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其之壱

「失礼します! 狭間大地二等陸尉、入室します!」

「よく来てくれたね」


 部屋に入ると同時、狭間の耳朶に初老の男の声が届いた。

 敬礼をする狭間の目の前から一メートルほど、そこに鎮座する合金製の執務机を挟んで、男が一人座り心地がよさそうな椅子に腰かけている。

 歳は五十か六十か。白髪が半分以上を侵食する頭髪を油でオールバックに固めた、陸上自衛隊第三種夏服に身を包む初老の男だ。

 肩についている階級章は星三つ――つまりは陸将、軍隊では中将相当の地位につく男であり、様々な身分を持つ狭間の直属の上司でもあった。


「どうかしましたか? 珍しいですね、貴方がそんなに疲れた表情をしているのは」


 そんな相手に対して、直立の体勢に移行した狭間の口から飛び出たのは、階級社会である自衛隊ではまずあり得ないほどに砕けた口調の言葉だった。

 だというのにそれを受けた男は、むしろそれが心地よいかのように笑って肩をすくめる。


「そう見えるかね?」

「ええ、それはもう」


 だろうな、と男は否定せずに、面積のある執務机の端に置かれていた端末を手に取った。


「であれば、想像もつくだろう。――厄介な事態が発生した」


 その言葉に、狭間は辟易としたように表情をゆがめた。


「俺がここに呼ばれる理由が、それ以外にあるんですか?」

「さて、ね。これを見て、君がどう判断するかは自由だが……私としては、今までに君がしてきた事は別に厄介事ではなかったと判断せざるを得ない」

「……それはまた、どう取ればいいんでしょうね」

「好きにしたまえ」


 男は小さく息を吐くと、端末を操作する。

 質実剛健を座右の銘とする男の執務室の、何ら飾り気のない壁の一部が左右にゆっくりと開いていく。同時に、室内の照明も落ち始めた。


「どうせ、これを見れば君もそう思うようになる」

「……」


 吐き捨てるかのような男の言葉に狭間は何も答えず、真白のスクリーンが現れた壁へと体を向けた。

 それから数秒して、天井から降りてきたプロジェクターが光を発し、スクリーンに映像を映し出す。それは山と海に挟まれた、のどかな海辺の町の映像であった。

 音声はカットされているようで、プロジェクターの機動音が室内に妙に響いている。

 映像はどこか高所――おそらくビルの屋上から撮られているのだろう。

 周囲の映像から察するに、撮影者のいる場所は地上から二、三十メートル程度の高さはあるはずだと狭間はあたりつける。

 カメラはどうやら固定されているらしく、フレームに動きは無い。しかしそれだけでも片田舎と断じられるほどには、流れる映像の中には建物が少ない。

 かろうじて見えるのは商店街ぐらいだろうか。少なくとも映像の中には撮影者のいる場所程度の高さのある建物は見受けられなかった。


「これが?」

「黙って見ていたまえ」


 視線を映像に貼りつけたまま狭間が聞くと、男はぴしゃりと言った。


「ここからだ」

「……」


 依然のどかな海辺の町が映し出されていた映像が、初めて動きを見せた。

 何やら慌てた気配で、撮影者がカメラを動かしたのだ。その先は木々が豊かに生い茂る山で、別にそれほど慌てるようなものも無いではないか――狭間がそう考えた、その時だった。


「……?」



 何か、黒い点のようなものが、山の――中腹辺りだろうか。そこに出現する。



 虫か汚れかとも思えるそれはしかし、どんどん大きさを増し――遂にはその周囲の空間に、まるで罅のようなものを走らせ、景色が描かれた看板を突き破ってきたかのように、それは姿を現した。


 黒くのっぺりとした、相撲取りのような体型の物体である。緩慢な動きで、ゆっくりと山から下りてくるそれは――三階建ての民家を、その股下に収めている。おそらくその全長は四十メートルを下るまい。

 動き自体はのんびりとしたものだが、巨大であるからそう見えるだけで、実際は相当な早さなのだろう。あっという間に山から下りきった巨大怪物は、そのまままっすぐに海の方へと歩いていく。


「海自のPR映像ですか? 凝ってますねぇ」

「……」


 茶化したような狭間の物言いに、男は何も返さずにただ映像を見ている。

 巨大怪物が海辺まであとわずかと迫ると、さらに映像に変化が起こった。

 沖合から、いや、正確には海上にぽつんと――まるで浜辺に取り囲まれるかのような位置にある孤島から、光の柱が立ち上ったのである。

 しかも太い。撮影場所から数十キロは離れているというのに、そうとわかるだけの太さがある。幅はおそらく二十メートル以上はあるのではないだろうか。

 光の柱が立ち上って数秒、そこから三つの影が飛び出した。

 高速で動くそれらを追うように画面も動くものの、あまりにそれらが早すぎて、大まかな姿しか映し出せていない。

 そこから察するには、どうやらそれらは三角形に近い形状をしているようだった。どうやら戦闘機のようなものらしく、その背後からはスラスターらしきパーツから光の軌跡が伸びているのが見える。

 そしてさらに、三つの影は変化を見せた。まるで後ろから追突していくかのように影が重なり合い――一つの巨大な人型へと合体したのである。


「……」


 ここまで来て狭間といえば、何とも言えないような表情となっていた。確かにこう言った特撮やロボットSFは狭間の大好物であるが、しかし何が悲しくて上司と共にこれを見なければならないのだと。

 とはいえ上司の手前だ。ぼやくわけにもいかず、狭間はそのまま姿勢を崩さずに映像を注視する。

 人型になった巨大ロボットは、そのまま地上に着地した。余程の衝撃だったのか、近くの建物が軒並みきしみ、映像も激しく揺れる。芸の細かい、と上司に聞こえない程度に狭間が嘆息する。しかしさすがは地獄耳と称される男である。しっかりと聞こえていたらしく、じろりと視線が自分に向いたのを、狭間は感じた。


「……」


 ただ、それだけだった。男はすぐに映像へと視線を戻す。少なからず、狭間の気持ちも理解できていたからだ。

 人型巨大ロボットは、巨大怪物よりも一回りほど大きいようだった。

 その形状は武骨で、見る者に何処となく鎧武者を幻視させる。カラーリングは、それぞれの機体の色なのだろうか、紅と蒼と黄が随所に見られた。ただ、現在のメインカラーは紅のようで、上半身をはじめとした主要部分は全て紅と白で染められている。


 人型巨大ロボットが、巨大怪物と相対する。


 数百メートルは離れているのだろうが、そもそもが巨大である互いにとってみればほんの数歩の距離なのだろう。静かに睨み合いが続いている。

 それを破ったのは鎧武者の方だった。

 ずん、と足を一歩踏み出す。音声はカットされているはずなのに、狭間らがいる部屋に響いたかとも思えるほどの、鈍重さ――いや、迫力か。それを引き金とするように、背のスラスターが光を放出し、鎧武者が加速する。


 ほぼ真正面から突っ込んでくる鎧武者に対し、巨大怪物はその腕を伸ばし、張り手のような形で鎧武者を攻撃した。それが目前に迫ろうかという刹那、鎧武者の身体が沈み込む。

 同時に鎧武者の下半身がぐるりと反転しながらさらに入り込み、伸ばされた腕ごと巨大怪物を担ぐような体勢となった。


 そこからは最早見事としか言いようが無い。柔道の教科書があるのならばそれに載せたくなるほどにほれぼれとする動きで、鎧武者は巨大怪物を背負い投げの形で投げ飛ばしたのである。

 ただ、それは地面にたたきつける現代柔道の物ではなかった。

 むしろ相手の力を利用し、はるか遠くに投げ飛ばす古武術を連想させる動きだ。そしてそれを証明するかのように、巨大怪物は遥か――海へと投げ飛ばされる。


 おそらく一連の動きは戦場を海へと移す為のものだったのだろう、立ち昇った巨大な水柱と、遠く離れたカメラにまで降り注ぐ水滴を受けながら、鎧武者が満足げに頷いている。

 それは何処となく人間味を感じさせる動きで、狭間は僅かに目を細めた。

 海へと叩き込まれた巨大怪物はというと、目立ったダメージはないようで、起き上がろうというように行動を起こしている。

 ただ、その鈍重さが仇となっているらしい。海底の砂に足を取られ、思うように体勢を立て直す事ができていない。


 それを見てか、紅の鎧武者が背のスラスターから光の粒子を吐きだして、空へと飛翔する。起き上がろうともがく巨大怪物を眼下に収める高度まで達した鎧武者が、両手を腰だめに構えた。

 すると胸部が開いて、そこから棒状の物体が顔を見せる。

 鎧武者はそれをひっつかむと、力任せに引き抜いた。果たしてその全容は、六十メートルはあろうかと言う鎧武者よりもさらに長大な、十文字槍である。

 鎧武者がそれをまるでやり投げのように構えると、その穂先にスラスターから噴き出ている光と同種とみられる光が収束していく。やがて巨大怪物がなんとか立ち上がる頃には、十文字槍は一本の光輝く槍と化していた。


 そして巨大怪物が動きだすよりも早く――それが、投てきされる。


 刹那、画面を通しても尚網膜を焼き尽くさんばかりの閃光が薄暗い室内を照らし出し。

 そのコンマ一秒早く視界を覆った自身の掌の隙間から、狭間は、巨大怪物が叩き込まれた時のものよりもはるかに強大な水柱をバックに、鎧武者が再び戦闘機のような形態に分離して飛び去っていく映像を見届ける。

 そこで、映像は終った。


「どうだったかね」


 端末を操作して部屋の明かりを戻し、男が尋ねた。その顔にはいつの間にかサングラスが装備されている。最後まで見届けたが故に片目の視界が一時的に潰れてしまった狭間は、このタヌキ爺と内心で罵りながら答えた。


「よくできたCGでしたね」

「ああ、よくできていた」


 男は鼻で笑って、狭間に尋ねる。


「君は映像の人型巨大ロボット……スーパーロボットだったかね、そういったサブカルチャーに詳しかったと記憶しているが、その観点から見てどう見る?」


 男の言う通り、狭間はライトノベルやアニメ、ゲームなどと言った日本のサブカルチャーをこよなく愛する一面を持っていた。

 もっとも、隊内ではそれをオープンにしていない、いわゆる隠れオタクで通しているが、狭間のような『裏方』に属する隊員の趣味嗜好程度の情報を、その『裏方』を統括する男が知らぬ筈がなかった。


 無論狭間に拒否感などあるはずもなく、聞かれた事を――つまりは先ほどの映像がCG映像であるという前提での所感を――答える。


「そうですね……三体合体ロボットは合体ロボットの始祖とも言える存在であります。そこから派生して、四体合体、五体合体といった合体変形ロボットがこの世に誕生してきています。映像のロボットは、合体の仕方も似通っておりますので、おそらくこれの制作者は昔のロボアニメの影響を強く受けているという事なのでしょう。ああ、決してパクリ……盗作なのではなく、リスペクトしたオマージュ作品であるとお考えください」


「ふむ……現代科学で映像のようなロボットが製造できるかね?」


「不可能です」


 何を馬鹿な事を、と言わんばかりに、狭間は首を横に振った。


「映像を見ます限り、巨大ロボットは全長六十メートル前後はあるように見受けられました。これは大体十四階建てのビルに相当する高さであり、現在何処の国の科学力でもその巨体と重量を支えられる合金を作ることは不可能です。まして、アレだけの巨体を滞空させられるほどの推進力を発生させられる動力源は、あの程度の大きさに小型化できるとは思えません。おそらく、核を用いても不可能でしょう」


「ふむ……」


 男は疲れたかのような域を漏らすと、サングラスを外して目頭をもんだ。


「なんです? まさかこれを実際に作れと上が言ったのですか?」


 普通ならありえない話であるが、まあ、そこは変態国家と称される日本だ。何かまかり間違ってそんな話が持ち上がっていてもおかしくはない。


「それだったらどれだけよかったろうな。何せ無理です、の一言で済む。そもそも、そういった仕事は我々の管轄外だ。技研や民間のシンクタンクに任せでもしたらいい」


 男は吐き捨てるかのようにそう言って、再度映像を再生する。

 室内が明るいため明瞭な映像とは言い難かったが、既にあの映像は脳裏に叩き込んであった。不明瞭な映像を脳内で保管する事は容易かった。


「君はこの映像をCGアニメーションか何かだと考えているようだ。……まあ、無理も無い。私もそう――思いたい。常識的に考えれば、そうなるのは当然だ」


「……」

「だが、現実を見たまえ」


 男が、平坦に言った。底冷えするかのような――ゾッとするような、冷たい声。


「現実だよ、これは」


 男が厚みのあるファイルを狭間に投げる。それを危なげなく受け取って、狭間は最初の数枚を流し見る。


「この映像は昨日の午後三時ごろに撮影された実際の映像だ。撮影者は青柳良助二等陸曹だ」


 名前には聞き覚えがあった。隊の同僚であり、科学技術、中でもエネルギー関連のエキスパートであったはずだ。


「彼は現在、ある大学の研究室に出向していてね。そこではある新エネルギーの研究を行っていたのだが、つい最近になって、その新エネルギーの妙な波長を、映像の土地から察知したのだそうだ。そこで休日を利用し、調査に向かったところ……この映像を撮るはめになったという事だ」


 映像はちょうど、巨大怪物が宙空からにじみ出てくる瞬間のようだった。男が目を細めて、続ける。


「その直後から私は情報規制と政府との折衝に動いた。どうなったと思う?」

「信じるはずが無いでしょう、こんなこと」

「だろうとも。おかげでスムーズに話は進んだよ」


 くつくつと喉を鳴らして、男が言う。


「言質もとった。以後これは我々の管轄になる。……何故私がここまでこの映像を警戒するか、わかるかね」

「……ええ、当然です」


 狭間は頷いた。


「あの巨大ロボットや、まして怪物が首都圏にでも表れでもすれば、大混乱となる事に間違いは無いでしょうね。まして怪獣映画のような状況にすら、なりかねない……いや、なる可能性の方が高い」


 映像でわかるのは、紅の鎧武者の力の一端程度である。

 巨大怪物がどの程度の脅威をはらんでいるか、また、鎧武者自体が味方であるかすらもわからない。


 そして――最悪の場合。下手に鎧武者が日本政府の保護下にでも入ってしまえば。


「面倒な事になりましたね」

「ああ、面倒だとも。このような常識外れの事態を目前にしながら、結局のところ我々は下らぬ国際情勢の考慮もせねばならん。君を呼んだのも、その為だ」


 ファイルの隙間に挟まっていた手帳――警察手帳を開いて、そこに書かれた用意されていた階級に狭間は小さく笑った。


「警視ですか。奮発しましたね」

「それだけ面倒な任務であるという事だ」

「こっちの階級はどうなるんです?」

「三等陸佐だ。状況によって、好きな方を使い分けたまえ」


 どちらも、狭間の年齢ではありえない階級であった。これだけの地位があれば、現場で自身より上位の地位につく者に出くわすこともそうないだろう。


「しかし二階級特進ですか。死んでこい、って事ですね」


 狭間が茶化すようにそう言うと、男はじろりとねめつけるように狭間を見た。


「そう言ってほしいのであればそう言ってやろうか」

「いえ、遠慮しておきます」


 何せ男がそう言った瞬間、狭間は『そう』せねばならない。それが、狭間の仕事だからだ。

 しかしそれに何の感慨も抱かぬほど狭間は人間味を捨てているつもりはなかった。

 狭間とて、まだまだ死にたくはない。


「死ぬ気でやりたまえ。下手をすればこの国が滅びかねん。わかるな?」

「ええ」


 狭間が頷くと、男は再度視線を映像に戻した。


「君の任務は、この人型巨大ロボットと操縦者、およびその周囲の監視任務だ。事前にわかっている事は、その資料に書いてある。いつも通り、ここで全て覚えた後、私の見ている前で確実に破棄したまえ」

「了解しました、では失礼します」


 一度敬礼し、狭間は早速資料をめくって目を通す。

 どうやら既に、あの鎧武者と関係のあると思われる人間のピックアップは終っているらしい。

 手書きで書かれた資料に目を通しながら、狭間は確認事項を一つ一つ口にしていく。


「所属が二つとなるとのことですが、私の行動の責任と保障はどなるのでしょう」

「責任は私が、保証については内閣総理大臣が負う。つまり君に直接命令を下せるのは、私と総理のみとなる」

「私より下位の階級に当たる者への命令権は」

「発生しない。その階級の高さは、君一人で動く為のものであると考えたまえ。人手が必要となった場合は、その都度こちらから供出するようにしよう」

「内外からの圧力への対処は」

「無視したまえ。君が考えねばならん圧力の出所は、私のみだ。仮に私以外のところからの圧力があったとして、それらへの対応は、こちらが行う」

「報告は」

「できるのであれば口頭がベストだ。だが、任務地が県をまたぐ以上、まず不可能だろう。いつも通り秘匿通信を使いたまえ」


 そこまで確認して一息挟むと、狭間は少し考えるそぶりを見せ、そして最後の質問を行った。


「最後に。私の任務地での身分を確認させてください」


「明宝高校一年B組。その副担任の席を用意した」


 思わず断りかけた狭間を、男は責めなかった。




よろしくお願いします。

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