ジュラルミンと非常口
僕が何も考えずに書くとこうなります
ちゅどーん。
僕は「これはアカン」と思った。冗談ではなく世界が終わってしまう。
状況を完璧に把握する前に、音のする方へ駆け出す。加速には上昇乗法――魔法力を加速に用いることで初速は遅いが最終速度の速さを実現する。止まるのも難しくなるが帰りは考えなくていい――を起動する。魔法力を使ったため、意識の拡張が起こり周りの景色がゆっくりと流れていくように見える。
魔法の力を手に入れてから自分は大分変わったな、と場違いなことをふと思ってしまった。元々僕は俗に言ういじめられっこだった。自分は誰よりも劣っていると信じて疑わなかった。それが、世界を救う役者になれるだなんて。
行く手を遮るように〝侵略者〟が数体立ち塞がる。パッと見は大きめの鳥に見えるが、取り付いた生物から魂を吸い取る化物だ。あれに何人の戦友が犠牲になったか、考えるのも嫌になる。
〝侵略者〟の集団に向けてグレネードランチャーをぶっ放した。自分自身が更に加速し、榴弾に追いつく。魔法を吸収しやすいジュラルミン製の弾に直に触れて魔法を込めた。そのまま榴弾と〝侵略者〟を追い抜き、追い抜きざまにもう一発魔法と榴弾を。もう振り返らずに駆け抜ける。
一瞬遅れてから後ろで無茶苦茶な爆発が起こった。俺が榴弾に込めた魔法は『爆薬発』、「火薬が爆発したらその爆発を増幅させる」というもの。発動条件が厳しく限定的になるほど魔法は威力が増すものだから、少しの詠唱でもあれだけの効果が望める。追撃の魔法『世界閉鎖』ではあの付近一帯の重力を強くして、〝侵略者〟たちを逃さないようにした……。
地面を蹴って地上から空へ。もはや自分を遮るものはない。しかし、いくら進んでも近づいている気がしなかった。焦りから更に加速していく。速さを得れば得るほど、現実味が薄れ世界から切り離され自分が欠けていくのを感じ、それと共に意識がはっきりし魔法が体に馴染み自分が自由になっていくのを感じた。
光の速さを超えた先に、果たして目の前に世界の終焉をもたらす黒幕がいた。常識ではその存在を捉えることすら不可能なそれは、強いて言うなら概念だった。
目には目を、現実には現実を、創りものには創りものを。対抗するには僕が打ってつけだなとやけに自嘲気味な感想を抱く。
この世界の命運を賭けた戦いの結末は、この話の最後に明かそうと思う。
私、来木本は高校時代からの友達と温泉旅行に来ていた。
職場の友達のカナちゃんから紹介された内陸地の穴場スポットには、実際にはそれなりの人数の客がいた。せっかく有給使ってまでお泊りしにきたのに、と少し膨れたものの、でもカナちゃんに問い詰めたら「えぇ~、ごめんねモトちゃん」と涙目になって謝ってきて、それでまた自分は許してしまうのだろうな、と一人想像した。
「モト、ぼうっとしてどしたの?」
「ちょっと、いたいいたい」
マユが私の脇腹をつんつんとつつきながら話しかけてくる。こいつ、中村真由が今回連れてきた私の高校時代からの友人だ。OLになった今でも休日は遊びに行ったり、たまにこうして旅行にも来る。高校生のころはマユとは特に親友というわけではなく、むしろボディタッチが激しいせいで少し距離を置いていたというのが実情であり、今は彼女くらいしか旧友がいないから付き合っているということになるが、しかしまぁ根はとても良い子で職場の人には打ち明けられない相談にのってもらったりもして、今やすっかり気の置けない仲になってしまっていた。そうでなければ二人きりのお泊りなんてしないだろうし。
「モトー、構ってくれないと押し倒しちゃうぞっ」
前言撤回。お泊りは失敗だったかもしれない。肩がいきなり重くなる。抱きついてきやがった!
「離しなさい!」
力ずくで振りほどき、ぶーたれるマユを放置して旅館に入っていく。
木造で庭があって砂利を踏んで、となんだか高校時代の部活のときの合宿を思い出してしまった。うーん、できれば優雅な温泉旅行が良かったんだけど、仕方ないかな。
旅館の中は案外狭かった。入り口から右手の方へだけずうっと部屋が続き、更に奥へ進むと温泉がある。逆の左手の方はそのまま非常口になっていた。
右手側の部屋は五つほどあり、順に、廊下の左に一〇一号室、右に一〇二号室、左に二階への階段、右に一〇三号室、左に一〇四号室、右に一〇五号室となっていて、一階の部屋には私たちを含めて四人、二階には二人の客が泊まるようだった。
なんとも雑な造りな旅館ではあったが、温泉は意に反してとても良かった。今までたくさん経験したわけではないが、これは良い部類と言え、しかも料理も美味しくてマユとはしゃぎながら楽しめたのだった。
そして、事件はその夜に起こった。
この、私の楽しみであった温泉旅行先で起きた事件については、この話の最後に明かそうと思う。
俺はふいに、
「あ、ちょっとやりすぎちゃったかな」
と思った。思った直後に何のことだったかを忘れて、結局ただ単に時間と思考を無駄に使っただけに終わってしまったが。
校舎の隙間を吹き抜ける風が気持ちいい。冷房のない教室でたまった疲れが溶けていくようだった。事実、汗で濡れていたYシャツは今では何事もなかったかのように乾いてしまっていて、その下の肌もさらさらとした爽やかさを取り戻していた。
そんな折、木陰から髪の毛が飛び出ているのを見つけた。その髪の所有者はちょうど木の裏側にいて誰かわからない。
俺は元々一人でいるのが好きだった。他人と関わることを否定しているわけではないが、俺にとっては、グループに身を置くデメリットの方がメリットよりも大きいと考えていたからだ。なんというか、他人を否定するつもりはないが否定されることは嫌であって、そして理由もなしに他人を賛同しなければならない、といういわば不自然な連帯感みたいなところが自分には合わなかった。また、そのことを自己主張することは愚かだとわきまえてもいたから、すなわち俺は一人でいることを好んだ。
その俺が、木陰に回りこんでその先の人物を確認しようとしてしまったのは何の因果だったのだろう。顔を合わせれば会話のきっかけになってしまうだろうに、と冷静に考える頭と裏腹に体は勝手に動いていた。
そこにいたのは同じクラスにいる、しかも隣の席の女子だった。背を木の幹に預けて空を見上げていて、その視界にちょうど俺が割っていった形になる。明らかに不審人物的な仕草の俺に対して驚いた顔を見せたが、しかしすぐに彼女は能天気そうににっこりと笑い、口を開いた。
三年 藤原祐一