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 狭間が身体を起こせるようになるには、それからさらに十分ほどの時間を要した。

 呼吸を整え、痛みもなんとか動けるまでに収まったのを確認して、狭間は手をついて上半身を起こす。情けない、そう自嘲しながら。

「いえいえ、そう悲観する事もありませんよ」

 その、ともすれば消え入りそうな小さな声に返事をした男が、一人。いつの間にか、身体を起こした狭間の背後に立っていた。

「……」

「おや」

 しかし狭間に驚く様子はなかった。小刻みに呼吸をくり返しながら、身体の痛みを発散させている。

 その事に、逆に男が意外そうに声を上げた。

「驚かないのですか?」

「……何のために、俺があんたのお店に通っていたと思っているんだ」

「おやおや」

 狭間が鼻で笑ってみせると、男――如月琢磨は肩をすくめて苦笑した。

「ばれてはいないと思っていたんですが……」

「国家権力は舐めない方が良い。改ざんの形跡なんて、結構簡単に見つかるものなんだよ」

「今後の参考にしましょう」

 痛みも殆ど消えた事を確認した狭間が、立ち上がる。振り返ると、未だ燃え続ける不知火本家を見上げる如月の背中があった。

 立ち上がった気配を察したのか、如月も半身を引いて振り返る。

「【オオグライ】が出た以上、消防車も来ないでしょう。避難も始まっています。もう此処には誰も来ませんよ」

「金松先生たちが勝てば、帰ってくるさ。この場所にな。……それから先は、また考えればいい。俺もできるだけ力になる」

「帰ってきますか」

 狭間が無言で頷くと、ふむ、如月が顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。

「まあ、トライセイザーのスペックを考えれば、現状の【オオグライ】程度倒してもらわねば困ります」

「……アンタ、何考えてるんだ?」

 狭間は僅かに腰を落とした。何かあれば、すぐに動ける体制だ。

「警戒をやめてください、と言っても無理でしょうね」

「……」

「私も、不知火さん達と一緒ですよ。古くから、この町に封じられた家の末裔……ただし、武士などという格好いいものではありませんがね」

 如月琢磨――小料理屋如月の店主。学校に赴任した初日に連れられて入ってから、二日に一度は通っていた店だ。

 その度に、狭間はこの男を観察していた。筋肉のつき方、身のこなし、喋り方――そのどれをとっても、明らかに素人ではないこの男を。

 それはいわゆる『勘』に近いものだったが、だからこそ逆に、狭間は確信していた。――瑠花ではない。この町にいる内通者。それが彼だと。

「さて……いくつか疑問があるでしょうが……それはアレを見ながらにしましょう」

 一定の距離をとり続ける如月は、その手に持っていた望遠鏡を構えて、沖合の方へと向けた。

 そしてもう片方に持っていた望遠鏡を、狭間に差し出してくる。

「いります? 夜でもはっきり見える高級品ですよ?」

「……自前のがある」

 狭間は首を振って、懐から手帳型ツールを取り出して望遠鏡にすると、それを覗き込む。

 沖合では合体していない状態の三機が空を飛びまわっており、時折黒い影がそれを攻撃しているようだった。

「ふむ……高速戦闘型……それも一体ではありませんね。初めてのタイプですか」

 如月が言った。

「……【オオグライ】とは、何なんだ?」

「さて……実を言うと僕もよく。ただ、次元の狭間からにじみ出てくる災害のようなものだと、先代如月から聞かされました。まあ、それが本当なのかもこの千年以上、誰もわからなかったんですがね」

「……」

「おっと、合体しますか」

 三機の戦闘機が、動きを変える。ただ、それは狭間の知る順番ではなかった。

 青を戦闘して、黄、紅と並び――追突するかのように、影が一つとなった。

「まあ、それしかないでしょうね。トライセイザー・マーキュリー……索敵支援戦闘形態」

 現れたのは、先の紅の鎧武者、黄金の騎士とは違う形態のトライセイザーだった。

 まるで深海を思わせるような深い青。全体的な形状は先の二つの形態と比べれば華奢ではある。

 そんなフォルムを、まるでローブのようにたなびく真白の粒子が包んでいる。そして、その周囲に浮かぶ四つの物体は、別の形態には見られないものだった。おそらく、あの四つの物体こそが、あの形態の真価なのだろう。

 他の形態を完全な戦士タイプと分けるのであれば、今度の形態は魔法使いタイプとでも言うべきか。そういえば瑠花も、分離状態の自身の機体は支援特化だと言っていた。ならば合体形態もそれの延長線上にあると考えるのが自然だろう。

 トライセイザーが腕を翻した。真白の粒子がふわりと舞って、その周囲に浮かぶ四つの物体がそれぞれに意思があるかのように動き始める。

「……!」

 そして――狭間の目では追えない速度へと、容易く突入していった。

「トライセイザー・マーキュリーの主な武装は、その四つの遠隔武装……。ヴィーナス、マーズとは違い、自身に機動力は全くありません」

 望遠鏡をのぞきながら、如月が言った。

「しかしその分、敵の補足、そして四つの衛星の自由度は凄まじい。水城の情報処理能力も合わされば、まさしく鬼に金棒でしょう。多少、他の二機より攻撃力や射程は劣りますが――それでも、機動力に特化した【オオグライ】程度の装甲なら、問題無くぶち抜けます」

 如月の言葉を証明するかのように、時折光の光線が夜空に走っては、何かにぶつかって小規模な閃光が沸き起こるのが狭間にも見えた。

 まるで光の檻か――狭間がそう口の中で呟くと同時に、今度は一際大きな光の爆発が発生する。

「機動力が死にましたね。もう終わりでしょう」

 闇夜に咲いた光の玉から、一つの影がゆっくりと落ちていく。所々から真白の粒子を漏らし、その鳥のようなシルエットも消えかかっているように見える。

 それを確認してか、トライセイザー・マーキュリーが両手を広げる。すると、いつの間にかまた周囲に浮かんでいた四つの物体が、一つの形態に合体した。

 巨大な大砲と化したそれを、トライセイザー・マーキュリーが包むように抱きしめる。同時に、その先端へと白い粒子が集い始めていった。

 ――そして。

「ッ――!」

 目が焼けかねない強烈な閃光。共に吐き出された、先ほどまでの光の線とはケタが違う太さの、膨大なエネルギー。

「射程は短いようですね。収束率を保ったままアレだけの量は、さすがにトライセイザーでも不可能という事でしょうか」

 それは落下していた鳥型の【オオグライ】へと命中し――貫かず、ただ押し潰した。

 残ったのは、霧散していく砲撃の残滓。そして、ローブを翻すトライセイザー・マーキュリーだった。

「……」

「終わりましたね。あの精神状態ではどうかとも思いましたが……貴方の最後の言葉がきいてしまったようですね」

「……あんた、先代から聞いた、と言っていたな」

「ええ」

 望遠鏡を目に当てたまま、如月が頷いた。

「水城瑠花は……先代から口伝を伝授される前に、両親が死んだと言っていた。……つまりあんたは、彼女以上の事情を知っているという事か」

「ええ、そうなりますね、おそらく」

 もっとも、と如月は付け足した。

「千年以上も続いているのです。口伝の欠落や、意図するしないに関わらず何処か歪んでいてもおかしくはないでしょう。口伝についてはさほど、信頼性があるとは思えません」

「だがあんたはトライセイザーの性能をよく知っているようだけどな」

「監察の結果ですよ。貴方がこの町に入られる以前より、【オオグライ】は出現していた。そして私はそれを以前より見ていた。ただ、それだけの話です」

「……見ていた、だけか」

「ええ」

 如月が望遠鏡を下ろす。しかし顔はそのままだ。はるか遠く、未だ中空に浮かび続けるトライセイザーを――そしてそのさらに向こうを、見ている。

 空に浮かぶ、月を。

「……そもそも、なんでアンタは俺に、あんな昔話をしたんだ? アンタの言動は、俺を関わらせようとしていたようとしか、思えない」

「理由はいくつかありますが……一言で言うなら、期待ですかね」

「……期待?」

「はい」

 如月は頷いた。

「外からやってきた貴方という異分子が、響ちゃん達を外に連れ出してくれる……そういう期待を。かつての、井関先生のように」

「……それが、あんたの目的か」

「はい」

 にっこりと笑って、如月がまた頷いた。

「何故、と聞いてもいいかな」

「貴方も薄々は勘づいているでしょう。この町は牢獄です。あの三家の人間を閉じ込めておくための、牢獄……。そこを抜けだそうとした人間をすら、殺してしまう、ふざけた牢獄だ……!」 

 言わずともわかった。先代達の事だろう。

 一体誰がとも考えたが、ともすれば――それが『如月』の役割なのかもしれない。

 根拠のない妄想に近い推測だったが、しかし目の前の男の発する空気は、狭間のよく知る『裏方』に属するものだ。『武』としての不知火、『知』としての水城、そしてそれぞれの予備として『金松』。であるのならば、それら以外の家系があっても、おかしくはなかった。

「私は、彼女たちを解放したいのです……!」

 如月は、笑みを消してそう言いきった。そして最後に、私に協力をしてください、と付け足して。

「……」

「おそらくそろそろ、水城さんからも貴方に協力の申し出があるでしょう。あるいはあったかもしれない」

 既に断っている、とは狭間は言わなかった。目の前の男に、余計な情報を与えるのは、例えどんな情報だとしても致命的だと判断したからだった。

 狭間は如月の警戒を最大級にまで高めていた。そして――恐れていた。狭間は初めて、人間を相手に恐怖を感じていた。

 自身を軽く超越する響にすら抱かなかったそれを、目の前の男に。なまじその能力がわかるからこそ、狭間の本能は警告を発していたのだった。

「協力、と言ったってな」

 だから気を落ちつけるように、狭間は小さく笑みを作ってみせる。如月も狭間の内心に気付いているのかいないのか――余裕然とした笑みを顔面に貼りつけたまま、狭間に語りかけた。

「私の知る限りの【オオグライ】の情報をお渡ししましょう。おそらく現状の科学力でも、【オオグライ】に対処することは可能のはず……十日前の一件でもそれは明らかです」

「……」

 無理だ、とは狭間は言わなかった。

 難しいだろうが、不可能ではない。不可能であっても、可能にしてきたのが人間の歴史だ。今回とてできないとは言い切れない――と、そんな理由では、もちろん無い。

「それは俺が判断する事じゃない」

 狭間は所詮、上からの命令で動いている手足にすぎない。ある程度の頭を使う権利を得てはいるが、それもやむを得ない状況に置いてでのみ適応されるものでしかない。そして如月の言は、その範囲から逸脱していると、狭間は判断した。

「おや」

 意外そうに、如月が目を細める。

「俺は所詮自衛官の一隊員に過ぎない。佐官だって言ってもな、動きやすいようにちょっと階級を上げてるだけだ。いつものように、またすぐ下がる。まあ、お役所の書類の内容が変わるだけだ、よくわからんだろうからわかりやすいように言ってやる。――俺にその権限は無い。俺の仕事はこの町で発生している事態の調査、最近は入ってきた工作員へのけん制やら囮やらも追加されてるがな。そんなもんで、俺も、ただ忠実に仕事を遂行することだけを刷り込まれているわけさ」

「……では、貴方の上司に――」

「報告はする。でもたぶん、あんたの希望が受け付けられる事は無いよ」

 ぴくりと、如月の眉が動いた。ほ染まった目が、冷徹な色を帯びて行くのを、狭間は感じた。

「何故、と聞いても?」

「この火の燃え方、明らかにおかしいよな。木造だからって、こんなに激しく燃えはしない。よっぽど可燃性の物があれば別だが……ところで、あんたからガソリンの臭いがするんだ。なんでだ?」

「……」

「犯罪者と手を組むほど、うちの部隊は落ちちゃいないと思うよ。……断言できないところがまあ、普段の行いなんだとは思うんだけどな」

 す、と、如月の腰が落ちた。僅かな変化だ。ほんの一ミリか、それ以下の僅かな微動。しかし、狭間は見逃さなかった。

 そして既に狭間も戦闘の体勢に入っている。

 張り詰めた空気が、二人の間に渦巻いていた。

「で、なんでだ?」

 狭間が、二度聞いた。如月は、小さく息を吐く。

「……帰る場所があっては、そこは例え檻の中といえども家となってしまうでしょう。……ならば壊さねばならない」

「だから燃やした?」

「ええ。最近は貴方や他の方々が、常にこの周囲を固めておられましたからね。今日、ようやくチャンスが巡ってきたという訳ですよ」

 狭間は小さく舌を打った。

 昨晩、暴発した工作員を処理した際、狭間がこの家に入るからと周囲の監視員を下がらせたのだ。囮として派手に動いている狭間に加えて、監視員がいる事を知られれば、間違いなく何か不審に思われる。そう判断してのことだったが――裏目に出てしまったという事か。

「【オオグライ】は世界を喰らいます。次元の狭間を超えて、やがては全てを、宇宙をも覆い尽くす巨大な陰です。――おかしいと思いませんか。そんなバカみたいなもの、なんで十代二十代半ばの少女女性に押し付けなければいけない。そんな世界、滅んでも仕方が無いでしょう」

「……」

「貴方がこの町にやってきた時、私が感じた希望がわかりますか? 調べれば貴方がこの町に派遣された理由は、【オオグライ】が発生する兆候を観測したからだという。つまりトライセイザーが主武装とするエネルギーを、実用の段階にまで持っていける、そんな未来すらすぐそこにきているという事だ。ならば貴方のやるべき事は、一つだと――私はそう考えていた。しかしそうではなかった。ならばやるしかないでしょう、私が。動かざるを得ない状況とするしかないでしょう」

「なるほど」

 言葉を切った如月に、狭間は小さく鼻を鳴らした。

「わからん、あんたの言ってる事はさ」

 そして、嘘をつく。自分は嘘つきだ。そう自分に言い聞かせて、自分をまた殺す。

 昨夜工作員の歯をつきたてられた方の手を、懐に入れる。如月が身構えるが、それよりも早く、目的のものを狭間は突き出した。

「これが何かわかるか?」

「……」

 目の前に差し出されたそれを、如月が眉根をひそめて見るのを確認して、狭間は突き出したそれを手首のスナップを使って上下に開く。

 それは身分証だった。しかし自衛隊のでも、まして教師狭間大地としてのものでもない。

 ――警察手帳、それはそう呼ばれるものだった。

「警視庁公安部の狭間警視、ってな。――管轄違いだが、放火の現行犯逮捕だよ、如月琢磨」

 狭間が半身を引くと同時に、腰元につけていたグロッグを引き抜く。

 ――同時に、如月が動いた。

「で、悪いがあんたからは俺と同じ匂いがする。殺しはしないが無力化はさせてもらうぞ。ちっと痛いが我慢しろよ」

「く――!」

 三点バースト。三つのマズルフラッシュが、隣の炎にかき消される。銃声は、倒壊の音に埋もれた。

 そして弾丸は、如月の背後にあった電柱へと着弾した。

「……これでも結構銃スキルは高い方なんだけどな、隊内でもさ」

 グロッグを口にくわえて、右肩に刺さったモノを引き抜く。黒光りするそれは、狭間は良く知っていた。

「クナイとかお前……」

 溢れ出す傷口を手早く止血しながら苦笑を浮かべて、如月が逃げ込んだ場所を見上げる。

 危険だが、正しい判断だった。不知火本家の周囲は畑であり、遮蔽物が殆ど無い。まして近くでは自分が作りだしてしまった光源があるのだ。背後から撃たれる可能性は高く、そして昨日の戦闘も見ていたのだとしたら、狭間の戦闘能力も高い事は認識していたはずだ。

 ならば遮蔽物があり、追う事すらも躊躇する場所に逃げ込めればいい。そしてちょうど真横に、そんな条件に合致する稀有な場所があった。

 ――今にも完全に崩れ落ちそうな、不知火本家という場所が。

「……こう言う時、自分が無いってのは便利だねぇ」

 狭間はそう自嘲気な笑みを浮かべて、炎の音を超えてぎしぎしと軋み始めた家を見上げる。

 その脳裏に浮かんでいるのは、天秤だ。メリットデメリットが両側に乗って、重い方が沈む。

「……ま、そうなるか」

 その結果にさらに笑みを深めて、狭間は振り返った。

 遥か空、海上に滞空していたトライセイザーの影は、もう無い。おそらくもう十分もせずに、ここに戻ってくるだろう。そして、待っている、自分は確かに、そう言った。

 ありえない言葉だった。この仕事について常に自分を殺し続けてきた。もう自分は何処にもいない。そう思っていた。なのにあの言葉だけは、誰でも無い、狭間大地が出したものだった。

「……」

 狭間は息を吐いて、ゆっくりと足を動かした。

 だから――行くのだ。



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