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 特殊作戦群――。日本に現存する唯一の、特殊作戦を主な任務とした部隊である。

 将来的にこそ、アメリカ陸軍の特殊部隊グリーンベレーのように、他国での特殊任務を遂行可能な世界水準の特殊部隊となる事を目指してこそいるが、現在のその任務は対テロ及び対ゲリラとなっている。

 しかし――一部だけではあるが、その完成形を作りだしている小隊があった。それも、世界水準等と言う生易しいものではない。世界でも最高水準と言いきれる、高レベルの技能を有した隊員たちが所属するその小隊は、特殊作戦群内部でも一部の隊員にしかその存在を明かされていないほどの機密性を持っている。

 それほどに高い機密性を持っているために、その隊の存在が公的に記されている文章は存在しない。ただ、政府で最も機密性の高いと判断された情報が入れられる隔離サーバーに、名前だけが存在しているだけだ。

 そしてそこで、瑠花は狭間の名を発見していた。



 ○



「――と、まあ、俺の所属する隊ってのはそんなもんだ。だからあんまり口外したらヤベェぜ、普通に口封じとかもやっちゃう場所だからな」

 自身の所属する隊の概要を語り終えた狭間は、からかうように軽い口調でそう締めくくった。そうして数秒、瑠花が何も言わない事を確認して、肩をすくめてみせる。

「しかし驚いたな。俺の名前が入ってるサーバーは、どのネットワークからも遮断されてる。ネットワークを広大な陸地とするなら、絶海の孤島だぜ。よくもまあ、入り込めたもんだ」

「……私の……機体……情報処理、支援特化……合体すれば……戦闘能力は……あるけど……基本的には……それがメイン……」

「へぇ、って事はあの戦闘機の形態にはそれぞれ役割があるのか」

 瑠花は小さく――ともすれば見逃してしまいそうなほどに小さく――頷いた。

「特化……しているのは……私の……ぐらい……。でも……二人とも……それぞれ……役割がある……」

「で、それを俺に話してくれるって事は、だ。俺を信用してくれた、って事でいいのか? 俺としては、そのままこの町で何が起きているかを『当事者』たちから話してくれると、ありがたいんだがね」

 ふざけたように――しかし、当事者、という単語をさりげなく強調して、狭間が言った。

「……」

 瑠花は沈黙で答えた。じっと、狭間の顔を見ている。まるで、答えはわかっているだろう、と言うように。

 狭間は再度肩をすくめる。

「愚問だったかな。じゃなきゃ、わざわざ俺に接触してくるはずもないか」

 警告かとも考えていたが、曲がりなりにもこちらは訓練を――それも、世界最高水準の訓練を受けている職業軍人である。さすがに人間の範疇を超えているとしか思えない身体能力と武術を併せ持った響には勝てる絵図を描く事は不可能だが、涼子程度ならば問題なく対処はできる。まして、『武』ではなく『知』を研鑽するために分けられた家、水城の現当主である瑠花は、その身体能力はその年の平均女子よりも格段に低いものだ。その少女の細腕で、狭間をどうこうできるはずもない。

「……」

 瑠花は、小さく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。

「……私たちも……何が……起きているのか……まだ……理解していない……」

「……」

 それに――意外そうな表情など、狭間は浮かべない。余裕然とした笑みを浮かべたままで、瑠花の続きを促した。

「わかっているのは……あの化物……【オオグライ】が……【要石】……あの小島を……狙っている事だけ……」

「その、【要石】ってのは、なんなんだ?」

「その……言い伝え……口伝の……詳細を受け継ぐ前に……両親は……死んだ……から……」

 水城家だけではなく、不知火家、金松家の三家の前当主は、既に鬼籍に入っていた。その死因は事故とされているが――実質は、行方不明に近いものだと狭間は知らされていた。

「……だから……よく、わからない……。ただ……」

 ふと、瑠花が言い淀んだ。

「どうした?」

「……」

 狭間が尋ねると、瑠花は逡巡するかのように視線をさまよわせる。しかし、それから数秒、意を決したように、口を開いた。

「……響ちゃん……が……わかる……」

「不知火さんが、か?」

「……ん」

 頷く瑠花に、狭間はその内容がどういう事を指すのかを考えていた。

 わかる、わかるとは、さて――と。狭間の脳裏に思い浮かぶものが一つ、あった。

 それは今から十日ほど前――狭間が初めて、【オオグライ】を実際にその目にした日の事だ。

 あの日、狭間の歓迎会と称した飲み会が開かれた日、響は小料理屋如月から何かを感じ取ったかのように、唐突に飛び出て行った。わかるとは、つまり、この事なのではないか。

「……超能力的な感覚で、【オオグライ】が出現した事を察知できる、ってことか?」

 狭間が訝しげに問うと、瑠花ははっきりと頷いた。

「なるほどなぁ……まあ、人型巨大ロボットなんてものがあるんだ、そう言った超常現象も理解できる。だが、不知火さんは元々その【オオグライ】を察知できる能力を有していたのか?」

 瑠花はふるふると首を横に振った。

「……トライセイザー……に……乗ってから……」

「……その、トライセイザーってのは、あの人型巨大ロボットの事でいいんだな?」

「……うん」

 確認のための問いは、肯定が返ってくる。狭間は焦らず、ゆっくりと質問を続けて行く。

「君らがトライセイザーに乗ったのは、いつごろなんだ?」

「……四月……。家の周りが……落ちついて……資料の整理を……していた……」

 そもそも、響、瑠花、そして涼子の三人は産まれた時からトライセイザーに乗っていたわけではない。あの機体を見つけたのはほんの偶然であり、それも今から数カ月ほど前の話である。

 それは、四月――遺産相続などの諸手続きを数年がかりで涼子が終え、改めて遺産の整理をしようと女三人で動き始めた頃であった。

 平安末期より続くとされる不知火家であるが、表立った遺産は殆ど無かった。あったのは不知火邸と離れ小島の土地の権利ぐらいで、それ以外に相続税が取られるような高価な遺産は皆無と言ってよかった。これには、法律関係の諸手続きを担当した涼子も思わず胸を撫でおろしたほどである。

 とはいえ、それ以外の雑多な遺産は、さすがに平安末期から続くというだけあって膨大な量であった。分家である水城、金松の家にはさほどなかったのが救いだったが、その分不知火本家には二棟の広い蔵に満杯の遺産が詰まっていたのだ。

 さすがの涼子も扉を開けた瞬間に一度閉めてしまったそうだが、再度開け放ち、なんとか整理をしようとし――そして、その中に、ある古文書を発見した。

 そこに書かれていたのは、不知火家本邸に存在する地下トンネルの存在と、それを封印しているカラクリを解く為の手順であった。

 そんなものを見て、あの響が何もしないわけがなかった。瑠花がなんとかかんとか解読した内容を聞いた瞬間に走りだし、地下トンネルの封印を解いてしまったのである。

 そして止める暇もなくその奥へと突き進む響を追って、涼子と瑠花も地下トンネルを進み――やがて、行きついたのが。

「……離れ小島、って言ったところか」

「……ん……」

 そこまでたどたどしくもしゃべり終えた瑠花は、つかれたように大きく息を吐くものの、狭間の言葉に肯定を表した。

「そして、そこにあったのが、あのトライセイザー、ってわけだな」

「……そう……」

 古文書が記した地下トンネルを抜けた先に鎮座していたのは、巨大空洞の中にある三機の巨大な戦闘機であった。それだけでも十分に度肝を抜かれる光景だったが、しかし響を追って巨大空洞に辿り着いた瑠花と涼子は、さらに異常な光景を目にすることになる。

 響が、その戦闘機のうち一機――紅の戦闘機から伸びた紅の光に刺し貫かれたのである。

 それはたっぷり十秒ほど――涼子が響に飛び付き、紅の光線から助け出すまで続き。そして、涼子の腕の中に収まった響が、呟いた。

 ――来る、と。

「……それが……【オオグライ】が……初めて出た日……」

「……つまり初めてネットにアップされたあの戦闘以前にも、【オオグライ】は出現していた、ってわけか」

「……基本的に……出現場所は……海の上とか……空高くだとか……人目に……つかないところで……それに……響ちゃんが……すぐにわかるから……すぐに倒していた……から……町の……人たちには……気付かれなかった……。……ふぅ……」

 疲れたのか、また一息を入れる瑠花に、狭間は問いかける。

「だが、あの日は街中に現れてしまった、か」

「……そう……。……だから……ばれるのも時間の問題……そう……考えて……自分でばらす事にした……」

「……なるほど。そうすることで、外部からの手出しをある程度コントロールできると考えたのか」

「そう……」

「なんつー無茶を……」

 策そのものは単純だ。苦し紛れの一手と言い換えてもいい。そして相応に――危険な一手であった。一歩間違えれば、それこそ死よりも過酷な未来が待っていたかもしれない。

 ――が。

 しかし、それ以上に、有効な一手でもあった事など、狭間がこの土地にいる事自体が、証明していた。

「……『知の』、なんて呼ばれる訳だな」

「ご先祖様は……きっと……こう言う……『――こんなこともあろうかと』……!」

 無表情でえっへんとその平坦な胸を張ってみせる瑠花に、狭間はこみ上げてくる笑いをこらえず声に出す事によって、脱力する身体を立て直す。

「っくくく……まったく、末恐ろしいな」

 実際、少女が作ったのはきっかけに過ぎない。わざとこの町を注目させる事によって、一種の緊張状態を作り出し、ある程度の均衡を保つ――彼女の望んだ事はそれだけだった。

 そしてあとは狭間のような人間の仕事であった。瑠花も、少なくとも狭間に準じる立場の人間が送り込まれてくる事を、半ば確信はしていたはずだ。で、あるのならあとは適材適所。余程の事が無い限り手は出さず、本職に任せておけばいい。

 全ては、未だ十の半ばを過ぎた程度、小娘とすら言えるような、年若い少女の掌の上で。

「しかしこうして接触してきたって事はだ。君は今の状況を正確に理解しているという事だな」

「……」

 ――そしてだからこそ、少女の掌の上ではどうにもならない状況にまで、少女が想像もできない大人の領域にまで、問題は重くなってきているのだった。

「今までこの町は一種の緊張状態にあって――それが、続きすぎた。そろそろ限界が来ようとしている。何らかのアクションが無い限り、下手をすればこの町にミサイルが撃ち込まれる事もありえるぞ。わかっているな?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取る。――それを理解したうえで君は、俺に……俺の背後に何を望む」

 狭間は笑みを消していた。普段の――この町で見られた狭間大地がする顔とはとても思えないような、ともすれば眉一つ動かさず人を殺せるような、無機質な表情がそこにあった。

 瑠花の思わず口の中に溜まった唾を呑みこんでいた。若干の息苦しさとこの季節ではありえない寒気は、しかし勘違いではない。

 【オオグライ】を前にした時以上の緊張感を、瑠花は感じていた。

 ――ただ、それでも自分がやらねばならないのだ。これは。水城に産まれた自分が。

 瑠花は一度目を閉じて、心の中で自分にそう言い聞かせると、ゆっくりと目を開いた。その目には既に怯えも緊張も無く、常の、何を見ているかもわからないような海底を思わせる瞳がある。

「――私たちが……求める……のは……後ろ盾……。……私たちを……保護してほしい……」

 半ば予想していたその言葉に、狭間は瑠花に気付かれないよう、息を吐き。

 ――そして、言った。

「無理だ」

 その声は小さくも、大きくも無く――しかし、思いのほか大きく、夜道に響いた。



 ○



「――無理だ」

 狭間がそう口にした瞬間、瑠花の瞳が明らかに見開かれ、表情が固まった。おそらく、何らかの条件は出されるだろうが、おおむね受け入れられるはずだろうと当たりをつけていたに違いない。

 二人の間に降りた沈黙は、たっぷり十秒ほど続いた。波音に紛れるように瑠花が息を吐いて、しかし未だ僅かに表情をこわばらせたまま、問いかける。

「……どう……して……?」

「どうしても何も、な」

 狭間は淡々と言った。

「日本は今、非常にまずい状況にある。その原因は……トライセイザーだ」

「っ……」

「現行のありとあらゆる兵器を超越する攻撃能力を有する人型巨大兵器。その駆動は音速を超えて、高度なステルス機能までをも有し、そしてまた高度な航空機能まで有している。有体に言おう。そんなものがこの国の、日本という国の保護下に入ったその次の瞬間には――さっき俺は、ありえるなんて言ったがあれは嘘だ。悪いな。実際は、この町に、核弾頭が搭載された大陸弾道ミサイルが撃ち込まれる。これは可能性でも何でもない。ただの確定事項だ」

「――!?」

 事実、すでに大陸弾道ミサイルの発射作業を行っている国もある程だ。その照準もこの土地へと合わされている事も、その国に潜入している狭間の同僚が確認している。それも一つや二つではなく――表向き核を所持していない国ですら、そうなのである。

 今、総理官邸どころか関係省庁の上層部は未曽有の混乱のさなかにある。

 無論発射させないために様々な動きを内外で行ってはいるが、その結果は明日明後日出る物ではない。元々外交とは長い下準備と交渉期間を経て成立されるものだ。緊急事態とはいえ、だからこそこちらも迂闊な動きはできない。

「……私たちが……やりすぎた……?」

 不安げに、瑠花が尋ねてくる。狭間は首を横に振った。

「君たちは自分にできる事をした。それは事実で、俺はそれを理解している。ましてその戦力を人間相手に向ける事も無い。それももちろん、理解している。だけどな……それは俺に対してだけだよ」

「っ……!」

 まだ十の半ばを過ぎた程度の少女に言う言葉ではなかった。狭間は胸の幻痛を自覚しながら、しかし続ける。

「一自衛官として、俺は君達に敬意を表したい。だから――こうとしか言えない。……大人を信じてくれ。もう少し、もう少しでいい。待っていてくれ。頼む」




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