞きながら、狭間は望遠鏡の倍率を操作しながら黄金の騎士を観察する。


「……あの紅い形態が近接戦形態なら、あの黄色い機体は砲戦形態、ってところか……?」


 現在確認されている二つの形態は、やはりそれぞれが別の役割を持っていると考えるのが自然だろう。それに、先ほどの涼子の言葉から察すれば、今の形態――涼子の言うところのトライセイザー・Vは、遠距離から最高威力の攻撃ができる形態である事が推測できる。

 そして果たして、狭間の推測は正解だった。――その、攻撃方法以外は。


『まったく……行くぞ! 【ネイト】展開!』


 涼子が叫ぶと同時、トライセイザー・Vの背の大筒が浮かび上がり、巨大球体のほうへと伸ばされた手に収まった。そして――縦に、ぱっくりと割れたのである。


「……何?」


 思わず、狭間は唖然とした声をあげた。

 しかし狭間の戸惑いに関係なく、トライセイザー・Vの手に収まった大筒――ネイトの変形は進む。いや、それはもう大筒ではなかった。トライセイザーの体よりも、ともすれば長大な大弓。弦も矢も無いが、それはどう見ても弓だった。


『コード・サジタリウス!』


 トライセイザー・Vが無いはずの弦を引き絞るかのような動作をおこなう。そこに光の粒子が集い始め、数瞬後には真白に輝く矢が存在していた。


『収束率……七十七%……安全域……』

『やっちゃえ、涼子姉!』

『一撃――必中ッ!』


 盗聴器の向こうで、妹分二人の声を受けて、涼子が叫ぶ。同時に、ぐん、と矢が一際輝き――


『貫けェェェェッ!!』


 涼子の咆哮が轟いた刹那、そこにのびたのは太陽かとすら錯覚するほどに明るい光の軌跡であった。

 狭間ですら目で追えぬ――それこそまさしく光の速度で放たれたそれは、しかし。


『な……!』


 まるで何かにせき止められたかのように、巨大球体に直撃する寸前で爆散した。


『全方向の……バリア……! この広範囲で……ここまで収束率……を……あげるなんて……!』

『機動力が無いのはこのためか! くっ、勝負を急きすぎた、収束率を上げてもう一度――!!』

『涼子姉!』


 きゅおっ、と、トライセイザー・Vが放った光の矢を防いだフィールドが、巨大球体の眼球を中心として収束する。まるで何かを探しているかのようにぐるぐると動いていたそれは、今はトライセイザー・Vをしっかりと見据えていた。


『しま――!』

『分離……回避……!』

『ダメだよ、ここからじゃ町の方に行っちゃう!』

『――っく!!』


 言うや、トライセイザー・Vの腰部が展開する。紅のそれは、トライセイザー・Vの前面に広がり全身を覆い尽くし、


『間にっ、あえぇっ!!』

『……ギリギリ……くる……』


 刹那、巨大球体から、その巨体に迫る程に太いビームが照射される。それは文字通り海を裂き――離れ小島の直前に滞空するトライセイザー・Vへと突き刺さる。


『くっ、ぅぅぅぅうううっ!!』

『堪えろ、響!』

『わかって、いるけどぉっ……!!』

『ガリガリ……ガリガリ……』


 狭間の耳に届く三人の声は、次第に焦燥の色が増していっている。内容こそそうは聞こえないが、瑠花のものも同様だった。


「……」


 ――しかし、狭間の口は弧を描く。


「――戦闘行動を確認。現在の調査結果、並びに現場の状況を鑑み巨大球体、仮名称【オオグライ】を敵性物体と判断。……よろしいですね」


 ――返答は、無い。


「……」


 海上では、巨大球体が放ったビームを防ぐトライセイザー・Vが、じりじりと押され始めている。狭間の耳に届く声にも悲鳴が混じり始めて、ダメージも相当に蓄積していっているように見えた。


『くっ……瑠花、収束を開始するぞ……!』

『……正気……?』

『このままではじり貧だ、そしてオオグライもいつまでも放出し続けられるわけでもない! その一瞬を狙う!!』

『その心意気、嫌いじゃないよッ――って言いたいけど……ッ、っ、くぁっ……このままじゃ先に盾が厳しいなぁッ……!』

『持たせるんだ、響。ここで気張らなくて――いつ気張るッ!』


 狭間の眉が僅かに動く。とん、とん、と双眼鏡を持つ指が、一秒ごとに、コンマゼロ一秒のズレも無く正確に双眼鏡を揺らしていく。


『わかって……るけどぉっ……!』


 それが六十回ほど繰り返されても尚、巨大球体が放つ光線は一向に衰えを見せない。押され続けるトライセイザー・Vの巨体は既に離れ小島付近にまで近付いてきている。


『……収束率……八十七……八十八……九十……危険域……まで……あと七……』

『うぅっ……カナメイシにまでもうないよ……!』

『……瑠花、トライセイザーの装甲はシールド無しであの光線に耐えられるか』

『……厳しい……ヴィーナスは……機動力が無い……代わりに……装甲と……火力が……優れてる……でも……シールドを張ってこれなら……それでも……持たない……と思う……』


 歯噛みするような瑠花の声が聞こえてくる。


『……少し……少しで……いい……射線が……ズレれば……シールドの調整で……【ネイト】を撃てる……スキマを作れる……のに……!』


 そうして、狭間の指の動きが百を数え――

 どぉん、と。


『な――!?』


 巨大球体の側面に、爆発が起きたのである。はるか海上から飛んできたそれは――


「――偶々近くで訓練していたイージス艦がミサイルを訓練で発射、それが偶々偶然一発だけ本物が混じっていた、と。やれやれ、大丈夫かこれ。もみ消しが上手くいけばいいんだがなぁ」


 まあ、こんな異常事態が発生しているのだ、誤魔化しようはいくらでもあるだろうけどなぁ、と呟きながら、狭間はこの命令を下した上司に肩をすくめて、そして改めて空を見上げる。


「――お、効いたか。あのバリアみたいなもの、ここから見てた限りじゃあビーム撃つ時収束していたみたいだったからな。賭けだったが……報告書、どう書いたもんかね」


 爆発のあおりを受けた巨大物体は、その体勢を僅かに崩し、海を削らんとばかりに放っていた極太の光線は多少角度を上に向けていた。

 もっともそれもほんの僅かな時間。ゆっくりとではあるものの、射線は元に戻ろうとしているが――しかし。


「さて――僅かな隙だぞ、水城瑠花」


 それこそ千載一遇の好機である。


『――何だかわからないけど、瑠花ちゃん!』

『うん……』


 紅の巨大盾が輝きを増した。真っ向からの反発ではなく、受け流し。真直ぐに内陸部へと放たれていた極太の光線は、遥か上空へと跳ねあげられる。


『……姉さん……今……!』


 そうして。


『ああ! 一撃ッ――必中ゥゥッ!!』


 巨大盾が僅かに開いて、西洋弓を構えるトライセイザー・Vが姿を現し、


『いっけぇぇぇっ!!』


 光が、巨大球体を貫いた。


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