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ジュラルミンと非常口3


 どうしたらいいか分からず硬直している俺を、彼女は面白おかしそうに眺めている。

「この手を見てるだけでいいわ。それだけでいいの」

「……お前、一体なんなんだよ」

「……平行世界の記憶を見て知識の糧にする。そんな離れ業ができるのは、何も二二二二年生まれだけじゃないわ。平行世界に関する能力を持つ人間は、ずっと前から生まれてた……その一人が、私」

「なんだ、他人の平行世界まで見れる能力か」

「残念だけど違うわ。別の平行世界に転生する能力よ……多分、一番最初は中村真由だったはず」冷ややかな笑みを浮かべる。「色々なことを経験したわ……学生、刑事、アイドル、吸血鬼……まあ、“侵略者”になったのが一番印象に残ってるかな」

「で、助けってどういうことだ」

 彼女は突然真面目な表情になった。人形のような顔といえば聞こえはいいが、表情がなく不気味な顔ということだ。

「中村真由を助けてほしいのよ」

「なに?」

「中村真由が殺されて転生した後の知識が原因で、『勇者』のあなたを苦しめ世界を崩壊させるきっかけになるの。だから真由を――つまるところ私を助けて、転生の順序をバラバラにしてほしいの」

「なんで俺が」

「あら、『モト』なのに『マユ』のお願いを聞いてくれないの?」

「……分かったよ」有無を言わさない口調のくせによく言う。それに、平行世界に行けるなら行ってみたいとも思う……どうせ俺の世界は、面白くない。

「ふふ……どの世界でもお人好しなのね」

「はぁ?」

「こっちの話。頑張ってね、その世界で言えば……来木本さん」

 彼女の白い手が光る。

「おい、そういえばお前、どうしてあの平行世界の崩壊を止めようと――」

 遅かったようだ。

 フラッシュをたかれたかのような閃光に、思わず目を閉じた。



 ゆっくりと目を開ける。

 眼前で、手のひらが揺れていた。

「もしもーし」

 顔を上げる。

 あの平行世界で見えた、活発そうな女性がいた。

「……な、なに?」声が女の声だ。体も女……本当に俺は、『来木本』になれたということか?

「ボーッとしてたから……大丈夫?」

「う、うん」

 やっぱり信じられない。

 目の前の女性、中村真由は「彼女」とは全く別の人種のように見えた。一体どんな経験をすれば、あんな恐ろしい何かを醸し出せるのか。

「そうだ! 明日一緒に朝風呂入ろうよ!」

「いや、俺はそういうのは嫌いだから……」

 しまった。

「……モト?」不思議そうにこちらを見つめてくる。

「え、あ」

「あ! もしかして俺っ子デビュー? 可愛いんだから、もう」

「ち、違う……わよ」うへぇ。服の中に氷を入れられたような、いかんともしがたい気味の悪さを感じる。

「さーてと」突然すっくと立ち上がるマユ。「ちょっと出かけてくる」

「ど……どこへ?」

「これでも夜の散歩、大好きなんだよねー」


『とめて!』


 どこからかあの女の声が聞こえる。


『彼女をとめて!』


 冷たさも脅しもないものの、まぎれもなく彼女の声だ。

 ここでマユを行かせるとまずいわけか。マユに向きなおる。

「ま、待って!」

「ん?」

「……その……マユがいないと、寂しいから……」自分で言ってて怖毛の走る台詞だ。

「……可愛いなぁモトは! 分かったよ、一緒にいてあげる!」

 そう言って何の躊躇もなく抱きついてくる。

 何故だろう……こういう触れあいは俺の最も嫌うところなのに、不思議と嫌に思えない。この女の才能と呼ぶべきか。

 その後も怪しまれないよう注意を払って会話を続け、どうにかこの夜が明けてくれればあの女の依頼は完了する――

 コンコン。

 突然ドアがノックされた。

 やや動揺しながらも薄いふすまを開けドアを開けると、冴えない顔をした青年が立っていた。

「あの……なにか?」

「すいません、二階に部屋をとってる近藤と言います……僕の彼女をみませんでしたか?」

「彼女……?」

「西皐月って言うんですけど、さっきからトイレに行ったっきり帰ってこないから……俺、どうすればいいのか……」

「と、とりあえず落ち着いてください」

 俺が懸命になだめようとしていると、玄関の受付から「近藤様!」とヒステリックな声が。

 かと思うと受話器を持ったまま着物姿の中年女性が汗だくになりながら走ってきた。

「あ、女将さんだ」とマユが呟く。ははぁ、この人が女将か。

「近藤様……今病院から電話がありまして、お連れの西様が、この先の空き地で重傷を負って倒れていたそうなんです!」

「え……えぇ!?」

 ――ああ、これが形は違うが来木本の言ってた“事件”とやらか。

 妙に納得している間にも、女将は懸命に事の次第を伝えている。

「今意識不明の重体だそうです、場所はここからすぐ近くの市民病院に――」

「さ……さっちゃん!」話が終わらぬうちに、女将を突き飛ばすようにして血相を変えて走り去っていった。恐らく、市民病院に向かったのだろう。

 近藤とやらが去りぽつんと残された俺、マユ、女将。

 ふと隣を見ると、あのポジティブ思考のマユが顔を青ざめさせていた。

「……マユ?」

「怖い……さっき言ってた場所、私も散歩で通る予定だったの……もし行ってたら、私も……」

「大丈夫だから。マユは今ここにいるじゃない」

「ありがとう……モト……」震えながら嗚咽するマユを見ていると、やっぱりこの人も女の子なんだな、と明後日の考えが浮かぶ。

「申し訳ございませんお客様」

 平謝りする女将を見て、ふと疑問が浮かんだ。

「……あの、西さんが外に出るのは見たんですか」

「いえ……玄関前を掃除していましたのですが、少しも……」

「あ、なら非常口は」少しでも気丈に振る舞おうとしているのか、率先して確かめに行くマユ。非常口の前には二・三個の段ボールが置かれてあるので、それをどかそうとしていた。

「お……重っ!」

「え……」自分も持ってみる。女の腕ではあるが、それを差し引いたって重い。すると女将が申し訳なさそうに口を開いた。

「す……すみません、非常口なんて玄関の近くだしほとんど使わないので……水二リットルのペットボトルを詰めた段ボールを置いたままにしていたんです」

 随分と危機管理が薄いが、今はそれどころじゃない。

 この旅館の窓はどこも人が通るには小さい。

 非常口の前はふさがっていた。

 玄関の前には女将さんがいて、温泉は岩場に囲まれ到底外に出れる地形になっていない。

 なら一体、どこから西さんは出て、何故襲われたのか……


 『気をつけなさい。油断するにはまだ早いわ』


 一抹の不安を煽るように、彼女の声が俺の中を駆けていった――

一年 ぶっちょ

よほど異世界ものにしたくないようです。

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