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 狭間がこの町に入って、既に二週間近くが経とうとしていた。

 その間に人型巨大ロボット――トライセイザーと、巨大怪物【オオグライ】の戦闘は、狭間の把握している限りで少なくとも二回発生している。

 一度目は、狭間がこの学校に赴任してきた初日に。

 そして二度目は――つい、昨晩の事だ。

 小山のような形状の【オオグライ】と、紅の鎧武者――上手く取り付けた盗聴器から判明した――トライセイザー・マーズの戦闘。

 それによる、人的被害はゼロ。ただし、街に対する被害は、相応に発生していた。

 小山の【オオグライ】が巻き起こした巨大な竜巻は、波を荒れさせ、街路樹をなぎ倒し、海底の岩まで巻き上げていたのだ。

 そうして巻き上げられた物体は、トライセイザーにより【オオグライ】が倒され、巨大竜巻が霧散すると同時に慣性の法則にしたがい吹き飛んでいったのである。

 大部分は海へと消えたが、それでも町の方に飛んできた数は少なくない。それでもなお人的被害が少なかったのは、それら飛来物を確認した瞬間にトライセイザーが三機の戦闘機形態に分離して、街を護ろうと縦横無尽に飛び回っていたからだった。

 ただ、いかに現代兵器を軽く超越していると思われる三機の戦闘機形態でも、全ての飛来物を撃ち落とす事は不可能だった。うちいくつかは町に落ち、その大半が建物を倒壊させている。

 そして――その倒壊した建物の中に、狭間が拠点として使用していたセーフハウスがあったのだ。

 運が悪いどころの話ではなかった。拠点の一室に並べられていた機材は、機密保持のために一定以上の衝撃が加わると爆発する仕組みになっていたため、飛来物が激突した瞬間に全て破壊されていた。ただ、その分拠点の被害は大きくなり、ほぼ全壊とまでになっていた事は、言うまでも無い。

 本当に、運が悪かったどころの話ではなかった。

 トライセイザー・Vの矢が、月へと着弾してから十日余り。この町に入ってきている工作員らしき人物は、狭間が認識している限り国内外含めて三十人以上になる。

 その大半が、高度な訓練を受けた職業軍人に準じる能力を有する工作員ないし諜報員であり――そんな連中とたった一人で渡り合うための拠点が、見るも無残な廃墟と化してしまったのである。

 機材とは別の部屋に詰め込んであった武器類も、もはや瓦礫の下だ。例え掘り出せても、今度は隠し場所が無いし、何より倒壊の衝撃で、壊れている可能性の方が高い。

 幸いにして身分証となる警察手帳と、常に持ち歩いていたグロッグとサイレンサーがあるが、しかし雀の涙もいいところでもあった。

 まさかの展開に、狭間も、ぼうっと立ち尽くすなどといった失態をおかしてしまう。

 そこに、通りがかった――というか、被害を確認しに来た涼子たちと出会ったのだ。

 状況を説明すると、三人は一様に表情をひきつらせた。響などは謝ろうとすらするほどで――瞬時に涼子の拳骨が落とされた――、何を思ったか、そのまま不知火邸で居候しないか、という話になったのだった。

 そして、狭間はそれを了承する。

 狭間にとっても、これは大変にありがたくあったからだ。

 狭間がこの町にきて二週間近く。この町は、一種の緊張状態にある。

 ――いや、あったというべきか。おそらく何も進展しない現状に焦れ始めているのは、どの組織も同じだった。

 昨晩は偶々その内の一つが暴発しただけの事だろうが――いつまた、どこが暴走をするかもわからない。まして、いつトライセイザーと響たちが関係あると突き止めるかも、不明なのだ。昨晩狭間が対処した工作員とて、この土地の古くからの地主だという事で不知火邸を襲おうとしていたところだったらしい。偶然とはいえ、おそらくこれからはそれが増えてくる事も考慮に入れなければならなかったところだったのだ。

 であるのならば、近くで護れた方が良い。狭間はそう判断して、昨晩から不知火邸にお世話になっているところだった。

 


 ○



「ふぅ……」

 どうにか体裁の整えた書類をチェックし終わり、狭間は職員室の天井を仰ぎ見ながら息を吐いた。

 窓から外を見ると、海に太陽が半ば沈んでいて、オレンジ色の光が波に揺れている。

「綺麗でしょう。ちょうどこの時間に仕事が終わると、ホッとするんですよ。……まあ、滅多に終わりませんがね」

 いつの間にか狭間の机の隣に立っていた井関が、笑いながらそう言った。

「どうかね。もう二週間近くになるが……教師の仕事は」

「大変です」

 本心から狭間は言った。

「自分にも、あんな頃が本当にあったのかと……本当に不思議に思いますよ。まあ、思い返してみれば、子どもたちとそう大差はないんですが……当時の先生の気持が、よくわかりました」

「ははは。それは重畳」

 禿頭を撫でつけながら、井関は笑った。

「子どもにしかわからない事があるように、大人になってようやくわかる事もある……。教師と言うのは、その境界に立たねばならない」

「……」

「難しい……とてもな。この年になってもまだそう感じるぐらいだ。特に――土着の因縁などがあれば、特にだ」

 狭間は思わず井関を見上げた。静かに窓の外を見るその顔には、先ほどまでの優しげな笑顔は消え去り、変わりに何か、妙な色がある。これは――自嘲か。

「私は外からこの町に来た。この町の外で十年近く教師をやり、自分で言うのもなんだが教師としてはそれなりに脂が乗っていた時期だったと思うよ。だが――彼女を救う事はできなかった」

 彼女とは誰なのか。それを問うまでもなく、いや、その暇もなく、井関はまるで懺悔をするかのように続けた。

「いや……道を示しただけで、終わってしまった。それだけでいいと思ってしまった。外ではそれでよかった。よかったから……油断した。そしてその油断こそ、教師として最もしてはならん類のものである事を知ったのは――彼女が、戻ってきてからだった」

 ゆっくりと太陽が沈んでいく。オレンジ色の光がグラデーションのように暗くなっていき、それに合わせるかのように、井関の目線が狭間へと降りていく。

「そして気がつけば、今や私も彼女『達』の檻の一つとなってしまっていた……。それに気付いた時だな。あれほど教師として無力を感じたのは」

「……」

「最近、この町に見慣れん人間を多く見るようになった。そしてすぐに見なくなる事も、多々あった」

 僅かに、狭間は目を細めた。

 この町に入ってきている工作員は、狭間が認識しているだけでも既に三十人を超えている。無論、その顔ぶれの中には強硬な手段に出ようとして狭間が処理したり、撤退したり、後退したりした人間は含まれておらず、それらを含めると、この町に入ってきていた御同業はおおよそで三ケタにも近づこうとしていた。

 それだけの顔が入れ替わり立ち替わり、この小さな海辺の町に入ってきているのである。気付かないはずがなかった。

 さらに言うなら、かの巨大物体【オオグライ】は、この十日の間で二体出現していた。その度にトライセイザーが出撃し、それを撃破しているのだ。

 今現在、一見平和なこの町は、しかしその裏側ではスパイ天国とすら称される日本でも類を見ないほどの過密地帯となっていた。

 そして、そうであるにもかかわらず――未だ、どこの勢力もこの土地で何が起きているのか。それを把握しきれていないのである。無論、狭間を含めてだ。

 逆に、だからこそ、未だこの町は平穏を保っている。しかしそれは、例えるなら破裂寸前の風船でしかない。何か一つ、僅かな刺激でもあれば何処が激発してもおかしくはなかった。――限界が、すぐそこまで迫っているのである。

 だというのに、未だ国からの表立ってのアクションは見受けられていない。そして――だというのに、未だ一人も、この町の元々の住人はこの土地から離れようとしないのだ。

「狭間先生。私は教師だ。それ以上にも、それ以下にもなれん。――いや、なれる機会を自ら棒に振ったのだ。だから私に、そうなる資格は既にない。だから……」

 それをわかっているかのように、井関は言った。ただ、それだけを。

「……『あの娘たち』を、頼むよ。狭間先生」

 今しがた職員室に入ってきた、涼子に視線をやって、言った。



 ○



 不知火家、という家がある。武家――それも、長い、とても長い歴史を持つ家という。

 その始まりは平安末期にまで遡れるというのだから、相当である。無論、これに関しては裏付けも済んでいた。

 平安も末期、華やかな貴族たちから平清盛を筆頭とする武家へと、国家の主導権が移り変わって行った時代の事だ。不知火家は、当時の政権を担っていたある貴族に、この地に封じられ――それ以来、この町でその武を研鑽し続けていたという。

 それは源平の乱、南北朝の時代、そして戦国時代でも変わらず――世界を二分したかつての戦争でも、この町で只管に、ただただ。

 その理由こそ涼子は語らなかったが、十中八九はかのトライセイザーに関しての事なのだろう。上司に要請して、古文書を調べてもらった限りでは、確かにその時代に隕石がこの土地に落ちてきたとも訳せるような記述があったらしい。

 数年前にあった調査。それに関しての報告も上にあげられていたが、改めて調査してみれば、改ざんの形跡がいくつか見つかっていた。

 なるほど――この町は良くも悪くも田舎であったという事だ。不知火家を頂点とした、まるで独立国家。近代化が進んだ今でも、それは色濃く残っている。それは血筋を途絶えさせないために、不知火、水城、金松の三家に分かれても尚、脈々と受け継がれてきていたのだろう。

 そうやって改めて意識して見てみれば――確かに、涼子、響、瑠花はこの町では異質だった。まるで生神。その感想すら、あながち間違いではなかった。

 そうして、事情を知らぬ子どもたちも、大人たちがそんな態度をとるものだから、自然と一線を引いている。そしてその事に気付く頃には――もうどうにもできない。


 ――そして、涼子はそれが我慢できず、この町から飛び出したのである。


「……その後押しをしてくれたのが、井関先生でした」

 玄関間際の井戸の冷水を頭からかぶる響を、道場の入り口から二人並んで眺めながら、涼子が言った。

「しかし、駄目だった。井の中の蛙――いいえ、井の中の龍。弓を引けば百発百中、あえて慣れぬ西洋弓を使っても、それは変わらない。この身にしみついた、千年をも超える武の蓄積は、私自身が凡才であったにも関わらず、私を際立たせました。私を、異質に押し上げた」

 金松涼子。その名は、大学でアーチェリーをしている者なら、一度は聞いた事がある名だった。

 数々の大会において、二位以下を大きく引き離し――一度のミスも無い射にて優勝。

 その記録はあえて男子の部の規定で競技しても変わらず――性別の差すら超えた伝説となっている。

 しかし。

「待っていたのは栄光ではなく、ただ異端を見る目でした。そうして私はようやく、自身が檻だと感じていたそれが、私を護る防波堤であった事に気付いた」

 涼子がこの町に帰って来たのは、事故により水城、不知火、金松の三家の人間が死んだが故にだった。しかし、涼子は安心した。安心してしまったのだ。

 この町は自分を縛りつける象徴だ。しかし――この町は、自分を拒絶しない。

 それがどれだけ幸せなのかを、涼子はこの町から出て、ようやく知ったのだ。

「だから、あの娘たちには、私のような気持ちになってほしくないんです。それはきっと傲慢な……あの娘たちが生きてきた時間の大半を費やしたモノの否定だ。そして私の自己満足に過ぎない事も理解しています。でも、それでも、あの娘たちは、私なんかとは比べ物にならないほどに、不知火を受け継いでしまったあの娘たちにはまだ――」



 ○



「……未来がある、ですか」

 月明かりと電灯が照らす海沿いの道を、涼子と二人並んで歩きながら、狭間はぽつりと漏らした。

「狭間先生?」

「あ……すいません、少し……」

 呟くつもりすらなかったそれは、すぐ隣を歩いていた涼子には聞こえる程度の音量になっていたようだ。涼子はきょとんとした表情で、狭間へと視線を向ける。見上げる、とならないのは、二人の身長が殆ど一緒で、加えて涼子がヒールを履いているからだった。

「響たちの……事ですか」

「ええ……まあ、それもあるんですが……」

 狭間は苦笑を浮かべて答える。

「教師というのは未来を育む仕事だ、と……。そう、教えられたのを思い出しまして」

「そう、ですね……。教育はよりよい未来を、希望に満ちた世界をつくるためのもの……。ふふ、狭間先生、私もそれは教えられましたが……もう一つ、教わった事があるんですよ?」

「……それは?」

「私の指導教諭から教わった事です。――教師が未来に希望を持てなければ、それらを教える事ができない。ならば教師は、誰よりも未来に希望を持っていなければならない……そう、教えられて」

「……こちらに、帰って来たときに、ですか」

「……はい」

 どこか寂しそうに涼子は笑って、頷く。

「大海を知って、井戸へと戻ってきて……井関先生に会いました。私を送り出してくれて、そして私の背中を押してくれた――今でもはっきりと言える。あの人は、私の恩師だ、って」

 だから私は教師になったのだと。涼子は、表情を変えずにそう続けた。

「……」

 狭間は何も言えない。いや、言ってはいけない。狭間大地が、狭間大地がそう言っている。

 涼子は若干足を速めて、狭間の前に出ると、そのままくるりと振り返った。

「この町は、いい町ですよ、狭間先生」

「……ええ」

 狭間は頷く。それについては、何ら異存はない。

 人のつながりが薄くなったと言われる現代で、まだこんな町があったのかと驚くほどに、この土地の人々には温かみが溢れている。

 殆ど常連と化している小料理屋如月の店主や、先輩教諭として何かと気にかけてくれる井関をはじめ、まだこの町にきて二週間足らずの狭間をすら、少なくとも表面上は暖かく迎え入れてくれているほどに。

 そして、それはきっと――彼女らにとっては、外を知ってしまった涼子にとっては、何よりもかけがえのないものなのだろう。

「だから……私は、この町を護りたい。この土地を護るために封じられた武家の跡取りとしてではなく――金松涼子個人として。私を育ててくれた、護ってきてくれた、この町を護りたいと思うんです」

 そう言って、涼子はまた振り返って、前を向いた。その後ろ姿から見える耳元が、僅かな光の下で、妙に赤くなっているように見える。

「っ……私、先に戻っていますね。あの娘の事だから、また晩御飯を大量に作っていそうですし……も、もしそうなら、止めないと。狭間先生はゆっくり歩いてきて下さいね!」

 そしてそのまま、涼子はヒールだとは思えない速度で、止める暇もなく走り出した。狭間は思わず出しかけた手を下げて、そのまま空を仰ぎ見て大きく息をついた。

「護りたい……ね」

 脱力するかのように、堤防へと背中を預ける。

 護る――それは狭間にとっても、何よりも重要な言葉だった。それを常に胸に抱いているからこそ、狭間はこうして裏仕事を誇りとも感じられる。

「……なるほど、か」

 狭間は小さく笑う。非科学的で、突拍子もない考えだ。しかし、それでも、何故か狭間には、涼子と響が自分に対しどうしてこんなに好意的に接してくれるのか――それが、わかった気がした。

 ――だから、狭間は肩をすくめる。そろそろ限界なのだろう。内心でそう呟いて、自分の右手側、歩いてきた方向にある曲がり角へと声をかける。

「金松先生、もう行ったぜ。そろそろ、出てきたらどうだ?」

 その口調は、教師の狭間大地のものではなかった。普段狭間が上司に相対するときに使用しているそれである。

 声は、間違いなく彼女に届いていた。狭間が知覚する――最近自分をつけまわしていた気配は、声をかけた瞬間面白いぐらいに揺れ動いていたからだ。

 それからたっぷり一分強かかって、曲がり角に設置されていた電灯の陰から、一人の少女が姿を現した。その、相変わらずの冷徹とすら感じられる無表情に、しかし狭間は笑みを浮かべて応対する。

「下校時間はとうに過ぎているぞ、――水城瑠花さん」

「……」

 出てきた少女は――水城、瑠花。

 彼女は常には無感情であるはずのその表情に、若干の緊張とも怒りともつかないような厳しさを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。

「……それが……貴方の……素……?」

 対象的に、狭間は笑みを浮かべたまま、首を横に振った。

「さて、ね。自分の元々の性格がどんなだったか、なんて……とっくに忘れちまっているよ。今の俺は……そうさな、比較的よく使う性格だな。学生時分の自分がモチーフだ」

「……」

 どうだ、すげーだろ、と言わんばかりに胸を張る狭間に、瑠花はしかし眉一つ動かさない。

 そして――それを、口にする。

「……政府……の……秘匿……サーバーに……貴方の……名前があった……」

「よく見つけたな」

 驚いたように、狭間。瑠花は意外そうに頷く。

「……認める……?」

「ああ。そこまで調べたんなら、もうバレてるも一緒だろう? 俺の所属部隊も――最初っからあたりをつけていたようだしな?」

「……。……特殊……作戦群……」

「――通称、『S』。まあ、自衛隊内での呼び方なんだけどな。俺はそこの、さらにちょっと特殊な部門の隊員さ」

 身分証は無いがな、と狭間はあっけらかんと言った。



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