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 ――謎の巨大ロボット。民家を救う!


 新聞に、しかも全国紙にそんな見出しが躍ったのは、もう三カ月も前の事になる。

 築五年の比較的新しい家族用アパートの一室で、不知火響はそんな事をふと思った。

「そっかー……もう三カ月かー」

 ぼんやりとそう呟く響には、どことなく覇気が無い。道場での修業は響の日課の一つとなっていたからだ。それが突然なくなり、もう三カ月。そろそろなれねばならないのだが、どうも上手く切り替えができない。

「あ、朝ごはん作らなきゃ」

 掛け時計を見ると、同居している教師の出勤時間が近づいていた。そろそろ作りださなければ、間にあわない。確か今日は自分が当番の日だったはずだ。

「……居候、だもんね」

 小さく笑って、響は部屋を出た。

 リビングに入ると、テレビの前に瑠花がいた。ニュースを見ているらしい。

「何かあったの?」

「……うん……」

 無表情な、双子同然に育ってきた親友は、しかし珍しく表情をほころばせていた。

「あ、瑠花ちゃんが笑顔だ。珍しいねー」

「……うん……ようやく……待ちくたびれた……」

 瑠花が見ていたのは政治の様子だった。国会の様子である。

 ――特殊災害対策法案、可決。

 そんなテロップが、画面の右下に踊っている。

「とくしゅさいがいたいさくほーあん?」

 響が首をひねると、背後でため息が聞こえてきた。振り返えれば、既にパンツルックのスーツ姿の涼子が、やれやれと頭を抑えている。どうやら新聞を取りにいっていたらしく、右手に郵便物と新聞を持っていた。

「少しぐらいニュースを見ろ。【オオグライ】の事だ。特定地域を襲う、謎の巨大怪物。目的、行動理念も不明だからな。結局特殊災害という事で押し通したらしい」

 涼子がほら、と差し出した新聞紙にも一面にそんな見出しが書かれている。

「えっと……それでボクたちに何かあるのかな」

「大ありだ。……ま、人知れず戦うというスタンスは変わらないが、この法案で、有志が特定災害に……つまり【オオグライ】に立ち向かう事ができるようになる。つまり面倒なことは考えずに、おおっぴらにトライセイザーを動かす事ができるようになったと言う訳だ。現代の民間人徴兵制度、なんて言われて、防衛省の審査を通った有資格者に限る事になったが、な。それで――」

 そう言って、涼子が手にしていた郵便物の中から、三通の封筒を取り出した。それぞれ、不知火響、金松涼子、水城瑠花と宛名が書かれている。

「――今朝、郵便受けにこんなものが入っていた」

 がばっ、と瑠花が顔をあげて、普段からは想像もつかないような機敏な動きで自身の名前が書かれた封筒を受け取った。響も受け取り、口を開けて中身を取り出す。

「えっと……特殊災害対策許可証?」

 中に入っていたのは一枚のカードだった。運転免許証によく似た構成で、撮った覚えのない顔写真と、その下にある『災害欄』の箇所に特Aとだけ書かれている。

「私たちがトライセイザーに乗っていると言う事を話す気は無いが、それでもやむを得ない場合、これを提示すれば大抵なんとかなるそうだ。常に携帯しておくように」

「あ、うん」

 響はきょとんとした様子で頷いた。

 そしてふと、あれ、とまた首をかしげる。

「どうした、響」

「うん、あのさ、涼子姉。どうして――三つしかないの?」

 響がそう言うと、涼子はしばらくぽかんとした後、そして盛大にため息を吐いた。

「……ああ、そうか、お前はまだ気付いていのか」

「……馬鹿……」

 瑠花も何故かジト目で見てくる。響は何も言い返せず、うっ、と後ずさるばかりだ。

 涼子はしばらく頭痛をこらえるように頭を抑えて、やがて諦めたように顔をあげると、持っていた新聞で響の頭をはたいた。

「あいた」

「とりあえず、私からの卒業試験だ。なんで三通なのか、それを理解しろ。そしたら免許皆伝という事にしてやる」

「ホント!?」

 ぱぁ、と顔を輝かせる響に苦笑を浮かべて、涼子は頷いた。

「ああ、本当だ」

「やったー! まだよくわからないけど、ボク頑張るよ!」

 飛び跳ねて喜ぶ響の横で、瑠花が少し迷惑そうにしているが、それでも響が世論でいるのが嬉しいのか、どことなく雰囲気は明るい。

 それから響は朝食の準備に取り掛かり、涼子は出勤時間まで新聞に目を通す事にした。瑠花はぼうっとテレビを眺めている。

「そういえば響」

「なーにー?」

「今日からバイト再開するんだったな?」

「あ、うん、そう」

 響がキッチンから顔だけを出して、頷いた。

「如月さん、やる事終わったからって帰ってきたんだ。暇ならまた手伝ってほしいって」

 三か月前から突然店を閉めて姿を消していた如月は、ほんの数日前に帰ってきていた。何をしていたのかは聞いても答えてくれず、ただやるべき事が終わったから今度はこっちでやるべき事をやるのだと、そう言ったのだった。

「なんだかよくわからないんだけどさー」

 顎に指を当てながら考え込む響に、涼子は本当にこいつは幸せ者だなぁ、とどこか遠い目をする。しかしそれも長くは続かない。キッチンから何か噴き出すような音がして、慌てて響がキッチンに戻っていった。焦げ付くような味噌の臭いが、その原因を示している。

「やれやれ……」

 涼子は柔らかな笑みを浮かべて、新聞に目を戻した。

 そしてふと、顔を上げた。

「ああ、そういえば昨晩連絡があってな。たぶん明日明後日ぐらいには戻ってこれるそうだぞ」

 がたたん、と、涼子の前後で盛大な物音がした。

 そんな感じの、騒がしい、彼女たちの日常だった。



 ○



「入りたまえ」

 規則正しいノックに、部屋の主の男が許可を出す。一秒も待たずに開いた扉から、青年が一人入室した。

「失礼します――」

 青年は扉を閉め、背筋の伸びた模範的な姿勢で己の上司の前へと進み出る。そして、敬礼をした。

「――狭間大地二等陸尉、出頭いたしました」

「うむ、御苦労」

 ブランド物のスーツを着込んだ初老の男は頷くと、崩したまえ、と続ける。

「は、ありがとうございます」

 青年――狭間は礼を言うと、休めの姿勢を取った。その様子に、上司の男は満足げに頷いた。

「怪我は治ったようだな」

「はい、療養場所が素晴らしい場所でしたから」

「うむ、それは結構。後遺症などはどうかね」

「報告しました通り、右手の感覚は完全に戻りません。今まで通り動かす事はまず不可能でしょう」

「そうか」

 男が残念そうに息を吐く。

「任務に支障はありそうかね」

「おそらく、幾分か」

「そうか」

 上司の男は立ち上がると、狭間の前へと移動する。少しきつめの整髪料の臭いが鼻についた。

「今回の働きに、私は満足している。信じられないだろうがね」

「はい、光栄であります」

「うむ、これだけ早く法案が成立できたのは、君の集めた情報や、君が連れてきた現地協力員の尽力も大きい。まさか宮内庁と折衝する羽目になるとは思わなかったが、中々いい経験だったよ」

 笑って言う上司に、狭間は目礼で返答した。

「さて、続いて君の今後についてだ」

 男は柔和な笑みを浮かべたまま、執務机の上から二通のファイルをとった。

「君の今後については二つの道を用意した。一つは、教官職だ。階級は下がるが、各種手当などで今以上の待遇を約束しよう」

 そう言って、男が片方のファイルを狭間に渡した。そしてもう一通のファイルを掲げる。

「そしてもう一つ。今回成立した法案は、少々急きすぎた感がある。そこで防衛省から、我々の部隊のエキスパートの派遣が要請された。派遣される災害規模は、特Aだ」

 男が、右手に持ったもう片方のファイルを狭間の目前に差し出す。左手にはいつの間にかライターが握られていて、そしてそこに火が灯った。

「今までの経験も、常識も当てにならない、危険な任務になるだろう。故にこれは、君の自由意思に任せる」

 炎が揺らめく。

「選ばん道を、焼きたまえ。機密保持のためだ」

「了解しました」

 狭間は迷わず、自ら持っていたファイルに火をつけた。そして、にやりと笑った男から、もう片方のファイルを受け取る。

「断っても構わんよ? 何せ任務地での立場は、高校の副担任だからな」

 からかうようにそう言って、男は敬礼をして見せる。

「――むしろ望むところですよ。全力を尽くします」

 狭間も笑って、敬礼でもってそれに応えた。

                                       了


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